バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは
2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。その背景には深刻化する気候変動の影響があるといいます。しかし日本ではあまり報道、解説がなされていないので、今回のブログではそれについて簡単に紹介したいと思います。
LNGは温室効果ガスを大量に排出する化石燃料
昨年末にドバイで開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)では「化石燃料からの移行(transition away from fossil fuel)」が合意され、世界規模での脱化石燃料の機運は今までにないほど高まっています。
今回のバイデン政権による決定はLNGについてですが、このLNGも温室効果ガスを大量に排出するため今後は使用を減らさなければならない化石燃料の一つです。
時折(特に化石燃料業界からですが)「ガスは石炭よりもクリーン」などという言説が聞かれますが、これは大きな語弊があります。LNGはガスを掘削した後、液化してガスタンカーに積載し、再びガス化して火力発電所で燃やす、という行程を経ますが、この行程全体で多くのエネルギーを消費し、温室効果ガスを排出します。石油やガスの採掘の際に、メタンが漏れ出ることをメタン漏れ(リーク)と言いますが、漏出の量が想定されている以上であることを指摘する研究もあります。
そもそも気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、急速に化石燃料の利用を削減する必要があり、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はありません。ガスは気候変動の解決策にならないという点についてはFoE Japanでもこちらのページや下のインスタグラム動画でも紹介しています。
大規模な化石燃料事業に許可を出す問題点は米国の若者の間でも共有されており、バイデン政権がアラスカの石油掘削事業に許可を出した際には大きな反発がありました。AP通信は、今回の決定は今年11月の大統領選挙を見据えたものとし、今回の決定で支持基盤である若者を取り戻したいという思惑を指摘しています。
アメリカは世界最大の輸出大国
さて、そんなLNGをアメリカが輸出許可を停止しても、アメリカからのLNG輸出量が世界全体で見て大したことなければあまり大きなニュースにはなりません。
しかしアメリカは世界最大のLNG輸出大国なのです。2023年上半期、アメリカはオーストラリア、カタールといった国々よりも多くのLNGを輸出し、輸出量で世界1位でした。
さらに下図を見てもらうとわかるように、アメリカは計画中のLNG輸出インフラの規模において世界でも群を抜いています(棒グラフの一番上がアメリカ)。世界中で新規に計画されているLNG輸出インフラ建設事業のうち、輸出キャパシティで実に36%、数にして156事業のうち58事業がアメリカで計画されています。
世界のLNGマーケットにおけるアメリカの大きな役割が故に、今回のバイデン政権の決定も非常に重大なものと言えます。特に今回の決定は今後のLNG輸出の許認可の基準を改めるということで、基準の改定結果によっては下図の紺色、大量の計画中の事業の見通しにも大きな影響を与えます。政権が言うようにコミュニティや環境に対する悪影響がきちんと評価されるようになれば、これらの事業に対し輸出許可を出さないということもありえるかもしれません。
ちなみに、今回の決定は欧州や日本などアメリカの同盟国へのエネルギー供給に支障をきたし、エネルギー安全保障を脆弱にさせるという議論もありますが、事実とは異なります。
今回の決定はすでに建設中(上のグラフだと水色の部分)のLNG輸出施設とは関係ありません。これらの施設はすでに許認可を得ているためです。そしてこのすでに建設中のインフラが稼働するだけで、アメリカのLNG輸出キャパシティはほぼ2倍になります。そして日本、欧州での今後のLNGの需要は再生可能エネルギー利用拡大によって減少すると予測されています。実際日本のLNG輸入量は2014年を境に毎年4%減少しており、現在の第6次エネルギー基本計画においても、2030年にはエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。つまりただでさえ増加するアメリカのLNG輸出に加え、日欧ではLNG需要が低下するため、自国への供給やエネルギー安全保障を心配する必要はないでしょう。
実際、今回の決定の直前、欧州の議員やとアジアの市民からバイデン政権へ公開書簡が送られ、どちらもLNGを必要としていないとはっきり言及しました。
ちなみに、アメリカで現在建設中の輸出ターミナルから輸出されるLNGの3分の2は欧州やアジアの消費者ではなくガスをトレードする企業が購入するとされており、現在進行中のLNGインフラの拡大はエネルギー安全保障よりもガストレーダーの利益のためであると言えます。この観点からも、LNG拡大は不必要であることがわかります。
輸入するだけではない?日本と米LNG輸出の関係
さて、日本はアメリカからLNGを輸入していますが、日本と米LNGとの関係はこれだけではありません。日本の政府、銀行、企業はアメリカでのLNGインフラ開発に多額の資金支援をしているのです。米環境保護団体Sierra Clubのデータによれば、米LNG事業への資金支援合計約1910億米ドルのうち、約441億米ドルが日本の金融機関によるもので、これは全体の約23%にあたります。事業数で見ると、ファイナンスの契約が既に存在する18のLNG事業のうち、15の事業に日本のファイナンスが多かれ少なかれ関与しており、特に関与の大きい事業は以下の2つになります。
フリーポートLNGターミナル(テキサス州):日本の公的金融機関である国際協力銀行(JBIC)から26億米ドルの融資、日本貿易保険(NEXI)から11.5億米ドル分の保険が付与されている。JERA、大阪ガス子会社が出資。MUFG(24億米ドル)、みずほ銀行(20億米ドル)、SMBC(19億米ドル)なども融資。
キャメロンLNGターミナル(ルイジアナ州):フェーズ1に対してはJBICから25億米ドル融資、NEXIから20億米ドル分の保険。三菱商事、日本郵船、三井物産が出資。SMBC(15億米ドル)、MUFG(13億米ドル)、みずほ銀行(10億米ドル)などが融資。NEXIが現在、キャメロンLNGターミナル拡張(フェーズ2)への支援を検討中。
このように、アメリカにおけるLNG開発は、アメリカの意向だけでなく、日本政府や金融機関の支援によって可能となっています。それはすなわち、アメリカでのLNG開発によって悪化する気候変動だけでなく、それによって引き起こされる現地コミュニティへの悪影響にも日本人の私たちが間接的に関与しているということになります。
米LNG開発によるコミュニティへのインパクト
FoE Japanは昨年(2023年)11月、アメリカにおけるLNG開発の中心地であるテキサス州及びルイジアナ州のメキシコ湾沿岸でのガス事業地を視察し、コミュニティへの悪影響について聞き取り調査をしました。詳しい報告は次回になりますが、ここでは簡単に悪影響について紹介したいと思います。
読者の皆さんは、液化天然ガスと聞いてどのような印象をお持ちでしょうか。大きな白い球体の中に入っていて、人体には危害がない、というイメージを持っている方も多いかと思います。しかし実際は大気中に有害物質を大量に出し、周りに住む住民の健康被害を引き起こしています。LNG施設は輸出に至るプロセスで二酸化硫黄(喘鳴、息切れ、胸部圧迫感を引き起こす)、すす(喘息や心臓発作)、一酸化炭素(臓器や組織にダメージを与える)を排出します。
実際、米ルイジアナ州のニューオーリンズ近辺からバトン・ルージュへ連なる地域一体は「がん回廊(Cancer Allay)」と呼ばれており、既存の石油化学産業や化石燃料産業の累積影響がある中で新規LNG事業がさらに汚染を悪化させ、この地域はがんの罹患者数が非常に高くなっています。米国環境保護庁(Environmental Protection Agency)によると、がん回廊のほとんど全ての国勢調査区が、アメリカ全土でがんを罹患するリスクが最も高いトップ5%に入っています。下の地図はアメリカ全土のがん罹患リスクを色で表したものですが、がん回廊が濃い青、すなわちがん罹患リスクが最も高いということが鮮明に見てとれます。
また、がん回廊の住民は化石燃料産業と石油化学産業からの有害物質の排出により、多くの人が慢性喘息、気管支炎、咳、小児喘息、持続性副鼻腔感染症などを患っています。さらに研究によれば、がん回廊の多くの地域を含む、ルイジアナ州で最も大気汚染がひどい地域に住む人々の低体重児出生率は27%と高く、州平均(11.3%)の2倍以上、米国平均(8.5%)の3倍以上でした。
がん回廊に程近いカルカシュー湖は日本の官民が資金支援するキャメロンLNGターミナルの他にも、カルカシュー・パスLNGターミナルやその他石油化学産業の集積地となっており、ここでも深刻な健康被害が見受けられました。
FoE Japanスタッフが訪れた際にこの地域を案内してくれたロシェッタ・オゼーンさんには6人の子供がいますが、彼らも皮膚の病気、喘息に苦しんでいます。子供が通う学校では、がんで亡くなってしまった子供もいるそうです。
また、LNG産業は地元の漁業にも壊滅的な影響を与えています。カルカシュー湖はエビや牡蠣といった海産物が豊富な土地でしたが、LNGターミナルができて船の往来が増えたことや有害物質の排出で、漁獲量が減っていると言います。現地の活動家ジェームズ・ハイアットさんは、エビの漁獲量は毎年約32万キログラム(70万ポンド)獲れていたものの今シーズンは約2.2万キログラム(5万ポンド)しか獲れず、90%以上も漁獲高が落ちていると話してくれました。
ハイアットさんは日本人である私たちに対して「私たちは皆気候変動という同じ問題に直面している」とした上で、こう語ります。「日本の政府、銀行は化石燃料への資金支援を、私たちのコミュニティの破壊に資金支援するのをやめるべきです。LNGはグリーンでも、クリーンでもありません。」
(長田大輝)