脱原発の必要性

原発

私たちは以下の理由で、一刻も早い脱原発に向けた意思決定が必要だと考えています。

1.解決不可能な核のごみ

原発を稼働させると、使用済み核燃料が発生します。日本では、この使用済み核燃料を「再処理」して、ウランとプルトニウムを取り出しますが、その過程で、人が近づけないような高レベルの放射性廃液が発生します。この廃液をガラス原料とまぜ、ガラス固化体にして処理をすることになっているのですが、ガラス固化体も強い放射線を出しているため、地下300メートル以深に埋め、何万年も管理する必要があります。

長期にわたり管理が必要な核のごみを生み出し続けることは、将来世代に負担を残すことに他なりません。加えて、核のごみの最終処分地すらまだ決まっていないような状況です。

原発はトイレなきマンションなのです。

2.原発は深刻な環境破壊や人権侵害をもたらす

原発の燃料はウランを原料として製造されます。ウラン採掘の現場では、汚染や人権侵害などの深刻な環境社会への影響があとをたちません。たとえば、オーストラリアのウラン鉱山では、自然が破壊され、採掘により先住民族の土地や水が汚染されています。

原発を運転するためには、どんなに機械が近代化したとしても、放射線を浴びながらの作業に従事する原発作業員の存在が不可欠です。防護服や防護マスクなどの安全対策はとっていたとしても、彼らは常に健康上のリスクを負うことになります。これらの人たちは、電力会社の社員ではなく、下請け、孫請けの何層にもわたる受注先の会社に雇われている場合が多く、劣悪な労働条件のもと、安い賃金で働いています。たとえ被ばくにより健康を害したとしても、労災が認められるとは限りません。

原発などの核施設からは、どうしてもトリチウムなどの放射性物質が出てしまいます。とりわけ、再処理施設からは膨大な量の放射性物質が放出され、周辺の環境が汚染されます。

原発は、都市から遠く離れた地域に建設される一方で、原発で発電された電気は主に都市部で使われます。福島第一原発の電気は、福島ではなく首都圏で使われていたのです。事故は、福島および近隣地に大きな影響をもたらしました。こうした意味で原発は、社会的な大きなひずみや不正義の象徴とも呼べるものです。

3.原発は不安定でリスクが大きい

2011年の東日本大震災とそれに続く津波により、福島第一原発はすべての電源を失い、炉心が冷却できなくなりました。原子炉建屋が相次いで爆発し、今も多くの人たちが避難を強いられています。

事故前に54基あった原発は相次いで停止しました。いくつかが再稼働されましたが、その後も安全対策の遅れや訴訟などで停止している原発もあります。

全国各地で原発をめぐる裁判や、トラブル、事故やデータ改竄などが相次いでいます。技術的にも、社会的にも原発が安定しているとはとても言えない状況です。

4.原発は高い

国際的にみても再生可能エネルギーの価格が下がるなか、原発のコストは上昇しています。背景には、原発の安全対策費や建設費が膨張していることがあげられます。

日本では、長年原発の電気は安いと宣伝されてきましたが、近年、政府の試算でも原発の発電コストは太陽光を上回る結果になっています。政府は、何十年にもわたり、原発を受け入れる自治体に交付金を出したり、原発関連に多額の研究開発費を投じたりしてきましたが、その構造は未だにかわらず、原発は多額の税金を投入しないと成り立たない産業となっています。

つまり、原発は経済的にも合理性がない発電方法なのです。