EPNが「大規模なバイオマス発電は人権侵害につながる」として国連人権理事会へ書簡を提出
皆様。はじめまして、新スタッフの中根です。
2025年4月、森林、紙・パルプ、バイオマス問題に関与する350以上のNPOが集まるThe Environmental Paper Network(EPN)が国連人権理事会の気候変動に関する特別報告者に対し、現在の木質バイオマスによる発電は気候変動対策ではなく、人権侵害をももたらしているとした書簡を提出し、FoE Japanも連名しました。
以下に書簡の内容をご紹介します。
書簡では、森林伐採や土地および森林資源の奪取を伴う大規模なバイオマス発電により、先住民族を含めた地域コミュニティの権利を侵害し、健康被害につながっているとしている。
そして、そのようなコミュニティの現状はバイオマスエネルギーを大規模に活用している欧州、日本、韓国などの消費国には伝わっていない。
木質バイオマスにおいて、「木」の調達が必要なことは容易に想像がつきますが、その原料が「天然木」であれ、「植林木」であれ、大規模なバイオマス発電が普及することで、以下の悪影響がコミュニティにもたらされます。
- コミュニティで活用していた森林地帯での企業による土地の奪取
- 森林の恵みが得られなくなることによる食糧や水、薬の原料確保の難しさ
- 食糧調達の役割を担っている女性に課される家事労働の負担の増加
- 先住民族の文化的な価値の喪失
- 森林資源に依存したビジネスの横行
- 気候変動による被害の拡大
- バイオマス産業の関連施設から排出される大気汚染物質による呼吸器系やその他の病気の発症などの健康被害
中でも、木材産業や紙・パルプ産業においてただでさえ需要のある「天然木」は、バイオマス産業の参入により、その需要が高まっているだけでなく、政府による大規模なバイオマス発電を含めた、再生可能エネルギーに対する日本のFIT制度などの補助金や大規模バイオマス発電活用の義務化は、さらなる需要拡大に貢献している。
このような現状を念頭に置くと、「天然木」の需要を抑えるために、代替案として「植林木」を中心とした大規模なバイオマス発電を推し進めることが想像されるのではないでしょうか?
書簡では、植林においても土地が必要なことは紛れもない事実であり、人口が集中している都市部ではなく、森林が豊かなコミュニティの土地を植林の対象地とするため、コミュニティにおける日々の営みが奪われてしまうことは避けられないと言及している。
また、書簡では6カ国のバイオマスエネルギーに関する現状を紹介していますが、ここからは、バイオマス産業における人権侵害の具体例として、原料の供給国であるインドネシアと木質バイオマスを製造しているアメリカの2カ国を挙げ、紹介していきます。
その他の国の現象を知りたい方は、是非こちらのリンクをご参照ください。
インドネシア
インドネシア政府において、大規模なバイオマス原料生産に向けたHTE(エネルギー用産業造林)プログラムが実施され、天然林からモノカルチャーの植林への転換が進められている。
このプログラムにより、1,000万~1,700万ヘクタールの天然林をさらに消失させる可能性があり、以下のような社会的・環境上の悪影響があるにもかかわらず、地域コミュニティは蔑ろにされ、大規模なバイオマス発電は”Green”であるとして、エネルギー転換によるプランテーションが政府により推し進められている現状がある。
- スマトラの事例:バイオマスエネルギーに関するプロジェクトが地域や先住民族のコミュニティにおける森林へのアクセスを奪い、祖先の土地とのつながりを断絶させた。
- ジャンビの事例:一企業のPT. HIJAU ARTHA NUSAによるバイオエナジープロジェクトにより、先住民族のコミュニティの森林や土地が奪われ、4,000ヘクタールの大規模な森林伐採を行ったにもかかわらず、たった64.5ヘクタールの植林しか行わなかった。
- マルクの事例:企業がバイオマスエネルギーのコンセッション(土地使用権)[1]をFPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)原則[2]に従わずに契約したため、先住民族はコンセッションの許可が与えられた後も実際に情報が提供されておらず、祖先の土地でプロジェクトが実施されることすら知らなかった。
- ブル島の事例:コミュニティがFPIC原則を無視した州独自の事業によるプランテーションで森林と農地を失った。
また、2024年にHTEプログラムにより開発された土地における人々の生活を調査した結果、コミュニティはバイオマス発電事業による恩恵を全く受けておらず、2023年半ばまで電化すらしいていなかったことがわかった。
そして、コミュニティを犠牲にして得られた原料は、日本のニーズを満たすために輸出されていたことも報告されている。
エネルギー用産業造林への土地の転換は、食の安全保障と生物多様性にとって非常に大きな脅威であり、それは地域コミュニティだけに襲いかかるものではなく、郊外に食の供給を依存している都市部においても、脅威であることを忘れてはならない。
アメリカ
世界的に見ても、最大の木質ペレット製造国かつ輸出国であるアメリカでは、体系的な人種の不公正も相まって、地域住民がバイオマス燃料の製造過程で健康被害を受けている。
例えば、木質ペレットの製造において致命的な量の汚染物質が排出される。
これらの汚染物質にさらされることで、2型糖尿病や心臓病、脳卒中、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、肺がんなどの病気や低出生率にもつながる。
このような木質ペレットの製造に関する深刻な健康への影響は、貧困層や有色人種とみなされている人々に色濃く出ていると報告されている。
さらに、アメリカ東南部の住民が木質ペレットの製造において排出された発がん性のある有害物質にさらされたことで、多くの深刻な健康被害があった。
つまり、木質ペレットの製造企業はアメリカの大気浄化法の基準を無視し、基準値を超えた危険な化学物質を排出している。
これは、根本的に上記の基準が甘いうえに、罰金の規則があるものの正しく機能していないため、抑止力になっていない現実が浮き彫りになったとも言えるだろう。
さらに、イギリスに本社を置くDrax社の木質ペレット工場では、11,378回もの環境規定違反があり、その違反が6つの工場で起こっていることと、毒性のある物質を大気および下水に排出していることも言及していた。
この書簡では、サプライチェーンの面から見たバイオマスエネルギー産業の人権侵害に関する懸念は、産業の拡大により急速に増加していることから、上記の例はほんの一部であり、大規模なバイオマス発電の廃止をしなければ悪化の一途をたどると結論づけています。
この書簡を通して、大規模なバイオマス発電が同じ時を生きている人々の「日々」を奪う所業であり、その現実を知らないがために何事もないかのように「日常」を過ごすことができる消費国の人々がいるという事実を突きつけられました。
また、この影響は人間にとどまらず、植林木が天然木の代替にならないことから、動物の棲みかを確実に減少させ、一度喪失してしまったら復元さえもできないことを知るきっかけになりました。
見せかけの気候変動対策に騙され、健康被害はじめ人権を無視した生活を他者に強いてはならないと強く思うと同時に、多様なステークホルダーが関与しているバイオマス問題において、現地の人々の声を第一にしながら、いかに関係者の調整を行い、問題の改善を図るかをどんな現状にあっても考え続けたいと思いました。(中根杏)
参考文献・脚注
参考文献:
Environment Paper Network. “About Environmental Paper Network”.
https://environmentalpaper.org/about/about-epn/
Environmental Paper Network.(2025). “The Human Rights Impacts of Large-scale ‘Modern’ Biomass Energy”.
https://environmentalpaper.org/wp-content/uploads/2025/05/BAN-Submission-to-UN-Special-Rapporteur-on-Human-Rights-and-Climate-Change-.docx.pdf
脚注:
[1]利用料金の徴収を行う公共施設について、施設の所有権を公共主体が有したまま、施設の運営権を民間事業者に設定する方式
参照先:https://www8.cao.go.jp/pfi/concession/concession_index.html
[2]Free, Prior, and Informed Consent
参照先:https://www.gef.or.jp/wp-content/uploads/2023/04/Final_FPIC-Guideline_Guidance_jp201503.pdf