インドネシア・バタン石炭火力発電事業とは?

化石燃料

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現地住民の声 "COAL WAR~石炭火力発電所による環境破壊に抵抗するバタン県住民の闘い~"
(グリーンピース・インドネシア作成)

1.事業の概要

目的: 2,000MW(1,000MW×2基)規模の超々臨界圧(USC:Ultra Super Critical)石炭火力発電
   ・ジャワ-バリ系統管内への電力供給
   ・インドネシア経済成長促進・拡大基本計画(MP3EI)の一環
  (燃料=インドネシア産亜瀝青炭)

  -発電所(1,000 MW×2基)
  -埠頭2.4 km
  -浚渫155万3,000 m3、海洋投棄16 km沖合い
  -送電線61.4 ha(5.4km)・変電所25 ha設備等の建設・設置など

サイト位置: 中部ジャワ州バタン県(発電所建設予定地226.4ヘクタール)



総事業費: 約45億米ドル

事業実施者: ビマセナ・パワー・インドネシア社(BPI)
  ・ 電源開発㈱(Jパワー)34%、アダロ・パワー社(アダロ)34%、伊藤忠商事㈱(伊藤忠)32%の3社が設立した現地法人
  ・ インドネシア国有電力会社(PLN)との間で25 年にわたる電力売買契約(以下PPA)を締結。25年間のBOOT方式
  ・インドネシア大統領令に基づき実施される官民連携パートナーシップ(PPP) 第一号案件


融資機関: 国際協力銀行(JBIC)、および、民間銀行団

保証機関: インドネシア・インフラ保証基金(IIGF) / 財務省による電力購入保証

被影響住民:
 農民(コメ年3回収穫可、ジャスミン年中収穫可等)
    コミュニティーによれば――
     発電所建設予定地=地権者約700世帯および小作、農業労働者3,000人
  漁民(年中)  漁民を支援するNGOによれば――約2,000人

2.日本との関わり

国際協力銀行の役割:
 融資調達額約34億ドルの 約60% にあたる約 21億ドル融資
   (2013年7月から融資検討。2016年6月に融資決定)

日本企業の関わり:
 ・Jパワー、伊藤忠=BPIへの出資
 ・民間銀行団=①融資調達額約34億ドルの約40%にあたる約13億ドル融資(2016年6月)
(三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友信託銀行、三菱UFJ信託銀行、新生銀行、農林中央金庫、シンガポールDBS銀行、シンガポールOCBC銀行)
  ②1年間のつなぎ融資契約 約2億7,000万米ドル(2012 年8 月)
  (三井住友信託銀行1億3,500万米ドル、三菱東京UFJ 銀行6,200万米ドル、みずほ銀行・三井住友銀行・シンガポール DBS 銀行・シンガポールOCBC 銀行が各行1,800万米ドル)

3.主な経緯

4.主な問題点

(1)適切な補償手続・措置の欠如と生計手段・収入機会の喪失

  同事業に反対する住民らは、バタン県ウジュンネゴロ村、カランゲネン村、ポノワレン村、ウォノクルソ村、ロバン村の約7,000人から成るUKPWR協会(Paguyuban UKPWR)を立ち上げ、2011年から地元やジャカルタで約25回にわたるデモ活動を行なってきた。その住民らの大きな反対理由の一つは生計手段の喪失である。

  同事業に反対する住民らは、バタン県ウジュンネゴロ村、カランゲネン村、ポノワレン村、ウォノクルソ村、ロバン村の住民から成るUKPWR協会(Paguyuban UKPWR)を立ち上げ、2011年から地元やジャカルタで数十回にわたるデモ活動を行なってきた。その住民らの大きな反対理由の一つは生計手段の喪失である。

 住民らによれば 、発電所建設予定地226.4ヘクタール(ウジュンネゴロ村、カランゲネン村、ポノワレン村の3村をまたぐ)の地権者は約700世帯おり、また、そこで小作、農業労働に従事している約3,000人が影響を受けることになる。彼らが主要な生計手段として依存してきた先祖代々の農地は非常に肥沃で、生産性が高い。例えば、水田からの収穫高は、ヘクタール当たり7~8トンにのぼり 、灌漑用水 によって1年間に3回稲作が可能である。また、ジャスミン畑でも年中収穫が可能だ。

 また、ロバン村には、約2,000人の漁民が暮らしており、バタン水域の豊富な水産物に依存。カニ、イカ、エビなどを獲り、暮らしを立ててきた。同事業が実施される海岸地帯は、ジャワ島北側の海岸線で最も漁獲高の大きい地域の一つであり、ウジュンネゴロ=ロバン海岸地帯は、2008年政令第26号や区画に関する2010年中部ジャワ州条例第6号によって、海洋・観光保護地区としても保護されてきた地域である。

 同事業が実施されれば、農地収用 および海域での埠頭建設や排水 などにより、これら多くの農民と漁民が主生計を奪われる、もしくは、甚大な影響を受けることになる。しかし、こうした生計手段を喪失する農民・漁民に関する詳細な社会経済世帯調査、また、土地収用・生計手段喪失に関する公開の住民協議が行なわれず、補償計画書も策定されないまま 、2011年からBPIによる土地売却交渉が始められた。結果として、着工前の時点ですでに農作業ができなくなり、収入機会が減少した農民も出ていたのが現状だ。

 また、補償計画書がないまま 、つまり、土地補償価格の根拠を示した調査・検証結果について公開されたものがないまま、2011年からBPIが各地権者と個別に土地売却交渉を進めたため、土地に対する補償基準が不透明で、補償価格もそれぞれ異なる不公正なものとなっていた 。こうした不透明な個別の土地売却交渉は、住民間の不信感を増幅させ、コミュニティー内の分裂を引き起こす要因の一つともなった。

(2)環境影響評価(EIA)手続きにおける適切な住民参加の欠如

 住民によれば、EIA に関する住民協議会は、少なくとも、2012年11月にウジュンネゴロ村、カランゲネン村、ポノワレン村の3村で開かれている。しかし、少なくとも、これまでに入手可能であったEIAには、住民協議の開催記録や議事録が添付されておらず、その他の住民協議の機会について知ることは困難である。

 上記3村での住民協議会については、参加者が招待状を受け取った住民に限定されており、事業に反対する住民の参加が制限されていた。代わりに当該村の住民でない多数の事業賛成派が協議会に参加していたことが、住民組織UKPWR協会によって報告されている。また、反対派の住民は参加できても、発言時間を制限されるなどの差別を受けた。さらに、住民協議会の当日は、重装備をした1,000人以上の軍・警察関係者によって厳重に警備されており、EIAの策定過程における自由な住民参加・発言の機会は、著しく阻害されていた。

 事業予定地から東方3~4 kmほどしか離れておらず、約2,000人の漁民が暮らすロバン村では、EIAに関する住民協議会は開かれておらず、彼らの懸念をEIAに反映する機会すら与えられなかった。

(3)事業反対派住民に対する脅迫、法的措置の濫用、および、暴力の行使

 事業者が雇ったとみられる警備員やチンピラ(プレマン)、また、国軍・地元警察による住民への脅迫等が多く報告されている 。まず、各地権者との個別の土地売却交渉において、BPIに国軍・警察が同行しており、それ自体が住民への威嚇となりかねず、自由な意思決定を阻害する状況であったが、さらに、国軍・警察が土地売却への合意を強要した結果、土地を売らざるを得なくなったと証言する住民が複数見られた。この点は、2013年にインドネシア国家人権委員会も指摘しており、「売却強要につながる警官、国軍兵士の交渉からの撤退」を勧告している 。

 事業反対派の住民リーダーらへの嫌がらせも顕著である。まず、2012年9月に現地視察に訪れた日本の商社関係者を拉致したとして、ポノワレン村、カランゲネン村、ロバン村の5名が地元警察により犯罪者に仕立て上げられ、そのでっちあげの罪により、約5ヶ月間、刑務所に留置されることになった。また、カランゲネン村の2名も、事業賛成派の住民を殴打したという身に覚えのない容疑を地元警察にかけられ、有罪判決(7ヶ月の禁固刑)を受けた。この2名のリーダーのうち1名は、土地売却を拒んでいた地権者、もう1名は小作農であるが、2014年5月から投獄された。こうした法的措置の濫用は事業反対派の住民への脅しであり、反対運動を弱体化させようとの狙いが政府側にあるものと思われる。

 同事業をめぐっては、以下のような暴力行為も報告されている。

・ 2013年7月、BPIに雇われたとみられる2名(各々カランゲネン村、ポノワレン村の住民)が、土地売却に応じていない地権者(ジャスミン栽培が主生計)の所有する約0.5ヘクタールで、ジャスミンの木を切り倒した。
・ 2013年7月、農地でのボーリング作業を行おうとした事業者を阻もうとした住民に対し、地元警察・国軍が暴力を行使した。この結果、住民約15人が負傷することになった。
・ 2013年9月、農地でのボーリング作業を再び試みた事業者を阻もうとした住民に対し、地元警察・国軍が催涙ガス弾で応酬する事態となり、住民側に相当数の負傷者が出た。
・ 2014年5月、投獄された住民リーダー2名の釈放を求めるため、バタン県にある検察庁の前で抗議活動を行なった住民らが、治安部隊と衝突し、暴行を受けた。少なくとも3名の住民が負傷した。
・ 2014年10月、ポノワレン村で200名程が集まり、村共有の村落地の土地売却について話し合っていたが、BPIに雇われたとみられる約50名のチンピラ(ポノワレン村、ウジュンネゴロ村、また、バタン県外の住民を含む)が暴行し、住民側1名が重傷、4名が軽傷を負った。

(4)気候変動への影響と国際的なダイベストメントの流れへの逆行

 気候変動への影響を考慮し、欧米の政府機関や国際機関では、2015年のパリ協定の採択以前から脱石炭への方針転換が始まっていた。2013年中に、世界銀行、欧州投資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)などの国際金融機関、そして、英・北欧諸国の政府が、海外の石炭火力に対する公的支援の原則廃止・規制強化を次々と発表した。2015年以降は、フランスやアメリカ、オランダ、ドイツ、イギリスなどの大手民間銀行が石炭関連事業への融資を停止・制限する方針を次々と打ち出し、2018年には南アフリカの民間2行が、2019年にはシンガポールの民間2行が、新規の石炭火力から撤退することを表明した。ダイベストメントの流れは欧米を超えて確実に広がりつつある。

 一方、パリ協定の採択以降も、海外での新規の石炭火力発電所に対して、JBICやNEXIを通じた公的支援を8件決めてきた日本政府は、国際的な批判の対象となってきた。日本の民間企業においても、2018年以降、石炭火力発電所の融資に係る新方針の発表ラッシュが続いたが、「原則新規の融資を行なわない」としたものの、例外規定を設けており、実効性に疑問が呈されている。

 グリーンピースは、バタン石炭火力発電所1つで年間1,080万トンの二酸化炭素を排出することになるとし、インドネシア政府が2009年に公表した2020年までの温室効果ガス排出量26%削減の実現も危うくなると指摘している 。同発電所が稼働すれば、建設後25年間にわたるPPAが締結されているため、将来的な温室効果ガスの排出を固定化してしまうことになる。日本の官民ともに、気候変動の問題に向き合った真の脱炭素方針の策定・実施が急務とされている。

5.現在の状況

・ 2012年10月に着工予定で、2016年末頃に1号機運転開始予定、2017年中頃に2号機運転開始予定であったが、大幅に遅延。2016年6月の融資決定を受け、2020年運転開始見込みとされてきた。工事進捗率は約94%(2020年6月時点)と報告されているが、新型コロナ禍等の影響により、運転開始時期は更に遅れる見込み。
・ 同事業は当初、2012年10月6日が融資調達の期限日とされていたが、融資の前提条件である用地確保が地元住民の反対により遅れたため、融資調達期限は5回延長されてきた。
・ 2014年6月27日、土地売却交渉 の不調からBPIが不可抗力条項の適用をPLN、および、建設請負会社に通知。インドネシア土地収用法(2012年)を適用し、PLNが主体となって土地収用が進められていく方針を確認 。
・ 2015年4月上旬、土地収用が完了していないにもかかわらず、インドネシア国軍・工兵隊が建設予定地内の買収済みの土地で整備作業を開始。
・ 少なくとも46名の地権者が最後まで土地売却を拒否したなか、PLNは土地収用法(2012年)の下、土地収用を強行。BPIも事業地を徐々にフェンスで囲い込み、2016年3月には農民の農地へのアクセスを強制的に遮断。しかし、同地権者らは依然として土地補償の受領を拒否。
・ 現在、農民は農作業を続けられず、すでに生活難に直面。埠頭建設の開始に伴い、浚渫土の不法投棄による漁業への甚大な影響も出ている。

 

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