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パハン・スランゴール導水事業
プロジェクトの概要
目的: セランゴール州と首都クアラルンプールにおける水供給(第7期マレーシア計画の重点施策である水供給事業の一環で、パハン州にあるケラウ川からセランゴール州にあるランガット川へ一日に23億リットルもの水を導水トンネル45km・パイプライン8kmにより導水する計画。2003年に着工、2007年配水開始予定。)
総事業費: 約10億米ドル(見込み)
事業実施者: マレーシア エネルギー・水・通信省 水道供給局
(Water Supply Department, Ministry of Energy, Water and Communication)、
セランゴール州水供給課(JBAS)
環境影響評価(EIA)承認: 環境省 (DoE)
コンサルタント: SMHB Sdn, Bhd (エンジニアリングサービス他)、
MAB Environmental Consultants Sdn, Bhd (EIA report)、
UKM(EIA report: resettlement)
融資機関: 国際協力銀行(JBIC)。2005年3月31日、JBICとマレーシア政府との間で、820億4000万円を限度とする円借款貸付契約が調印された。以前には、エンジニアリング・サービスのため10億9300万円を融資。
被影響住民の数: 先住民族オラン・アスリ325名、マレー系農民120名
日本との関わり
・ 1999年、JBIC(旧海外経済協力基金)がE/S(Engineering Service)借款契約(特別環境案件金利借款契約)を締結。10億9300万円の融資を行なう。
・ 1999年、JBIC(旧海外経済協力基金)が案件形成促進調査(SAPROF)により、a)パハン州及びセランゴール州の都市開発計画及び水資源開発計画の妥当性の確認と提言、b)事業スコープ、事業費、工程の検討、c)EIA及び住民移転計画の作成状況等の確認、d)適切な事業準備、実施、運営維持管理体制に関する提言等を主に調査。
・ 2003年3月31日、本計画に対して、820億4000万円までの特別円借款を供与することとし、政府間での交換公文が締結された。
・ 2005年3月31日、JBICとマレーシア政府との間で円借款貸付契約が調印された。
問題点
事業の正当性 - 過大に見積もられている水需要予測
セランゴール水道局や公共事業省による水需要予測は極めて高く設定されている。これらの数値は他の都市と比較しても非常に高い。下記のように、現在の水消費量がそもそも大きすぎるのが一つの原因。消費量の内40%以上が水道管などの亀裂によってもれたり,盗まれたりしている状態であるにもかかわらず、その水供給効率の悪さをそのまま反映しているため,実質の水需要を評価できないのである。したがって、水の効率利用を全く考慮していない予測数値であるため、事業者の水需要予測の再評価が必要である。
(参考)2000年のセランゴール州 (人口430万人) とクアラルンプール(人口130万人)の水需要は 517 リットル/人・日。比してロンドン:156リットル/人・日,シンガポール:328,メキシコ市:324,バンコク:379,ロサンゼルス:511
給水システムの管理不足
セランゴール州とクアラルンプールにおける一人あたりの水消費量は世界でも1、2位を争うほどに高く、世界の主要都市であるロンドン、東京、シドニー、シンガポールの消費量さえも上回る水準である。しかし、実際には、この総供給量の40%以上の水が漏水や盗水といった給水システムの問題で失われている。したがって、セランゴール州の水消費が激しい第一の要因は、給水システムからのロスにある。2000年の一年間で、セランゴール州は一日当たり約10億リットルもの水を無駄にしていた。
代替案考慮の不十分さ
必要とされている包括的な水需給管理政策の中で検討されるべき様々な選択肢や、他の導水ルート(北部のペラック州とトレンガヌ州からの導水計画など)の検討が不十分である。(雨水利用の農業,地域の水利用,灌漑のための水流の回復,産業やより効率的な灌漑方法の実行や保全の優占度や適切な水価格の設定政策など。)
住民移転問題
本計画で移転させられる可能性がある住民はオラン・アスリというマレーシアの先住民族325名。事業推進側はオラン・アスリの人々は事業に賛成していると主張しているが、オラン・アスリの問題に取り組むNGOは影響を受けるテムアン一族が移転に関して、十分な情報に基づく事前の自発的同意をしていないと報告している。また、オラン・アスリの人々の補償計画への立案段階での参加の機会も確保されていないことが報告されている。
森林保護地域の水没と河川生態系の変化
貯水池によって水没する予定地のなかに、ラクム森林保護指定地域(1,550ha)が含まれている。この地域は、希少な動植物の生息地となっている。また、この森林保護地域はクラウ禁猟指定地区と隣接しており、この二つの地域を自由に行き交っている野生生物の数も多い。
不十分かつ不適切な環境影響評価(EIA)プロセス
自然環境に対する影響評価は、非常に短期間(2週間)の調査ですまされており、影響をうける環境の評価ができるわけがない。自然環境の不可逆性を考えれば、流域の景観や生態系に与える影響をコストとして評価するべきである。EIAの追加調査を事業者が行なっているが、事業の実施が前提とされており、重大な環境影響が明らかになった場合でも、事業は中止されることはない。
適切な情報公開・協議・参加の欠如
現地NGOが再三にわたり、懸念している事業者の水需要予測についての基礎データ・調査を公開するよう要求しているが、これまで開示されておらず、(日本でもJBICに対し、SAPROFの公開を求めているが、不開示とされている。)事業の必要性に対する疑問は解消されていない。また、事業者が現地で行なっている利害関係者との協議会なども、以上のような必要な情報が開示されていないなどの問題もあり、参加者と適切な議論を行なう機会となっておらず、「協議の形骸化」が見られる。
JBICガイドライン並びに世界ダム委員会(WCD)ガイドラインの不遵守
これらのガイドラインには以下の記述がある。
・ どんなプロジェクトにおいても融資を決定する前に、代替案について十分な検討がなされるべき。
・ 先住民族の人々に影響を及ぼす可能性のあるプロジェクトは、十分な情報に基づく事前の自発的同意によって進められるべき。
・ 事前の代替案が検討される初期の段階から情報公開を行うことで、利害関係者との十分な協議の場が確保されるべき。