日・フィリピン市民団体が住友金属鉱山に要請「パラワン州でのニッケル採掘・製錬事業の停止を」―水質汚染とコミュニティ被害の拡大の可能性を懸念

2025年3月21日、フィリピン及び日本の4市民団体(環境法律支援センター(ELAC)、FoEフィリピン、アジア大平洋資料センター(PARC)、FoE Japan)は、住友金属鉱山株式会社に対し、地域コミュニティへの破壊的な影響を回避するための効果的かつ公開された検証可能な対策が策定され、実施されるまで、フィリピン・パラワン州におけるコーラルベイニッケル製錬事業及びリオツバニッケル鉱山事業を停止するよう求める要請書を提出しました。

FoE Japanと協力して2009年から水質調査を行ってきた専門家の報告書によれば、リオツバニッケル鉱山の既存採掘鉱区から流れてくるトグポン川で、国内外の環境基準を超える六価クロムが雨季に常時検出されています。2024年9月の雨季には、その15年間の水質調査のなかで最大の六価クロム濃度が観測されました。市民団体の再三の指摘にもかかわらず、同事業において10年以上にわたり有効な水質汚染対策が講じられてきていないことは明らかです。

現在、脱炭素化の取り組みの中でニッケルの世界的な需要増加が見込まれるなか、同地域では採掘事業の拡張が始まっていますが、これまでも有効な対策が取られていない以上、他の河川にも同様の水質汚染が拡大する可能性が高いと言えます。同事業周辺で生活用水や農業用水を河川に依存している先住民族や農民が、今後数十年にわたり悪影響を被る可能性は否めません。六価クロムは発がん性であり、皮膚炎等も引き起こす強い毒性を有するため、より多くの地域コミュニティが健康被害のリスクに晒されることにもなります。

住友金属鉱山は、パラワン州南部バタラサ町で2005年からHPAL製錬所の操業を続けるコーラルベイニッケル社(CBNC)の親会社(100%)で、同製錬所で製造されたニッケル・コバルト混合硫化物はすべて日本の同社工場に運ばれ、電池材料等の生産に使われています。同社の電池材料はテスラ社やトヨタ自動車の車載バッテリにも正式採用されています。また同社は原料調達先であるリオツバニッケル鉱山社(RTNMC)の最大出資者(60%)であるニッケルアジア社(NAC)にも26%を出資しています。

PARC事務局長である田中滋は、「気候危機がいまのように喫緊の課題となったのは先進工業国が何十年も対策を怠ってきたからにほかなりません。速やかに脱炭素を実現しなければならないための代償をフィリピンのコミュニティが払わなければならない道理はどこにもありません。無謀で、危険で無責任な鉱物採掘は停止し、それ以外の方法でパリ協定の合意内容を実現するために必要な対策を考えなければなりません。少なくとも、このような採掘行為からは 『人権デューディリジェンス』が行なわれた形跡が欠片も見当たりません」と指摘しました。

FoEフィリピンのキャンペーン・サポート及びリンケージ・コーディネーターであるレオン・ドゥルセは、「CBNC‐住友金属鉱山の長年にわたる環境被害は、不公正なエネルギー移行鉱物の経路を示す明らかな例です。パナソニックやテスラのような電気自動車企業がCBNC-住友金属鉱山のニッケル・バリューチェーンから利益を得ている一方で、フィリピンのホスト・コミュニティは、六価クロム汚染による被害とは比較にならない微々たるロイヤルティに苦しめられているのです。日本もフィリピンも、国連『ビジネスと人権に関する指導原則』などの国際的な説明責任の枠組みに違反しています。しかし、こうした国際的な枠組みは、オランダにおけるVereniging Milieudefensie等の対ロイヤル・ダッチ・シェルの裁判でのように、政府が遵守しなければならない要件として世界中の裁判所によって次第に認められつつあります。」と述べています。

FoE Japanの開発と人権チームキャンペーナーである波多江秀枝は、「私たちがリオツバニッケル鉱山の周辺で行ってきた15年間の水質調査の結果から、住友金属鉱山やその関連会社が有効な水質汚染対策をいまだに策定・実施できていないことは明らかです。脱炭素と銘打たれた取り組みの中で、地域コミュニティの生活が長期にわたり脅かされることがあってはなりません。同事業の周辺で生活を営む地域コミュニティの健康や生計手段を守り、人権を保護するためにも、住友金属鉱山は効果的な対策が透明性のある形で策定・実施されるまで、同地域でのニッケル採掘・製錬事業を停止し、出資者・調達者としての責任を果たすべきです。」とコメントしました。

ELAC事務局長であるグリゼルダ・マヨ・アンダは、「ELACは、パラワンの戦略的環境計画など自然林に関する現行の法律があるにもかかわらず、リオツバニッケル鉱山社にブランジャオ山系で52,000本の木を伐採する特別伐採許可が発行されたことを強く懸念しています。ブランジャオ山系の豊かな生物多様性、原生林の存在に関する調査結果がいくつか発表されてきました。この地域には水源地があり、山のふもとには農地が広がっていることから、これは非常に憂慮すべきことです。この数十年間、(鉱山の下流側に位置する)低地における汚染は完全に解決されていません。何千本もの樹木が伐採されれば、森林伐採が進み、野生動物や地域コミュニティが移転を余儀なくされることでしょう。これは最終的に、生物多様性と地域コミュニティの福祉を危険にさらし、気候レジリエンスを低下させることになります」と述べました。

詳細は、以下の要請書をご覧下さい。
 >PDFはこちら(和訳) >英語原文はこちら 

【要請書】フィリピン・パラワン州におけるニッケル採掘・製錬事業の停止を

(本要請書の原文は英語。以下はFoE Japanによる和訳)

2025年3月21日

住友金属鉱山株式会社
代表取締役社長 松本 伸弘 様

 私たち、以下に署名する市民社会団体は、住友金属鉱山株式会社(SMM) に対し、地域コミュニティへの破壊的な影響を回避するための効果的かつ公開された検証可能な対策が策定され、実施されるまで、パラワン州におけるニッケル製錬事業を直ちに停止するよう要請します。貴社とその関連企業が、貴社の事業活動に関連するニッケル採掘現場から流出する水に含まれている有毒な重金属によって継続的な汚染が起きているにもかかわらず、10年以上にわたり有効な対策を取ってこなかったことは極めて遺憾です。

 貴社の100%子会社[1]であるコーラルベイニッケル社(CBNC)が操業するHPAL製錬所、また貴社が出資およびサプライチェーンの両面で事業に関係しているリオツバニッケル鉱山社(RTNMC)の採掘現場周辺に暮らすフィリピン・パラワン州の先住民族を含む地域コミュニティは、この汚染による健康被害のリスクに晒されてきました。さらに、RTNMCは既存鉱区に加え、新たな採掘活動による水質汚染を防止するための検証可能な対策を一切提示することなく、ブランジャオ山での採掘拡大に着手しています。ブランジャオ山を水源とする河川や小川に生活用水や農業用水を依存している先住民族や農民が、今後数十年にわたり同様の汚染に苦しみ続けることは誰の目にも明らかです。

 電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの普及など脱炭素社会に向けた取り組みの中で、世界的なニッケル需要の増加が見込まれる[2]中、新たな採掘の拡大によってより多くの地域コミュニティが被害を受けるのであれば、「公正な」エネルギー移行とは程遠い状況と言えます。したがって、地域コミュニティの生活や人権を確実に守るために、私たちはSMMに対して以下のことを要求します。

  1. 既存の鉱山開発地域周辺で継続的に起きている水質汚染を食い止めるため、一連の試験済みかつ検証可能な対策と、それらの対策の実施スケジュールを公開すること。
  2. ブランジャオ山における新たな鉱山開発地域周辺で将来水質汚染が起きるのを防止するため、一連の試験済みかつ検証可能な対策と、それらの対策の実施スケジュールを公開すること。
  3. 上記の対策について、影響を受ける現地コミュニティから自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)を取得すること。また、採掘事業において議論となるような矛盾が見つかった場合には、同意を撤回できる手続きを含むこと。
  4. 上記すべてが満たされるまで、CBNCとRTNMCによるすべての採掘および製錬事業を停止すること。

 パラワン州バタラサ町のリオツバニッケル鉱山の周辺で、FoE Japanが専門家[3]の協力を得ながら、2009年から今日まで行ってきた継続的な水質調査(2020年から2022年はコロナ禍のため一時中断)では、RTNMCの既存採掘鉱区から流れてくるトグポン川の定点で、環境基準を超える六価クロムが雨季に常時検出されています。六価クロムは発がん性であり、皮膚炎等も引き起こす強い毒性を有する物質です。

図:トグポン川中流調査点における六価クロムおよび全クロム濃度の経年推移(添付報告書より抜粋)

 同専門家が15年間の調査結果をまとめた報告(2024年12月4日)(本要請書に添付)によれば、トグポン川では六価クロムと全クロムの値が乾季には低くなるものの、雨季には日本の環境基準及び水道法基準(いずれも0.05mg/L、改正後は0.02mg/L)を著しく超過していることが明らかとされています(上図参照)。また直近の2024年9月の雨季には、連日大雨が続く中、基準の24~30倍に相当する15年間で最大の六価クロム(0.6mg/L)と全クロム(0.471mg /L)が観測されました(下写真参照)。フィリピンの最新の環境基準は六価クロムの基準を淡水で0.01mg/L(排水基準は0.02mg/L)、海水で0.05mg/L(同0.1mg/L)と規定[4]し、飲料水はトータルクロムの基準を0.05mg/Lと規定[5]しているため、フィリピン国内の基準を超過していることも言うまでもありません。

(写真)連日大雨が続いていたパラワン州バタラサ町トグポン川の様子(2024年9月。FoE Japan)

 また同報告書では、既存鉱区の開発がトグポン川に深刻な六価クロム汚染だけでなく、ニッケル汚染を引き起こし、さらにはリオツバ入江にもたらされる有害ヘドロの堆積により生態系の破壊が進んでいる可能性も指摘しています。

 貴社は、CBNCがRTNMCとも協力し、2012年頃から野積みされた低品位鉱に対するカバー掛け、沈殿池の増設や拡幅、また、トグポン川につづく沈殿池の出口付近での活性炭の設置など、六価クロムの流出を軽減する対策をとっていると説明してきました。しかし、この15年間、トグポン川の水質汚染の状況は改善の兆しを見せていません。つまり、CBNC及びRTNMCは効果的な汚染対策をとることができておらず、鉱山からの汚染排出を適切に管理できていないということになります。

 近年、極端な気象現象がより頻繁に起こり、豪雨による洪水や土砂災害も増えている中、大雨の続く2024年雨季に15年間で最大の六価クロムが観測されたことは、今後、より破壊的な環境汚染が引き起こされる可能性を示唆しています。また、事業者が有効な汚染軽減対策を講じることができていない以上、冒頭で述べたとおり、RTNMCによるブランジャオ山での新たな採掘行為が他の河川に同様の環境汚染を引き起こすことは容易に推測できます。これは、ブランジャオ山を水源とする河川に生活用水や農業用水等を依存している住民が数十年にわたって、健康被害や生計手段への悪影響等を被る可能性があるということです。

 貴社はCBNCが製造したニッケル・コバルト混合硫化物をすべて貴社の日本の工場へ運び、電池材料[6]等を生産しています。そしてCBNCは貴社の100%子会社です。また貴社はRTNMCの最大出資者(60%)であるニッケルアジア社(NAC)に26%を出資[7]しており、出資者としての責任もあります。

 貴社の「鉱物調達に関する方針」[8]では、人権侵害や環境破壊などに関わる恐れのある鉱物の調達は行わないことが明記されています。またCBNCによる製錬事業の原料調達先であるRTNMCの採掘事業が引き起こす/引き起こしている人権侵害、つまり、サプライチェーン上の人権侵害についても、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」等の国際規範に基づく、貴社の「人権に関する方針」[9]に則った適切なデューデリジェンスが実施されるべきです。

 脱炭素化の取り組みに不可欠とされるニッケルの開発拡大によって、ブランジャオ山の周辺に暮らす地域コミュニティの生活が長期にわたり脅かされるような状況は、「公正な」エネルギー移行とは言えず、看過されるべきではありません。私たちは、貴社がニッケル開発の負の影響を受ける地域コミュニティの人権デューデリジェンスを適切に行うとともに、パラワン州のニッケル開発現場における有効な環境汚染対策の策定と実施を確保できるまで、CBNCの製錬事業を停止するよう求めます。なお、同事業の停止にあたっては、関連する労働者の生活維持のための措置を講じるなど、労働者への十分な配慮も忘れてはなりません。

別添資料:大沼淳一(名古屋大学災害研究会)「パラワン島リオツバ地区におけるニッケル採掘および現地精錬に起因する六価クロムなどによる環境汚染について」(2024年12月4日)

【署名団体】
Environmental Legal Assistance Center (ELAC)
Legal Rights and Natural Resources Center (LRC) / FoE Philippines
国際環境NGO FoE Japan
アジア大平洋資料センター(PARC)

Cc:
国際協力銀行 代表取締役総裁 林 信光 様
日本貿易保険 代表取締役社長 黒田 篤郎 様
Initiative for Responsible Mining Assurance (IRMA)

【連絡先】
国際環境NGO FoE Japan
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
TEL: 03-6909-5983   FAX: 03-6909-5986
E-mail: hatae@foejapan.org


[1] 住友金属鉱山プレスリリース(2025年1月7日)(https://www.smm.co.jp/en/news/release/2025/01/001934.html

[2] IEA “Global Critical Minerals Outlook 2024” p.136-153(https://iea.blob.core.windows.net/assets/ee01701d-1d5c-4ba8-9df6-abeeac9de99a/GlobalCriticalMineralsOutlook2024.pdf

[3] 大沼淳一氏(名古屋大学災害研究会、元愛知県環境調査センター主任研究員)

[4] 環境天然資源省(DENR)行政命令2016-08号 「水質ガイドライン及び排水スタンダード」(2016年。猶予期間5年)

[5] 保健省(DOH)「国家飲料水基準」(2017年)

[6] 同社の電池材料は米国の電気自動車最大手テスラ社やトヨタ自動車の車載バッテリにも正式採用されている。

[7] 住友金属鉱山ウェブサイト「Overseas Core Facilities」 (https://www.smm.co.jp/en/corp_info/location/overseas/ )(2025年2月14日最終閲覧)

[8] https://www.smm.co.jp/en/sustainability/management/procurement/

[9] https://www.smm.co.jp/en/sustainability/management/humanrights_procurement/

本件に関する問合先

ELAC アナベラ・レイエス belle.reyes0778@gmail.com
FoEフィリピン レオン・ドゥルセ ldulce.lrc@gmail.com
PARC 田中滋 office@parc-jp.org
FoE Japan 波多江秀枝  hatae@foejapan.org

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動画「脱炭素技術の裏側で リオツバ・ニッケル鉱山の拡張がもたらすもの」

 

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