インドネシアで住民協議もないまま進むニッケル鉱山拡張計画:現地NGOと農家らが「探査の中止」を求める共同声明

「ヴァーレインドネシア社は自分たちの胡椒畑の周りで探査を行っています。でも、協議には村のほんの一部の人しか呼ばれておらず、私たちは探査について何も知りません。同社のニッケル鉱山の探査計画や地図、環境に関する文書も見たことはありません。鉱山の拡張が進めば、私たちの胡椒畑は奪われ、水源も影響を受けるでしょう。そして熱帯雨林に生息する動植物は壊滅的な被害を受けるでしょう。」――南スラウェシ州ソロワコ・ニッケル鉱山の周辺で生活を営むトウティ郡の農民

ニッケル埋蔵量が世界一のインドネシアでは現在、新たな製錬所の建設計画が複数進んでいます。電気自動車(EV)等に利用されるバッテリー材料の供給を主な目的としていますが、その製錬所での原料となるニッケル鉱石の採掘の拡張も同時に進んでおり、熱帯雨林の消失や現地の農家・漁師の生活への影響が危惧されています。南スラウェシ州のソロワコ・ニッケル鉱山もその一例です。

事業者であるヴァーレインドネシア社には、住友金属鉱山も出資(15.03%)しています。「脱炭素」社会に向けた取り組みが進められる中、甚大な環境・社会影響に不当に苦しむ人びとが出ないよう、日本の事業関係者もしかるべき対応をとるべきです。

以下、現地の農民団体と、現地で住民の支援を続ける環境団体WALHI(インドネシア環境フォーラム:FoEインドネシア)南スラウェシの共同声明(2023年5月29日付)の和訳です。(インドネシア語原文はこちら

WALHI南スラウェシ及びロエハ/マハロナ胡椒農民団体による共同声明:タナマリア鉱区(ルメレオ山地)におけるヴァーレインドネシア社のニッケル鉱山の探査及び拡張の中止を求め、胡椒農家の生活とスラウェシ島の動植物の生息地を守ろう

スラウェシ島の東ルウ県におけるヴァーレインドネシア社の存在に抗議する胡椒農家たち(写真:WALHI南スラウェシ)

インドネシアで電気自動車による環境に優しいシステムという考えに注目が集まって以来、年々、ニッケル採掘の拡大が続き、スラウェシ島の森林地帯やコミュニティの生活を脅かしていますが、南スラウェシも例外ではありません。現在、トウティ郡の中でもロエハ、ランテアギン、マシク、バンティラン、トカリムボ、マハロナ・ラヤ村の数千人の人びと、特に胡椒農家、女性、中小の農業従事者がヴァーレインドネシア社(PTVI)のニッケル鉱山拡張により脅かされています。それだけでなく、コミュニティの生活や周辺環境に、そして動植物の生息地として不可欠な機能を持つルメレオ山地(タナマリア鉱区)の熱帯雨林の生態系も、ブラジル(訳者注:PTVIの直接の株保有者はヴァーレカナダ。親会社はブラジル)や日本の企業が中心となって出資する同社の鉱山拡張により、破壊、さらには消失の脅威にさらされています。

WALHI南スラウェシの予備調査によると、ルメレオ山地のタナマリア鉱区の総面積のうち3,654ヘクタールが、同山地周辺の農家、特にトウティ郡のいくつかの村の農家の胡椒畑であることが判明しました。 これらの畑は20年前から植えられ、手入れされています。しかし、まだ確認できていない胡椒畑もたくさんあります。

その時に得られた胡椒畑の成果は、コミュニティの生活に莫大な恩恵をもたらしています。今日に至るまで、これらの農家や女性の胡椒畑は、コミュニティの主な収入源となっています。さらに、ロエハとマハロナ・ラヤのコミュニティの胡椒畑のおかげで、農家や女性は毎年数千人が農業労働者として、月平均300万ルピアの収入を得ることができます。

一方、ルメレオ山地の農家や女性の経済活動は、他のセクターの経済関係者も巻き込み、利益をもたらしています。また、ロエハやマハロナ・ラヤの農家の胡椒畑は、胡椒の集荷業者、肥料の小売業者、取引業者、輸出業者も巻き込み、利益をもたらしていることは明らかです。つまり、ルメレオ山地のタナマリア鉱区がPTVIによって採掘された場合、経済活動を停止させられ、損失を被る経済主体が何百と存在することが予想されるのです。

それから環境面について、ルメレオ山地では、WALHI南スラウェシとロエハ・ラヤ/マハロナ・ラヤ胡椒農民団体が、少なくとも数万ヘクタールの熱帯雨林などの生態系を記録しています。現在、ロエハ村とマハロナ村の一部には、13,522ヘクタールの熱帯雨林が残っています。

ロエハ・ラヤやマハロナ・ラヤの胡椒農家との話し合いや現場での直接の観察の結果、ルメレオ山地の熱帯雨林の生態系機能は非常に大きいことがわかりました。特にコミュニティや動植物にとってです。この地域には、少なくとも数十の湧き水があります。また、トウティ湖に注ぐ7つの河川には保護区があり、スラウェシ島の固有動物の生息地となっている小さな湖もいくつかあります。

そのため、ルメレオ山地周辺の胡椒農家や女性たちは、タナマリア鉱区におけるPTVIのニッケル鉱山の拡張が、ルメレオ山地の熱帯雨林の生態系を破壊すると強く確信しています。なぜなら、ニッケル採掘活動は、森林を破壊し、土壌を掘削することで進められるからです。したがって、ルメレオ山地の他の生態系も被害を受けることになります。地図上で見える破壊の度合いを比較した場合でも、基本的に企業よりもコミュニティ活動のほうがより良いものです。なぜなら、農家は決して土壌を破壊しないからです。農家は森の植生を胡椒の木に変えるだけです。一方、PTVIは木を伐採するだけでなく、土地を掘り起こし、ルメレオ山地の景観を変えることになるのです。

これらの潜在的な影響から、WALHI南スラウェシとロエハ・ラヤ/マハロナ・ラヤ胡椒農民団体は、PTVIのタナマリア鉱区での鉱山拡張計画に断固として抗議します。ロエハ・ラヤとマハロナ・ラヤの人びとは、コミュニティ、特に女性の主な生計手段であったルメレオ山地を守ると明言しています。

現在、PTVIは、農家の胡椒畑の周辺で探査を行っています。この探査は、ルメレオ山地のニッケル鉱物の潜在性を確認するために実施されています。ランテアギン村とマシク村の胡椒農家によると、タナマリア鉱区における PTVIの探査活動は、胡椒農家や女性との有意義な協議なしに行われたとのことです。ランテアギン村とマシク村の農家は、PTVIが探査計画について胡椒農家や女性と話し合いを行うのを見たことがないと証言しています。PTVIは、探査前にPTVIの許認可や環境文書を見せたことはありませんでした。コミュニティによれば、PTVIはタナマリア鉱区における探査計画の地図や探査の期限を示したことはありません。

先般、ロエハの胡椒農家は、PTVIのコミュニケーション責任者の発言を強く非難しました。ロエハの農家は、PTVIがロエハ村の村長や関係者のほか、5人の住民としか話し合いを持たなかったと証言しています。PTVIと胡椒農家との間で、ましてや女性との間で協議が行われたことは一度もありません。さらに、ロエハ村の胡椒農民団体の複数のメンバーによると、PTVIは、同社の探鉱活動計画に関連する文書を開示したこともないとのことです。

以上のことから、PTVIの経営陣は、タナマリアでの探鉱活動に関して、コミュニティの同意を求めたことがないものと考えられます。しかしコミュニティ、農家、女性には情報、特に環境に関する情報を得る権利があることを再認識すべきです。したがって、私たちはPTVIのCEOであるFebriany Eddiに、ルメレオ山地、特にタナマリア鉱区でのニッケル採掘探査活動をすべて中止するよう要請します。

2023年5月にロエハ・ラヤとマハロナ・ラヤの胡椒農家のために設立されたロエハ・ラヤ/マハロナ・ラヤ胡椒農民団体は、農家の胡椒畑とルメレオ山地の熱帯雨林の生態系をPTVIの鉱山拡張から守ることを目的としています。現在、PTVIは、国から118,000ヘクタールのコンセッションを付与されています。論理的には、仮に政府がPTVIのタナマリア鉱区における18,000ヘクタールのコンセッションを取り消したとしても、PTVIは依然として10万ヘクタールのコンセッションを有していることになります。したがって、タナマリア鉱区におけるPTVIのコンセッションを放棄するよう求めるコミュニティの要求は、ロエハ・ラヤとマハロナ・ラヤの胡椒農家、女性、子供たちの生活空間を確保するための現実的な要求であると私たちは考えています。

以上の内容に基づき、WALHI南スラウェシとロエハ・ラヤ/マハロナ・ラヤ胡椒農民団体は次のことを表明します:ルメレオ山地、特にタナマリア鉱区におけるPTVIの鉱山拡張に抗議すること。ロエハ・ラヤとマハロナ・ラヤの農民や女性たちの胡椒畑を守ること。ルメレオ山地の熱帯雨林の景観を守ること。

また、私たちはPTVICEOに、以下を要請します:

1. タナマリア鉱区でのニッケル鉱山の探査を中止すること。
2. ルメレオ山地、特にタナマリア鉱区におけるPTVIの鉱山拡張に抗議するロエハ、ランテアギン、マシク、バンティラン、トカリムボ、マハロナ・ラヤの村の胡椒農家と女性たちの意見を尊重すること。
3. 次のような情報を公開し、ロエハ・ラヤ及びマハロナ・ラヤの農家や女性たちと有意義な協議を行うこと:PTVIの採掘探査計画書、またタナマリア鉱区におけるPTVIの採掘活動計画の環境影響評価書(AMDAL)。

インドネシア共和国大統領に対しては、私たちは以下を要請します:

1. PTVIの特別鉱業事業許可(IUPK)を修正すること。ルメレオ山地からPTVIの鉱区(タナマリア鉱区)を削除すること。
2. 東ルウ県のルメレオ山地周辺の胡椒農家の生活と生計手段を守ること。
3. ルメレオ山地の熱帯雨林の景観を守ること

ランテアギンンにて、2023年5月29日

WALHI南スラウェシ 重要生態系保護部門担当 Padli Septian(0856 9674 7708)
ロエハ村胡椒農家団体 リーダー Cilong(0812 2422 2272)
ランテアギン村農民 Syamsul(0812 4543 5980)
マシク村農民 Terru(0852 9844 6133)

 

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