環境団体が日本の公的資金による米国アンモニア事業支援に抗議ー国際協力銀行(JBIC)の融資審査プロセスに疑義
本日、日本の環境団体である、国際環境NGO FoE Japan、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)、メコン・ウォッチ、気候ネットワークの4団体は、国際協力銀行(以下、JBIC)に対し、JBICが融資を決定した米国のブルーアンモニア事業1の融資判断において環境社会に係る審査に不備があることから、融資の撤回と審査手続きにおける透明性と説明責任の確保を求める要請書を提出した。
2025年7月1日、JBICは三井物産等が米国ルイジアナ州で手がけるアンモニアの製造・販売事業(「ブルーポイント」事業)に係る三井物産への貸付契約を6月30日に締結したことを発表した。ブルーポイント事業は、世界最大規模となる生産能力年間約140万トンのアンモニア製造拠点を開発するもので、天然ガス(化石燃料ガス)を原料としてアンモニアを製造し、製造過程で発生したCO2は回収し、輸送・貯留する事業である2。総事業費は約40億米ドル(約6,000億円)で、製造されたアンモニアは欧州やアジア等に向けて広く供給していく計画である。
アンモニアは、人体に有害であり、環境に大きな影響を及ぼす。さらにブルーポイント事業は世界最大規模の生産量となる事業で、重大な環境影響のある可能性が想定されるにもかかわらず、JBICは本事業を「環境影響が限定的」であるとして、『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』(以下、ガイドライン)の手続きにおいてカテゴリBに分類し、環境影響評価報告書やその他許認可に関わる情報を事前に公開しなかった。またガイドラインで規定されているJBICによるスクリーニング後の情報開示内容には、プロジェクトの名称や正確な場所は記載されておらず、どのコミュニティが被影響住民にあたるのかすら判断できない状況にあった。
米国ではアンモニアに関連する産業事故が相次いでおり、汚染や健康被害への懸念から住民らによる反対運動も相次いでいる。
今回のJBICによる同事業への融資決定は、明らかにガイドラインに違反しているため、JBICは融資の意思決定を撤回し、カテゴリ分類の見直しから環境社会配慮確認手続きを再度行うべきである。
詳しくは要請書をご覧ください。
- JBIC 「米国における低炭素アンモニアの製造・販売事業に対する融資」https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2025/press_00043.html
- 三井物産「米国Blue Point低炭素アンモニア製造事業の最終投資決断に関するお知らせ」2025年4月9日 https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2025/1251205_14873.html
国際協力銀行によるアンモニア事業への融資についての
要請書
2025年8月8日
国際環境NGO FoE Japan
「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
メコン・ウォッチ
気候ネットワーク
2025年7月1日、国際協力銀行(以下、JBIC)は三井物産等が米国で手がける低炭素アンモニアの製造・販売事業(「ブルーポイント」事業)に係る三井物産への貸付契約を前日に締結したことを発表した。JBICによる融資額は約626百万米ドルで、三井住友銀行との協調融資総額は約1,044百万米ドルである[1]。
ブルーポイント事業は、米国ルイジアナ州で、世界最大規模となる生産能力年間約140万トンのアンモニア製造拠点を開発するもので、天然ガス(化石燃料ガス)を原料としてアンモニアを製造し、製造過程で発生した二酸化炭素(CO2)は回収し、輸送・貯留する事業である。総事業費は約40億米ドル(約6,000億円)で、三井物産は25%出資する[2]。また、出資者としてアンモニアを引き取り、欧州やアジア等に向けて広く供給していく計画である[3]。
アンモニアは、人体に有害であり、環境に大きな影響を及ぼす。この事業では原料に化石燃料ガスを用いるため、カーボンニュートラルではない。また、アンモニアを低炭素化するために炭素回収・貯留(CCS)を用いるとしているが、CCSは環境や社会に大きなリスクをもたらす。さらに、世界最大規模の生産量となる事業で、重大な環境影響のある可能性が想定されるにもかかわらず、本事業はJBICによって環境影響が限定的であるとしてカテゴリBに分類され[4]、環境影響評価の開示やその他許認可に関わる情報も事前に公開されなかった。JBICは融資を撤回し、カテゴリ分類の見直しから再度手続きを行うべきである。
アンモニアの環境・社会リスク
アンモニア(NH3)は、窒素と水素の化合物で、強い刺激臭を持つ常温常圧で無色透明の気体である。世界で製造される約7割のアンモニアが肥料の原料として使われているが、燃焼時にCO2を排出しないことから低炭素燃料として注目が集まっている[5] [6]。
一方、製造されるアンモニアの9割以上は化石燃料を原料に製造されており[7]、炭素集約度が高い。窒素排出も問題である。化石燃料の燃焼に伴って窒素酸化物(NOx)を大気中に放出し続けたことにより、窒素循環はすでに大きくかき乱されている。火力発電でアンモニアを燃焼させた場合、多くのNOxを排出し、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)が排出される可能性も指摘されている[8]。
米国ではアンモニアが絡む事故が多発している。過去20年の間に米国EPAに報告された化学事故のうち、アンモニアに関するものがもっとも多かった[9]。米国の環境団体の調査によると、2021年1月から2023年10月の約3年間に、有害物質の漏洩や火災、爆発などの事故が米国で825件発生しており、15件以上が合成肥料の製造や貯蔵に関連するもの、80件以上がアンモニアを利用する産業におけるアンモニア漏洩事故であった[10]。
気候変動にともなう災害の激甚化がさらに事故を深刻なものにしているという指摘もある。2021年、ルイジアナを襲ったハリケーン・アイダの影響で、CF Industriesの施設からアンモニアが漏洩した[11]。制御弁が一部開いていたため、無水アンモニアが大気中に放出されたが、ハリケーン・アイダによる影響が続いており、作業員は放出を止めることができなかった[12]。なお、このCF Industriesがブルーポイント事業の運営を担う予定である。
また、ブルーポイント事業が計画されているアセンション郡には、同事業を含め6つのブルーアンモニア事業が計画されている[13]。アセンション郡は、大気汚染が全米でもトップ10に含まれるほど汚染の被害を受けており、ブルーポイント事業によって環境汚染がさらに深刻化することが懸念される。2023年、各事業者からの報告に基づき計算したところ、アセンション郡において18の科学工場、3つのガスプロセッサー、3つの石油・化学ターミナルから2,000万トンにおよぶ化学物質が大気や水、土壌に排出されていた。CF Industriesは最も深刻な汚染者で、既存のアンモニア複合施設は小学校から1マイル(約1.6キロメートル)しか離れていない[14]。
アンモニアによる健康被害の例として、咳や喘息などの呼吸器系疾患、目や鼻、肺への影響、心臓疾患やガンのリスクの向上などがある。アセンション郡は、汚染の影響で健康被害が甚大である「ガン回廊」に位置しており、さらなるアンモニア製造工場の建設は、地域住民の健康リスクをさらに増大するおそれがある。
ガスの問題点
ブルーポイント事業では化石燃料ガスを原料としてアンモニアを製造する[15]。ガスは主成分がメタンの化石燃料で、メタンはCO2よりも強力な温室効果ガスである。放出されてから最初の20年間でみると、CO2の80倍以上もの温暖化作用がある。
ガスの開発は、環境負荷が大きく、掘削し、石油やガスを抽出するための水圧破砕(フラッキング)を行う段階から汚染はすでに始まっている。掘削・ガス処理・液化・輸送・再ガス化、そして最終的に燃焼させるまでのサプライチェーン全体を通じて、メタンの漏洩や環境汚染を伴う。
特に米国の石油・ガス生産からの排出量は、業界の報告よりもはるかに多いことが判明している[16]。ブルーアンモニア製造は、ガス開発を維持し、地域と環境への汚染を継続することに他ならない。
CCSのリスク
ブルーポイント事業から排出されるCO2は、米国の石油ガス開発会社Occidentalの子会社である1PointFiveが年間約230万トンを25年間買い取り、開発中のペリカン隔離ハブ(ルイジアナ州リビングストンで開発中の陸上CCS事業)に貯留する計画である[17]。
CCSはコストが高く、大規模な掘削や長期のモニタリングを要する。ブルーポイント事業では排出されるCO2の95%を回収するとしているが、世界の実績を見てもCCSのCO2回収率は低く、世界で稼働中のCCS事業において常時80%以上の回収を達成できている事業は一つもない[18]。
ブルーポイント事業と貯留地であるペリカン隔離ハブは約50kmの距離にある。CO2の輸送方法は明らかではないが、米国ではCO2輸送パイプラインによる事故が相次いでおり、パイプライン周辺の環境社会影響も懸念される。たとえば、2020年にミシシッピ州でCO2パイプラインからCO2の漏洩が生じ、300人が避難し45名がCO2中毒症状で病院に運ばれた[19]。2024年にはルイジアナ州でCO2パイプライン事故があり、40万リットルのCO2ガスが漏洩した[20]。
JBICのカテゴリ分類および情報公開の問題点
当初、ブルーポイント事業は米国ルイジアナでの「クリーンアンモニアの製造・販売」というプロジェクト名でJBICウェブサイト上の「現在融資検討中のプロジェクトでカテゴリ分類が終了した」案件のリストに掲載され、『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』(ガイドライン)の手続きに則ったカテゴリ分類はBとされた。融資検討期間中、環境社会影響評価報告書などの重要な環境関連文書の情報公開は一切なかった。
前述の通り、アンモニア製造の環境社会影響は甚大であり、事業地であるルイジアナですでに住民による反対の声もあったことなどから[21]、FoE JapanはJBICに対し、事業名の公開やカテゴリBに分類した背景について問い合わせたが、中身のある回答は得られなかった。
また、7月1日に融資決定のプレスリリースが掲載された後も、情報開示を求めるFoE Japanの要請に対し、JBICからは事業名も含め回答不可との返答が寄せられた。
後日公開された同事業の環境レビュー[22]を参照すると、新たに以下の情報が得られた。
- スクリーニングフォーム質問4において、環境社会影響評価(EIA)はプロジェクトを実施する国の法制度上必要であると借入人等が回答
- スクリーニングフォーム質問6において、環境許認可が必要であると回答
- スクリーニングフォーム質問16において、開発面積が929.5エーカー(376ha)であると回答
JBICガイドラインでは「環境レビュー時の情報公開」について、以下のように定めている。
- スクリーニング終了後、プロジェクトの名称、国名、場所、プロジェクトの概要、セクター、カテゴリ分類及びその根拠
- カテゴリA及びカテゴリBのプロジェクトについては、環境社会配慮確認のため借入人等から入手した環境社会影響評価報告書等の入手状況及び環境社会影響評価報告書等
- 環境社会影響評価報告書等以外に当行が環境社会配慮確認のため借入人等から入手した文書のうち、プロジェクトの実施国で一般に公開されている文書の入手状況及び当該文書
一方、今回の融資検討にあたり、スクリーニング終了後、プロジェクトの名称や正確な場所は記載されておらず、どのコミュニティが被影響住民にあたるのか判断できない状況にあったこと、またEIAが必要であるとされているにもかかわらず公開が一切ないこと、複数の環境許認可が必要であるとされているにもかかわらず公開されていないことは、明白なガイドライン違反である。
さらに日本のアセス法上、100ha以上の区画整備は大規模と見なされEIAを求めている[23]こと、また、前述のように重大な環境社会影響のある可能性を持つ事業であることから、同事業がカテゴリBに分類されるものとは考えにくい。さらに、「不可分一体の施設」と考えられるCCS事業についても、情報公開を含め、適切な環境レビュー手続きを行うべきである。なお、ペリカン隔離ハブはクラスVIの井戸に分類され、これも相手国(米国)で許認可が必要な事業である[24]。
以上のことから、JBICは融資の意思決定を撤回し、カテゴリ分類の見直しから環境社会配慮確認手続きを再度行うべきである。
ブルーポイント事業の概要[25]
・ブルーアンモニアの製造
・年間生産能力 年間約140万トン
・建設開始は2026年、生産開始時期は2029年(予定)
・出資者:CF Industries(40%)、株式会社JERA(35%)、三井物産株式会社(25%)
・総事業費:約40億米ドル(約6,000億円)
・所在地:米国ルイジアナ州アセンション郡
[1] 国際協力銀行「米国における低炭素アンモニアの製造・販売事業に対する融資」https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2025/press_00043.html 2025年7月1日
[2] 出資比率はCF Industries(40%)、株式会社JERA(35%)、三井物産株式会社(25%)。
[3] 三井物産「米国Blue Point低炭素アンモニア製造事業の最終投資決断に関するお知らせ」https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2025/1251205_14873.html, 2025年4月9日、JERA「米国における低炭素アンモニア製造プロジェクト「Blue Point」の最終投資決定について」https://www.jera.co.jp/news/information/20250409_2155, 2025年4月9日
[4] JBIC「クリーンアンモニア製造販売事業」https://www.jbic.go.jp/ja/business-areas/environment/projects/page_00486.html, 2025年8月最終閲覧 本事業は、環境ガイドラインに掲げる石油化学セクターのうち大規模なものに該当せず、環境社会への望ましくない影響は重大でないと判断され、かつ影響を及ぼしやすい特性を持たず、影響を受けやすい地域またはその近傍に立地しないため。
[5] JOGMEC 「アンモニアの魅力!多彩な用途でCO2排出量の削減に貢献」https://www.jogmec.go.jp/publish/plus_vol20.html
[6] 国際エネルギー機関「Ammonia Technology Roadmap」2021年10月 https://www.iea.org/reports/ammonia-technology-roadmap/executive-summary
[7] US Congress 「Ammonia’s Potential Role in a Low-Carbon Economy」2022年12月7日 https://www.congress.gov/crs-product/IF12273
[8] クライメートインテグレート「窒素循環にみるアンモニアの利用拡大の問題」2022年12月1日 https://climateintegrate.org/archives/1412
[9] Axios “3 chemicals account for most accidents” 2023年9月22日 https://www.axios.com/2023/09/22/chemicals-accidents-epa-ammonia-chlorine
[10] Coming Clean “Key Findings: Chemical Incident Tracking 2021-2023, An analysis”2023年11月9日
[11] Coming Clean “Chemical Hazards in the Wake of Hurricane Ida, One Month Later” 2021年9月29日 https://comingcleaninc.org/latest-news/in-the-news/chemical-hazards-in-the-wake-of-hurricane-ida
[12] Coming Clean, “UNPREPARED FOR DISASTER: CHEMICAL HAZARDS IN THE WAKE OF HURRICANE IDA” 2021年9月29日
[13] Ohio River Valley Institute “The Uncertain Ammonia Industry, Present & Future” 2025年2月 https://ohiorivervalleyinstitute.org/the-uncertain-ammonia-industry-present-future/
[14] Louisiana Backet Brigade ”Ascension Parish: Prosperity or Pollution?” 2025年5月27日 https://labucketbrigade.org/report-ascension-parish-prosperity-or-pollution/
[15] 脚注 3
[16] Sherwin, E.D., Rutherford, J.S., Zhang, Z. et al. ”US oil and gas system emissions from nearly one million aerial site measurements” 2024年3月13日 https://www.nature.com/articles/s41586-024-07117-5
[17] 1POINTFIVE “1PointFive Signs 25-Year Sequestration Agreement with CF Industries Sequestration Hub Development” 2025年4月8日 https://www.1pointfive.com/news/1pointfive-signs-25-year-sequestration-agreement-with-cf-industries
[18] IEEFA “Carbon Capture and Storage” https://ieefa.org/ccs
[19] The Huff Post “The Gassing Of Satartia” 2021年8月26日 https://www.huffpost.com/entry/gassing-satartia-mississippi-co2-pipeline_n_60ddea9fe4b0ddef8b0ddc8f The Intercept “Louisiana Rushes Buildout of Carbon Pipelines, Adding to Dangers Plaguing Cancer Alley” https://theintercept.com/2023/08/24/carbon-pipeline-ccs-air-products-louisiana/ 2023年8月24日
[20] Louisiana Illuminator “Latest carbon dioxide leak raises concerns about safety, regulation” 2024年5月1日 https://lailluminator.com/2024/05/01/carbon-dioxide-leak/
[21] Louisiana bucket Brigade “PRESS RELEASE: Ascension Parish Residents Challenge Ammonia Project Amidst Elected Officials’ Bumbling on Economic Development” 2025年5月2日
[22] JBIC「融資契約締結済みのプロジェクトについて、国際協力銀行の行った環境レビュー結果等」2025年8月閲覧 https://www.jbic.go.jp/ja/business-areas/environment/projects/review_monitoring_2015.html
[23] 環境省「環境アセスメントの基礎情報 1-4 環境アセスメントの対象となる事業」2025年8月閲覧 https://assess.env.go.jp/1_seido/1-1_guide/1-4.html
[24] CCUS Map “Pelican Sequestration Project” 2025年8月閲覧 https://ccusmap.com/markers/project-detail/pelican-sequestration-project?utm_source=chatgpt.com
[25] 脚注3、およびCF Industries ”CF Industries Announces Joint Venture with JERA Co., Inc., and Mitsui & Co., Ltd., for Production and Offtake of Low-Carbon Ammonia” https://www.cfindustries.com/newsroom/2025/blue-point-joint-venture, 2025年4月8日, Oil and Gas Watch “CF Industries Blue Point Complex” 2025年8月閲覧 https://oilandgaswatch.org/facility/5117