温暖化と森林
途上国の森林減少及び森林劣化に由来する温室効果ガス排出削減(REDD+)
2010年12月27日
[1] 今回のカンクンCOP16での進捗
REDD+について言えば今回のCOP16での大きな進展は、2007年のCOP13以来COPの下部組織であるAWG-LCA(気候変動条約下での長期的協力行動の為の特別作業部会)で行われてきたREDD+の制度・政策面の検討・討議が収束し、制度枠組の大枠の部分がCOP総会において加盟国により決議されて確定したことだと言うことが出来ます。
[2] 背景・経緯
途上国では森林の減少・劣化が進行し(2000年~2005年の平均で減少面積と植林などによる増加面積の差し引き後で北海道の面積よりやや小さい730万ha/年の減少)、人々の生活や生態系・環境に悪影響を与えると同時に、これらに起因する二酸化炭素の排出は世界の人為的二酸化炭素排出量の約2割を占めるという状況にあります。こうした状況を踏まえて、途上国が森林の減少・劣化を抑制し、それにより二酸化炭素の排出量を削減する取り組みに対して先進国が何らかの経済的インセンティブや技術援助を供与しようというのがREDD(Reducing Emissions from Deforestation and forest Degradation in developing countries)の基本的な構想です。
京都議定書では途上国での一定の条件を満たす植林活動には、新しい森林の二酸化炭素吸収量に見合う炭素クレジットが認められ、削減義務を負う先進国がその義務達成のために補完的にそのクレジットを使うことが出来る制度がありますが、森林の減少・劣化を抑制する活動を評価する制度はありません。それに対して2005年のCOP11でパプアニューギニアとコスタリカが連名で、森林減少の抑制による排出削減の重要性を訴え、そうした抑制活動に対しても炭素クレジットを認める制度の検討を提案したのがREDDの出発点でした。この提案に対応して2006年からはUNFCCC(国連気候変動枠組条約)の下部組織であるSBSTA(科学的、技術的な助言に関する補助機関)でREDDの方法論や技術的問題の検討が始まりました。
2007年にインドネシアのバリで行われたCOP13では2013年以降を踏まえた長期的協力行動(次期枠組)について2009年に合意することをめざしたバリ行動計画が採択されました(Decision1/CP.13)。この中でREDDは元々の森林減少・劣化の抑制活動に、森林保全活動・持続的森林経営活動・炭素蓄積増加活動なども対象として加えたREDDプラス(REDD+:Reducing Emissions from Deforestation and forest degradation in Developing countries; and the role of conservation, sustainable management of forests and enhancement of forest carbon stocks in developing countries)として検討項目に挙げられ、他の項目と併せて特別作業部会(AWG-LCA)で正式に検討が行われることになりました。
次期枠組をめぐる交渉は結局目標とされた2009年のコペンハーゲンでのCOP15では合意されず、今回のカンクンでも決着がつかなかった訳ですが、REDD+についてはその大枠について特別作業部会で合意に達し、他に先駆けて総会で決議されたということです。
[3] REDD+ に関する主な論点
ではそもそもREDD+を巡り何が検討され、合意されたのかということですが、大きく分けると、途上国による活動をどう実効性のあるものにするかの問題、その活動に対して供与する経済的インセンティブの原資となる資金をどう手当てするかの問題、そして最後に二酸化炭素削減を目的とするREDD+が他の社会・環境面にネガティブな影響を与えないように如何にするかというセーフガードの問題となります。
この三つの問題の中に個々の具体的論点があり、それを巡り各国やNGOなどの関係者がそれぞれの主張をして来た訳ですが、今回のAWG-LCAに際して最終的に残っていた主な論点と、それに対するNGOの主張、そしてどう決議されたかを別表にまとめてご紹介します。
論点 | 背景 | NGOの主張(例) | 最終決議 | |
排出削減活動の実効性 | 森林減少・劣化の原因 (ドライバー) | 本当の原因を特定し対処する必要性 | 途上国側における直接の原因だけでなく先進国側を含めた根源的な原因に対処することが必要(CAN/WWF/RAN) | 途上国に原因特定を求める72条に加え先進国を含む全加盟国が原因を特定し森林への人為圧力軽減に努めるとの68条を追加 |
ガバナンス(行政統治)の問題への取り組み | 公正なガバナンスの存在がREDD+事業を遂行する為の前提であり、かつガバナンスの不在は森林減少の根本原因の一つ | 森林のガバナンスに限らず、広く汚職・腐敗・癒着などの問題への対処が必要。実施に関する独立審査や異議申し立て機関の設置が必要(RAN) | 途上国に森林ガバナンスにセーフガードに関連する事項などと共に取り組むよう求めているのみ(72条) | |
REDD+事業の実行単位 | リーケージ(森林減少抑制事業区域の外で森林減少が発生してしまうこと)を防止する必要性 | 国家プログラムであることが必要で地域プログラムとしての事業推進は準備段階に限られるべき(WWF) | Be country-driven(Annex 1(c) )とされる以外言及なし。 | |
排出削減増減の規準 | 算出方式の選択・適用地域設定(国・地域・事業区) | 参照規準も国家単位のものとし、地域単位、プロジェクト単位でのものは準備段階に限定すべき(CAN/WWF) | 参照規準(71(b) )、モニタリングシステム(71(c) )ともに国家単位のものに加え地域単位のものを「暫定的処置(明確な時期限定なし)として」という語句を挿入した上で容認 | |
実際の排出量の把握方法 | 技術的可能性・モニタリング体制整備が間に合うのか | 正確な把握は困難(FERN) | SBSTAに開発要請 | |
MRV | 第三者による検証の是非・国家主権との兼ね合い | MRVはREDDメカニズムの確信部分・検証は不可欠(CAN) | REDD+取り組み進展の最終PHASEである成果ベースの活動については「完全に測定・報告・検証されるべきとされた(73条) | |
資金手当ての問題 | 資金メカニズムの選択(非市場型・市場型・ハイブリッド型) | メカニズムによる投入出来る資金量の差・市場メカニズム導入の是非 | REDD+取り組み進展の初期段階ではセーフガードの整備など国内体制が追いつかないので市場型メカニズムの導入は最終PHASEに限定すべき(CAN) | 資金問題に言及しているのは77条のみだが、AWG-LCAに最終PHASEに用いられるべき資金メカニズムの選択肢を検討するよう要請し、結論を先送りしている。 |
市場メカニズムの導入はクレジットによる先進国排出とのオフセットが前提となるし、土地の価格高騰や買占めを惹起することが必定なので導入すべきでない(FoE/FERN) | ||||
クレジットによる先進国の排出量相殺の是非 | 市場メカニズムを用いればオフセットは必然となるので市場メカニズムの是非と同義 | オフセットは先進国の削減量を目標より低いものにする抜け穴となるので認めるべきでない(FoE/FERN) 最終PHASEにおいてはクレジットによるオフセットを容認(WWF/CAN) |
言及なし | |
負の影響予防措置 | セーフガード条項の位置付け | どの程度の義務とするか | safeguard should be ensured | safeguard should be promoted and supported |
セーフガードの内容 | 森林計画・国際協定遵守 | - | Annexes 2 (a) | |
有効な森林管理体制 | - | Annexes 2 (b) | ||
先住民等の権利尊重 | - | Annexes 2 (c) | ||
全関係者の活動参加 | - | Annexes 2 (d) | ||
利益の公平な分配 | 国家プログラムの場合利益は国家が分配・権力濫用防止(CAN) | 規定なし | ||
生態系・生物多様性保全 | - | Annexes 2 (e) | ||
天然林転換の防止 | 森林の定義に天然林とプランテーション林の区別がないことからREDD+により天然林のオイル・パーム林等への大規模転換が起こる(FoE) | Annexes 2 (e)でREDD+活動は天然林と生物多様性の保全と調和するものでなければならず、天然林の転換の為に行われてはならないとする。 | ||
逆転リスクへの取組 | - | Annexes 2 (f) | ||
排出移転低減の取組 | - | Annexes 2 (g) | ||
セーフガード遵守状況のモニタリング | 規定の実効性の確保 | セーフガードに対するMRVの制度設定(CAN/WWF) | セーフガードへの取組状況に関する情報提供制度設定(71(d) )を追加している。 |
[4] 全体としてみた評価
今回の進捗についてのNGOの評価はまだ出揃っていませんが大きく分かれると思われます。市場メカニズム導入を是とするかどうかで大きく評価が分かれます。確かに今回の次期枠組に関する特別作業部会(AWGLCA)の討議結果に関する決議のREDD+に関連する部分(III. C及びAnnex I/II)では市場メカニズムの導入への言及は削除され、一番大きな問題が先送りされていますが、REDD+もその中に含まれる緩和活動の資金メカニズムに関する決議(III. D)ではCOP17までに緩和活動促進と費用効果向上のために市場ベースの資金メカニズム設立検討するとされていて、大勢が市場メカニズム導入に向かっているものと思えます。
市場メカニズムを導入すると途上国の対象地域に一挙に投機的な企業の活動が入り、土地の高騰や買占めなどで地域社会に負の影響が及ぶことと、市場メカニズムは炭素クレジットの発行を前提としていて、それは結局先進国の排出のオフセットに用いられ、本来行われるべき先進国の排出削減の抜け穴になるというのが導入に反対するFoEなどの主張で、もはや市場メカニズム導入は既定路線だとしてREDD+の制度構築そのものにも反対する立場です。
一方で先進国の供与するファンドによる資金では市場メカニズムを導入した場合に比べ資金の量が百分の一のスケールで小さくREDD+遂行に要する資金が賄えないというのが市場メカニズム導入の一つの考え方で、WWFなどは途上国のセーフガードを含めたREDD+遂行体制が整った最終段階では市場メカニズムの導入を容認しています。
以上のように資金メカニズムという肝心な部分が先送りされていますが、それ以外の個々の論点についてはそれなりにバランスのとれた決議になったもののように思えます。実は今回の決議と非常に近い内容で昨年のコペンハーゲンでのAWG-LCAの議論は一旦収束していたのですが、その後のボン、天津での会議で議論が蒸し返され、今回のCOP開始時点では各論併記の状態になっていました。それが今回改めて討議されコペンハーゲンに戻る形で決議に至ったのですが、それでもコペンハーゲンでNGOなどから問題とされた部分も、例えば、森林減少のドライバーに全加盟国で取り組むという条項(パラグラフ68)の追加とか、セーフガードへの取組状況に関する報告制度設立を定めた条項(パラグラフ72)の追加とかにより最後の段階で手直し・補強が行われています。そうした意味からはREDD+に賛成する立場からは大きい前進と評価されるでしょうし、反対する立場にとっても若干でも懸念が軽減された進捗であったのではないかと考えられます。