インドネシアNGO来日セミナー報告 ~日本のバイオマス発電がもたらすインドネシアの熱帯林破壊と生物多様性の喪失~
5月26日に、地球・人間環境フォーラム主催のセミナー「インドネシアの熱帯林を脅かす日本のバイオマス発電」に参加しました。インドネシアの現地NGOであるauriga nusantara(アウリガ・ヌサンタラ)[1]の代表Timer Manurung(ティメル・マヌルン)氏が、エネルギー産業造林の拡大によるインドネシアの熱帯林の危機について講演しました。
その講演の概要と感想を紹介します。
輸入バイオマス発電における日本の現状

ティメル氏による講演の前に、「日本の輸入木質バイオマス発電の現状」と題し、地球・人間環境フォーラムの鈴嶋克太さんより、バイオマス発電はカーボンニュートラル[2]ではなく、日本におけるバイオマス発電は燃料を輸入に依存しているため、安定した電力の供給源および国内産業や地域の活性化にはならないとの報告がありました。
以下に詳細を記載します。
日本の現状
日本のバイオマス発電は、燃料を輸入に頼っており、特に木質ペレットの輸入量が年々増加しています。
そもそもバイオマス発電が脚光を浴びるきっかけになったのは、再生可能エネルギー固定価格買い取り制度(通称FIT)[3]にて、バイオマス発電が「再生可能エネルギー」の1つとして設定されたためです。
現状、バイオマス発電の7割は輸入のバイオマス燃料による発電であり、中でもインドネシアからの木質ペレットの輸入量が2020年以降、急激に増加しています。
輸入バイオマス発電の本質
輸入バイオマス発電は高コストのわりに発電効率が低く(20〜30%)、FIT制度により現在も経営が成り立っている側面があります。
バイオマス発電がFIT制度にて「再生可能エネルギー」として位置づけられた根拠として、「カーボンニュートラル」であることが挙げられますが、輸入木質バイオマスがもたらす大規模な森林伐採や加工工場および輸送時の二酸化炭素の排出を考慮すると、「カーボンニュートラル」とは到底言えません。
また、木質バイオマス燃料の燃焼による二酸化炭素排出量は石炭よりも多いことから、抑えるべき二酸化炭素の排出に貢献してしまう形になるでしょう。
課題
輸入木質バイオマスを生産している現地の状況に目を向けると、バイオマスの調達の過程で、原生林が伐採されており、環境法令違反が多発しています。
また、大気汚染問題による健康被害(こちらをご参照ください)も確認されています。
FITガイドラインでは、輸入木質バイオマスの持続可能性や合法性を担保するために森林認証[4]を求める一方で、本セミナーでは森林認証のみでは上記の担保が完全にできるわけではないことが強調されていました。
それは、森林認証の対象は主に伐採と森林管理であり、加工時の合法性や持続可能性の確認のために存在しているわけではないためです。
さらに、木質バイオマス燃料のトレーサビリティ[5]の確認を事業者に要求しているものの、「どこまでのトレーサビリティなのか」が不明確で情報公開の義務がないため、生産地で起こった問題に関与している木質バイオマス燃料がどの発電所で使用されているか把握ができないことも課題として挙げられていました。
この点に関しては、昨年FoE Japanが実施したアンケートでも裏付けられています。詳しくはこちらをご覧ください。
最新情報
日本では、2026年度から輸入燃料を使用するバイオマス発電をFIT制度の対象から外すことになったものの、2026年以降に新規参入する発電所のみで、既存の大規模バイオマス発電所はFIT制度の対象内のままです。
一方で、日本と同じく、インドネシアの木質ペレットの消費大国である韓国では、既存の案件を含めた補助金の削減へと舵を切っています。
ティメル氏のご講演

日本でバイオマス発電を推進している経済産業省やバイオマス産業の関連企業および木質バイオマス発電所を訪問したティメルさんは、インドネシアの天然林が森林伐採により急速に失われ、その一因がバイオマス用を含む産業植林であることに強い危機感を示すとともに、インドネシアにおける木質ペレットの輸出量の約3割を占める日本にて、森林破壊につながるバイオマス発電への助成(いわゆるFIT制度)や輸入そのものをやめるべきだとも語っていました。
講演内容の詳細は以下になります。
インドネシアの現状

Google mapより筆者作成
インドネシアでは、エネルギー用産業造林(通称HTE)と生物多様性にとって重要な地域(通称KBA)が重なっていることから、木質ペレットの需要が生物多様性の損失につながっている現状があります。
従来より天然林は、木材製品や紙・パルプ事業でも高い需要があり、そこに新たに加わる形でバイオマス産業が参入したため、現状今までにないスピードで天然林における伐採の脅威が襲い掛かっています。
そのような状況にも関わらず、インドネシア政府はバイオマスエネルギーの普及を推進しており、インドネシアの発電所において10%のバイオマス混焼を義務づけました。
また、インドネシア政府はエネルギー用産業造林を進めることをNationally Determined Contribution(NDC)[6]で明言し、その実現に向け、日本も投資をしています。
輸出向けの木質ペレットに関しては、スラウェシ島にあるゴロンタロ州(地図参照)が最も多く輸出しており、木質ペレット工場も建設および稼働しています。
なお、ゴロンタロ州は陸地面積のうち約6割を天然林が占めているとの報告もあり、今まさにその天然林や生物多様性の喪失の危機にあります。
スラウェシ島ゴロンタロ州の事例
①木質ペレット工場を持つBiomass Jaya Abadi(BJA)社では原生林を皆伐し、中南米産のマメ科の産業植林が実施されています。
実際の講演では、BJA社のグループ企業を含めたコンセッション(土地使用権)の部分にて、どの程度の規模で森林破壊が起こっているかが視覚的にわかるように動画で示してくださいました。

②2025年3月にGorontalo Panel Lestari (GPL)社の木質ペレット工場が操業開始し、工場近くに港があるため輸出することを前提に建設したと予想されていました(上記画像参照)。
調査では、丸太の太さも樹種も異なる木々により木質ペレットを製造していることが判明したことから、植林木ではなく天然林がペレットになっていることを空撮で得た写真を通して示してくださいました。
③GPL社の関連企業であるGorontalo Citra Lestari (GCL)社におけるコンセッションでは、天然林をバイオマス用の産業植林に転換する散発的な土地開発が実施されています。
これは、皆伐されている箇所が散らばっていることから、モニタリングでは森林伐採の全容がわかりづらくなっています。
ティメル氏による提言
インドネシア政府:
すべての残存天然林を保護する規制を制定すべき
消費国政府:
森林破壊につながる木質バイオマスの助成と輸入をやめるべき
バイオマス購入者:
①No Deforestation,No Peatland, No Exploitation(NDPE)方針[7]を採用すべき
②森林破壊につながるバイオマスをサプライチェーンから排除するために、監視しやすく完全に透明なシステムを構築すべき
感想
このセミナーを通して、インドネシアでは天然林があるからこそ、現在の多様な植生が維持され、生物多様性が担保されていることを木質ペレットの輸入国にいる者として、今一度認識しなければならないと思いました。
特に、ビジネスとして「木」に関わる方、そのビジネスに投資をしている個人や組織においては、「自分の日々の行動が森林破壊につながっている可能性が高い」と自分事としてしっかり認識してほしいと思うとともに、当方は国際環境NGOの一員としてこの現状をしっかり伝えていかなければならないと感じました。
また、木の利用自体は古来から人間の生きる知恵でもありますが、やはりカスケード利用[8]を基盤にするべきであり、大規模かつ急激に森林破壊を推し進めてまで木を利用すべきではないと改めて感じました。
一方で、改善策として提示されることが多い森林認証を取得することで、上記で挙げられていた問題が完全に解決されるわけではなく、かつ持続可能性を担保しているものではないことも様々な立場の人に知ってほしいと思います。
(中根杏)
脚注・参考文献
[1] auriga nusantara. ”WHO WE ARE”. https://auriga.or.id/who_we_are
[2]温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること
参照先:
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
[3]再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを
国が約束する制度
参照先:
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/data/kaitori/2018_fit.pdf
[4]独立した第三者機関が以下2点を通して、消費者の選択的な購入を通じて、持続可能な森林経営を支援する仕組み
①森林経営の持続性や環境保全への配慮等に関する一定の基準に基づいて森林又は経営組織などを認証する
②認証された森林から算出される木材及び木材製品を分別し、認証材として表示管理する(ラベルを貼り付ける)
参照先:
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/ninshou/con_1.html
[5]追跡可能性。バイオマス燃料の供給の経路を生産地までさかのぼり確認できること
[6]「国が決定する貢献」であり、パリ協定における全ての締約国が5年ごとに提出する温室効果ガスの排出削減目標のこと
参照先:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000121.html
[7]森林をリスクにさらす産品の生産における、森林保護及び人権尊重に関する新たな国際基準で、森林を取り扱う企業の生産慣行が「森林破壊ゼロ、泥炭地ゼロ、搾取ゼロ」(NDPE: No Deforestation,No Peatland, No Exploitation)でなければならないという要件のこと
参照先:
https://japan.ran.org/wp-content/uploads/2023/10/JP-NDPE-briefing.pdf
[8]木材を建材等の資材として利用した後、ボードや紙等としての再利用を経て、最終段階では燃料として利用すること
参照先:
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/30hakusyo_h/all/chap4_3_4.html