インドネシアの農家・女性らが日本大使館に要請「日系ニッケル開発事業による人権侵害を回避するため、モニタリングを」

PT Vale Indonesiaのニッケル開発事業による人権侵害を回避するため、在インドネシア日本国大使館にモニタリングを求める要請書を提出した南スラウェシ州の農家・女性ら(2023年10月4日)

 2023年10月2~5日にかけ、インドネシア南スラウェシ州ソロワコ・ニッケル開発の探査・採掘拡張に反対する胡椒農家と女性ら11名が首都ジャカルタを訪問し、インドネシア大統領府、エネルギー・鉱物資源省、環境林業省、国家人権委員会、国家女性人権委員会、ノルウェー大使館とそれぞれ会合を持ち、要請書及び農家1,103名、女性390名の署名、胡椒農家に関する経済評価調査報告書、ファクトシート(和訳)等の関連資料を提出しました。

 要請書では、自分たちが営んできた胡椒畑がPT Vale Indonesia(PTVI)の鉱業コンセッションから除外されること、こうして声をあげている農家・女性らに対する軍・警察による人権侵害がこれ以上起きないよう対応すること等を各関連機関に求めています。また、農家・女性らを支援する現地NGO WALHI 南スラウェシ等が行った経済評価調査では、PTVIが探査を2022年に始めたタナマリア鉱区のロエハ村及びランテ・アギン村に4,200ヘクタール余りの胡椒畑があり、探査・採掘拡張が進めば、多くの女性を含む胡椒農家3,300人以上と農業労働者10,000人以上が生計手段を失う恐れがあると指摘しています。

 胡椒農家と女性らは在インドネシア日本国大使館も訪問しましたが、「個別の企業活動のため、大使館は直接話を聞く立場になく、企業と直接話すことが望ましい」との理由で会合は断られたため、大使館の建物前での要請書及び署名、胡椒農家に関する経済評価調査報告書、ファクトシート(和訳)等の関連資料の提出にとどまりました。日本大使宛ての要請書で、農家・女性らは、住友金属鉱山や三井物産の出資者としての関与や、同事業で生産されたニッケルマットが全量日本に輸出されている事実を指摘。日本政府と企業が、PTVIの採掘と精錬活動から大きな利益を得ている当事者であるため、人権侵害を回避すべく、日本政府としてもしっかりとモニタリングするよう要請しています。

 PTVIが採掘活動の拡張を計画しているタナマリア鉱区では、2022年から探査活動が開始されましたが、「事前の協議は無かった」とほとんどの農家が話しています。今年5月以降、胡椒栽培に携わる多くの農家・女性らはPTVIに探査・採掘拡張を止めるよう声をあげてきました。7月には、PTVIの探査の拠点となっている駐屯地前で、1,000人近くが抗議活動も行いました。

 しかし、6月には重武装の警察官が村の居住地に現れ、7月の抗議活動の現場にも重武装の警察機動旅団が配備されました。また7月の抗議活動後もPTVIは探査活動を進めるため、インドネシア国軍を伴い、胡椒畑に現れることがありました。今回、ジャカルタで各政府機関への要請書の提出を終えた胡椒農家・女性らに対し、現地でまた警察や軍による人権侵害が起きる可能性は否めません。

 日本政府は『国連ビジネスと人権指導原則』に基づき、人権保護の義務を負う立場です。日本政府が2022年9月に策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」でも、「特に国家等の関与の下で人権侵害が行われている場合には、日本政府に期待される役割を果たしていく。」と明記されており、今回のようにインドネシアの警察・軍による住民への人権侵害が懸念されるニッケル開発のケースでも、日本政府としてしかるべき役割を果たすことが求められています。

 以下、今回の胡椒農家・女性らのジャカルタ訪問時に現地団体が発出したプレスリリースの和訳です。

南スラウェシ州タナマリアにおける住民の管理する地域からヴァーレ社の鉱業コンセッションの撤廃を

プレスリリース

WALHI南スラウェシ、ロエハ胡椒農民団体、ロエハ女性団体

2023 年 10 月 6 日

 スラウェシ島におけるニッケル鉱山の拡張は、住民の管理する地域と環境、特に森林生態系と農家・女性の畑を脅かし続けています。私たちは、南東スラウェシのワウォニイ島におけるニッケル鉱山拡張の影響により、数千ヘクタールに及ぶコミュニティのクローブ畑に被害と損失をもたらした紛争を未だに忘れていませんが、今、南スラウェシ州東ルウ県の数千人の胡椒農家が直面することになる新たな問題が起きています。

 南スラウェシ州東ルウ県では、トウティ郡ランテアギン村とロエハ村の数千人の農家・女性たちが深刻な紛争に直面しています。なぜなら、タナマリアと呼ばれる地域の農家・女性たちが有する4,239ヘクタールの胡椒畑が、ニッケル採掘会社であるPT Vale Indonesia(PTVI)によって立ち退きの危機にさらされているからです。それだけでなく、この地域に広がる熱帯雨林と湖の生態系もまた、ニッケル鉱山の拡張による被害の脅威にさらされています。

 コミュニティにとって、森林、湖、胡椒畑は相互に関連した機能を持つ切っても切れない関係にある生態系です。そのうちのひとつが被害を受ければ、コミュニティの生活や、その周辺のスラウェシ固有の動植物もまた破壊され、消滅してしまうかもしれません。

 特に胡椒畑はそうです。コミュニティ、特に女性にとって、胡椒畑は両親から受け継いだ最も貴重な遺産なのです。胡椒畑は彼女たちの主な生計手段です。胡椒畑から、農民たちは日常生活のための資金を調達し、基本的なものや二次的なものを購入し、子供たちを高等教育まで通わせることができるのです。タナマリアの農民が管理する胡椒畑は、他の人々を農業労働者として雇うことができ、農業労働者たちは1人あたり1日80,000ルピアの最低賃金を得ています。そうすることで、農民たちは政府、特に南スラウェシにおける失業者の減少にも貢献しているのです。

 さらに、タナマリアの農家・女性による胡椒畑の経済評価調査によると、胡椒畑の生産による経済価値は、1期/年あたり3.6兆ルピアにも上るとのことです。この数字は、経済価値や 多額の経済活動・売上高、そしてインドネシア、特に南スラウェシの経済への多大な貢献を考えると、もちろん政府、PTVI、PTVIの株主にとって無視できないものです。

 タナマリア(ロエハ村とランタンギン村)の農家・女性に対する農地管理と生計手段の喪失の脅威がますます現実味を帯びてきているため、WALHI南スラウェシは、ロエハ・ラヤ胡椒農民団体とロエハ・ラヤ女性団体の代表とともに、月曜日から木曜日(2023年10月2日から5日)までジャカルタに赴き、ジョコ・ウィドド大統領にタナマリアにおけるPTVIの鉱業コンセッションを撤廃するよう要請しました。環境林業省には、PTVIに対して新たなIPPKH(林地賃貸利用許可)を発行しないよう要請しました。またエネルギー・鉱物資源省に対しては、タナマリア鉱区におけるPTVIへの鉱業コンセッションを見直すよう要請しました。

 この貴重な機会に、ロエハ・ラヤの農家・女性たちは、PTVIに出資している企業や金融機関のある他国の複数の政府も訪問し、話し合いを行いました。農民たちは、これらの企業や金融機関の出資が、立退き、暴力、脅迫、テロ行為、人権侵害、地域社会、そして特に女性や子どもたちの貧困化につながらないことを願っています。私たちは、PTVIの株主が、PTVIのニッケル鉱業コンセッションからタナマリアの畑と森林を除外するよう求めている何千人もの農家・女性たちの要求を尊重することを願っています。

タナマリアの鉱業コンセッションの放棄を要求することは、ValeとValeの株主に損失を生じさせるものではない

 1968年以来、PTVIはタナマリア地域で17,776.78ヘクタール、つまり、スラウェシ島(中スラウェシ、南スラウェシ、南東スラウェシ)のPTVIの全鉱業コンセッションの15%にあたるコンセッションを取得しています。この会社が2022年初頭から行っている探査は、ランテアギン村とロエハ村の農家・女性たちに深刻な懸念をもたらしてきました。コミュニティの懸念は、PTVIが環境林業省に申請したタナマリア鉱区における探査のための林地賃貸利用許可(IPPKH)の延長による影響に関連するものです。

 現在、農民、農場労働者、その他さまざまな立場の人々が、この反対運動で団結しています。彼らはインドネシア政府に対してタナマリアをPTVIの鉱業コンセッションから除外するよう求める要請書に1,404人の署名を集めました。基本的に、PTVIとその株主は、タナマリアのコンセッションを放棄しても損失を被ることはないと私たちは考えています。なぜなら、PTVIのタナマリアにおける鉱業コンセッションは、スラウェシ島の全コンセッションのわずか15%に過ぎないからです。

 一方、もしPTVIがタナマリア鉱区を放棄する意思を示すならば、PTVIはインドネシアにおけるビジネスと人権の実践、特に人権尊重の一環として農家・女性の要求を尊重する姿勢を示したことになります。

 さらに、タナマリアにおける農家・女性の生活を守るための努力と犠牲は、非常に大きなものでした。現在でも、タナマリア地域で農業を営む5つの村の農民が団結し、立退きの危機から農地を守っています。加えて、地元政府、県政府、中央政府との協議を通じた提言活動や、タナマリアにあるPTVIの事務所(キャンプ)前での抗議活動も行われてきました。

 ロエハ村とランテアギン村の数千人の胡椒農家は、今後もPTVIに自分たちの声に耳を傾けてもらう努力を続けるでしょう。環境の持続可能性と地域社会の福祉は、自然資源管理に関わるいかなる政策やプロジェクトにおいても最優先されなければなりません。

 最後に、このプレスリリースを通じて、ロエハ・ラヤ胡椒農民団体は、ロエハ・ラヤ女性団体とともに、ランテアギン村とロエハ村の農家・女性の生活と生計手段を直ちに守り、森林生態系とトウティ湖を保護するよう、すべての関係者に要請します。

 私たちは特に以下のことを要求します:

  1. ジョコ・ウィドド大統領と議会、エネルギー・鉱物資源省に対し、特にタナマリア鉱区におけるPTVIの鉱業コンセッションを見直し、タナマリアをPTVIの鉱業コンセッションから除外すること。
  2. 環境林業省に対し、タナマリア鉱区においてPTVIに対する探査用のIPPKHを発行せず、継続しないこと。
  3. 国家人権委員会と国家女性人権委員会に対し、PTVIの鉱山拡張から環境と生活を守るために闘っているすべての農家・女性をモニタリングし、保護すること。
  4. PTVIのCEOに対し、ロエハ村とランテアギン村の農家・女性たちと適切な方法で直接対話し、コミュニティの願望や要望を聞くこと。
  5. PTVIの株主企業に対し、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に従い、コミュニティの主要な生計手段である農地の保護を求めているロエハ村とランテアギン村の農家・女性たちの願望や要望を尊重すること。
  6. PTVI/Valeの株主が所在地を置く各国政府(ブラジル、日本、米国、ノルウェー)に対し、インドネシアにおける治外法権的義務を行使し、特にPTVIの事業活動をモニタリングし、暴力、脅迫、強制移転、軍・武装警察の使用、タナマリアで農業を営む数千人の農家・女性の貧困化を回避すること。

連絡先:
 WALHI南スラウェシ
 ロエハ・ラヤ胡椒農民団体
 ロエハ・ラヤ女性団体

 

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