インドネシア市民社会団体から日本政府に要請書提出:「『公正なエネルギー移行』の名の下にインドネシアでの化石燃料の延命や環境・生活破壊はもう止めて」
2022年11月1日
内閣総理大臣 岸田 文雄 様
「公正なエネルギー移行」の名の下に
インドネシアでの化石燃料の延命や環境・生活破壊はもう止めて
下記で署名した私たちは、この11月に開催されるエジプトでの気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)及びインドネシアでのG20首脳会議で、主要な議題の一つとなっている、エネルギー移行及び途上国支援について、大きな関心を有するインドネシアの市民社会団体です。インドネシアについては、とりわけ、米国と日本が主導してインドネシアに対する「公正なエネルギー移行パートナーシップ」(JETP)の交渉を進めていると報じられており[1]、私たちも注視しているところです。
一方、エネルギー移行に関する議論の中で、日本政府が日本企業とともに、これまで推進している/推進しようとしている支援の内容に対し、私たちは大変強い危機感を抱いています。エネルギー移行は、各地域のコミュニティのニーズと合意に基づく、持続可能な再生可能エネルギーへの移行であるべきです。
まず、日本政府は、今年1月にインドネシア政府との間で署名した協力覚書の中で、「現実的なエネルギー・トランジション」を実現するため、水素、燃料アンモニア、二酸化炭素回収・貯留(CCS)/二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)に関する協力が重要であると認識しています[2]。
また、国際協力機構(JICA)は、日本企業(東京電力パワーグリッド (TEPCO)、東京電力ホールディングス(TEPCO)、JERA、東電設計(TEPSCO))に委託し、今年3月に「インドネシア国低(脱)炭素化に向けた電力セクターに係る情報収集・確認調査」[3]を完成させました。この調査報告書は、インドネシア・エネルギー・鉱物資源省(MEMR)及びインドネシア国有電力会社(PLN)にすでに提出済みと思われますが、2060年のカーボンニュートラル達成に向けたロードマップを提示し、優先支援策として、以下の3つを提案しています。
- 石炭火力発電所におけるアンモニア混焼FS・実証試験
- 既設石炭火力発電所におけるバイオマス混焼のFS・実証試験
- 既設石炭火力における混焼の導入促進に向けた制度設計の支援
長期的な方向性としても、
- 2051年以降に水素火力を電源構成の主力としていくこと(水素は輸入ガスへの依存を想定)
- またアンモニア、水素、LNG(CCS 付き)を 3 つの主力燃料と位置づけること
等が提案されています。
そして非常に憂慮すべきことは、日本企業がインドネシアにおいて、すでに次々と混焼技術やCCS/CCUSに関連する事業化調査や実証事業[4]の実施を発表していることです。
こうした提案や協力は、私たちが必要としているエネルギー移行ではありません。それどころか明らかに、石炭やガスといった化石燃料エネルギーの延命につながるものです。温室効果ガスの削減効果がなく、また経済性や技術の不確実性のリスクを抱える燃料や技術[5][6][7][8][9]をエネルギー移行に必要なものとして支援することは、「誤った対策」の押し付けです。
また、既存の石炭/ガスの採取/開発現場や火力発電所において、すでに深刻な環境社会問題が起きているという観点からも、アンモニアやバイオマス等の混焼、そしてCCS/CCUSによる化石燃料エネルギーの延命は、回避されるべきです。
例えば、三菱重工は既存の石炭火力発電所におけるバイオマス混焼の普及をすでにインドネシア政府に提案し、その際、バンテン州スララヤ石炭火力発電所(2号機)を実証対象としていました[10]。また、経済産業省の委託で、三菱重工、三菱商事、日本工営がスララヤ石炭火力発電所でのアンモニア混焼実施可能性調査[11]を実施中です。
1984年に1号機が稼働を開始してから、これまでに8基(計4,025メガワット)が稼働しているスララヤ石炭火力発電所の周辺では、住民が煤塵による呼吸器系疾患などの健康被害や粉塵による漁業など生計手段への悪影響に苦しんできました[12]。バイオマス/アンモニア混焼でスララヤ石炭火力発電所がより長く稼働することは、こうした住民の苦しみも長引かせることになります。JETPやアジア開発銀行(ADB)のエネルギー移行メカニズム(ETM)、気候投資基金(CIF)の石炭移行加速化(ACT)投資プログラム等によって、バイオマス/アンモニア混焼が支援されるのではなく、スララヤ石炭火力発電所の早期かつ完全な閉鎖が支援されるべきです。
同様に、混焼技術やCCS/CCUSに関連する事業化調査の結果、化石燃料エネルギーの延命が図られれば、石炭採掘によって継続的に深刻な環境被害が引き起こされることになり、インドネシアでより多くの災害が起きることになるでしょう。現在、インドネシアでは500万ヘクタール近くが石炭採掘の許可地域となっており、そのうち少なくとも200万ヘクタール近くが森林地帯です。インドネシアで森林地帯にまで大規模な石炭採掘が入り込んでいる背景には、インドネシアの電力エネルギー需要の石炭への依存度が高いことがあります。2022年にPLNが発電所の発電に必要とする石炭の需要量は、1億1,900万トンと推定されています[13]。
森林地帯での採掘作業は、森林伐採や岩石・鉱物の取壊しという形で森林地域に損害を与えることになります。この森林の伐採は、やがて雨水の流出を吸収しきれなくなるとともに、土砂の放出を増加させ、結果として、森林地の質の低下は河道の堆積を促し、土壌を不安定にさせることになります。また、森林地帯での採掘による化学廃棄物は、地下水の質を低下させ、最終的には生態系全体の質を低下させることになります。
東カリマンタン州のKPC社の場合、同社は71の採掘した跡地を埋め立てぬまま残していると推定されており、2014年にはKPC社がベンディリ川を汚染し、地域の飲料水会社が上水生産を縮小する原因となったと言われています。さらに2022年3月、この採掘作業により、ベンガロン流域とサンガッタ流域に被害と洪水が発生したと言われています。この洪水では、東クタイ県サンガッタだけで約17,000人が影響を受けました[14]。
日本政府・企業は、インドネシアにおける石炭火力発電所の早期閉鎖に相応の責任があることも忘れるべきではありません。これは、PLNが40~60%(2021~2030年)[15]もの供給予備率を抱えると予想しているジャワ・バリ電力系統において顕著です。日本企業(J-Power、伊藤忠商事、住友商事、関西電力、丸紅、JERA)が出資し、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)が公的支援を行い、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行など民間銀行が融資を行っている大型発電所が3つあります。すなわち、今年8月に商業運転が開始された中ジャワ州バタン石炭火力発電所(2,000メガワット)、そして直近での商業運転の開始が見込まれる中ジャワ州タンジュン・ジャティB石炭火力発電所5、6号機(2,140メガワット)、西ジャワ州チレボン石炭火力発電所2号機(1,000メガワット)です。どの発電所も、PLNと25年間の電力購買契約が締結されています。
私たちは、日本政府がエネルギー移行の名の下、化石燃料エネルギーの延命を図る誤った対策を推進することを直ちに止め、上記のような座礁資産となるべき石炭火力発電所の早期閉鎖にこそ、真摯な努力を傾けることを強く要請します。
なお、先日、インドネシアの市民社会グループが発表した「インドネシアにおける公平かつ公正なエネルギー移行のための原則とガイドライン」を添付いたしますので、合わせてご精読いただけますよう、よろしくお願いいたします。
以上
Cc:
外務大臣 林 芳正 様
財務大臣 鈴木 俊一 様
経産大臣 西村 康稔 様
環境大臣 西村 明宏 様
外務副大臣 武井 俊輔 様
外務副大臣 山田 賢司 様
財務副大臣 井上 貴博 様
財務副大臣 秋野 公造 様
経済産業副大臣 中谷 真一 様
経済産業副大臣 太田 房江 様
環境副大臣 山田 美樹 様
環境副大臣 小林 茂樹 様
国際協力機構 理事長 田中 明彦 様
国際協力銀行 代表取締役総裁 林 信光 様
日本貿易保険 代表取締役社長 黒田 篤郎 様
駐インドネシア日本国大使 金杉 憲治 様
署名団体:
1. Eksekutif Nasional Wahana Lingkungan Hidup Indonesia (WALHI)
2. Eksekutif Daerah WALHI Papua
3. Eksekutif Daerah WALHI Maluku Utara
4. Eksekutif Daerah WALHI Nusa Tenggara Timur
5. Eksekutif Daerah WALHI Nusa Tenggara Barat
6. Eksekutif Daerah WALHI Bali
7. Eksekutif Daerah WALHI Sulawesi Utara
8. Eksekutif Daerah WALHI Sulawesi Tengah
9. Eksekutif Daerah WALHI Sulawesi Tenggara
10. Eksekutif Daerah WALHI Sulawesi Barat
11. Eksekutif Daerah WALHI Sulawesi Selatan
12. Eksekutif Daerah WALHI Kalimantan Timur
13. Eksekutif Daerah WALHI Kalimantan Selatan
14. Eksekutif Daerah WALHI Kalimantan Tengah
15. Eksekutif Daerah WALHI Kalimantan Barat
16. Eksekutif Daerah WALHI Jawa Timur
17. Eksekutif Daerah WALHI Jawa Tengah
18. Eksekutif Daerah WALHI Yogyakarta
19. Eksekutif Daerah WALHI Jawa Barat
20. Eksekutif Daerah WALHI Jakarta
21. Eksekutif Daerah WALHI Lampung
22. Eksekutif Daerah WALHI Bengkulu
23. Eksekutif Daerah WALHI Sumatera Selatan
24. Eksekutif Daerah WALHI Bangka Belitung
25. Eksekutif Daerah WALHI Jambi
26. Eksekutif Daerah WALHI Riau
27. Eksekutif Daerah WALHI Sumatera Barat
28. Eksekutif Daerah WALHI Sumatera Utara
29. Eksekutif Daerah WALHI Aceh
30. Trend Asia
31. Yayasan Lembaga Bantuan Hukum Indonesia (YLBHI)
32. Perkumpulan Sumsel Bersih
33. Perkumpulan Jelata
34. POKJA 30
35. Yayasan Srikandi Lestari
36. Solidaritas Perempuan
37. Indonesian Center for Environmental Law (ICEL)
38. Jaringan Advokasi Tambang (JATAM)
39. AEER
40. 350 Indonesia
41. Greenpeace Indonesia
連絡先:
インドネシア環境フォーラム(WALHI / FoEインドネシア)
住所:Jln. Tegal Parang Utara No 14, Jakarta Selatan 12790. INDONESIA
email: informasi@walhi.or.id
TEL: +62-21-79193363
(翻訳:国際環境NGO FoE Japan)
[1] Jakarta Globe, “G7’s Climate Financing for Indonesia Under Negotiation: Envoy”, 2022年10月1日, https://jakartaglobe.id/news/g7s-climate-financing-for-indonesia-under-negotiation-envoy
[2] 日本国経済産業省とインドネシア共和国エネルギー鉱物資源省との間のエネルギー・トランジションの実現に関する協力覚書(2022年1月署名), https://www.meti.go.jp/press/2021/01/20220113003/20220113003-2.pdf
[3] 国際協力機構(JICA), 「インドネシア国低(脱)炭素化に向けた電力セクターに係る情報収集・確認調査」, 2022年3月, https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/1000047527.pdf
[4] IHI, 「ASEAN初となる事業用発電設備での燃料アンモニアの小規模混焼を実施」, 2022年10月13日, https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2022/resources_energy_environment/1198041_3473.html
[5] 気候ネットワーク,「水素・アンモニア発電の課題 化石燃料採掘を拡大させ、石炭・L N G 火力を温存させる選択肢」, 2021年10月, https://beyond-coal.jp/beyond-coal/wp-content/uploads/2021/10/posision-paper-hydrogen-ammonia.pdf
[6] Robert W. Howarth,Mark Z. Jacobson, ”How green is blue hydrogen?”, 2021年8月12日, https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ese3.956
[7] IEA, “Global Hydrogen Review2021” , 2021年11月, https://iea.blob.core.windows.net/assets/5bd46d7b-906a-4429-abda-e9c507a62341/GlobalHydrogenReview2021.pdf
[8] 自然エネルギー財団,「CCS火力発電政策の隘路とリスク」, 2022年4月14日, https://www.renewable-ei.org/activities/reports/20220414.php
[9] エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA), “Carbon capture: a decarbonisation pipe dream", 2022年9月, https://ieefa.org/articles/carbon-capture-decarbonisation-pipe-dream
[10] 三菱重工, 「インドネシアでのバイオマス混焼普及に向けた具体的なアプローチ手法を同国政府に提言 国営電力PLNグループおよび国立バンドン工科大学(ITB)と共同で」, 2022年3月30日, https://www.mhi.com/jp/news/22033001.html
[11] 三菱重工, 「インドネシアにおける既設火力発電所向け アンモニア利用発電の事業化調査に着手
経済産業省『質の高いエネルギーインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業委託』で2件採択」, 2022年6月3日, https://www.mhi.com/jp/news/22060302.html
[12] Mongabay, “South Korea faces a public reckoning for fiancing coal plants in Indonesia", 2021年4月15日, https://news.mongabay.com/2021/04/south-korea-faces-a-public-reckoning-for-financing-coal-plants-in-indonesia/
[13] CNBC Indonesia, “PLN Ramal Batu Bara untuk PLTU di 2022 Naik Jadi 119 Juta Ton", 2021年11月15日, https://www.cnbcindonesia.com/news/20211115120324-4-291547/pln-ramal-batu-bara-untuk-pltu-di-2022-naik-jadi-119-juta-ton
[14] Samarinda Pos, “Jatam Dorong KPC Disanksi Pidana: Disebut Picu Banjir Besar di Sangatta, Manajemen Membantah, 2022年3月24日, https://sapos.co.id/2022/03/24/jatam-dorong-kpc-disanksi-pidana-disebut-picu-banjir-besar-di-sangatta-manajemen-membantah/
[15] エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA), 「インドネシアはよりグリーンな方向を望んでいるが、PLN は石炭火力発電所の余剰容量のために身動きがとれない―日本と中国の投資家が立ち上り、解決に関わる時だ」, 2022年11月, https://ieefa.org/wp-content/uploads/2022/03/Indonesia-Wants-to-Go-Greener-but-PLN-Is-Stuck-With-Excess-Capacity_November-2021_JAPANESE_F.pdf