【プレスリリース】大平洋金属、サプライチェーン人権ガイドラインの事実上の不履行を表明――NGOへの書面回答で明らかに
2026年7月29日
国際環境NGO FoE Japan
特定非営利活動法人 アジア太平洋資料センター(PARC)
2026年7月15日、東京に事務所を置く国際環境NGO FoE Japan並びにアジア太平洋資料センター(PARC)は、日本の非鉄大手企業である大平洋金属株式会社(以下、PAMCO)に対し2026年6月16日に送付した、フィリピン・パラワン島におけるリオツバ・ニッケル鉱山開発の周辺環境・人権問題に関する質問状への回答を受領した。PAMCOの回答内容は、自らが依拠すると主張する日本政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)に対する事実上の不履行宣言となっていると両団体は指摘する。また、リオツバ・ニッケル鉱山周辺では長年にわたり環境汚染や人権侵害のリスクが放置され続けている背景に、こうしたガイドライン違反とも言える無責任な経営体質があることが明白となった。
質問状: フィリピン・パラワン島における リオ・チュバ・ニッケル鉱山開発に関する質問状
回答: フィリピン・パラワン島における リオ・チュバ・ニッケル鉱山開発に関する質問状(回答)
PAMCOの回答における全体的な問題は、現地での法令違反の懸念や環境破壊、人権侵害のリスクに対し、自ら調査・検証を行う姿勢が全く見られない点である。上場会社であるため「非公開情報については、必ずしもご回答することは困難」とし、責任を回避した上で、事業主体であるリオツバ・ニッケル鉱山会社(以下、RTNMC)の親会社ニッケルアジア社(以下、NAC)の報告をそのまま代弁する回答に終始した。これは、国際的な規範や基準、あるいはPAMCOが参考にしているガイドラインからも大きく逸脱している。ガイドラインでは「直接契約関係にある企業に対して、その先のビジネス上の関係先における人権尊重の取組全てを委ねるのではなく、共に協力して人権尊重に取り組むこと」が求められている。自らが拠り所とするガイドラインに反し、法規制の遵守と現地事業者からの自己申告のみをもって、重要な経営課題の一つであると考えている人権の尊重を主張するPAMCOの姿勢は、デュー・ディリジェンスの根幹から完全に逸脱している。
形骸化したデュー・ディリジェンス
PAMCOはリオツバ・ニッケル鉱山の拡張計画について「開発禁止地域等であれば政府は許可を出さないと理解しており、政府から許可を取得して事業が行われている以上、懸念は妥当しないと理解している」と回答した。しかし、こうした回答はガイドラインの趣旨に明確に反している。ガイドラインには「各国の法令を遵守していても、人権尊重責任を十分に果たしているといえるとは限らず、法令遵守と人権尊重責任とは、必ずしも同一ではない」と明記されており、「ある国の法令やその執行によって国際的に認められた人権が適切に保護されていない場合においては、国際的に認められた人権を可能な限り最大限尊重する方法を追求する必要がある」と定めている。
また、リオツバ・ニッケル鉱山の拡張計画が及ぶブランジャオ山は生物多様性に富み、かつ先住民族や周辺コミュニティが生活を深く依存してきた森林・水源地域である。鉱山拡張計画が及ぶ地域に、2024年以降に現地当局から出された計87,090本の特別伐採・移植許可に対し、森林・水源に生活を依存する先住民族と地域コミュニティ、また現地の環境団体であるELACから強い懸念の声があがっている。さらに、本年6月には世界64カ国・1万1000人以上、40ヵ国90団体の事業停止を求める国際署名が同事業のビジネスパートナーである住友金属鉱山に提出されるなど、リオツバ・ニッケル鉱山の事業に対して国際的に多くの疑問の声が寄せられている。世界中から抗議の声があがっている現実を無視し、「懸念は妥当しない」と一蹴するPAMCOの態度は極めて不誠実である。ガイドラインにおいても、「人権への負の影響の評価に当たっては、脆弱な立場に置かれ得る個人、すなわち、社会的に弱い立場に置かれ又は排除されるリスクが高くなり得る集団や民族に属する個人への潜在的な負の影響に特別な注意を払うべきである」としているが、そうした注意は全く払われず、デュー・ディリジェンスは形骸化している。
実効性のない苦情処理メカニズム
PAMCOは「人権への取り組み」として人権尊重の基本方針を策定し、人権デューデリジェンスの仕組みを構築し、継続的に実施していると主張している。しかし、その取り組みの一つである苦情処理メカニズムとして設置されているPAMCOの通報窓口において、「外国語の通報窓口は未設置」であると回答した。また、今後も多言語対応を進めていく可能性については言及されておらず、あたかも当然であるかのような回答をした。これでは実効性のある通報窓口であるとは到底言えない。最も被害を受ける可能性の高い現地で暮らす先住民族や住民はパラワン語、タガログ語などを母語とし、日本語での通報が可能でないことは明らかであり、PAMCOがサプライチェーン上の人権を掲げながら、住民の直接の訴えを遮断する体制となっていることは明白である。現地の窓口についても「設置していると報告を受けている」とするのみで、その匿名性の確保について明確に示されておらず、苦情者への報復に配慮する取り組みについても一切説明がなされていない。
日本政府の策定したガイドラインが定める苦情処理メカニズムの必須要件である「利用可能性」においては、「使用言語や識字能力、報復への恐れ等の視点からその利用に支障がある者には適切な支援が提供されていること」が明確に要求されている。最も被害を受ける可能性が高い現地のパラワン語やタガログ語などを母語とするコミュニティからの訴えを実質的に遮断する体制は、この要件に完全に違反している。また、正当性、予測可能性、公平性、透明性、権利適合性、持続的な学習源、対話に基づくことといった要件においても、PAMCOの苦情処理メカニズムの仕組みはガイドラインから大きく乖離していると言わざるを得ない。
15年以上続く六価クロム汚染を黙殺
リオツバ・ニッケル鉱山周辺を流れるトグポン川では、15年以上にわたり世界保健機関(WHO)の飲料水水質基準や現地の環境基準を上回る発がん性物質「六価クロム」が検出され続けている。この深刻な水質汚染の調査報告を提示したにもかかわらず、PAMCOは「本鉱山会社からは、現地の法規制を踏まえて適切に対応しているとの報告を受けております」と簡潔な回答に留めた。
森林が伐採され、これまで覆われていた表土がむき出しになったまま効果的な汚染対策がなされてこなかったことは、六価クロム流出の原因の一つであると上述の水質調査報告で指摘されている。ガイドラインでは、自社の事業が人権への負の影響と直接関連している場合、企業は他企業に対して影響力を行使し、負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであるとしている。しかし、PAMCOからの具体的な対策の内容や第三者検証への言及は一切なく、影響力の行使を放棄している。現在の採掘拡張が汚染を拡大させ、生活用水や農業用水を河川に依存する先住民族や農民が今後数十年にわたり健康被害のリスクにさらされる懸念があるにもかかわらず、現地住民の生命と健康リスクに正面から向き合う姿勢は皆無である。
結びに
PAMCOの回答は、現地の環境破壊や、水質汚染および人権侵害のリスクに対して実態と向き合おうとしない姿勢を貫いていることを如実に示している。「人権デューデリジェンスを適宜行い、自社の状況を踏まえ、適切に検討を行っており、統合報告書へ掲載している」と自負しながら、現地の深刻な健康リスクや先住民族の懸念に対して、現地事業者から「報告を受けている」の一言で片付ける態度は、人権を単なる広報の道具として利用するグリーンウォッシュに他ならない。出資者および調達者としてのサプライチェーン上の責任を著しく放棄していると言わざるを得ない。
国際環境NGO FoE Japanの開発と人権チーム担当の松本光は「今回のPAMCOの回答は、いま企業に求められる人権デュー・ディリジェンスの根幹を丸投げするものと言わざるを得ません。現地住民へ配慮する視点の欠如も甚だしく、最も被害を受けるはずの現地住民が利用できる窓口すら用意していないという事実は、同社が誰のために人権尊重を掲げているのかを物語っています。同時に、政府発行のガイドラインを明白に軽視する企業に対し、日本政府がどのような対応をとるのかも問われています。ガイドラインを守らない企業を放置すれば、政府のビジネスと人権政策そのものが形骸化します。同社に対しては真に責任ある企業として、実効性のある汚染対策と人権デュー・ディリジェンスの実施を強く求めるとともに、日本政府に対しても厳格な指導を求めます。」とコメントした。
アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長の田中滋は大平洋金属のずさんなサプライチェーン・デュー・ディリジェンスは日本の多くのメーカーにとってサプライチェーンリスクとなることを危惧している。「近年、国際的にデュー・ディリジェンスに求められる水準は高まっています。『現地任せ』でリスクの想定と先回りができない状況では、責任あるメーカーは大平洋金属で精錬された鉱物を使えなくなるでしょう。そして使い続けるメーカーは絶えず国際市場から制裁される、あるいは締め出されるリスクを抱えて事業を続けることになります。このような国の国際競争力を揺るがす事態を防ぐために日本政府はガイドラインを作成したはずなのですが、誰も注意しなければガイドラインはなんの意味も成しません。大平洋金属はもちろんのことですが、日本政府もガイドライン遵守を求めるための行動にでなければならないでしょう」とコメントした。
【本リリースに関するお問い合わせ】
国際環境NGO FoE Japan / 担当:松本 光
住所:〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
電話番号:03-6909-5983 / メールアドレス:matsumoto@foejapan.org