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フィリピン・サンロケダム
現地レポート
影響を受けた住民への補償と生活改善・回復に向けた措置の現状(2010.04.09)
1998 年2月にサンロケダムの建設工事が始まり、12年が経ちました。この間、同ダムの建設に伴い、移転をした住民、
農地の収用を受けた住民、また、アグノ川での砂金採取ができなくなった住民に対しては、数々の補償措置が取られてきました。
その現状の一端をご報告します。
●補償措置の目的と経緯
同ダム事業の融資者である国際協力銀行(JBIC)の「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン
(以下、ガイドライン)」には、移転や生計手段の喪失等について、事業実施者が「移転住民が以前の生活水準や
収入機会、生産水準において改善または少なくとも回復できるように努めなければならない」と規定されています。
同ダム事業は、現行ガイドラインの制定前に融資が決定されており、現行ガイドラインは適用されませんが、
JBICの監督官庁である財務省は、同ダム事業の補償措置について、「原則として基本にあるのはJBICのガイドライン」
であり、「JBICのガイドラインには影響を受ける以前の生活水準に回復するように考えている」という方向性を確認しています
(2005年2月18日開催の第28回財務省・NGO定期協議会議事録)。
FoE Japanは1998年から、これまでの伝統的な生活・文化が破壊されてしまうこと等を理由に「ダム建設反対」を唱えてきた同ダム上流の先住民族コミュニティーの組織の声を伝え、主に先住民族の生活・文化の尊重、また、土砂堆積、洪水、地震等の環境社会面での配慮をJBICに求めてきましたが、2001年に現地住民組織(アグノ川の流れを取り戻す農民運動:TIMMAWA)が設立され、3,000名以上の砂金採取者らの署名とともに「ダム建設反対」に加え、「適切な補償措置」を求める要請書が提出されて以降は、同ダム事業の補償措置についてもJBICに対する提言を行なっています。
特に、当時、すでに金融機関の国際水準となり、JBICの新しいガイドラインにも規定されることとなった「影響を受ける住民の生活が以前の生活水準に改善、少なくとも回復される」ことを目的とし、住民の以前の生活と現在の生活状況の比較調査を継続的に実施してきました。
これらの調査結果に基づき、FoE Japanは現在、主に、代替の農地や雇用の提供など主生計の創出、また、同ダム事業の開始前に適切な調査がなされていなかった砂金採取者の影響住民としての認定と彼らへの補償措置の提供など、補償措置の拡大の必要性を訴え、JBICにガイドラインに沿った対応を求めています。
なお、同ダム事業においては、本来、フィリピン電力公社(NPC)が、「住民の以前の生活水準の改善・回復」を目的とした金銭補償や生活再建プログラムの提供など、補償措置を実施する責任主体となっていますが、生活再建プログラムについては、2003年以降、サンロケパワー社(SRPC)がCSR(企業の社会責任)の取り組みの一環として、同ダム事業の影響を受けた住民に対する「包括的生活修復プログラム」等を実施しています。
●補償
同ダム事業に伴い収用された土地の補償は、建設工事の開始から12年間経った今も完了していません。JBICの国会議員への説明資料によれば(2009年 7月21日)、約5%が未支払いの状況です。支払いが遅れている理由は、土地権利書等の書類の不備、また、補償額等に関するNPCとの係争(裁判)ですが、NPCの一刻も早い対応が望まれます。
また、同ダム事業のために採石場となったアグノ河川敷では、「Lot10」、「Lot11」と区画分けされた地域の収用・補償問題が残されています。同区画は、収用予定地の末尾に位置しており、結局、採石は行なわれませんでしたが、アグノ川の流れの変化に伴い、「灌漑用水が届かなくなった」「収穫回数が落ちた」等の報告が農民からなされています。
同区画の一部の農民は、2005年までに補償の支払いを受けましたが、問題は、同区画で農作業を行なってきた農民の中に、(灌漑用水や収穫への)影響を受けたにもかかわらず、補償が行なわれていない農民がまだいることです。NPC によれば、「Lot10、Lot11は未利用のため、収用せず、住民に返却した」ことになっていますが、FoE Japanによる住民への聞き取りからは、当該農民に対し、こうした説明がなされていることは確認できませんでした。同区画における農業への実際の影響を再度調査した上で、適切な補償措置を実施すること、また、住民への十分な説明と協議が必要だと言えます。
●生活再建プログラム
本来は、NPCが影響を受けた住民に対して提供すべきプログラムであり、1997年以降、NPCが実施してきたものもありましたが、プログラム管理の不備等(家畜飼育の失敗による住民の借金増、一部有力者等によるプログラムの私物化などを含む)により、住民の生活改善・回復は達成できませんでした。 2003年以降は、移転世帯の一部が移転した再定住地4箇所で、SRPCがCSRの一環として、生活支援プログラムの提供を積極的に行なっています。
SRPCは、2003年以降に実施したプログラムの失敗から得られた教訓も踏まえ、住民が自分達のプログラムとしてより積極的に実施していけることを目指した新しい形式のプログラムを、2009年8月から実施し始めています。具体的には、フィリピン全土で多くのマイクロ・ファイナンス・プログラムを手がけてきた組織の方法を取り入れたり、また、住民の生活状況(収入、支出等)の木目細かな把握に努めたりするなど、SRPCのプログラムへの取り組みの強化が見られます。
マイクロ・ファイナンスのプログラムに参加した住民の中には、小規模なビジネスを立ち上げ、副収入を増やすことに成功している事例も見られ、同プログラムが継続されることで、生活水準の改善・回復の一助につながることが期待されます。また、マイクロ・ファイナンス・プログラムの方法の一部調整(利用種に応じた返済頻度等)、事業者がフィリピン政府機関とパートナーを組んで進めている雇用プログラムの拡大と雇用の斡旋、また、NPCによって提供された農地の拡大や灌漑用水の提供など、再定住地の住民から寄せられている提案について、今後も積極的な対応がなされ、それが住民の生活改善・回復につながることが期待されます。
●砂金採取者への補償措置
本来は、事業開始前に影響を受ける住民の調査がなされるべきでしたが、同ダム事業については、砂金採取者の調査が事前には実施されておらず、すでに砂金採取に影響が出た着工後に砂金採取者の調査・認定が始まりました。この状況について、財務省は「今回のように事後的に影響住民の存在が明らかになってくれば、調査させて確定していく必要」があるという見解を示しています(同定期協議会議事録)。
現在、約1,000名弱が砂金採取者として、NPCの認定を受けていますが、依然として、影響を受けた地域での砂金採取者に関する包括的な調査はなされていません。しかし、愛媛大学の関係者がこれまでに行なってきた調査の結果、また、2009年10月の大洪水後、アグノ川沿いで再び砂金採りを始めた多くの住民へのFoE Japanによる聞き取りからも類推されるのは、サンロケダムの建設前に砂金採りをしていた住民の中に、NPCの認定を受けていない住民がまだ多く残されているという現状です。
そうした住民は、同ダム事業の補償措置を今も受けられない状況にあります。たとえ現段階で砂金採取者に関する包括的な調査が実施されたとしても、12年前まで遡った生活調査となるため、非常に困難な調査となるでしょうが、この状況の改善は非常に大きな課題だと言えます。
認定された砂金採取者に対しては、NPCが生活支援プログラムを提供することになっていますが(住民の要請している「収入機会の損失に対する金銭補償」について、NPCは拒否しています)、上述と同様、SRPCがCSRの一環として、プログラムの提供を肩代わりする形となっています。
SRPCは、認定された砂金採取者のグループの意向を受け、2006年から牛の飼育プログラムの元金を提供していますが、他の形態の支援プログラムについても、現在、砂金採取者グループとの話し合いを継続中です。住民との対話の下、少なくとも、砂金採取と同等レベルの収入機会を創出できるプログラムの提供が、今後も進められていくことが期待されます。