インドネシア・インドラマユ石炭火力発電事業とは?
>脚注を含んだ概要と問題点PDF版はこちら
>現場の状況や住民の抗議活動など写真資料(PDF)はこちら
1.事業の概要
2.日本との関わり
国際協力機構の役割:
①協力準備調査(2009年度実施)
②エンジニアリング・サービス(E/S)借款(2013年3月融資契約)
上記④コンサルティング・サービス部分の支援
総事業費 18 億 1,000 万円、うち円借款部分 17 億 2,700 万円
→貸付実行中(約6億2,020万円貸付済/2019年6月時点)
(当初業務は①、②、③の基本設計、入札補助、施工監理、環境監理補助等
2016年~ ①、②はそのまま+③の送電線を除く変電所の基本設計のみ)
③技術協力(2016年JICA専門家派遣)
「用地取得及び非自発的住民移転に係る計画策定支援」(17,636,400円)
④本体借款(インドネシア政府側の正式要請待ち)
日本企業の関わり:
・東電設計(2015年度、独企業FICHTNER GMBH & COMPANY KGと共同受注)
E/S業務(契約受注総額18億5,200万円)
・EY新日本サステナビリティ株式会社(2016年6月受注)
「用地取得及び非自発的住民移転に係る計画策定支援」に係るJICA専門家(契約額17,636,400円)
3.主な経緯
4.主な問題点
(1)生計手段への影響と適切な補償・生計回復措置の欠如
同事業地の大半は肥沃な農地であり、2,000 人以上の農民(小作農、日雇い農業労働者を含む)が影響を受けることが懸念されている。水田では年 2 回の収穫が可能であり、畑ではタマネギやその他の野菜が栽培されている。既設の石炭火力発電所で農地収用を経験している住民らは、地元で失業者が増加するとともに、犯罪率も増加していると指摘。事業者による優先雇用の方針が打ち出されても、住民の学歴、技術、経験等の制約から、新設の石炭火力発電所による雇用も見込めないとしている。
既設の石炭火力発電所の建設に伴い、漁民もすでに埠頭の建設や石炭運搬船の往航、また、温排水による被害を受けてきた。漁場が制限されたり、漁獲量も減少している他、石炭運搬船によって漁網が損傷を受けるケースも多発している。
(2)粉塵等による健康影響に対する懸念と最良の公害対策技術の欠如
既設の石炭火力発電所周辺の住民は、風向によって煙突からのフライアッシュ、および、石炭貯蔵場からの黒い粉塵が個々人の家などにまで飛来してくると報告している。事業地の周辺地域では、特に子どもなどに呼吸器系疾患の症状が見られ始めており、健康被害の悪化を懸念する住民は多い。
FoE Japanの調査データ(下表参照)によれば、日本の石炭火力発電所で利用されている最良の公害対策技術は、新設のインドラマユ石炭火力発電所でも利用されない予定であることがわかっている。日本企業は、地元政府機関の基準が緩く、また、ガバナンスがうまく機能しないなか、『ダブル・スタンダード』に甘んじて公害輸出を進めるのではなく、地域住民の健康等に対し日本国内と同等の配慮を行ない、日本国内や国際的なグッド・プラクティスと同等の基準で事業を実施すべきである。
(3)環境アセスメント(EIA)における不備と適切な住民参加の欠如
同事業の EIA に係る住民協議には、郡長や村長のみが招待され、漁民や農民など影響を受ける多くの住民は懸念・意見を述べる機会を与えられなかった。同様に、環境許認可の申請時や発行時にも情報を提供されなかったため、住民はそうした事実を知らず、懸念・意見を述べる機会を逸した。これらは「環境許認可に関する政令(2012 年政令第 27 号)」や「環境アセスメント住民参加及び環境許認可に関する規則(2012 年環境大臣規則第 17 号)」等に違反する。
また、EIA で利用されている情報・データは 2010 年以前のものであり、2011 年に既設の石炭火力発電所が稼働を開始した後の実値は考慮されていないため、同事業の現在の環境社会状況に係るベースラインデータ、および、影響緩和対策が適切なものであるかについては疑問が残る。
2017年7月5日に住民が起こした行政訴訟では、これらの問題点に加え、環境許認可の権限を有する西ジャワ州ではなく、インドラマユ県知事が違法に許認可を発行したことも指摘された。2017年12月6日、バンドン地方行政裁判所はこの点を違法と認め、環境許認可の取消判決を下した。(その後、控訴審、上告審、再審請求において住民の訴えは棄却されたが、EIAの情報・データの質の審査や住民参加・情報公開の適切性についての審査は行なわれぬままとなっている。)
(4)土地収用手続きにおける不備と適切な住民参加の欠如
当初、公共事業土地収用法(2012 年法律第 2 号)に基づく住民協議には、地権者、宗教リーダー、村長など選ばれた者しか招待されず、同法で規定されている影響を受けるコミュニティー(漁民、農民等を含む)の参加は確保されていなかった。また、住民協議では、同事業による農地、漁場など生計手段への影響や健康影響など負の影響について説明がなされず、CSR や補償等の情報のみが提供されている。反対派住民ネットワークは土地収用法(2012 年法律第 2 号)に基づき、同事業に対する異議申立書を西ジャワ州知事に対し提出したものの、同申立書への回答等はないまま、同知事は立地許可証を承認。このように、住民の懸念の声は十分に反映されてこなかった。
また、JICA の『環境社会配慮ガイドライン』で要件とされている土地収用・補償計画が完成・公開される前に、土地補償の合意形成と補償金の支払いが開始された。このため、地権者のなかには十分かつ適切な価格交渉の機会を与えられないまま合意を強要されたケースが報告されている。さらに、作物補償の水準が未公開のなか、地権者から小作農に作物補償を手渡す形式がとられたことから、作物補償の水準に不公平が生じたり、地権者・小作農間等に無用な対立を引き起こす結果となっている。
(5)反対派住民への人権侵害
2016 年 3 月から複数回にわたり、反対派住民ネットワークによる同事業への抗議活動等が村内や近隣都市、首都などで行なわれてきたが、そうした抗議の前後に、軍・警察関係者が住民リーダー等の各家を訪問し、抗議活動をせず、政府の事業を支持するよう忠告・脅迫を行なってきた。反対派住民が村内に立てた事業反対の横断幕が不特定者により夜中に取り払われたこともあった。2017年4月にアクセス道路の工事が始まって以降も、住民が自分たちの農地への被害をくい止めようと抗議活動を行なう度に、地元の軍・警察関係者によるPLN側の護衛が常態化してきた。
また、2017年12月に反対派住民側が行政裁判で勝訴して以降、地元警察が住民側を「犯罪者扱い」する弾圧が始まっている。まず、住民グループの農民3名が2017年12月17日の夜中1時に彼らの家にやって来た地元の警察に身に覚えのない「国旗侮辱罪」で不当逮捕されるという事態が起きた。農民は同日夜にインドラマユ県警から釈放されたが、保釈の身として地元警察に対する週1、2回の報告義務を課せられた。3月初めには、県警から農民に対して検察官送致を目的とした面会招致状が出されていたが、後述の住民4名の釈放時期が近づくや、「国旗侮辱罪」で再逮捕・勾留され、5~6ヶ月の実刑判決が出された。
さらに、2017年11月29日にアクセス道路の工事現場で反対派住民がPLNの下請業者側と暴力沙汰になった件について、インドラマユ県警は住民側の暴行を刑事犯罪として調査。まず、2017年12月21日付の通知がインドラマユ県警から出され、複数の住民が1名ずつ異なる日時に警察への出頭要請を受けた。その後、インドラマユ県警は2018年2月15日付で、原告1名を含む住民4名の調査開始をインドラマユ県検察に通知する書簡を発出。業者側の暴行については証拠不十分としている一方、2018年4月6日から住民4名(うち1名は行政訴訟の原告)はインドラマユ県警に逮捕・勾留。6ヶ月の実刑判決を受け、刑期満了の10月3日まで収監された。
こうした状況は、反対派住民を黙らせようとする弾圧に他ならない。反対派住民に対する威嚇効果、つまり、同様のことが自分の身に起こるのではという不安を引き起こし、住民の同事業に対する自由な意思表示・参加の妨げとなる可能性は否めない。
(6)事業の必要性への疑問
JICA の E/S 借款決定時(2013 年 3 月)の事業事前評価では、2011年のPLN電力供給総合計画(RUPTL)(2011-2020)を参照し、インドネシア全体の電力需要が2020年までに年平均約8%で伸びる見込みであり、ジャワ・バリ系統における電力ピーク需要が2011年の19,739MWから2020年までには38,742MWに達する見込みであることから、2011年時点で27,091MWしかない発電容量に対して、新たな電源開発が急務であるとの説明が示されていた。こうした新しい電源開発を推進する方針は、2014年10月に誕生したジョコ・ウィドド政権下でも基本的には継承され、電力需要の伸びを年平均約8%と見込み、中期目標としてインドネシア全体で2019年までに35,000MWの発電設備容量を増加することが掲げられた。
しかし、直近の2019年のRUPTL(2019-2028)を見てみると、ジャワ・バリ系統の2020年の電力ピーク需要予測は29,852MWとされており、JICAが2013年の資料で提示した上述の予測値とは約8,890MWも開きが出てきている。これは、電力需要がインドネシア政府の予測ほど伸びてきていない実態を反映したものである。また、同RUPTL(2019-2028)で示されているジャワ・バリ系統の電力供給予備率を見てみると、2019年で26.4%の予測となっている。さらに、同RUPTLの各予測値から2019~2028年までの電力供給予備率を計算すると、2025年に約45%に達し、それ以降は減少するものの2028年では29.6%の予測見込みとなっている。ジャワ・バリ系統での電力需給の逼迫というJICAが7年前に示した同事業の目的の前提が妥当なものなのか、電力需要の伸びなどの実態も踏まえて検証が必要である。
5.現在の状況
・ 反対派住民が工事をくい止めようと抗議活動を続け、事業への社会的合意が著しく欠如しているなか、2018年2月、PLN側が大勢の警察・軍関係者の護衛の下、変電設備の土地造成を強行。
・ 変電設備の工事作業がEIAで規定されているスクラ郡のみでなく、パトロール郡でも実施されていたことから、環境手続上の不備を住民・NGO側が指摘。西ジャワ州環境局は、不備を認め、EIA補遺版の修正が承認されるまで工事作業の停止をPLNに求めた(2018年7月31日付の環境局から現地NGOへの書簡)が、その後も数か月は違法工事が続いた。EIA補遺版の修正が2019年5月に承認され、2019年12月には変電所設備の建設工事が開始されている。
・ 同事業の環境許認可取消の判決がバンドン地方行政裁判所で出された後、控訴審、上告審、再審請求では高裁および最高裁が住民の訴えを棄却。
・ 住民の地裁勝訴後、地元警察が反対派住民を「犯罪者扱い」するという「公権力による弾圧」が強まっており、人権状況が悪化。
・ 日本政府・JICAは、「本体工事への借款要請がインドネシア政府からきていないため、JICAガイドラインの遵守について判断する立場にない。開発協力大綱についても同様。本体工事の借款供与には、JICAガイドラインの遵守が必要と繰り返しインドネシア政府側に対し説明している」との回答。E/S借款の貸付支払を継続中。