住友金属鉱山のフィリピン・ニッケル事業に国際社会から懸念の声── 15年以上続くコミュニティの水・健康リスクを訴え、64ヵ国11,315人の国際署名を提出

 6月25日に開催予定の住友金属鉱山株式会社の株主総会を前に、フィリピン・パラワン州で進められてきたコーラルベイニッケル製錬事業およびリオツバニッケル鉱山事業の停止を求める国際署名が、世界環境デーの6月5日、同社に提出されました。署名を呼びかけたのは、フィリピンおよび日本の4市民団体(環境法律支援センター〈ELAC〉、FoEフィリピン、アジア太平洋資料センター〈PARC〉、FoE Japan)。三次集約期限である6月2日までに寄せられた、世界 64ヵ国11,315人・40ヵ国90団体 の署名と要請書を、日本の2団体が同社(東京本社)を訪問し、直接手渡しました。

 同ニッケル開発事業の近隣河川であるトグポン川では、15年以上にわたり、発がん性物質として知られる六価クロムを含む有毒な重金属による汚染が報告されてきました。FoE Japanが専門家の協力を得て実施しているトグポン川定点での水質調査では、今日まで依然として日比両国が各々定める『環境基準』を超える六価クロムが雨季に常時検出されています。同河川は、誰もが自由にアクセスできる場所にあり、近隣に住居も確認されていることから、将来の健康リスク回避に向けた実効性のある汚染対策が急務です。

 これまで国際署名の一次、二次集約に際して提出した要請書に対し、住友金属鉱山は、「フィリピン政府当局の認めた『排水基準』を超過していないことを確認している」という趣旨の回答をしています。しかし、客観的評価に必要な同排水基準の具体的な数値については「回答できない」としており、企業としての説明責任を十分に果たしていません。

 さらに現在、効果的な水質汚染対策が講じられないまま、ブランジャオ山での採掘事業の拡張が進められています。同山は生物多様性に富み、かつ先住民族や周辺コミュニティが生活を深く依存してきた森林・水源地域です。フィリピン環境天然資源省(DENR)が2024年以降、リオツバニッケル鉱山社(RTNMC)に対して発行した計87,090本の特別伐採・移植許可(STCEP)に関しても、現地の環境団体ELAC等から強い懸念の声があがっています。

 森林が伐採され、これまで覆われていた表土がむき出しになったまま効果的な汚染対策がなされてこなかったことは、六価クロム流出の原因の一つであると上述の水質調査に基づき指摘されてきました。こうした中、現在のブランジャオ山での採掘拡張が、トグポン川水系以外へ汚染を拡大させる可能性は否めません。生活用水や農業用水を河川に依存する先住民族や農民が、今後数十年にわたり悪影響を受ける恐れがあります。さらに、六価クロムが事業地外へ流出することで、より多くの地域コミュニティが健康被害のリスクにさらされることが懸念されます。 

 住友金属鉱山は、パラワン州南部で2005年からHPAL製錬所を操業するコーラルベイニッケル社(CBNC)の100%親会社です。同製錬所で製造されたニッケル・コバルト混合硫化物はすべて日本国内の同社工場に運ばれ、電池材料等の生産に使用されています。同社の電池材料はテスラ社やトヨタ自動車の車載バッテリーにも正式採用されています。また同社は、原料調達先であるRTNMCの最大株主(60%)であるニッケルアジア社(NAC)に対しても25.9%を出資しており、事業に深く関与しています。

 住友金属鉱山は自らの人権方針において、「『国連ビジネスと人権に関する指導原則』を支持」すること、「事業活動を通じて人権への負の影響を引き起こすこと、あるいは助長することを回避し、そのような事態が生じてしまった場合にはその是正および救済に向けて取り組」むこと、さらにサプライチェーンにおける人権課題の重要性を明記しています。パラワン州で、出資者としても原材料調達者としても同事業に深く関与してきた同社が、自らの方針に則り、迅速かつ適切な対応(事業停止および適切な是正措置)をとることが、世界各国の市民から強く求められています。

 詳細は、以下の要請書をご覧下さい。
 >PDFはこちら(和訳) >英語原文はこちら 

【要請書】フィリピン・パラワン州におけるニッケル採掘・製錬事業の停止を

2026年6月3日

住友金属鉱山株式会社
代表取締役社長 松本 伸弘 様

個人署名 64カ国 11,315名
団体署名 40カ国 90団体
(2026年6月2日第三次集約分)

(本要請書の原文は英語。以下はFoE Japanによる和訳)

住友金属鉱山株式会社
代表取締役社長 松本 伸弘 様

【要請書】フィリピン・パラワン州におけるニッケル採掘・製錬事業の停止を

 私たち、以下に署名する市民社会団体および個人は、住友金属鉱山株式会社(SMM) に対し、地域コミュニティへの破壊的な影響を回避するための効果的かつ公開された検証可能な対策が策定され、実施されるまで、パラワン州におけるニッケル製錬事業を直ちに停止するよう要請します。貴社とその関連企業が、貴社の事業活動に関連するニッケル採掘現場から流出する水に含まれている有毒な重金属によって継続的な汚染が起きているにもかかわらず、10年以上にわたり有効な対策を取ってこなかったことは極めて遺憾です。

 貴社の100%子会社[1]であるコーラルベイニッケル社(CBNC)が操業するHPAL製錬所、また貴社が出資およびサプライチェーンの両面で事業に関係しているリオツバニッケル鉱山社(RTNMC)の採掘現場周辺に暮らすフィリピン・パラワン州の先住民族を含む地域コミュニティは、この汚染による健康被害のリスクに晒されてきました。さらに、RTNMCは既存鉱区に加え、新たな採掘活動による水質汚染を防止するための検証可能な対策を一切提示することなく、ブランジャオ山での採掘拡大に着手しています。ブランジャオ山を水源とする河川や小川に生活用水や農業用水を依存している先住民族や農民が、今後数十年にわたり同様の汚染に苦しみ続けることは誰の目にも明らかです。

 電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの普及など脱炭素社会に向けた取り組みの中で、世界的なニッケル需要の増加が見込まれる[2]中、新たな採掘の拡大によってより多くの地域コミュニティが被害を受けるのであれば、「公正な」エネルギー移行とは程遠い状況と言えます。したがって、地域コミュニティの生活や人権を確実に守るために、私たちはSMMに対して以下のことを要求します。

  1. 既存の鉱山開発地域周辺で継続的に起きている水質汚染を食い止めるため、一連の試験済みかつ検証可能な対策と、それらの対策の実施スケジュールを公開すること。
  2. ブランジャオ山における新たな鉱山開発地域周辺で将来水質汚染が起きるのを防止するため、一連の試験済みかつ検証可能な対策と、それらの対策の実施スケジュールを公開すること。
  3. 上記の対策について、影響を受ける現地コミュニティから自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)を取得すること。また、採掘事業において議論となるような矛盾が見つかった場合には、同意を撤回できる手続きを含むこと。
  4. 上記すべてが満たされるまで、CBNCとRTNMCによるすべての採掘および製錬事業を停止すること。

 パラワン州バタラサ町のリオツバニッケル鉱山の周辺で、FoE Japanが専門家[3]の協力を得ながら、2009年から今日まで行ってきた継続的な水質調査(2020年から2022年はコロナ禍のため一時中断)では、RTNMCの既存採掘鉱区から流れてくるトグポン川の定点で、環境基準を超える六価クロムが雨季に常時検出されています。六価クロムは発がん性であり、皮膚炎等も引き起こす強い毒性を有する物質です。

図:トグポン川中流調査点における六価クロムおよび全クロム濃度の経年推移(添付報告書より抜粋)

 同専門家が15年間の調査結果をまとめた報告(2024年12月4日)(本要請書に添付)によれば、トグポン川では六価クロムと全クロムの値が乾季には低くなるものの、雨季には日本の環境基準及び水道法基準(いずれも0.05mg/L、改正後は0.02mg/L)を著しく超過していることが明らかとされています(上図参照)。また直近の2024年9月の雨季には、連日大雨が続く中、基準の24~30倍に相当する15年間で最大の六価クロム(0.6mg/L)と全クロム(0.471mg /L)が観測されました(下写真参照)。フィリピンの最新の環境基準は六価クロムの基準を淡水で0.01mg/L(排水基準は0.02mg/L)、海水で0.05mg/L(同0.1mg/L)と規定[4]し、飲料水はトータルクロムの基準を0.05mg/Lと規定[5]しているため、フィリピン国内の基準を超過していることも言うまでもありません。

(写真)連日大雨が続いていたパラワン州バタラサ町トグポン川の様子(2024年9月。FoE Japan)

 また同報告書では、既存鉱区の開発がトグポン川に深刻な六価クロム汚染だけでなく、ニッケル汚染を引き起こし、さらにはリオツバ入江にもたらされる有害ヘドロの堆積により生態系の破壊が進んでいる可能性も指摘しています。

 貴社は、CBNCがRTNMCとも協力し、2012年頃から野積みされた低品位鉱に対するカバー掛け、沈殿池の増設や拡幅、また、トグポン川につづく沈殿池の出口付近での活性炭の設置など、六価クロムの流出を軽減する対策をとっていると説明してきました。しかし、この15年間、トグポン川の水質汚染の状況は改善の兆しを見せていません。つまり、CBNC及びRTNMCは効果的な汚染対策をとることができておらず、鉱山からの汚染排出を適切に管理できていないということになります。

 近年、極端な気象現象がより頻繁に起こり、豪雨による洪水や土砂災害も増えている中、大雨の続く2024年雨季に15年間で最大の六価クロムが観測されたことは、今後、より破壊的な環境汚染が引き起こされる可能性を示唆しています。また、事業者が有効な汚染軽減対策を講じることができていない以上、冒頭で述べたとおり、RTNMCによるブランジャオ山での新たな採掘行為が他の河川に同様の環境汚染を引き起こすことは容易に推測できます。これは、ブランジャオ山を水源とする河川に生活用水や農業用水等を依存している住民が数十年にわたって、健康被害や生計手段への悪影響等を被る可能性があるということです。

 貴社はCBNCが製造したニッケル・コバルト混合硫化物をすべて貴社の日本の工場へ運び、電池材料[6]等を生産しています。そしてCBNCは貴社の100%子会社です。また貴社はRTNMCの最大出資者(60%)であるニッケルアジア社(NAC)に26%を出資[7]しており、出資者としての責任もあります。

 貴社の「鉱物調達に関する方針」[8]では、人権侵害や環境破壊などに関わる恐れのある鉱物の調達は行わないことが明記されています。またCBNCによる製錬事業の原料調達先であるRTNMCの採掘事業が引き起こす/引き起こしている人権侵害、つまり、サプライチェーン上の人権侵害についても、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」等の国際規範に基づく、貴社の「人権に関する方針」[9]に則った適切なデューデリジェンスが実施されるべきです。

 脱炭素化の取り組みに不可欠とされるニッケルの開発拡大によって、ブランジャオ山の周辺に暮らす地域コミュニティの生活が長期にわたり脅かされるような状況は、「公正な」エネルギー移行とは言えず、看過されるべきではありません。私たちは、貴社がニッケル開発の負の影響を受ける地域コミュニティの人権デューデリジェンスを適切に行うとともに、パラワン州のニッケル開発現場における有効な環境汚染対策の策定と実施を確保できるまで、CBNCの製錬事業を停止するよう求めます。なお、同事業の停止にあたっては、関連する労働者の生活維持のための措置を講じるなど、労働者への十分な配慮も忘れてはなりません。

別添資料:大沼淳一(名古屋大学災害研究会)「パラワン島リオツバ地区におけるニッケル採掘および現地精錬に起因する六価クロムなどによる環境汚染について」(2024年12月4日)

Cc:
国際協力銀行 代表取締役総裁 林 信光 様
日本貿易保険 代表取締役社長 黒田 篤郎 様
経済産業省通商政策局ビジネス・人権政策調整室
独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)ビジネスと人権に関する貿易投資相談窓口
Initiative for Responsible Mining Assurance (IRMA)
Tesla CEO  イーロン・マスク 様
パナソニック株式会社 代表取締役 社長執行役員 CEO 品田 正弘 様
トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長 佐藤 恒治 様
トヨタバッテリー株式会社 代表取締役社長 岡田 政道 様

(以下、36ヵ国8,411個人署名、40ヵ国90団体署名)

【署名呼びかけ団体】
Environmental Legal Assistance Center (ELAC)
Legal Rights and Natural Resources Center (LRC) / FoE Philippines
国際環境NGO FoE Japan
アジア大平洋資料センター(PARC)

【個人署名】
(略)

【その他団体署名】
(略。英語原文のPDF参照)

【連絡先】
国際環境NGO FoE Japan
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
TEL: 03-6909-5983   FAX: 03-6909-5986
E-mail: hatae@foejapan.org


[1] 住友金属鉱山プレスリリース(2025年1月7日)(https://www.smm.co.jp/en/news/release/2025/01/001934.html

[2] IEA “Global Critical Minerals Outlook 2024” p.136-153(https://iea.blob.core.windows.net/assets/ee01701d-1d5c-4ba8-9df6-abeeac9de99a/GlobalCriticalMineralsOutlook2024.pdf

[3] 大沼淳一氏(名古屋大学災害研究会、元愛知県環境調査センター主任研究員)

[4] 環境天然資源省(DENR)行政命令2016-08号 「水質ガイドライン及び排水スタンダード」(2016年。猶予期間5年)

[5] 保健省(DOH)「国家飲料水基準」(2017年)

[6] 同社の電池材料は米国の電気自動車最大手テスラ社やトヨタ自動車の車載バッテリにも正式採用されている。

[7] 住友金属鉱山ウェブサイト「Overseas Core Facilities」 (https://www.smm.co.jp/en/corp_info/location/overseas/ )(2025年2月14日最終閲覧)

[8] https://www.smm.co.jp/en/sustainability/management/procurement/

[9] https://www.smm.co.jp/en/sustainability/management/humanrights_procurement/

関連情報

動画「脱炭素技術の裏側で リオツバ・ニッケル鉱山の拡張がもたらすもの」

気候危機と望まぬ開発:フィリピンのニッケル鉱山開発の裏側で

 

関連する記事

フィリピン・パラワン州での無責任なニッケル開発停止を要請──効果的な環境対策がなく、コミュニティの人権も脅かされたまま10年以上──国際署名(36ヵ国8,411人・40ヵ国90団体)を住友金属鉱山に提…

開発と人権
ADBエネルギー政策の見直しに関する意見書を提出

ADBエネルギー政策の見直しに関する意見書を提出

開発と人権

住友金属鉱山に要請書(個人署名34ヵ国1,571人、団体署名40ヵ国90団体)を提出「フィリピン・パラワン州におけるニッケル採掘・製錬事業の停止を」―10年以上にわたる効果的な水質汚染対策の欠如とコミ…

開発と人権
6月7日(土)『デリカド』上映後トークのご案内

6月7日(土)『デリカド』上映後トークのご案内

開発と人権
【ウェビナー】市民の実践から考える「ビジネスと人権」第1回 生存すら脅かされる人権侵害の現場から考える——パレスチナ・フィリピンを事例に

【ウェビナー】市民の実践から考える「ビジネスと人権」第1回 生存すら脅かされる人権侵害の現場から考える——パレスチナ・フィリピンを事例に

開発と人権

【オンライン報告会】フィリピンでつづく日本企業の無責任なニッケル開発と環境汚染~脱炭素推進の陰で進む「不公正」な移行を考える

開発と人権

関連するプロジェクト