避難の権利と帰還問題
ICRPにコメント提出しました~年1mSvの堅持を。人々の被ばくを避けて暮らす権利の保障を
現在パブリック・コメントにふされているICRPの「大規模原子力事故後の放射能防護」について、FoE Japanは本日、以下のようなコメントを提出しました。
コメントの中で、ICRPの現行の勧告は、福島第一原発事故の際、政府の恣意的な運用を許したこと、結果的に人々を放射性被ばくから防護することができなかったと批判。
人々が政策決定に参加する権利を明記すべきこと、また回復期の参考レベルは年1mSvとすべきこと、緊急時・回復期に平常時から数十倍~100倍の参考レベルを用いること自体見直すべきことをコメントしました。
コメント全文は以下の通りです。 >PDF >English >パブコメ解説、出し方など
ICRP “Radiological Protection of People and the Environment in the Event of a Large Nuclear Accident”へのコメント
1.全般的コメント
ICRPは今回の勧告案を策定する前に、以下のような事実を踏まえ、ICRP勧告が、東電福島第一原発事故後人々の防護に役立ったかについての検証を行うべきである。
「年20mSv基準」の撤回を求め、文部科学省を取り囲む父母とそれを支援する市民たち。2011年5月23日 |
1-2. 同じく2011年4月、日本政府は年20mSvを基準として計画的避難区域を設定した。しかし、避難区域の外側にも同様の汚染が広がり、少なからぬ人たちが賠償のあてもなく、避難を決断した。彼らは社会的にも認知されず、経済的な困窮、社会的な孤立にさらされた。チェルノブイリ法において年1~5mSvの区域は移住の権利が認められた(年5mSv以上は義務的移住の区域)ことから、日本においても同様に年1mSv以上の区域からの住民に対しても賠償や支援を認めるべきという「避難の権利運動」が起こった。2011年12月中間指針追補で、ようやく自主的避難等対象区域が定められたが、避難費用を賄える額ではなかった。現在に至るまで避難者の困窮は続き、被ばくを避けるため、選択をする権利が奪われた。ANNEX Bには、には、こうした状況についての記載はない。
南相馬特定避難勧奨地点は2014年12月、住民たちの反対にもかかわらず解除されました。住民808名は、①公衆の被ばく限度が年間1ミリシーベルトを超えないことを確保するべき国の義務に反する、②住民が意思決定に関与できないまま、解除された--などとして、解除は違法として国を提訴しました。 |
1-4. 2012年6月、「原発事故子ども・被災者支援法」が制定された。この法律では、人々の在留・避難・帰還を「選択する権利」の尊重をうたい、いずれの場合も国が適切な支援を行うとした。いままでの政府指示より広い「一定の線量」以上の地域を「支援対象地域」として指定するとしたが、結局、この「一定の線量」は決められることはなかった。当事者や市民団体は、少なくとも年1mSv以上の地域をカバーすべきと主張した。しかし、これらの声はききいれられなかった。ANNEX Bには、「子ども・被災者支援法」に関する記載は一切ない。
1-5上記の事実をみれば、ICRPの現行の勧告(今回updateの対象とされているPub.109および111)は、残念ながら、人々を放射線被ばくから守ることができず、また人々の選択する権利を保証することもできなかった。これらを踏まえ以下コメントする。
1-5-1. 人々が被ばく防護に関する政策決定に参加する権利、被ばくを避ける権利を保証すべきである
日本政府はICRP勧告を恣意的、部分的に運用し、ICRPの現存被ばく時の参考レベル(年1-20mSvの下方から選択、代表的な値は1mSv)は採用しなかった。ICRP勧告が強調する「ステークホルダーの関与」は、避難区域設定、再編、解除、子ども・被災者支援法基本方針策定など、重要な政策の決定の際には行われなかったし、反対意見を述べても無視されてしまった。
1-5-2. 緊急時・回復期においても、被ばくの基準の引き上げを容認すべきではない
緊急時、回復期で、平常時よりはるかに高いレベルの「参考レベル」を設定することには疑問がある。平常時と同じ基準(ICRPの勧告では、公衆の被ばく限度を年1mSvとしている)をとりつつ、高い被ばくを受けている人々から優先して対策をとることは両立しうるはずである。 多くの市民にとって、原発事故後の緊急時、回復期に、平常時で公衆の被ばく限度としている年1mSvよりはるかに高い基準を採用し、子どもや妊婦も含む一般人に許容することは受け入れがたいものである。
1-5-3. 「参考レベル」の概念を見直すべきである。
「参考レベル」は、基準ではなく、線量限度ではない。「参考レベル」以上被ばくをしている人たちが一定数いることを前提としたものである。これは規制の考え方になじまず、日本では結局採用されなかった。時間的な制約を設けない限り、当局が高どまりした参考レベルを使用し続けることを許すことになる。 ICRPは参考レベルを超える人たちから優先的に対策をとるという考え方をとっているが、線量限度を設けた上、空間線量率や土壌汚染レベルを指標とした土地利用制限などのゾーニングを行うことの方が実際的である。 また、緊急時においては、初期・中期の双方において、年100mSvまでの「参考レベル」を採用することを勧告しているが、これは、事故対応者にも住民にも、年100mSvの被ばくを許容することになる。いかに緊急時であろうとも、これはあまりに高い基準であり、非人道的である。
1-5-4. 政府や原子力事業者の賠償や支援などの責任について盛り込むべきである。
人々の避難、帰還、居住などの選択は、賠償や支援があってはじめて可能となるものである。日本における現在の避難者の困窮は賠償や支援政策の不備がもたらしたものである。
1-5-5. 「最適化」の概念について
被ばく防護の政策決定に当たって、当局が社会・経済に与える影響など他の要因を考慮するのは当たり前であり、ICRPとしてわざわざ「最適化」を強調する理由があるとは思えない。当局は、避難による社会的・経済的影響をおそれ、避難指示を最小限に抑え、また帰還を促す傾向にあり、結果的に、個人の放射線防護よりも、他の要因の方が優先されがちである。「確率的」「晩発性」という低線量被ばくの特性を考えたとき、仮に住民が被ばくに起因するかもしれない健康影響を受けたとしても、それを証明することは難しい。ICRPは、そうした住民を守ることを優先し、一義的には被ばく防護について勧告すべきではないか。
2. 文書作成プロセスに関するコメント
2-1. 原発事故により影響をうけた多くの人たちが参加し、意見をいえるように、勧告全文の日本語版を作成すべきである
2-2. パブコメの期限を延長し、福島県、周辺県、東京などにおいて、公聴会を実施すべきである。
3. 個別のコメントおよび疑問
3-1. 回復期の参考レベルとして、「年1~20mSvのの範囲かそれ以下。一般的に10mSvを超える必要がないだろう」としているが、不明確でわかりづらい。原則1mSvと勧告すべき。(Main Pointsの4点目、para 80など)
3-2. 回復期の参考レベルに関して、publication 111の「代表的な値は年1mSvである」という表現は残すべきである。“with the objective to reduce exposure progressively to levels on the order of 1 mSv per year.” は非常に紛らわしい表現であり、下線部は削除すべきである。(Main Pointsの4点目、para 80など)
3-3. 緊急時・回復期に関しての時間的上限を設けるべきである。para 77で、緊急時に採用された参考レベルについては、「一般的に1年間を超えるべきではない」としているが、最大100mSvもの参考レベルを1年間継続することは適切ではない。また回復期に関しては、時間的目安を設けていないことは、高い基準値を長期間運用することを容認することになる。
3-4. para 20 para 21低線量被ばくに関して、最近の論文がほとんど参照されていない。たとえば、主要なものとしては以下があげられる:“Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors, Report 14, 1950-2003” (Ozasa et al., 2012), “Solid cancer incidence and low-dose rate radiation exposures in the Techa River cohort: 1956-2002” (area affected by an explosion at the Mayak Reprocessing Plant) (Krestinina et al., 2007), “The 15-Country Collaborative Study of Cancer Risk among Radiation Workers in the Nuclear Industry: Estimates of Radiation-Related Cancer Risks” (Cardis et al., 2007), a German survey finding significant increases in childhood leukaemias near nuclear power plants (Kendall et al., 2012), “Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study” (Pearce et al., 2012), and a large-scale epidemiological survey in Australia confirming increased cancer in children following exposure to radiation from CT scans (about 5 millisieverts) (Mathews et al., 2013).
3-5. para 20 閾値がないことが「仮定される」としているが、「閾値なしの線形モデル」の採用を明記すべきである。
3-6. para 41 糖尿病、循環器疾患などについて「被災集団の曝露レベルを考慮すると、これらの障害は、放射線による直接的な健康影響とは考えられず、事故による生活様式の変化と関連している」としているが、その根拠は何か。それを断言するのは時期尚早ではないか。
3-7. para 106 ボランティア活動を行う市民を、緊急時の対応者に含めてしまってよいのか疑問がある。
3-8. ANNEX Bで参照している文献が偏っている。国会事故調査報告書も、十分参照されていないようにみえる。避難政策や被ばく防護に関して日本政府の方針に対して批判的なレポート、文献、各種報道、被害者の声やその置かれた状況に関する資料についても参照すべきである。以下はその一例である。
FoE Japan “Citizen's Movement for Establishing the Rights to Evacuate: Watari, Fukushima and Beyond (March 2012)” |
3-9. 2011年6~7月の土壌採取による土壌汚染モニタリングについて書いているが(para B15)、その後、こうしたレベルによる土壌汚染測定が行われなかったことは、日本政府の土壌汚染の軽視を示すものだろう。むしろ市民主導の各地の測定所によるモニタリングが、各地でおこなわれ、「みんなのデータサイト」としてまとめられていることは特筆に値する。(https://en.minnanods.net/soil)
3-10. 避難者に対して行われたスクリーニングの除染基準が13000cpmから100,000cpmに引き上げられ、また福島県マニュアルで定めた13000cpm以上の人たちに対する甲状腺測定、安定ヨウ素剤の配布は行われなかった。記録にも残されなかった。これらについて記載すべきである。(para B16)
3-11. 福島原発事故後の甲状腺がんに関して、被ばくとの関連を否定することは時期尚早である(para B42)。「地域がん登録から推定される甲状腺がんの有病数より数十倍のオーダーで多く発生している」こと、地域別に有意な発生率の差があったことについて記すべきである。
3-12. 個人のライフスタイル、個人線量を強調することは、場の線量管理(線量ごとの土地利用管理、避難政策など)が軽視され、個人に責任を帰す恐れがある。
3-13. para B40において、個人線量計の使用の有用性を強調しているが、一般市民の被ばく管理を個人線量計で行うことは無理がある。また、家や車の中に放置する例も多いため、自治体による個人線量計を使った住民の被ばく評価は現実に即したものであるか疑問である。個人線量計はもともと高い線量に立ち入らざるをえない職業人が使用するものであること、全方位からの放射線を捕捉できるわけではなく被ばく量の過小評価につながる恐れがあることを認識すべきである。
3-14. 「co-expertise」を奨励しているが、疑問がある。日本においては、被ばく下で生活することを前提とした「専門家」と「市民」の協力となってしまい、市民の声が真に重要な被ばく防護のための政策(避難政策、避難指示再編、解除など)に反映されることはなかった。
参考
>ICRP「大規模原子力事故後の放射線防護」勧告草案に意見を出そう!(問題点や関連情報をまとめました)
>セミナーin郡山 何が問題? ICRP 放射線防護の国際勧告改定案(9/11)
東電・福島第一原発事故「見える化」プロジェクト ご寄付募集 着々と福島原発事故の「見えない化」が進んでいます。避難者の数や実態、健康被害をはじめ、被害の実態や除染土など、原発事故の痕跡そのものが覆い隠されようとしているのです。 FoE Japan では、東京オリンピックの年である来年 2020 年にあわせ、東電福島第一原発事故を「見える化」し、国際的に情報を発信していくプロジェクトを立ち上げます。このプロジェクトを実現するために、みなさまのご寄付を呼び掛けています。ぜひご協力ください! くわしくはこちらから。 https://www.foejapan.org/energy/fukushima/190505.html |