切っても切り離せない?フィリピンでの油流出とガス開発

脱化石燃料2024.7.5

2月28日、フィリピン・ミンドロ島沖で80万リットルの産業用燃料油を積載したオイルタンカーが転覆し、3月1日に沈没しました。燃料油の一部が流出し、周辺海域・住民に深刻な被害が出ています。

今回のブログ記事では、この油流出によってもたらされる現地での環境・社会影響と、より大規模な油流出を引き起こす可能性のある周辺海域での化石燃料開発に警鐘を鳴らす声の高まり、そしてその開発における日本の関与について紹介します。

フィリピン全土の地図と、ヴェルデ島海峡等の位置関係

「海のアマゾン」を脅かす油流出

2月28日、燃料油を運んでいたオイルタンカー「プリンセス・エンプレス」号にエンジンの故障があり、3月1日にミンドロ島沖で沈没しました。積載していた80万リットルの産業用燃料油の一部が流出して大きな被害につながっており、現地の活動家も政府による早急な油除去を求めています

この油流出はフィリピン現地の20以上もの海洋保護区の豊かな生物多様性を危険に晒すと指摘されています。というのも、この油流出が発生した周辺海域であるヴェルデ島海峡は、「海のアマゾン」と呼ばれているほど海洋生態系の豊かな海域です。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[1]。1,736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の200万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[2]。

今回の油流出はこの海域に住む多様な魚やサンゴに壊滅的な影響を与えてしまう可能性があります。環境問題に取り組む市民連合であるGreen ConvergenceのNina Glanag博士は現地市民団体のプレスリリースの中で、「この不幸な事故の犠牲になった魚や海鳥の死体の悲痛な写真は、迅速に対処されないであろう油流出による悲劇の始まりに過ぎません。油は、中毒や窒息によって海に住む生物を死に至らしめることがあります。ヴェルデ島海峡の海洋生態系と沿岸環境は大きな危機に瀕しています」と指摘しています

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

地元の漁村への影響

ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系が崩れてしまうと、それを生活の糧にしている現地の人々も困窮してしまいます。特に漁民の方々にとっては、魚が捕れなくなってしまうため生計手段への影響は甚大です。実際、地元政府はすでに漁業活動を禁止しており、沈没したタンカーからの油流出を止めるためにどう処理を行うのか、またその処理がいつ完了するかも不透明な中、その間代わりとなる生計手段もない現状について、漁民の方々は「コロナ禍よりもひどい」と不安を吐露しています。

東ミンドロ州ポラで、干潮時に海岸で油の塊と魚の残骸を眺める漁師のRobert Lakdawさん(47)。彼は、現在進行中の除去活動にボランティアで参加していたが、健康被害を最小限に抑えるため、立ち入らないようにと言われた。(©︎ Jison Tiu, CEED)

「ヴェルデ島海峡を守ろう!」キャンペーンの呼びかけ人であるEdwin Gariguez神父は、油流出が起きた直後の3月1日に、「私たちは、流出への対応が遅れた場合、漁業活動が制限されるのではと心配しています。すでに漁獲量が減少している中、油流出によって魚が死滅することで魚がさらに減少するかもしれません。油流出は、この国で最も貧しいセクターの中に入る私たち漁師が既に直面している問題を悪化させるでしょう。食卓に並ぶであろう魚は、食用に適さず、食中毒を引き起こす可能性があることは言うまでもありません」と語っています

ナウハンの海岸に停泊している漁船。海に出航して漁業活動を再開する目処は立っていない (©︎ Jison Tiu, CEED)

同氏はまた3月10日に、油が流出して以降、「18,000人以上の漁師が漁に出られず、36,000ヘクタールものマングローブ、サンゴ礁、海藻地帯が危機に晒され、東ミンドロ州のポラ町に住む50名以上の住人が熱やアレルギー症状を起こしていると報告されている」と話しています。生物多様性や生計手段だけでなく、住民の健康にも悪影響を及ぼしていることがわかります。

漁民のJennifer Jaquecaさんはこう語ります。「規制があったとはいえ、パンデミックの間は生計を立てることができました。しかし今は油流出で漁業が禁止されています。私たちはどうなってしまうのでしょうか?」(©︎ Jison Tiu, CEED)

ヴェルデ島海峡におけるガス開発

しかし、このような環境破壊と生計手段への甚大な被害は、このヴェルデ島海峡の周辺に暮らす人々がずっと苦しんできたことです。

というのも、このヴェルデ島海峡は、海洋生態系の中心地である一方、フィリピンで急速に進むガス開発の中心地でもあるのです。フィリピンに存在するガス火力発電所6基のうち5基がここにあり、新規の液化天然ガス(LNG)・ガス火力発電所建設8案件とLNGターミナル建設7案件がここで進められる予定です。ヴェルデ島海峡で建設されている新規LNGターミナルの一つであるイリハンLNG輸入ターミナルは、日本の国際協力銀行(JBIC)及び大阪ガスが出資者として参画しています。

このような化石燃料事業が、ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系とそれに依存する住民の生計手段を既に破壊してきました。FoE Japanがヴェルデ島海峡に接するバタンガス州で昨年実施した現地調査においても、現地に住む漁民の方々が、ガス火力発電所が建設されて以降、漁獲量が減り、生計が成り立たなくなったという話をしてくださいました。

また、フィリピンの市民団体CEED(Center for Energy, Ecology, and Development)は、昨年カリタス・フィリピンと共同で公表した研究報告書において、ヴェルデ島海峡で観測された海洋生物多様性の減少は同地でのガス開発によるものではないかと示唆しています。さらに両団体は水質についての別の報告書で、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上段地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、リン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛などの汚染物質の濃度がフィリピン国内の水質基準を超えたという結果を紹介しました。これを受けてフィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、フィリピン環境天然資源省(DENR)に要請書を提出し、事業地周辺のヴェルデ島海峡水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可しないよう要請しました。 

このように化石燃料事業による住民への悪影響は、枚挙に暇がありません。前述のイリハンLNG輸入ターミナル事業は、すぐそばに隣接する建設中のガス火力発電所にもLNGを供給することを目的としていますが、昨年11月下旬にこのガス火力発電所の建設現場で道路崩落事故が発生しました。杜撰な工事によって発生したこの事故で多くの市民が利用する幹線道路が崩落し、ここでも住民生活に悪影響を与えました。

ちなみに、このガス火力発電所の事業者の親会社はフィリピンの大企業、サンミゲル社(San Miguel Corporation)ですが、今回の油流出事故のタンカーを手配したのも同じくサンミゲル系列の船会社(San Miguel Shipping)の子会社だと判明しました。サンミゲル社はフィリピンでのガス開発を主導しており、フィリピンの市民団体は今回の油の除去作業にかかっている費用や被害を受けた住民への賠償の支払いをサンミゲル社に求めています

終わりの見えない化石燃料開発による被害

フィリピンでの急速な化石燃料開発という背景に目を移すと、今回の油流出は、このより大きな問題の延長線上にあることがわかります。したがって、このような油流出は、根本の問題である化石燃料開発が続く限り、今後も発生してしまうことが懸念されます。

この点について前出のCEEDの事務局長であるGerry Arances氏は、「LNGターミナルの建設が続く限り、このような事故はヴェルデ島海峡で初めてでもなく、最後でもないでしょう。この海域を往来するタンカーが増えれば増えるほど、たとえ万全を期していたとしても、再びこのような事故が起こる可能性は高くなります。次に起こる事故はさらに深刻で、ヴェルデ島海峡に取り返しのつかない損害を与えるかもしれません。だから、私たちは政府に対し、電力危機の解決策としてLNGの輸入に頼ることを再考するよう求めています」と話しています

化石燃料開発による悪影響のみならず、油流出そのものによる悪影響も長引くと懸念されています。Arances氏は、「2006年に起きたギマラス海峡の事故は、油流出がいかに悲惨なものであるかを示すものでした。(油流出の影響を受けた:訳註)マングローブが回復の兆しを見せ始めたのは、事件から13年後の2019年のことでした。これは、化石燃料に依存すると環境に大きな損害をもたらすという政府に対する警告であったはずですが、政府はまだ教訓を学んでいないようです」と語ります

このように、化石燃料開発事業は現地の生態系のみならず住民の生活にも長期的な悪影響を及ぼします。油流出とその根本原因である化石燃料開発を止めるために、FoE Japanは今後も現地のパートナーたちと共に活動を続けていきます。(長田大輝)

出典

[1] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[2] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Immediate action needed on oil spill to protect Verde Island Passage, group says. March 1. 2023 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Groups demand strengthened measures in VIP to address environmental nightmare. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: Oil Spill in Mindoro. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: “Worse than COVID" March 9. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: 10 days, zero accountability: oil spill-affected communities lament radio silence of responsible parties. March 10. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: POLLUTER MUST PAY: STATEMENT OF PROTECT VIP ON THE INVOLVEMENT OF SAN MIGUEL CORPORATION IN THE OIL SPILL IN VERDE ISLAND PASSAGE. March 13. 2023.

 

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