ブリーフィングペーパー:日本のCCS(炭素回収貯留)政策について

脱化石燃料2024.7.10

2024年2月13日に、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」が閣議決定されました。2024年の通常国会に提出される予定です

社会の脱炭素化が急がれる中、炭素を回収して地中などに貯留する「CCS(炭素回収貯留)」が注目されています。CCSは気候変動対策になるのでしょうか?日本のCCS政策の問題点についてまとめましたのでぜひご覧ください。

概要

 日本政府は、カーボンニュートラルを達成するため、削減しきれない二酸化炭素(CO₂)を貯留する炭素回収貯留(CCS)の推進を行っており、2050年時点でCO₂を1.2億〜2.4億トンを貯留する目標を掲げている。これは現在の日本の排出量の10%~20%にあたる。2030年までのCCS事業化に向け、コスト低減・国民理解醸成・海外CCS推進・CCS事業法の整備を推進している(「CCS長期ロードマップ」、2023年)。2023年、JOGMECは7つの事業を先行事業として選定した。うち2つの事業はCO₂を海外に輸出することを前提としている。

 気候変動対策のために残された時間は少ない。もっとも有効な解決手段は、COP28の成果文書にも記載された「化石燃料からの脱却」だ。技術的にもコスト的にも課題の大きいCCSに排出削減を頼ることは気候変動対策を遅らせかねない。

日本のCCS政策

 当初2020年までの実証化が目指されていたCCSであるが1、日本において、CCSが商業規模で運用されたケースはない。比較的規模の大きな実証実験として北海道の苫小牧で行われたものがある。同事業では、2016年4月から2019年11月の3年半をかけ、2つの圧入井から合計30万トンが圧入され、現在もモニタリングが続けられている。うち1つの圧入井からは十分な量の二酸化炭素を圧入することができなかった2

 日本では陸域での貯留ポテンシャルが限られているため、海洋での貯留が想定されている。そのためコストが高く、安価に貯留できると予想される海外にCO₂を運んで貯留するという議論が行われている。液化CO₂運搬船も政府支援によって開発中であるが、実証実験段階である3

 2022年に経済産業省のCCS事業コスト・実施スキーム検討ワーキンググループで示された試算によると、足元のCCSコストは12,800円〜20,200円/tCO2で、これを2050年までに6割程度に低下させるとしているが、そのための具体策は示されていない。

 政策では、2030年までにCCS事業を本格開始し、2050年時点でCO₂を年間1.2億〜2.4億トン貯留する目標達成のため、コストの低減や法整備、国民理解を深めるとしている。なお日本の温室効果ガスの年間排出量は11億2,200万トン(CO₂換算、2021年)で、年間1.2億トン~2.4億トンというと、その10%~20%に当たる。日本政府は「脱炭素化を最大限進めてもCO₂の排出が避けられない部分を中心としてCCSを最大限活用する」としているが、再生可能エネルギーなどの代替案が存在する電力セクターでの活用も意図されている。

 今後、CCS事業を進めていく上で、事業者が従うルールや国による監督、保安や賠償などに対応するために、2024年の通常国会に「CCS事業法案」が経済産業省によって提出される予定である。

日本のCCS支援

 日本政府は長年CCSへの政策支援を行ってきた。苫小牧での実証実験のほかには経産省の委託事業として地球環境産業技術研究機構(RITE)が 2003 年から1年半をかけて新潟県長岡市で CO₂実証圧入試験を実施し、1万トンのCO₂を圧入している。

 2021年、日本政府は「アジアの現実的なエネルギートランジション」のための「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を発表したが、その中には再生可能エネルギー、省エネ、CCUSなどのプロジェクトへの100億ドルのファイナンス支援支援が含まれている。岸田政権の下、2022年からGX(グリーントランスフォーメーション)戦略が推進されている。2023年5月12日に「GX推進法」が、31日に「GX脱炭素電源法案」が国会で可決成立した。GX推進法は、GX推進戦略を政府が策定し、 GX推進移行債の発行(20兆円規模)とGX推進機構の設立、また民間投資をGXに呼び込むことが内容に含まれる。CCSも推進対象分野に含まれており、今後10年で4兆円の投資を行うとしている4。また、2024年1月から運用が開始される長期脱炭素電源オークションにおいてもCCS付き火力がオークションの対象になっているが、まだ案件が存在しないため最初のラウンドからは外されている。

 政策支援として、民間企業が行うフィージビリティスタディ(F/S)、貯留地の探査、CAPEX(資本的支出)支援などが想定されており、すでにF/Sなどには補助金が投入されている。例えば、マレーシアで行うCCS共同スタディ(JAPEX、日揮グローバル、川崎汽船による共同事業)には経産省の産油国石油精製技術等対策事業費補助金が使われている5。また、インドネシア・Gundih(グンディ)ガス田のCCSには、JCMへの適応可能性も含めた調査補助金が当てられている6

 CCS事業で排出権が創出される場合に、それが日本でも利用できるようにする仕組みづくりも検討されている。また、海外へのCO₂輸出に関して、関係各国とのルール作りやロンドン議定書への対応を進めるとしている。

 国内外におけるCCS事業を支援する機関としては、JOGMECやJBICやJICA、NEXIといった日本政府100%出資の機関があげられる。2023年、JOGMECは、「先進的CCS事業の実施に係る調査」に関する委託調査業務の公募を行い、国内で排出されるCO₂の貯留を2030年度までに開始する事業を想定し、7案件(国内貯留5案件、海外貯留2案件)を候補として選定した7

図1:先進的CCS事業として選定された7案件とその提案企業(出典:JOGMEC)

問題点

・気候変動対策としての有効性に疑問

 気候危機を食い止めるためには、温室効果ガスの確実な削減に貢献する対策を早期に実行することが必要だが、化石燃料の採掘や燃焼からのCO₂を分離・回収・貯留しようというCCSは、化石燃料の利用を継続し、温室効果ガスの排出を前提とした技術といえる。また、90%程度の回収率が目安とされているが、実際の回収率は60〜70%にとどまっており、全てのCO₂が回収されるわけではない。さらに、回収されるのはCO₂のみで、メタンなどその他の温室効果ガスは回収されない。さらに分離・回収のために莫大なエネルギーや水が必要になる8

・技術的困難

 CCSの技術は1970年代から研究されているが、世界でも実現例は多くなく、実際に実施されているのは、回収したCO₂を油田に圧入し、原油の採掘量を上げるEOR(原油増進回収)というタイプで、むしろ化石燃料の増産を促進している

 これまで世界で実現した商業規模のCCS事業31件のうち、28は陸域での実施で、22は原油増進回収(EOR)であった9。日本にはほとんど油田がなく、EORを行うことは現実的ではない。日本CCS調査株式会社によれば、日本の領域内、特に海洋に大規模な貯留ポテンシャルがあるとされているが、コストが高く、具体的な貯留地はまだ見つかっていない。また回収したCO2を運ぶ輸送船もまだなく、実証実験が始まろうとしている段階である。

・環境影響

 CCSは、地中に注入することにより地震が誘発される可能性、CO₂が漏れ出した時のリスク、水ストレスの増加、海洋酸性化など、様々な環境影響が懸念されている。アルジェリアで行われたCCS事業では枯渇したガス田に2004年からCO₂を圧入していたが、CO₂が漏れ出るのを防ぐ地層に動きが認められ、漏出の懸念もあったために2011年に注入が中断された10。2020年にはアメリカ・ミシシッピ州におけるEOR事業に付随するCO₂輸送パイプラインが破損、300人が避難し45名がCO₂中毒症状で病院に運ばれた11

 排ガスからCO₂を回収する技術として、化学吸収法(アミン等の溶剤を用いて化学的にCO₂を吸収液に吸収させ分離する方法)や物理吸収法(高圧下でCO₂を物理吸収液に吸収させて分離する方法)等があるが、苫小牧でも採用されているアミン吸収法について、二酸化炭素を吸収・分離・回収する過程で、アミン化合物等の有害化学物質が生成される事が指摘されており、生態系や環境への影響も懸念されている12

・コストの高さ

 過去に行われたCCS事業は、多くが失敗している。1995年から2018年の間に計画されたCCS事業のうち、資金不足などから43%が中止か延期された。さらに大規模な事業(年間3万トン以上のCO₂を回収するもの)に至っては78%が中止か延期されていた13。2022年に経済産業省のCCS事業コスト・実施スキーム検討ワーキンググループで示された試算によると、足元のCCSコストは12,800円〜20,200円/tCO2で、これを2050年までに6割程度に低下させるとしているが、日本政府のCCS長期ロードマップは「コスト目標に向け、引き続き、コスト低減を可能にする技術の研究開発・実証を推進する」とあり、目標到達が可能なのか曖昧である。6割となっても、高額であることには変わりない。

 また発電所におけるCCSの導入は発電コストを大幅に増大させることが示されている。エネルギー別LCOEの比較を示す図2をみると、CCS付きの石炭火力およびガス火力は、蓄電設備を備えた洋上風力や太陽光発電のコストを大幅に上回っている。日本政府がアジア諸国の脱炭素化の大義名分の下に行うCCS援助がかえってアジアの脱炭素化を遅らせ、電力価格を押し上げてしまうことは明白である。

図2:エネルギー別LCOE(発電量あたりのコスト)比較(出典:IEEFAの資料を翻訳)

・モニタリングと賠償責任

 CCSが脱炭素技術として成立するためには、炭素が安定して長期間貯留されていることを確認することが重要となる。諸外国でも、少なくとも10〜20年のスパンでモニタリングを行う制度が設けられているが、仮にモニタリング期間以降に炭素が漏れ出す(リーケージ)、事故が発生するなどした場合の賠償責任が問題となる。現在日本政府は、安定的に貯留がされていることを確認した後、国の機関であるJOGMECにモニタリング業務を移管するとしているが、モニタリング手法や期間などは現状、示されていない。

 国際的な炭素市場におけるCCS事業のクレジット化が議論されているが、国連気候変動枠組条約下の炭素除去の議論においては、CO2が大気から持続的に隔離されていることが重要となる。IPCCでは「Durably(永続的に)」と表現されている。durablyに明確な定義はないが一案として少なくとも200~300年、という提案もされている14。このような長期に渡り隔離された炭素の維持を担保できる法制度は実際には不可能であり、事業者によるモニタリング終了は、国が責任を引き継ぎ、想定される大量の炭素管理を公費で賄うとすれば、問題を将来世代に先送りするだけであり、解決策にはなっていない。

提言 

CCSの位置付けについて抜本的な見直しを

 CO2の排出が避けられない事業分野へのCCS利用としているが、実際には再エネや省エネなど代替案が存在するセクターへの利用も検討されている。CCSの社会実装を目指して多くの資金・資源を投入することは、そのほかに行うべき省エネ・再エネに関する技術革新や社会実装を妨げ遅らせる可能性がある。そもそも日本のCCS政策に関する基礎的な方針が示されている「長期CCSロードマップ」は実現性に乏しく、CCSをカーボンニュートラル化の切り札と位置付けるのではなく、CCS政策を抜本から見直すべきである

・CCS事業への、特に海外にCO₂を輸出して行う事業には公的支援は行うべきではない

 気候変動への歴史的責任を鑑みれば、国内での抜本的な排出削減が必要である。削減しきれないCO₂を海外に輸出し固定するような方法は、社会的にも許容されるものではない。CO₂を液化し海上輸送することで、ただでさえエネルギーを大量に消費するCCS事業のエネルギー消費量はさらに上がることが推測される。

・脱化石燃料政策を打ち立てるべき

 日本政府はCCSに力を入れる前に、脱化石燃料を実行していくための政策を打ち立てるべきである。日本政府は現在、石炭火力についてですら低効率な石炭火力を廃止していく方針を持つだけであり、それもバイオマス混焼やアンモニア混焼を行えば早期廃止措置の対象外とすることができる仕組みを整えている15。COP28において岸田首相は「日本は、自身のネット・ゼロへの道筋に沿ってエネルギーの安定供給を確保しつつ、排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していく」としたが、終了する年限も示しておらず、そもそも排出対策のあるなしにかかわらず石炭火力の廃止を行わなくてはパリ協定の1.5℃目標は達成できない。

出典

1 平成20年(2008年)「低炭素社会作り行動計画」、平成22年(2010年)「第3次エネルギー基本計画」など

2 経済産業省等「苫小牧におけるCCS大規模実証試験30万トン圧入時点報告書(「総括報告書」) 」https://www.japanccs.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/report202005_full.pdf 2020年12月

3 NEDO「世界初、低温・低圧の液化CO2大量輸送に向けた実証試験船「えくすくぅる」が完成」https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101705.html, 2023年11月28日

4 経済産業省「CCSに関するGX分野別投資戦略について」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/carbon_management/pdf/002_08_00.pdf 2023年11月

5 JAPEXなど「マレーシアにおける CCS 共同スタディへ新たに日揮グローバルと川崎汽船が参加」https://www.japex.co.jp/news/uploads/pdf/JAPEX20220729_MalaysiaCCSstudy_join_j.pdf 2022年7月29日

6 J-Power等「インドネシア国でのCCS実証プロジェクトに向けたJCM調査事業の開始について」https://www.jpower.co.jp/news_release/2020/05/news200520.html 2020年5月20日

7 JOGMEC「国内初のCCS事業化の取り組み~2030年度までのCO2貯留開始に向け、調査7案件を候補として選定~」https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_01_00034.html 2023年6月13日

8 自然エネルギー財団「CCS火力発電政策の隘路とリスク」2022年4月14日

9 同上

10 MIT “In Salah Fact Sheet: Carbon Dioxide Capture and Storage Project” https://sequestration.mit.edu/tools/projects/in_salah.html 2024年2月最終閲覧

11 ハフィントンポスト “The Gassing Of Satartia" 2021年8月, The Intercept “Louisiana rushes buildout of carbon pipelines, adding to dangers plaguing cancer ally" 2023年8月

12 https://www.env.go.jp/content/900440754.pdf

13 Wang et al, “What went wrong? Learning from three decades of carbon capture, utilization and sequestration (CCUS) pilot and demonstration projects” Energy 2021年11月

14 UNFCCC “Information note Removal activities under the Article 6.4 mechanism”https://unfccc.int/sites/default/files/resource/a64-sb005-aa-a09.pdf, 2023年5月

15 国立国会図書館「日本の石炭火力政策の動向」

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_12361633_po_1207.pdf?contentNo=1, 2022年11月24日

 

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