【解説記事】公的資金の使い方としてどうなの?対米投融資の是非

トランプ政権が世界各国から米国への輸出品に対する関税を引き上げると発表した後、日本は関税交渉を経て5500億ドル(約80兆円)の対米投資や、液化天然ガス(LNG)を含む米国のエネルギーを年間計70億ドル規模で追加購入などといった条件と引き換えに関税引き下げの合意に至った。そこで打ち出された対米投融資の第一弾として、三つの事業が2026年2月18日に発表された。発表を受け、同日に日本の公的金融機関である国際協力銀行(JBIC)と日本貿易保険(NEXI)は同事業群について融資または付保の検討を始めた。今回の解説記事では、これらの事業の問題点について解説する。
「第一弾」事業の諸問題
第一弾として発表されたのは、オハイオ州の世界最大級となる920万キロワットのガス火力発電施設(事業費約333億米ドル)、テキサス州の原油積み出し港(原油輸出ターミナル:事業費約21億米ドル)、そして合成ダイヤモンド製造・販売事業(事業費約6億米ドル)の三つである。今回は特にガス火力発電所と原油輸出ターミナルについて取り上げる。これらの事業自体にまず2つの問題点がある。
第一の問題点は、拙速すぎる決定プロセスと事業の具体性の無さである。920万キロワットに及ぶオハイオ州の発電所の規模は巨大である。原発一基の発電量が100万キロワットとされているので、同発電施設は原発9基分の規模に相当する。ここまで大きい事業を建設するなら一層念入りな準備・計画があって然るべきだが、その実態、具体性は見えない。
まず事業の発表時点で、事業の建設地があるとされる地域の経済開発局長等はいずれも「建設予定地について情報を持っていない」と証言している。また、ブルームバーグによれば、ソフトバンクやパナソニックを含む少なくとも13社の日本企業・団体がオハイオのガス火力事業に関与しているが、拘束力のある契約への署名や投資のコミットメントをした企業・団体は一社もないという。さらに発電事業者の系統連系を承認する地域送電系統運用機関も何ら通知を受けておらず、建設を承認するオハイオ州電力設置委員会も同様である。
具体性が見えないのはテキサス州の原油積み出し港も同じである。報道によれば、誰も同事業を「建設したがらない」という。今回の事業は深海ターミナルとされているが、深海ターミナル建設はそもそも過ぎ去ったブームであり、シェブロンやエンブリッジなど大手が参画した同種の深海ターミナルの先行事業でさえ、顧客・開発パートナーが相次いで撤退し、最終投資決定に至っていない。さらに、今回の合意発表前に米政府が今回のテキサス原油輸出ターミナルの許可取得発表をした際も、開発事業者であるSentinel Midstream自身がコメントを拒否しプレスリリースも出さなかった。同記事でアナリストは「短期的には、これらの深海ターミナルを実際に建設しようとするインセンティブは事業者側にない」と指摘している。
第二の問題は事業の実現可能性である。テキサス州の原油積み出し港は、上述の事業者の間のインセンティブ欠如という問題に加え、米国の原油生産量は2021年以来初めて減少に転じると米エネルギー情報局(EIA)が予測(具体的には、2027年に前年比約2%減)する中、アメリカが海外に石油を輸出する余力が少なくなることを指摘する声もある。
実現可能性の問題はオハイオガス火力も同様である。この規模の発電所を完成させるには、火力発電所に必要なタービンが近年不足していることを考慮しなかったとしても、数年、場合によっては10年かかる可能性があるとの見方がある。トランプ政権の残り任期は2029年1月まで約3年。建設を始められたとしても、政権交代した場合の政策転換リスクは無視できない。タービン不足も深刻で、Global Energy Monitorのデータによると、開発中の火力発電所の3分の2はタービン受注先メーカーが決まっておらず、ガス火力発電の拡大規模が制限される可能性があるとしている。
新規ガス事業を支援する問題点
そもそも、新規のガス事業を支援すること自体が気候変動対策と根本的に矛盾する。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の試算によれば、現在稼働中・計画中の化石燃料インフラからだけで、すでに2℃を超える温度上昇につながる量の二酸化炭素が排出される見通しであり、新たなガス事業を開発する余地はない。国際エネルギー機関(IEA)も、2050年までに温室効果ガスをネットゼロにするロードマップに関する報告書で、そのロードマップに新規の化石燃料事業は必要ないと結論している。今回のオハイオ州ガス火力やテキサス原油ターミナルへの投資は、「化石燃料からの脱却」を宣言したCOP28の成果文書にも、日本が締約国であるパリ協定の1.5℃目標にも逆行するものである。
さらに深刻なのが、メタン排出の問題だ。天然ガス(化石燃料ガス)の主成分であるメタンの温室効果は、100年単位で見ると二酸化炭素の29.8倍、20年スパンで見ると82.5倍と非常に大きい。ガスを船で輸出するために液化したものである液化天然ガス(LNG)の場合、採掘から液化・輸送・再ガス化まで、あらゆる過程でこのメタンが漏れ出す。米コーネル大学の研究によれば、このようなメタン排出も考慮すると、LNGの全過程を通しての温室効果ガス排出量は石炭より33%も多いことが報告されている(米国で生産されるLNGの場合)。今回のオハイオ州のガス火力発電所が完成・稼働した場合、年間約1,500万トンの二酸化炭素を排出する可能性があり、天然ガスのサプライチェーン、特に採掘時のメタン漏出も考慮すれば、気候への打撃はさらに大きくなる。
JBICによる今回の投融資は、すでに深刻な水準にある日本の「隠れた莫大な温室効果ガス排出」をさらに拡大させるものでもある。FoE Japanが委託した調査によれば、2024年のJBICの帰属排出量は4億800万トン(二酸化炭素換算)に達しており、仮にJBICを一つの国と見なした場合、フランス、英国、イタリアを上回る世界第20位の排出国に相当する。JBICの年間温室効果ガス排出量の推移は、IPCCが求める2030年までの削減ペース(2019年比43%減)と既に整合しておらず、今回融資検討開始した事業を実際に融資することになれば、JBICの年間排出量の推移はさらに1.5℃目標から乖離することになる。
公的資金の使い道としての問題
第三の問題は、責任ある公的資金の使い方として適切かという点である。 神津たけし議員による質問主意書(2025年12月8日)で指摘されているように、JBICの2025年3月末時点の出融資・保証残高の合計は約17兆円、NEXIの保険責任残高は約15兆5,000億円にすぎないが、今回の枠組みでは3年間で最大85兆円規模の投資対応が想定されている。両機関の現在の規模を遥かに超えるこの投資に対応するため、政府は2025年度補正予算でJBICに2,700億円、NEXIに1,000億円の財務基盤強化費を計上した。事業が失敗した場合の公的資金注入について政府は「仮定の質問」として答弁を回避しているが、前述の事業の問題点を踏まえればリスクは明らかである。
事業の不公平性も公的資金の使い道として疑義を投げかける。事業のスキームが構造的に日本に不利な「不平等な枠組み」であるためだ。 野村総合研究所のアナリストは第一弾投資決定の土台となった日米間の覚書について「米国主導、米国優位の枠組みであり、日本にとってはかなり不平等な取り決め」と評している。問題は、投資先の最終決定権が実質的に米大統領に委ねられ、日本は「協議委員会への参加にとどまる」という非対称性だ。さらに利益配分も、日本が元本を回収するまでの間は日本と同額のキャッシュフローを取得し、日本が元本を回収した後は「米国側の様々な貢献に鑑み」米国90%、日本10%という著しく偏った構造になっている。大石あきこ議員が質問主意書で指摘したように、「日本側のみが実質的なリスクを負担し、米国側は出資も融資も行わないにもかかわらず」、最終的には米国が収益の9割を得るという不平等な仕組みである。資金を出し、リスクを負い、利益は少ないという構造は、政策金融機関の本来の目的、すなわち日本国民のための投融資、とは相容れないだろう。
融資検討プロセスの問題
第四の問題は、融資検討プロセスそのものの異例さである。JBICとNEXIは、2月18日の事業発表当日から2つの化石燃料インフラへの融資・保険の検討を開始した。しかし両機関の環境社会配慮ガイドライン上、意思決定前に環境影響評価の公開が求められるが、オハイオ州のガス火力発電所は、発表時点で建設予定地すら定まっておらず、環境影響評価も未作成の状態である。にもかかわらず、すでに「意思決定時点で環境影響評価等を入手しえないプロジェクト」として分類した上で融資検討を開始している。本来このような分類は「資源開発プロジェクトの初期段階における権益取得案件等」を念頭に置いた例外規定であり、電力インフラ建設事業がこれに該当するとは考えにくい。FoE Japanおよび「環境・持続社会」研究センター(JACSES)がこの点についてJBICおよびNEXIに質問したところ、「例示した案件例以外にも、個別案件によっては、本件に該当することはある。」と回答した。ただ例外は例外であり、両機関の環境社会配慮ガイドラインの実効性を損ねる悪しき前例になってはならない。またテキサス州原油輸出インフラプロジェクトについては、公開されている環境影響評価に住民との協議の記録がなく、JBIC/NEXIガイドラインで確認するとしている住民との協議の記録をどのように確認したのか定かではない。
こうした対応が示すのは、通常であれば融資判断の前提となるはずの環境・社会リスク審査が、政治的な決定の後追いになってしまっているという問題である。このような意思決定のあり方が、今後の先例となってはならない。特に関税交渉の結果として第二弾、第三弾投融資パッケージが発表される可能性があり、その都度、実現可能性や採算性への疑問が付きまとう事業に、適切なプロセスを経ずに日本の公的資金が投じられるリスクがある。FoE Japanをはじめとする日米など29の市民団体は2月20日の共同声明で、「関税交渉の取引材料として化石燃料事業に公的資金を投じることは、責任ある公的資金の使い道ではない」と訴えている。
ちなみに、対米投融資の第2弾の中には、小型原子炉(SMR)が有力候補として含まれている。しかし、SMRに関しては、JBICも出資していたニュースケール社が、2023年、米西部アイダホ州でのSMRの建設計画に失敗し、撤退したことが記憶に新しい。これは、同社のSMR事業が多額の補助金を入れてもなお、価格競争力がなく、経済合理性がないものであったためである。同社に限らず、SMRの発電容量(MW)当たりの建設コストは従来の原発よりも高く、ビジネス上のリスクが高い分野である。
化石燃料依存こそ根本問題
米化石燃料産業に無理やり貢献させられているのは日本だけではない。トランプ政権は関税を武器に、日本だけでなく韓国、EU、台湾など主要な貿易相手国に対して一斉に米国産化石燃料の購入と投資を迫っている。米韓合意では韓国が2028年までに1,000億ドル分のLNGなどエネルギー製品を購入することが盛り込まれた。 EUとの合意でも、今後3年間で天然ガス、核燃料等を総額7,500億ドル相当、台湾も2029年までの間に444億ドルのLNG・原油を購入すると合意した。関税を盾に米国産化石燃料の輸出を世界規模で拡大するトランプ政権は、化石燃料依存という構造そのものを世界に固定化させている。気候変動時代にあってはならないことだ。
この化石燃料依存構造が危険に晒すのは地球環境だけでなく、国家の主権とも言える。トランプ大統領は2026年1月、ベネズエラ大統領を武力で拘束した後「ベネズエラ暫定当局が制裁対象の石油3,000〜5,000万バレルを米国に引き渡す」と発表し、「収益は米国大統領として私が管理する」と述べた。武力を使ってでも化石燃料を搾取し、その化石燃料を売って儲かってしまう構造、これに私たち日本市民も与していいのか改めて問われるべきである。
脱化石燃料、脱原発、そして再エネ拡大こそ、主権とエネルギー安全保障を取り戻し気候変動影響も軽減させる、公的資金の最善の使い道である。日本が今後も化石燃料ガスへの依存を深めれば、今後も関税交渉等でガス購入を迫られる可能性がある。さらには昨今のイラン情勢やロシアによるウクライナ侵攻時のように、紛争等でエネルギー供給が途絶えたりエネルギー価格が高騰して家計に大打撃を与えかねない。逆に言えば、再生可能エネルギーへの移行を本気で進め、化石燃料ガス依存から脱却することは、単なる気候変動対策にとどまらず、トランプ政権のような外圧や紛争から日本のエネルギー政策の自律性を守るための、最も現実的な安全保障戦略でもある。今回の対米投融資をきっかけに、「なぜ日本はこれほど化石燃料ガスに依存し続けているのか」という根本的な問いを、エネルギー政策の観点から改めて問い直す必要がある。