モザンビーク・モザンビークLNGとは?

脱化石燃料2024.8.28

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 モザンビークでは、2010年代に入り北部カーボデルガード州ロブマ堆積盆地にてガス田が発見されたのを契機にガス開発が進んでいる。ロブマ堆積盆地の6つの鉱区のうち、主にエリア1と4で開発が進んでいる。
 エリア1はトタル・エナジーズを中心とし、三井物産等の日本の企業も参画する企業連合により開発が行われている。2019年、エリア1での事業に対する最終投資決定(FID)が行われ、日本の国際協力銀行なども2020年に融資を決定しているが、現地の治安情勢悪化により2021年にトタル・エナジーズが「不可抗力」を宣言し、建設が一時停止している。
 エリア4はエクソンモビルやエニなどを中心に開発が続いている。 2017年にコーラルサウスFLNG事業の最終投資決定がされたが、ロブマLNG事業のFIDは遅延している。コーラルノースFLNG事業は事業開発段階で、最終投資決定はされていない。

1.事業の概要

目的:海上のゴルフィーニョ・アトゥンガス(Golfinho-Atum)田(可採ガス埋蔵量が計約65兆ft³)を開発し、LNGターミナルを建設し、LNGを輸出する。また陸上でLNG発電所を建設・運営する。海底2,000~3,000mの層に達する18の生産井を掘り、採掘したガスは40kmの海底パイプラインでアフンギLNGパークに運び、初期は年間1,290万トン、最終的には4,300万トンを目標に液化する。日本には、生産されるLNGの約3割が輸出される。1

サイト位置:北部カーボデルガード州ロブマ堆積盆地 エリア1鉱区2

総事業費:200億ドル3

事業実施者:TotalEnergies EP Mozambique Area 1, Lda. (TEPMA1)

出資者:アナダルコ(米、2015年撤退)→TotalEnergies EP Mozambique Area 1, Lda.(トタル・エナジーズ)(仏、権益26.5%)、Mitsui E&P Mozambique Area 1 Ltd.4(20%)、ENH Rovuma Área Um, SA(モザンビーク国営石油会社、15%)、ONGC Videsh Limited (OVL) (印、10%)、Beas Rovuma Energy Mozambique Limited5(印、10%)、BPRL Ventures Mozambique B.V. (印、10%)、PTTEP Mozambique Area 1 Limited(泰、8.5%)

LNGプラントの設計・調達・建設作業(EPC):CB&I社(蘭)、千代田化工建設(株)及びサイペン社(伊)の企業連合6

公的支援7国際協力銀行(JBIC、30億ドル)、日本貿易保険(NEXI、20億ドル)、英国輸出信用保証庁(UKEF、11.5億ドル)、オランダ・アトラディウスDSB(ADSB、10億ユーロ)、米国輸出入銀行(US EXIM、47億ドル)、イタリア外国貿易保険(SACE、9.5億ドル)、南アフリカ輸出信用保険公社(ECIC SA、8億ドル)、タイ輸出入銀行(Exim Thailand)

オフテーカー89東京ガス/セントリカ(英)10(2040年代初頭まで60万トン/年)11、東北電力(2020年代初頭から15年間、28万トン/年)、シェル(Shell International Trading Middle East、13年間にわたり200万トン/年)、中国海洋石油集団(CNOOC、13年間にわたり150万トン/年)、EDF(仏、120万トン/年)、他BCPL(印)、Pertamina(尼)

被影響住民:カーボデルガード州の地域住民、農業、漁業、観光業関係者

2.日本との関わり

公的機関の関わり:
・国際協力銀行(JBIC)=三井物産に対する5億3,600万ドル限度の融資。民間金融機関との協調融資総額は8億9,400万ドル相当。12
アラブ首長国連邦アブダビ首長国法人Moz LNG1 Financing Company Ltd.に対して、30億ドル限度の融資貸付契約。(アフリカ開発銀行(AfDB)、米国輸出入銀行(US-Exim)、英国輸出信用保証局(UKEF)、タイ輸出入銀行(Exim Thailand)及び民間金融機関21行との総額144億ドルの協調融資)13

・独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)=Mitsui E&P Mozambique Area 1 Ltd.(MEPMOZ)への開発・液化事業費の50%上限の出資14、累計約14.4億ドル

・日本貿易保険(NEXI)=特別事業体(SPV)、民間銀行団の融資総額20億ドルに対する保険引受15(UKEF、イタリア外国貿易保険(株)(SACE)、南アフリカ輸出信用保険公社(ECIC)、オランダアトラディウス信用保険会社と共同での保険引受)16

日本企業の関わり:
・Mitsui E&P Mozambique Area 1 Ltd.(MEPMOZ)=三井物産(50.1%)とJOGMEC(49.9%)が出資。権益20%取得。
・千代田化工建設(株)17=LNGプラントの一部の設計、受託額10憶円
・東京ガス、東北電力=オフテーカー
・民間銀行団18=三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行、日本生命保険相互会社、クレディ・アグリコル銀行東京支店、ソシエテ・ジェネラル銀行東京支店、新生銀行、スタンダードチャータード銀行東京支店

3.主な経緯

年月日動き
2008年MEPMOZがエリア1鉱区の権益取得19
2010年モザンビーク北部にて、大規模なオフショアガス田(Golfinho-Atum)が発見される
2015年12月TotalEnergies EP Mozambique Area 1, Lda. (TEPMA1)社設立20
2016年11月8日エニ21とアナダルコによる「住民移転計画」がモザンビーク政府により承認
2017年10月~カーボデルガード州にて非国際武力紛争22開始23
2017年11月6日アナダルコが「住民移転計画」の実施開始
2018年10月12日東北電力が28万トン/年の売買契約締結24
2019年2月東京ガスとセントリカ社(英)がLNG共同調達に関する売買契約書締結25
2019年6月三井物産の最終投資決断
2019年6月6日千代田化工建設がLNGプラントを受注
2019年8月建設作業開始
2019年9月トタル・エナジーズが、モザンビークLNG事業におけるアナダルコの26.5%の運営権益を39億
ドルで取得26
2020年31の金融機関が融資決定27
2020年7月15日JBICがアラブ首長国連邦アブダビ首長国法人Moz LNG1 Financing Company Ltd.との間で
プロジェクトファイナンスによる貸付契約締結28
2020年7月16日NEXIが保険引受
2020年8月トタル・エナジーズがモザンビーク政府と安全保障協定を締結
2021年2月16日JBICが三井物産(株)との5億3,600万ドル貸付契約締結29(総額8億9,400万ドル)
2021年3月24日パルマ市にて聖戦主義戦士(jihadist fighters)による大規模な反乱。少なくとも1,298人以上
が死傷、または行方不明。トタル・エナジーズの(下請け)請負業者55人を含む209人が誘拐
される30
2021年4月トタル・エナジーズが「不可抗力」宣言
2021年7月9日ルワンダが700名の軍人と300名の警察官をモザンビークに派遣
2021年7月15日南部アフリカ開発共同体(SADC)が兵士のモザンビーク派遣を表明
2021年防衛および治安部隊によってパルマ市が再び居住可能になったとモザンビーク治安部隊が宣言
したが、多くの地域住民が帰還しないことを選択31
2022年EUが反乱を抑えようと、モザンビークの軍隊に4,500万ユーロ、南アフリカ共和国の軍隊に
1,500万ユーロの資金援助
2023年10月アフンギLNGパークにて、コンサルティングを通じていくつかの活動を再開。トタル・エナ
ジーズは、公式にはモザンビークLNGの建設工事再開を発表せず
2023年10月襲撃の生存者と犠牲者の遺族がトタル・エナジーズに対して民事訴訟32
2024年2月7日トタル・エナジーズが2024年中のモザンビークLNGの開発再開を発表
2024年2月8日~20日カーボデルガード州の中部から南部にかけて武装勢力による襲撃事件発生33
2028年最速の生産開始予定年

4.主な問題点

(1)住民の強制移転、生計手段への影響
企業や請負業者のための施設を含むアフンギLNGパークの建設に際し、周辺のコミュニティでは、556世帯が移転を強いられたとされている。また漁師と潮間帯採集者(貝などを採取する漁師)4,774人が海域や沿岸へのアクセスを制限されるなど経済的損失34を受けたとの報告がなされている。35

エニとアナダルコによる「住民移転計画」が2016年11月8日にモザンビーク政府に承認され、2017年11月6日から実施が始まった。住民協議の時点で「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」は確保されておらず、アナダルコやトタル・エナジーズが行った住民への聞き取り調査では軍の随行者がいるなど、住民に恐怖心を抱かせ反対意見を述べることができないような状況で、住民は行政、法レベルで決定に対する異議申し立てができない状況に置かれた。また、立ち退きや補償に関する契約書では、住民が理解ができないポルトガル語が使用され、土地がわずか50ドルで買収される、新たに与えられた土地が本来の10分の1の大きさであるなどの事態が起きた。これらの契約が公開で行われたために、補償を受けた個人が特定され、警察、軍、犯罪者による恐喝や身代金の要求、誘拐等の標的ともなった。また補償受取人を追跡する仕組みにも欠陥があり、受取人が亡くっても遺族が補償金を受け取ることが難しい状況が生じた。こうした事例は紛争や強制退去により一層増えている。また、影響を受けているにもかかわらず補償対象地域に指定されていないコミュニティや、家庭内での補償額の差などから、様々な場で分断や争いが生じている。2021年4月の「不可抗力」宣言以来、補償に関する手続きは完全に停止されている。

カーボデルガード州では、農業、漁業が住民の主な生計手段である。農業への影響では、強制立ち退きを経験した半分以上の人が、適切な農地(Mechambas)を配分されておらず、割り当てられるまで立ち退きを拒否するコミュニティの村長もいた。しかし、コミュニティが反乱軍により襲撃を受けるなど、立ち退きを余儀なくされた事例もある。また、配分された農地に対しても、面積が小さいのみならず、移転先の新居から遠い場所に位置しているため、反乱軍からの攻撃対象になる可能性の高さを住民が懸念している。また、移転地で元々暮らしてきたホスト・コミュニティと移転してきたコミュニティ間でも、農地を巡る争いが確認されている。コミュニティの村長が元の土地から離れ、他のコミュニティと混合されることでそのリーダーシップを失い、これまで共有されていた経験や知識が継承されずにいる。

漁業に関して、Milamba、Ngoje、Barabarane、Quitupoコミュニティを含む被影響コミュニティの新たな移転先としてキトゥンダ村(Quitunda Village)が形成された。この村から海までは12km離れており、トタル・エナジーズが提供する一日往復1回の時間指定のバスで海にアクセスをしている。追加の交通費を支払う漁民もいるが、漁業は決まった時間で行われるわけではないため、漁業活動への制限となっている。移転先で漁業に必要なボートは提供されていない。また、海岸での貝類や植物、小動物の採集に従事する女性の活動にも負担がかかり、生計手段の維持が困難となっている。36

(2)報道の自由に伴う人権侵害
不当逮捕への可能性の高まりから、2015年から報道陣のカーボデルガード州へのアクセスが事実上不可能となっている。ジャーナリストがガス事業に関連する汚職などを報じると、刑事告訴されたり、事務所への攻撃を受ける、国外追放や行方不明になるなどの事態が起きている。37報道の自由が保障されていない状況下において、地元の現状は報告よりもさらに深刻である可能性が高い。モザンビークの軍や警察が、市民や現地のNGO職員に対してメディアに情報を流さないよう指示する場面が確認されていたり、そもそも報道陣、国内外のNGOが安全上の理由から現場に近づくことができない状況がある。これにより、現地の人々への聞き取りが困難であるなど、独立した信頼のできる情報へのアクセスが制限されている。38人権デュ―デリジェンスが十分に機能しておらず、トタル・エナジーズ社作成の人権デュ―デリジェンス活動計画(HRDD Action Plan)39の内容も十分であるとはいえない。40

(3)治安の悪化
コーラルサウスFLNGへの最終投資決定がされてから5か月後の2017年10月以降、カーボデルガード州において反乱が起きている。また、2021年3月にトタル・エナジーズがアフンギLNGパークでの活動再開を発表した数時間後に、パルマ市において大規模な襲撃が起きた。この攻撃で少なくとも1,500人が死傷、2021年6月の時点でカーボデルガード州では80万人41が避難を余儀なくされた。42住民は、武装集団による暴力、斬首、レイプ、家屋の破壊などの被害を受けている。1,000人以上の外国人労働者がモザンビークのLNG事業に携わっており、反乱の中で斬首されたなどの報告がある。

800人の軍人がトタル・エナジーズの従業員を守り、わずか一握りの軍人が一般市民を守るなど安全保障の不均衡が生じ、LNG関連施設の保護が優先して行われている。43事態収拾のための軍事力強化が、旧宗主国のポルトガルを始めとしたEU圏や米国によって行われた。また、2021年7月9日にルワンダから700名の軍人と300名の警察官が、15日には、アンゴラ、ボツワナ、コンゴ民主共和国、レソト、マラウィ、南アフリカ、タンザニア、ザンビアから計750名の軍人が、南部アフリカ開発共同体(SADC)としてモザンビークに派遣されることが発表された。しかし、軍事力が強化されても根本にある地元住民の社会、経済、政治的な不平不満や、体形的かつ構造的に蔓延している貧困状態を解決していないため、未だに紛争が続き、多くの一般市民が避難生活を余儀なくされている。さらに、モザンビーク政府の軍人が、女性や女児に対してレイプや性的暴行を加えるなどの人権侵害も報告されている。

治安悪化の背景に、ガスのような天然資源が外国企業や外国人労働者により採掘されることで、現地の経済社会に対する雇用創出や収益獲得に繋がらず、排除が生じている点が問題視されている。同地域での識字率の低さが、多くの雇用が外国人労働者に流れることに繋がり、地元の雇用に繋がったのはアフンギLNGパーク内での調理、掃除、建設業務などの一時的で特別な技術を必要としない分野ばかりであった。「不可抗力」宣言後は、アフンギLNGパーク内からトタル・エナジーズの社員は撤退したため、これらの雇用もなくなった。元々カーボデルガード州は、ムスリム教徒が多い地域である。モザンビークの人口の52%が北部4州に住んでおり、貧困率は68%、南部の貧困率19%に比べると非常に高い割合である。ガス事業については南部を拠点とした政府が管轄をしているため、地元住民は意思決定や計画の場からも排除されている。44これらの総合的な要因が暴力的な煽動を引き起こしていると指摘されている。

(4)生態系の破壊とそれに伴う観光業への影響
LNG事業地周辺では、主に樹木や低木から構成されている250種の植物、少なくとも110種類の底生動物、最大45種の魚類、少なくとも21種類の海洋哺乳類、6種の海鳥、78種の爬虫類と両生類、323種の内陸の鳥類と40種の哺乳類が確認されている。45アフンギLNGパークの陸上活動では約70㎢にわたる土地において、農地、森林、湿地、湿原、天然の海岸線の破壊が引き起こされた。46その結果、上記の生物多様性の損失や、動物相、植物相の分布の混乱が生じている。さらに、大量の木の伐採によりこの地域がさらに海の嵐や風の影響を受けやすくなっている。これが2019年に起きたサイクロン・ケネスによる甚大な被害拡大にも繋がったとされている。47

また海上での活動に関しては、エリア1とエリア4を合わせた19,940㎢の範囲が、掘削、浚渫作業、有害廃棄物を含む廃棄物の処分地域となり、海中での人工的な騒音や汚染が問題となっている。エリア1のすぐ南に位置するQuirimbas国立公園は2018年7月にユネスコの生物圏保存地域に指定され、周辺は多数の海洋哺乳類や魚類、亀、海鳥の生息地となり、沿岸及び沖合ではサンゴ礁や海藻も確認されている。48LNG事業による海洋生物の住みかの劣化による生物の移動や、生態系の破壊が報告され、ガス事業で多く見られる事故についての強い懸念も示されている。他にも、Tecomaji、Rongui、Qyeramimbiなどの近隣の島々では、美しい風景やダイビング、シュノーケリングを目的とした観光に期待が寄せられていたが、LNG事業の進展によりその可能性も断たれた。49

(5)対外債務とモザンビークの経済状況悪化
2010年にガス田が発見されて以来、モザンビークの開発戦略は、ガス事業からの収益に極度に依存したものとなり、さらなる産業発展や雇用創出を通じた国内総生産(GDP)増加が期待されていた。しかし実際は、GDP成長率の低下、債務、不平等、失業、貧困の割合が上昇しており、州別ではカーボデルガード州が最も負の影響を受けている。バリューチェーンの過程にモザンビークの企業が直接的に関わっている場面は限られており、外資や多国籍企業が全ての過程において利益を出している。モザンビーク政府は、LNG事業から獲得した収益を、公的サービスやインフラ整備のために使用するという計画でLNG事業を推し進めており、石油生産税、法人税などで回収する予定であった。しかし、事業実施者は特別目的事業体(SPV)のMoz LNG1 Financing Company Ltd.をアラブ首長国連邦のドバイにコンソーシアムとして設立し、本来であればモザンビーク政府に支払われるべき20%の税を回避している。JBICやNEXIもLNG1 Financing Company Ltd.と金融支援の契約を締結しており、事実上の脱税行為に加担している。利子にかかる税のみでモザンビーク政府は13億ドルもの損失を被っている。また、アナダルコとは最初の稼働の8年間は法人税が25%減額されるという契約がなされ、全体で53億ドルの損失が出ると予想されている。50

一連のLNG事業に際し、モザンビーク国営石油会社ENHも参加できるよう、モザンビーク政府が2019年にモザンビークLNG事業に対して約22億ドルの政府保証を行った。コーラルサウスFLNG事業に関しては2017年に約7億ドルの政府保証を行った。51よってENHは計29億ドルの負債を抱えている。ENHが事業を通して得られる収益は11億ドルと予測されているが、高い生産費用や負債の返済に充てられるため、国の開発事業のための資金は残らないと指摘されている。現在計画段階にあるロブマLNGも進めば、さらなる負債がENH、そしてモザンビーク政府に課せられることになる。

さらに、気候変動対策の一環で化石燃料からの脱却を目指す世界的な流れ、代替品や安価なガス供給との競争の激化などの背景から、モザンビーク産LNGへの需要低下が予想され、モザンビークに座礁資産が残される危険性がある。不安定なガス価格、過剰供給による価格の急落、カーボデルガード州の治安状況の悪化による生産費用の増大と生産リスクの上昇などから、モザンビーク政府が当初想定していた収益よりも低いものになるとも指摘されている。

国際エネルギー機関(IEA)の「2023年版世界エネルギー見通し」52によると、天然ガス需要は2030年よりも前にピークを迎え、現在の75%の新規LNG事業は初期費用の回収に失敗するだろうと推定している。モザンビークLNGの主な輸出先でもあるEUでは、2023年3月に2030年までに再生可能エネルギーを42.5%まで普及させること、”Going Climate Neutral by 2050”のレポート53では2050年までにはそれを80%以上普及させることが提唱されている。今回のLNG事業の収益が出るとされている2030年代半ばから2040年代には、この気候変動の目標達成に向けてガスを含む化石燃料の需要は大幅に低下することが予想される。治安悪化などの影響から起こる事業進行の遅れにより、さらに後倒しでの収益獲得が見込まれている。価格変動など、収益が国際LNG市場の動向に大きく左右され、リスクは全てモザンビーク国家が負う構造になっている。

また2016年に報じられた汚職に関するスキャンダルでは、一部のモザンビーク政府関係者が、法律で義務付けられている議会の承認を得ずに、ロンドンに拠点がある銀行から国営企業3社に秘密裏に融資し、その資金を持ち逃げしたと報じられた。この横領を可能にしたのは、ガス田の発見とLNG事業に伴う将来的な収益により債務返済を行うという確約であった。54結果的に、IMFと他の融資国がモザンビークに対する資金援助を停止し、モザンビーク国民に少なくとも100億ドルの負債を負わせ、200万人以上が貧困状態に陥った。この時点で既にLNGの生産過程全体で生み出される収益以上の損失が出ているなど、これら一連の現象は「資源”採掘前”の呪い(pre-resource curse)」と称され、石油やガスなどの生産開始前から負債、汚職、不安定等の問題がモザンビークで生じている。

(6)国家主権の侵害
国際投資法が外国投資家への経済保護を行い、モザンビークでのLNG事業を促進している。特に、「投資家と国との間の紛争解決(ISDS)」の採用が、モザンビーク政府によるエネルギー、安全保障、経済に関する政策の制定や改定に関して制限をかけ、モザンビーク政府にさらなる経済負担を強いている。モザンビークで行われているLNG案件には全てこのISDSが採用されており、国が後からLNG事業の停止を要求した場合に、投資家に対して金銭的補償を行うという義務が発生する。この制度は、モザンビーク政府による環境や気候に関する基準設定の改善を抑止するという萎縮効果を招いている。また、二者間協定により、35年間、関係企業の同意なしには炭化水素に関する法令を変えることができず、変えた場合に生じた経済損失はモザンビーク政府が補償する決まりになっている。トタル・エナジーズも例外ではなく、戦争、反乱、社会不安により生じた損失は、モザンビーク政府によって補償されるべきだとの取り決めを交わしている。55

アフンギLNGパーク周辺地域では、国家が基本的なサービスを提供する能力を失い、代わりにトタル・エナジーズや人道団体がその役割を担っている。三井物産も、同地域において「病院や学校、警察、新たなコミュニティが生まれている。」56と言及している。国家と民間企業の責任の境界が曖昧な状態で、トタル・エナジーズの影響力が不当に大きくなっていることが懸念される。

(7)気候変動への影響
ガスによるエネルギー供給は、石炭と比べ発電時の二酸化炭素の排出量が約半分であるということから、比較的環境に配慮した方法であると言われている。しかし、供給の過程全体で見た場合や、二酸化炭素の80~90倍もの温室効果が認められているメタンガスの排出量の多さを鑑みると、その環境負荷は非常に大きいものである。モザンビークは、二酸化炭素の累積排出量が他国と比較してとても少ないにも関わらず、頻繁で激しいサイクロンや洪水、干ばつなど、気候変動の影響を世界で最も受けている国の一つである。572015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定の1.5℃目標を達成するためには、これ以上新規天然ガス事業開発を行う余地は残されていないことが科学的にも明らかにされている。58これには、計画段階や、建設段階にあるLNGの施設も含まれる。

モザンビークLNGの年間最大生産、1,290万トンのLNG燃焼により、現在のモザンビーク国内の化石燃料、産業セクターにより排出される4倍もの二酸化炭素が放出される。モザンビークで稼働、建設、計画段階にあるコーラルサウスFLNG、モザンビークLNG、ロブマLNGの3件の事業が全て稼働した場合、その量は20倍にまで増大する。そして、これらの開発されたLNGは、電力不足にあるモザンビーク国内での消費にわずか12%しか充てられず、2019年の時点で9割が長期契約の下EUや日本を含めたアジアの国々、グローバルノースの国々へと輸出されることが決定している。59実に、2022年時点で、モザンビーク国内での電力へのアクセスは人口全体の33.2%60に留まっており、国内での直接的な電力供給を担う再生可能エネルギーに対する経済支援は、2020年までに2億100万ユーロであった。一方で、モザンビークLNGに対する公的支援金はその60倍の138億ドルにも上っている。これらの公的資金の流れが、モザンビークの再生可能エネルギーへの移行を遅らせ、温室効果ガスの大量排出を促進している。

5.現在の状況

2021年4月にトタル・エナジーズより「不可抗力」宣言が出されてから、アフンギLNGパーク内での作業は再開していない。2024年度中の開発再開、2028年生産開始を目指している。61

  1. 国際協力銀行「モザンビーク共和国におけるモザンビークLNG(ロブマ・オフショア・エリア1鉱区)プロジェクトに対する開発資金を融資」2021年2月16日https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2020/0216-014303.html ↩︎
  2. “Total Turmoil: Unveiling South Korea’s Stake in Mozambique’s Climate and Humanitarian Crisis”(p.8 [Figure 1] Overview of LNG projects in Mozambique)より、 Solutions for Our Climate (SFOC)作成の日本語版モザンビークLNGサイト図。https://forourclimate.org/research/306 ↩︎
  3.  Anneke, W. (2022). Fuelling the Crisis in Mozambique. Friends of the Earth Europe and Justiça Ambiental.
    https://friendsoftheearth.eu/wp-content/uploads/2022/05/Fuelling-the-Crisis-in-Mozambique.pdf ↩︎
  4. Mitsui E&P Mozambique Area 1 Ltd.(MEPMOZ)は三井物産とJOGMECが出資。2007年11月20日設立。JOGMEC「三井物産株式会社のモザンビーク共和国における天然ガスの開発・液化事業の出資採択についてーモザンビークLNGプロジェクトの最終投資決断ー」2019年6月19日https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_03_000034.html ↩︎
  5. OVLとOil India Ltd.の合弁会社。 ↩︎
  6. 三井物産「モザンビーク天然ガス開発事業でのLNGプラントに関するEPCコントラクターを選定」2015年5月18日 https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2015/1208410_6498.html ↩︎
  7. 脚注3に同じ ↩︎
  8. みずほ銀行「Mizuho Short Industry Focus 第172号」2019年4月25日https://nbs-nk.com/column/files/117/pdf.pdf ↩︎
  9. 日本貿易振興機構「アナダルコ、東京ガスなどとモザンビークのLNG共同調達契約を締結」2019年2月14日 https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/02/0adb8b4869c00b26.html ↩︎
  10. セントリカ社は英国拠点の国際エネルギー・サービス会社。 ↩︎
  11. 東京ガス「モザンビークLNGプロジェクトからの液化天然ガス(LNG)共同調達に関する売買契約書の締結について」2019年2月5日 https://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20190205-01.html ↩︎
  12. 脚注1に同じ ↩︎
  13. 国際協力銀行「モザンビーク共和国におけるモザンビークLNG(ロブマ・オフショア・エリア1鉱区)プロジェクトに対するプロジェクトファイナンス」2020年7月16日   https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2020/0716-013514.html ↩︎
  14. 脚注4に同じ ↩︎
  15. 日本貿易保険「モザンビーク共和国/モザンビークLNG(ロブマ・オフショア・エリア1鉱区)プロジェクト(融資保険の引受)2020年7月16日 https://www.nexi.go.jp/topics/newsrelease/2020063002.html ↩︎
  16. 脚注13に同じ ↩︎
  17.  契約当初は設計から建設まで3000億円規模の受注を見込んでいたが、米国案件による巨額の損失から、サイペン社(伊)への支援のみに業務を縮小した。日本経済新聞「千代田化工、LNGプラント設計受注 モザンビークで」2019年6月6日 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45773190W9A600C1X93000/ ↩︎
  18. 脚注13に同じ ↩︎
  19.  脚注4に同じ ↩︎
  20. 東北電力「モザンビークLNGプロジェクトに係るLNG売買契約書の締結について~当社初のアフリカ大陸からの長期契約による調達~」2018年10月15日  https://www.tohoku-epco.co.jp/pastnews/normal/1198523_1049.html ↩︎
  21. イタリア法人の多国籍エネルギー会社で、既に稼働中のコーラルサウスFLNGの事業実施者。 ↩︎
  22. 内閣府「第63回 人道法における紛争形態の見分け方」2013年12月13日https://www.cao.go.jp/pko/pko_j/organization/researcher/atpkonow/article063.html ↩︎
  23. Floor, K & Ron, R. (2024). Acceptable Risk? How the security threat in Cabo Delgado was ignored for the benefit of ‘The Netherlands Ltd.’ Summary. Both ENDS & Milieudefensie. https://en.milieudefensie.nl/news/summary_acceptable-risk_final_en_mozambique_report_lores.pdf ↩︎
  24. 脚注9に同じ ↩︎
  25. 脚注11に同じ ↩︎
  26. TotalEnergies “Total Closes the Acquisition of Anadarko’s Shareholding in Mozambique LNG” 30/09/2019 https://totalenergies.com/media/news/press-releases/total-closes-acquisition-anadarkos-shareholding-mozambique-lng#:~:text=The%20Final%20 ↩︎
  27. Defund TotalEnergies “Mozambique LNG A mega-carbon bomb in Mozambiquehttps://defundtotalenergies.org/en/mozambiquelng ↩︎
  28. 脚注13に同じ ↩︎
  29. 脚注1に同じ ↩︎
  30. 脚注23に同じ ↩︎
  31. Anabela, L., Daniel, R., Kete, F., René, M., & Vanessa, C.  (2023). Struggles and Resilience in Mozambique: The loss of lands, livelihoods and cultures of vulnerable peoples. Justiça Ambiental. ↩︎
  32. 脚注23に同じ ↩︎
  33. 日本貿易振興機構「天然ガス開発再開に期待も、治安情勢は一進一退」2024年2月26日https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/02/b523f541699160c5.html ↩︎
  34. 経済的損失(economical displacement)とは、土地の不本意な取得や制限により、土地、資産、資産へのアクセス、収入源、または生計手段が失われること。参照は、Asian Development Bank. (2009). Safeguard Policy Statement. https://www.adb.org/sites/default/files/institutional-document/32056/safeguard-policy-statement-june2009.pdf ↩︎
  35. 脚注31に同じ ↩︎
  36.  脚注31に同じ ↩︎
  37. Richard, H., Richard, B., Bathandwa, V. & Anna, G. (2023). Navigating Decisions The risks to Mozambique from liquified natural gas export projects.  International Institute for Sustainable Development. https://www.iisd.org/system/files/2023-12/navigating-decisions-lng-exports-risks-mozambique.pd ↩︎
  38. 脚注23に同じ ↩︎
  39. TotalEnergies. (2024). Human Rights Due Diligence Action Plan. https://www.mozambiquelng.co.mz/wp-content/uploads/2024/02/final_eng_hrdd_action_plan.pdf ↩︎
  40. 脚注37に同じ ↩︎
  41. UNHCR “Insecurity in northern Mozambique continues to forcibly displace thousands” 11/06/2021 https://www.unhcr.org/news/briefing-notes/insecurity-northern-mozambique-continues-forcibly-displace-thousands ↩︎
  42. 脚注23に同じ ↩︎
  43. 脚注37に同じ ↩︎
  44. 脚注3に同じ ↩︎
  45. ERM and Impacto. (2013). Environmental Assessment for the Espadarte Well in the Rovuma Basin Area 1. Mozambique. ↩︎
  46. 脚注37に同じ ↩︎
  47. 脚注31に同じ ↩︎
  48. IUCN. (2021)). Assessment of Biodiversity State, Trends and Threats in Mozambique BIODEV 2030. https://www.biodev2030.org/wp-content/uploads/2021/11/Rapport-Evaluation-des-menaces-EN.pdfhttp://www.quirimbas.info/the-quirimbas-national-park/#:~:text=The%20Quirimbas%20National%20Park%20was,coral%20and%20vast%20sand%20flats. ↩︎
  49. 360 mozambique “NGO: Warning Bells Sound Over Mozambique LNG Projects” 26/06/2024 https://360mozambique.com/business/tourism/ngo-warning-bells-sound-over-mozambique-lng-projects/ ↩︎
  50.  脚注37に同じ ↩︎
  51. 脚注37に同じ ↩︎
  52.  International Energy Agency. (2023). World Energy Outlook 2023. https://iea.blob.core.windows.net/assets/86ede39e-4436-42d7-ba2a-edf61467e070/WorldEnergyOutlook2023.pdf ↩︎
  53. 2018年11月、欧州委員会が温室効果ガス排出削減のための長期的なビジョンを発表。エネルギー、交通、産業、農業などの経済の重要分野に焦点を当てている。European Commission, Directorate-General for Climate Action. (2019). Going climate-neutral by 2050 : a strategic long-term vision for a prosperous, modern, competitive and climate-neutral EU economy. Publications Office. https://data.europa.eu/doi/10.2834/02074 ↩︎
  54. Friends of the Earth “A Risky Bet: The IMF’s Role in Mozambique’s LNG Development” 29/02/2024 https://foe.org/blog/a-risky-bet-the-imfs-role-in-mozambiques-lng-development/ ↩︎
  55. 脚注37に同じ ↩︎
  56. 三井物産「モザンビークから、世界の明日をLNGで担う。」2020年12月https://www.mitsui.com/jp/ja/innovation/business/mozambique_lng/index.html ↩︎
  57. 脚注31に同じ ↩︎
  58. 脚注37に同じ ↩︎
  59. 脚注3、23に同じ ↩︎
  60. World Bank Data, Mozambique “Access to electricity (% of population)” (2022) https://data.worldbank.org/country/MZ ↩︎
  61. 日本貿易振興機構「経済は好調の見通し、天然ガス開発再開も」2024年2月2日https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/02/d8a8988552eac60a.html ↩︎
 

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