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インドネシア道路トンネル事業で先住民族ミナンカバウの慣習・文化、生活を壊さないで―JICAに支援中止を要請
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2022年10月4日
国際協力機構 理事長 田中 明彦 様
インドネシア・パヤクンブ–パンカラン有料道路トンネル建設事業
西スマトラ州5ナガリに係る調査等支援の中止要請
国際環境NGO FoE Japan
熱帯林行動ネットワーク(JATAN)
インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)
私たちはこれまで、貴機構が協力準備調査を実施しているインドネシア・西スマトラ州及びリアウ州におけるパヤクンブ-パンカラン有料道路トンネル建設事業に関し、現場で事業実施機関等が提案しているルート(以下、ルート1)に現地の先住民族ミナンカバウのコミュニティが明確な懸念を示し、共有地や墓地、住居、農地を通らない道路ルートへの変更を切実に求めていることについて、会合及びメール等を通じて複数回にわたり貴機構にお伝えし、「国際協力機構 環境社会配慮ガイドライン」(以下、ガイドライン)に則った適切な対応をとるよう求めてきました。現在、この先住民族コミュニティは、自分たちのナガリ(ミナンカバウの村組織)を通過するルート1に係る説明会や調査の実施を強く拒否する意思を地元自治体宛ての書簡(2022年8月21日付)にて表明しており、同書簡はすでに貴機構にも届いているものと理解しております。
道路建設による影響に強い懸念を示してきたのは、西スマトラ州の5つのナガリ、すなわち、パヤクンブ郡コト・バル・シマラガン村、コト・タガ・シマラガン村、タエ・バルア村、ハラウ郡ルブアック・バティンコック村、グルン村の住民たちです。この5ナガリでは、住居、墓地、水田、畑、学校などが一帯に広がっており、5ナガリを通過するルート1である限り、住民の生活の場への影響を回避することは不可能です。つまり、先住民族ミナンカバウの住民にとって重要な慣習・文化、生活、地域のつながりが破壊されることになります。
現地NGOインドネシア環境フォーラム(WALHI)西スマトラの調査によれば、住宅密集地を通過するルート1で道路建設が進んだ場合、5ナガリの500家族以上が移転を余儀なくされるとのことです。また、先住民族ミナンカバウにとって慣習法に基づく共有地(Tanah Ulayat)は自らのアイデンティティそのものであり、他の土地、ましてや補償金で代替できるものではなく、そもそも売却等は不可とされています。母系制氏族(Kaum)毎に維持されてきた何世代にもわたる先祖代々の墓地も、他の土地で代用できるものではありません。伝統的な家屋であるルマガダン、また礼拝施設なども道路建設によって失われてしまうことになります。
経済的な影響も5ナガリの住民にとって、大きな懸念材料の一つです。先祖から代々受け継いできた土地に広がる水田は、一年に2~3期作(灌漑や溜池の状況による)が可能であり、家族の食卓を支えています。住居の周りに広がる生産性の高い畑では、トウガラシ、トウモロコシ、ココヤシ、バナナ、ドリアン、マンゴスティン等さまざまな作物や果樹が植えられ、養殖池では魚類の栽培が行われるなど、自分たちの食事だけでなく、子どもの教育費用など家族の出費を支えるために不可欠な生計手段となっています。経済的に厳しい家族も日雇い労働者として、こうした農作業に従事できますが、道路建設によって地域全体として農地が減少することは、日々の生活が送れるか否かの死活問題となってきます。
5ナガリの住民は、事業実施機関が何の説明も無しに自分の家の目の前に打っていった木の杭、あるいは、住民説明会などで、2018年に初めて道路建設について知りました。それ以降、上述のような社会的、文化的、経済的な影響に不安を覚え、頭を悩ませる日々が続いています。住民の中には、先祖との関係性や将来の生活などに思い悩み、過度な精神的ストレスを抱えている人もいるとのことです。
こうした5ナガリの住民の懸念とルート1の変更を求める要望については、事業実施機関だけでなく、州や県の政府関係者、また国家人権委員会など、さまざまなレベルの関係者に書面や会合で伝えられてきました。2021年9月には、5ナガリの住民ネットワークであるFORMAT 50 KOTAから貴機構に直接書簡(2021年9月20日付)が提出され、事業実施機関に対し貴機構から書簡を出し、ルート1から別のルートへの変更を推奨するよう、要請がなされました。
貴機構はこれまで、こうした5ナガリの状況や住民の意見について、私たちとの会合やメールでの回答の中で、「住民の合意がなければ調査の継続/再開はできない」との認識を示され、その旨をインドネシア政府の実施機関側に繰り返し申し入れているとのことでした。
しかし現場では、事業実施機関、そして特に県の政府関係者らが5ナガリの住民の懸念や要望に一向に耳を傾けず、ルート1の計画のまま、住民移転計画(RAP)策定に必要な社会経済調査を実施しようとしているのが実態です。まず、2022年6月14日に県が5ナガリの村長及び住民リーダー向けに開催した説明会(Sosialisasi)につづき、県側が5ナガリの村長等に送付した書簡(2022年8月15日付)では、8月29~31日にかけて説明会(Sosialisasi)へ住民たちを招待するよう依頼しています。またこの間、事業実施機関である公共事業・国民住宅省道路総局から、県政府側に事業推進に向けた支援を要請する書簡(2022年7月29日付)も出されている模様です。
本書簡の冒頭で言及した先住民族コミュニティによる書簡(2022年8月21日付)は、こうした現場の動きを受けたもので、5ナガリを通過するルート1について、いかなる形の調査も断固として拒否するとしています。またこの書簡は、5ナガリの各村長、各ナガリ議会(BAMUS)代表、各ナガリ慣習法会議(KAN)代表が署名しており、5ナガリの住民が総じてルート1を拒否していることが見て取れます。つまり、貴機構のガイドラインで求められているような「社会的合意」が欠如していることは明らかであり、また、先住民族に影響が及ぶ事業について国際基準として求められている「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」も欠如しています。
私たちがこれまでに確認している範囲では、5ナガリの住民は同書簡に対する回答を県政府側から依然得ていないようですが、今後、インドネシア政府側が5ナガリの住民のルート1に対する拒否の意思を考慮せず、さまざまな形で事業乃至調査を強行しようとする可能性は否めません。その過程では、インドネシアにおける他の案件(例えば、インドラマユ石炭火力発電事業・拡張計画)でも見られたような弾圧や人権侵害、すなわち、軍・警察等も出動する形で説明会の開催を強行したり、個別世帯毎に一戸一戸を訪問する形で社会経済調査の実施を強要したり、あるいは、住民のリーダー等が身に覚えのない罪状で不当逮捕(Criminalization)されたりするケースも容易に考えられます。また、事業や調査が強要される過程で、平和的な現在のコミュニティ間に分断や不和が生じてしまうことも想像に難くありません。
したがって、私たちは、こうした事態に発展せぬよう、貴機構から地元の関係自治体を含むインドネシア政府側に対して、以下の点を早急かつ明確に申し入れるよう、強く要請します。
(1) 5ナガリの同意が得られないため、貴機構による本案件に係る調査実施の支援は凍結せざるを得ないこと
(2) 同事業に係る弾圧や人権侵害が決して起こらぬよう、適切な配慮を行うこと
(3) 同事業に係るコミュニティ間の分断や不和が生じぬよう、適切な配慮を行うこと
末筆となりますが、私たちは、本案件の影響を受ける先住民族ミナンカバウのコミュニティが再び、貴機構の援助で進められたコトパンジャンダム案件のように、不本意な移転を強いられ、生活や文化を破壊されて苦しむことがあってはならないと考えています。住民の声を貴機構が真摯に受け止め、これ以上、上記5ナガリを通るルート1に係る調査支援等を行わないよう、賢明かつ早急な対応をとっていただけるよう宜しくお願い申し上げます。
以上
Cc:
外務大臣 林 芳正 様
国際協力機構 環境社会配慮異議申立審査役
国際協力機構 環境社会配慮助言委員会 各委員
【連絡先】
国際環境NGO FoE Japan(担当:波多江)
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986