フィリピン・イリハンLNG 輸入ターミナル事業とは?

化石燃料

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イリハンLNG輸入ターミナル事業地(©︎Center for Energy, Ecology, and Development)

1.事業の概要

総事業費: 146億ペソ(約3億400万ドル)

事業実施者: リンシード・フィールド・パワー社(Linseed Field Power Corporation)

  • アトランティック・ガルフ・アンド・パシフィック(AG&P)の子会社
  • AG&P出資者 = 大阪ガス、国際協力銀行(JBIC)、Asiya(クウェートの上場ファンド)、AG&P経営陣

オフテーカー:

  • イリハン発電所(1,200 MW。ガス・コンバインドサイクル発電)
    • 1999年3月着工。2002年6月運転開始。2022年6 月BOT契約(20年)終了。(2022年6月にマランパヤガス田からのガス供給契約終了)
    • 2022年6月~ サウス・プレミア・パワー(SPPC)(サンミゲルの子会社)に所有権移転
  • 新規発電所(850 MW。ガス・コンバインドサイクル発電)
    • 2022年運転開始予定
    • 出資者=SMCグローバル・パワー・ホールディングス(SMCGPH:サンミゲルの発電子会社)
ガス火力発電所(©︎Center for Energy, Ecology, and Development)

2.日本との関わり

公的機関の関わり:

・国際協力銀行(JBIC) = 大阪ガスとAG&Pへの共同出資(2019年7月出資決定)

日本企業の関わり:

・大阪ガス = AG&Pへの出資(2019年7月~。JBICと共同)

3.主な経緯

*出典はPDFを参照のこと。

年        動き
2019年7月20日JBIC、大阪ガスが共同でAG&Pとの株主間契約を締結
2021年1月12日リンシード・フィールド・パワー社が環境影響報告書(EIS)をフィリピン環境天然資源省(DENR)環境管理局(EMB)に提出
2021年2月EISに関するオンライン公聴会
2021年4月EISに関するオンライン公聴会
2021年6 月3日EMBが同事業に係る環境適合証明書(ECC)を発行
2021年12月フィリピンエネルギー省(DoE)石油産業管理局が建設・拡張・再建・変更許可(PCERM)を承認
2022年6月イリハン発電所へのマランパヤガス供給合意の失効
2022年6月竣工予定
2022年7月稼働開始予定

4.主な問題点

生物多様性豊かな海洋環境への影響
同事業や関連ガス開発の計画は、ヴェルデ島海峡(The Verde Island Passage: VIP)に面した地域で進められており、海洋生態系への甚大な影響が懸念される。VIPは、バタンガス、マリンドゥケ、西ミンドロ、東ミンドロ、ロンブロンの5州に囲まれた水面下100万ヘクタール以上にわたり広がる手つかずの自然が残された場所であり、1,736種の魚類、338種のサンゴ類、またその他多くの海洋生物が生息する。世界で存在がわかっている近海魚類の60%がVIPに生息しており、地球上、最も生物多様性豊かな海洋生息環境の一つとして知られている。

VIPの保全に向けた動きはフィリピン政府内でも見られ、2006年には、VIPの生物多様性の保全と持続可能な資源利用を確保するため、様々な政府関連機関で構成されるタスク・フォースを組織するよう指示した大統領令第578号(2006年11月8日)が出されている。また、2017年には、VIPを囲む5州や国レベルの関連政府機関が合意覚書(MoA)を通じて、VIPの保全管理強化にコミットした。

同事業の環境影響報告書(EIS)の情報からも、建設から稼働段階まで、同事業の実施によってVIPが直接的な影響を受けることがわかる。例えば、FSUの設置による軟質サンゴ群体への影響、大量の堆積物によりマクロベントスが窒息する可能性、船からの油流出・船上廃液・船底汚水による生息環境への影響などが含まれる。しかし、VIPの生物多様性豊かな海洋環境を保全するための十分な対策は準備されていない。

ヴェルデ島海峡の海中写真(©︎Boogs Rosales)

小規模漁業や観光業など生計手段・収入機会への影響
建設予定地の周辺では、数万人におよぶ住民が小規模漁業や観光業に従事している。また、VIPの周囲の州で暮らす200万人以上の人びとがこの地域で獲れる海産物に食を依存してきた。FSUの設置、LNG運搬船の入港、船からの油流出・船上廃液・船底汚水などによって、海洋生態系や沿岸の魚類に影響が及ぶのは必至であり、小規模漁業やエコツーリズムを生業としている住民の生活への影響が懸念される。また、FSUから半径500メートルを立入禁止区域、その外縁200メートルを安全地帯に設定する計画となっており、漁業者がそうした制限区域内の海洋資源にアクセスできなくなる他、波の荒いより遠海まで漁に出なくてはならなくなる可能性も懸念されている。

同事業の環境影響報告書(EIS)では全体を通じて、漁業者とその生計手段に対する事業の影響が軽視されている。FSU設置やLNG運搬船の入港による海洋生物への悪影響や同海域の小規模漁船への影響の可能性を認めている一方で、漁業者に対して特段の代替案が用意されているわけではない

環境影響評価(EIA)手続きにおける適切な住民参加の欠如
フィリピンの環境影響評価制度では、最低限のステークホルダーとして一定のグループの公聴会への参加が要件とされている。しかし、同事業の環境影響報告書(EIS)によれば、同事業に関心を有する教会関係者や市民団体を含む最低限のステークホルダーの代表が公聴会に適切に参加できた形跡は見られない。

また、漁業者セクターからの唯一の参加者は、イリハン漁業者協会の代表のみであり、漁業者の生計手段に対する事業の影響に関して一切質問をしなかった。同漁協のメンバーは30名しかおらず、バタンガスにある16の他の漁協がより多くのメンバーを抱えている(80~100名のメンバーを有する漁協もある)ことを考慮すれば、漁業者セクターの公聴会への参加が適切なものであったとは言えず、公聴会において漁業者の懸念事項が十分かつ適切に配慮されたとは言えない。

事業地の土地利用転換手続きに係る違法性
同事業の予定地は、アグロフォレストリー地区から工業地区に再分類化された土地である。しかし、同土地が包括的農地改革法(フィリピン共和国法第6657号)に則って土地利用転換された形跡はない。農地改革省(DAR)の承認がなく、しかるべき手続きを踏んでいない土地利用転換は、同法及び農業漁業近代化法(フィリピン共和国法第 8435 号)によって禁止されている。

気候変動への影響
フィリピンは毎年、巨大台風や干ばつに襲われ、気候変動による甚大な被害を受け続けている国の一つである。農業や漁業など天候の影響を受けやすい生計手段に依存していたり、異常気象に住居が耐えられないなど防災対策が不十分になりがちな貧困層は、特に大きな被害を受けてきた。気候変動への対処は急務であり、太陽光、風力発電など再生可能エネルギーへの移行をフィリピンの市民社会も強く求めている。

気候変動に関する国際条約であるパリ協定は、地球の平均気温の上昇を産業革命以前に比べ1.5℃までに抑える努力目標を掲げており、これを達成するためには2050年までに世界の温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要がある。2021年5月に発表された国際エネルギー機関(IEA)の報告書では、2050年までに温室効果ガスの排出を実施ゼロにするにはガスを含む化石燃料への新規投資を即時に停止すべきだとしている。つまり、同事業のような新たなガス関連施設の建設は、新たな温室効果ガスの排出を長期にわたり固定(「ロックイン」)することに繋がり、パリ協定の目標と合致しない。

ガスは石炭に比べて温室効果ガスの排出が少ないことから、再生可能エネルギーが普及するまでの「つなぎ」(transition fuel)と言われてきた。しかし、ガス燃焼時だけでなく、開発の段階からメタンが井戸等から漏れる(メタンリーク)ことで温室効果ガスが大気中に放出されるため、ガス開発による温室効果ガスの排出は過小評価されているとの指摘もある。

5.現在の状況

・事業者は、沿岸の事業予定地ですでに整地作業を進めており、掘り出された土砂は桟橋の建設予定地、つまり、海洋に投棄されている。(2022年3月時点)

 

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