インドネシア・ムアララボ地熱発電事業とは?

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1.事業の概要

目的:フェーズ1=発電容量85 MW(総容量89.2 MW)1の地熱発電所を建設・所有・操業
         =スマトラ島の42万世帯相当分の電力供給
   フェーズ2 = 発電容量最大140 MW2
        うち既存開発地域内での発電所1基(総容量90.2 MW)3の増設を先行

サイト位置: 西スマトラ州南ソロック県
フェーズ1=Pauh Duo郡Alam Pauh Duo村

総事業費:フェーズ1=約700億円4
     フェーズ2=不明

事業実施者: PT. Supreme Energy Muara Laboh(SEML)

  • 住友商事(住商)(50 %)、INPEX(計30 % *)、PT. Supreme Energy(計20 % *)の出資する現地法人
    ※INPEX及びPT. Supreme EnergyはSEMLの株式30 %を保有するPT. Supreme Energy Sumateraに各々33 %及び66 %出資
  • フェーズ1:インドネシア国有電力会社(PLN)との間で30 年にわたる電力売買契約(PPA)を締結
  • フェーズ2:PLNとの間で改訂売電契約を締結5
  • フェーズ1:地熱蒸気タービンと発電機を富士電機が納入。土木据付込み一括請負工事はレカヤサ・インダストリ及び住友商事パワー&モビリティ(住友商事100%子会社)が実施

融資機関:
フェーズ1:以下の銀行団による協調融資(総額4.39億米ドル)
・国際協力銀行(JBIC)(1.98億ドル)6
・アジア開発銀行(ADB)(計1.0925億ドル)78(民間7,000万ドル、クリーンテクノロジー基金1,925万ドル、LEAP 2,000万ドル*)
* Leading Asia’s Private Infrastructure Fund:アジアインフラパートナーシップ信託基金←国際協力機構(JICA)の海外投融資による出資9
・民間銀行(みずほ、三井住友、三菱UFJ)(計1.32億ドル)← 日本貿易保険(NEXI)が民間銀行団の融資分へ付保10
フェーズ2:
・JBIC 融資検討中(2024年3月4日以降)
・NEXI 付保検討中(2024年3月11日以降)

保証機関:
フェーズ1:インドネシア財務省による政府保証(20年間)11
フェーズ2:不明

被影響住民: 農民(水田耕作、野菜栽培等)

2.日本との関わり

国際協力銀行(JBIC)の役割:
フェーズ1=1億9,800万ドルを限度とするプロジェクトファイナンス
フェーズ2 =2024年3月4日に環境影響評価等をJBICウェブサイト上で公開、融資検討開始。

日本貿易保険(NEXI)の役割:
フェーズ1=民間銀行の融資1億3,200万ドル相当に対する保険引受(約20年)
フェーズ2=2024年3月11日に環境影響評価等をNEXIウェブサイト上で公開、付保検討開始。

アジア開発銀行(ADB)の役割:
日本はADBの最大資金拠出国
フェーズ1=計1億925万ドルの協調融資(民間向け融資7,000万ドル、クリーンテクノロジー基金(CTF)1,925万ドル、LEAP 2,000万ドル)
フェーズ2=確認中12

国際協力機構(JICA)の役割:
フェーズ1=上記ADB/LEAPを通じた2,000万ドルの海外投融資による出資

日本企業の関わり:
・住友商事=SEMLへの出資(50 %)
・INPEX=SEMLへの出資(30 %)
・民間銀行団(みずほ銀行(幹事行)、三井住友銀行、三菱UFJ銀行)
フェーズ1=計1億3,200万ドルの協調融資
フェーズ2=不明
・富士電機
フェーズ1=地熱蒸気タービンと発電機を納入
・住友商事パワー&モビリティ(住友商事100%子会社)
フェーズ1=土木据付込み一括請負工事
・西日本技術開発(九州電力の子会社)
フェーズ1=融資期間中の技術サービスアドバイザーとして井戸の掘削戦略の策定、井戸の管理及び補充井掘削の計画等

3.主な経緯

年月日動き
2008年~ムアララボにおける地熱予備調査
2010年頃~事業予定地における土地取得手続き
2011年2月住商、事業参画
2012年3月2日フェーズ1:住商等、PLNと30年間の長期売電契約(PPA)を締結
2012年9月SEML、最初の試掘井の掘削
2013年10月22日フェーズ1:南ソロック県環境局、EIAを承認し、付帯条件付きで環境許認可発行
2015年1月14日フェーズ1:南ソロック県環境局、補遺版EIAを承認し、付帯条件付きで修正・環境許認可発行
2017年1月26日フェーズ1:銀行団がSEMLと貸付契約を締結
2017年3月24日フェーズ1:着工
2019年12月16日フェーズ1:商業運転開始
2022年04月28日住商及びINPEX、ENGIEからそれぞれ株式15 %及び20 %を取得する契約を締結
2023年9月21日AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)Japan-Indonesia Joint Task Force、同事業を含む脱炭素事業に係る議論等を実施13
2023年11月21日同事業の拡張(80 MW及び60 MW)も含む、インドネシアの公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)に係る包括的投資・政策計画 (CIPP)発表
2023年12月18日フェーズ2:SEML、PLNと同事業の拡張に向けた改訂売電契約を締結
2023年12月22日フェーズ2:インドネシア環境林業省(KLHK)、環境許認可を承認
2024年3月4日フェーズ2:JBIC、フェーズ2への融資検討開始
2024年3月11日フェーズ2:NEXI、フェーズ2への付保検討開始
2025年フェーズ2:稼働開始予定

4.主な問題点

(1)強制的な土地取得プロセス、生計手段・収入機会への影響、適切な住民参加の欠如
2010年、PT. SEMLは、旧PT Peconina BaruのHGU(耕作権)地域で生活を営んできた人びとを、国から一度も認められたことのない水田や農地、家屋から強制的に追い出す形で、探査活動を開始した。旧PT Peconina BaruのHGU地区で暮らしてきた人びとは、植民地時代からのプランテーション労働者の子孫や周辺地域からの移住者で、20年以上にわたり同土地に住まい、手入れをし、管理してきた。しかし、強制的な土地収用により農地を失い、水田や農地から得ていた主な収入を失った結果、コミュニティは生計手段を売買や下層労働、農業労働に変更せざるを得ず、さらには採掘や森林伐採の活動に従事せざるを得なくなったため、元々住んでいた家も離れざるを得ない状況に陥っている。PT. SEMLが約束した雇用は学歴やスキルの壁があるため、建設や調査時のみに限られたり、肉体労働者や警備員に留まったりするなど、多くの地域住民を吸収できていない。

Alam Pauh Duo村のコミュニティは、国によって何度も排除されてきた。まず、同地域は一方的にクリンチ・スブラット国立公園という保護されるべき国有林とされた。さらに、2016年環境林業大臣規則第46号によって、地熱事業は採掘活動ではなく環境上の活動であるとされ、PT. SEMLが保護林地域とクリンチ・スブラット国立公園で事業活動を行うことが許容された。この規制によって、特にAlam Pauh Duo村では、森林の伐採や地熱採掘のための地形改変が許容され、コミュニティの生活を支える森林の生態学的機能も破壊された。

事業周辺のコミュニティによれば、PT. SEMLは事業開始当初(2010年)から、取得する土地や伐採する森林地域で何を行うのか、また社会に対してどのような影響が生じる可能性があるのかを透明性をもって伝えてきておらず、同社は公表すべき多くのことを隠し続けている。社会化(Socialisasi)のプロセスは、直接影響を受けるコミュニティが参加する形ではなく、コミュニティのリーダーや伝統的な利害関係者を通じて行われてきた。また2010年から2016年にかけての土地取得プロセスは、影響を受けるコミュニティに対して、この事業を受け入れるよう圧力と脅迫をもって行われたという報告もなされている。コミュニティは、地元の役人やチンピラ(プレマン)が農家に土地を他の関係者に明け渡すよう強要し、その関係者が土地に関する取り決めを同社と直接行うことになったと述べている。

(2)水質汚染や水不足による農作物への影響
ムアララボ地熱フェーズ1は、Bangko Janiah川、Bangko Karuah川、Liki川の流れに依存して農業を営む農家に深刻な影響をもたらしてきた。PT. SEMLが正式に生産を開始してから2年後の2021年、PT. SEML周辺、特にKampung Baru Pekonina集落、Taratak Tinggi Pekonina集落、Sapan Sari Pekonina集落の農家のほとんどが、灌漑用水により運ばれてきた重い黒色の物体によって土壌が非常に硬くなったため、トラクター等も使うことができぬまま1 年間農地での耕作ができず、米も収穫できなかった。

地熱採掘は毎秒37リットルという非常に大量の水を必要とし、その量は生産前段階では毎秒60リットルにまで増加することがある。この水は、コミュニティが自分たちのニーズや農業用に利用している水と同じ水源から賄われている。以前は集水域として機能していた森林や農業地域が地熱事業のために収用され、利用された後、コミュニティ、特に農家は、Bangko Janiah川の水をめぐって事業者と争わなくてはならなくなった。2021年、農業を営むTaratak Tinggi Pekonina集落の人びとは、PT. SEMLがBangko Janiah川の水を堰き止め、利用していることを知り、PT. SEMLと対立した。この堰はその後、コミュニティとの対立を経て事業者によって撤去されたものの、PT. SEMLは依然としてBangko Janiah川から取水しているため、Bangko Janiah川の水利用をめぐる争いは続いている。その結果、Kampung Baru Pekonina集落とTaratak Tinggi Pekonina集落の多くの水田は必要な水を確保することが困難になっており、エシャロットや唐辛子などの乾地耕作(野菜栽培)に転換されたり、一部は耕作すらされなくなっている。

コミュニティによれば、事業地の開墾と地形改変により、Bangko Janiah川の放水量にも劇的な変化が生じた。雨季には、水の流れが非常に強くなり、川の側面や底が浸食されたため、川の深さが深くなり、その結果、人びとが同河川から水田に水を引くことは難しくなった。一方、乾季には川の水が枯渇し、水田の水需要を満たすほどの川の水が使えなくなることもある。こうした状況は事業以前にはなかったとのことだ。

(3)地熱開発区域で発生する有毒ガスによる公衆衛生と安全性へのリスク
同地熱事業は、生産時に24ppmのH2S(硫化水素)ガスを排出するとされており、公衆衛生や環境に短期的、長期的に悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。H2Sガスは人体にとって非常に有毒で、腐食性があり、可燃性の高いガスでもある。

ムアララボ地熱事業の周辺の農地やコミュニティ居住地(Taratak Tinggi 及び Kampung Baru集落)は、地熱の採掘活動地域や発電所からわずか250~500メートルしか離れていないため、同事業は短期的にも長期的にも環境と社会を汚染するリスクが高いと言える。これまでのところ、PT. SEMLの地熱採掘現場の近くに住む人びと、特にTaratak Tinggi Pekonina集落の人びとは、コミュニティの居住地域周辺の騒音と硫黄の臭いに悩まされており、これは雨が降るとより顕著になる。同コミュニティによれば、硫黄の臭いは、生産井での探査活動や生産井のメンテナンス時に、より大きな影響があると予測されているとのことだ。

地域住民の報告によれば、同事業によって大量の高温の蒸気が大気中に放出された直後、蒸気が雲を作り出して雨や湿った霧が降り、それが農作物や植物に接触して枯れるなどの被害を及ぼすこともあるということだ。

(4)地形の改変による洪水の影響
PT. SEMLは、かつて森林とコミュニティの畑(アグロフォレストリー)であった約180ヘクタールの土地を伐採し、事業用地へと転換した。これらの森林、そしてゴムやコーヒーなどの生育中の農作物が植えられた畑は、Pauh Duo郡のコミュニティの生活を支えるクリンチ・スブラット国立公園に隣接し、Batanghari集水域の一部であるいくつかの河川(Bangko Janiah川、Liki川、Bangko Karuah川)の上流にあり、かつては保水地として、またコミュニティ管理地域と自然保護地域を隔てる境界として重要な機能を持つ地域であった。アグロフォレストリーの手法で耕作された畑は、地域の生態学的機能を維持しながら、コミュニティが経済的価値を生み出すことを可能にしていた。

しかし土地が開墾され地形が改変された後、コミュニティは河川の流出量の変動に顕著な差が生じ、環境容量が低下したと報告している。この環境容量の低下は、Bangko Janiah川、Bangko Karuah川、Liki川の下流域を襲う洪水や鉄砲水の頻度の増加にも表れている。事業以前はなかったような水牛や橋が流されるなどの被害を伴う洪水や鉄砲水は、Taratak Tinggi Pekonina集落、Kampung Baru Pekonina集落、Pakan Salasa集落の地域でしばしば発生している。

同地熱事業の環境影響評価書(AMDAL)に記載されている侵食危険レベル(TBE)の計算結果によれば、事業地域はTBEレベルが中程度から非常に高い地域となっている。この値は、この地域が非常に脆弱であり、開墾や土地の地形変更が行われた場合、災害のリスクが高いことを示している。しかしPT. SEMLによる地熱開発は、同地域の土地を開墾し、地形を改変し続けている。その結果、環境容量の低下による影響は、事業地周辺のコミュニティに直接及んでおり、コミュニティは洪水や干ばつによる農作物の不作、洪水及び鉄砲水による家屋、土地、公共施設の被害を受けやすくなっている。

(5)エネルギー移行の取り組みにおける誤った気候変動対策への懸念
同事業フェーズ2(拡張計画)は、2023年11月に公表されたインドネシアの公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP。G7主導で途上国における石炭火力からの公正なエネルギー移行を支援する枠組み)に係る包括的投資・政策計画 (CIPP)で、数多くリストアップされた優先案件の一つとして取り上げられている14 。また2023年12月、日本政府が推進するアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想の下でも、エネルギー移行に向けて取り組む優先事業の一案件として取り上げられた15 。JBICやNEXIによる同拡張計画の支援は、まさに脱炭素社会に向けた「エネルギー移行」の名の下で行われてようとしている。

しかし同地熱事業では、地域の環境やコミュニティに様々な悪影響を及ぼすだけでなく、人権侵害を引き起こし、コミュニティの生活の質を悪化させている。またJBICやNEXIによる支援は公的支援であっても、こうした大規模事業を実施する大企業の支援にはなるものの、インドネシア市民にとっては債務負担の増えるものである。

化石燃料からの脱却と再生可能エネルギーシステムへの迅速で公正かつ公平な移行に向けて、世界でさまざまな取り組みが進められる中、エネルギー移行の取り組みにおいて地域住民や市民にさらなる被害や負担をもたらすような誤った気候変動対策(false solutions)が進められることは避けなくてはならない。

5.現在の状況

・ JBIC及びNEXIはフェーズ2への支援を検討中(2024年3月現在)
・ フェーズ1はJBIC及びNEXIの環境社会配慮ガイドラインに違反していることが現地NGOによって指摘されている。

  1. 環境影響評価及び環境管理・モニタリング計画第3補遺版(2023年、https://www.jbic.go.jp/ja/business-areas/environment/projects/image/000006263.pdf↩︎
  2. 住友商事プレスリリース(2022年4月28日、https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/release/2022/group/15600↩︎
  3. 脚注1に同じ ↩︎
  4. 住友商事プレスリリース(2019年12月16日、https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/release/2019/group/12770↩︎
  5. 経済産業省プレスリリース(2023年12月19日、https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231219004/20231219004.html↩︎
  6. JBICプレスリリース(2017年1月30日、https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2016/0130-52890.html↩︎
  7. ADB同事業関連ページ(https://www.adb.org/projects/50156-001↩︎
  8. ADBプレスリリース(2017年1月27日、https://www.adb.org/ja/news/adb-supports-indonesian-clean-energy-109-million-financing-geothermal↩︎
  9. LEAP第1フェーズは2016年に創設され、JICAは2016年3月にLEAPに対する最大15億ドルの海外投融資による出資を承諾。実績は約11億ドル。第2フェーズは2023年12月に立上げ。7年間で15億ドルの投融資枠を設定。(参考:https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/economic_assistance/pqi/20231208.pdf↩︎
  10. NEXIプレスリリース(2017年1月30日、https://www.nexi.go.jp/topics/newsrelease/2017012402.html↩︎
  11. 脚注7に同じ ↩︎
  12. ADB地熱事業関連ページ(https://www.adb.org/projects/52282-003/main↩︎
  13. 日・インドネシア首脳会談時の「次世代に向けた日・インドネシア二国間協力の強化に関するファクトシート」(外務省。2023年12月16日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100596191.pdf↩︎
  14. インドネシアJETPに係る包括的投資・政策計画(https://jetp-id.org/cipp↩︎
  15. ジャカルタポスト記事(2023年12月19日、https://www.thejakartapost.com/business/2023/12/19/indonesia-and-japan-agree-to-implement-three-priority-energy-transition-projects.html↩︎