鉱物資源の需要拡大の先には?――エネルギー基本計画の素案を読む(4)

気候変動2024.7.5

気候危機への対策として化石燃料からの脱却が急務な中、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の普及が急速に進められようとしています。こうした動きの中で蓄電池などの原料として需要拡大が見込まれるのがリチウム、コバルト、ニッケルなどの「鉱物資源」。エネルギー基本計画の中でも、その安定確保に関する項目が盛り込まれています。しかし、鉱物資源の開発現場では、これまでも生態系や先住民族の生活・文化の破壊など、さまざまな問題が起きてきました。今回は「カーボンニュートラル」の裏に潜む、もう一つの危機に目を向けてみます。

結局、海外依存の鉱物資源確保?

まず、鉱物資源について、第6次エネルギー基本計画(素案)の中では、一体どのようなことが書かれているのでしょうか。

以下のように、カーボンニュートラルの実現のために再生可能ネルギーやEVへの移行が不可欠であること、そして、その中で鉱物資源の安定供給が重要との認識が示されています

鉱物資源は、あらゆる工業製品の原材料として、国民生活及び経済活動を支える重要な資源であり、カーボンニュートラルに向けて需要の増加が見込まれる再生可能エネルギー関連機器や電動車等の製造に不可欠である。特に、エネルギーの有効利用の鍵となる蓄電池、モーター、半導体等の製造には、銅やレアメタル等の鉱物資源の安定的な供給確保が欠かせない。」(p.82)

一方、以下のように、海外からの輸入に依存せざるを得ない鉱物資源を安定的に確保するには、さまざまなリスクがあることも認識はしているようです。

「鉱種ごとに埋蔵・生産地の偏在性、中流工程の寡占度、価格安定性等の状況が異なり、上流の鉱山開発から下流の最終製品化までに多様な供給リスクが存在している。」(p.82)
「資源ナショナリズムの高まりや開発条件の悪化等により、資源開発リスクは引き続き上昇傾向にある。」(p.82)

しかし、ここに示されたリスクはあくまで日本側の主観によるリスクであり、後述するような開発現場で影響を受ける人びとや自然環境の視点から見たリスクは一切書かれておらず、一面的なものと言えます。

日本側が特定しているリスクの中で、どうやって必要な鉱物資源を確保していくのか――その方策については、以下のようなことが挙げられています。

・特定国に依存しない強靭なサプライチェーン構築
・リサイクル資源の最大限の活用、製錬等のプロセス改善・技術開発による回収率向上等のため投資を促進
・レアメタルの使用量低減技術やその機能を代替する新材料開発に向けた取組の更なる支援(p.83)

これらを見ると、海外からの調達が前途多難であることから、日本国内での循環型社会の重要性を認識しているようにも見えなくはありません。ただ、今後の技術開発にかかっているという点で不確実性があることは否めず、海外の、ひいては地球の資源をいつまで採掘し続けるのか――という疑問が生まれてきます。

具体的な数値としては、以下のようなものも挙げられています。

・ベースメタル(銅、亜鉛、鉛、アルミニウムなど)の自給率を2018年度の50.1%から2030年までに80%%以上に引上げる。そして、2050年までに日本企業が権益をもつ海外の鉱山等からの調達を合わせて国内需要量相当にする。(p.83)(下線は筆者による)

一見、自給率をほぼ100%まで引き上げるのかと歓迎したくなりますが、下線部はすなわち、日本のカーボンニュートラル社会を実現するため、2050年まで海外での採掘を続けますと言っているのと同じです。
なお、レアメタル(リチウム、ニッケル、クロム、コバルトなど)に至っては、自給率について一律の目標は設けず、「鉱種ごとに安定供給確保に取り組む」(p.83)とされており、具体策は示されていません。

こう見ると、これから需要が急増する鉱物資源の大部分を結局は海外からの調達に頼る、つまりは、海外で資源を掘り続けて日本に運んでくることになってしまいそうです。しかし、それで鉱物資源の採掘現場の環境や人びとの生活、そして私たちの住まいである地球は持続可能なのでしょうか。

2050年に必要な鉱物資源は倍増以上?!

日本だけではなく、世界が現在取り組んでいる気候変動対策の中でどれだけの鉱物資源が必要となるのか――世界銀行グループが2020年5月に発表した報告書「気候変動対策と鉱物:クリーン・エネルギーへの移行に鉱物が果たす役割」では、パリ協定の2度目標達成のため、太陽光や風力等への移行とその蓄電技術に必要とされる鉱物について、2050年時点での予測年間生産量が示されています。(図1)

図 1.  2度シナリオ達成のために求められるエネルギー技術に必要とされる2050年の年間鉱物需要予測(左:2018年生産レベルとの比較(%)/右:2050年の生産量予測(百万トン))
出典:世界銀行グループ報告書「気候変動対策と鉱物:クリーン・エネルギーへの移行に鉱物が果たす役割」(2020年5月)p.73

この左側のグラフの中で目を引くのは、グラファイト、リチウム、コバルト(左1~3本目の棒)の年間生産量が2050年までに2018年比で450%以上になるとの予測が出されていることでしょう。これは、リチウムイオン電池の需要増加が見込まれ、その構成材料として必要なためです。

一方、同じくリチウムイオン電池の材料として欠かせないニッケル(左から6本目の棒)は、2018年比で99%の生産量となっています。この99%というニッケルの生産増加割合については、他の鉱物より小さいからと言って、安心できるものではないという点に注意が必要です。

2050年のニッケル年間生産量は226.8万トン(右側グラフを参照。左側から3本目の棒)と予測されており、2018年時の生産量230万トンとほぼ同量のニッケルの生産が求められるということになります。世銀の同報告書(p.82)によれば、2050年までに使用済み製品からニッケルを100%回収し、新しい製品向けにリサイクル利用ができるようになったとしても、必要とされる一次ニッケル(鉱石を製錬所等で処理した後の生産物)の量は23%しか抑えることができないと予測しています。

このような予測から懸念されるのは、気候変動対策が進められていく中で、どの鉱物資源であれ、開発が継続・拡張され、これまで開発現場で地域コミュニティが経験してきた被害が繰り返し起こる、あるいは、むしろひどくなる可能性です。

土地、環境、生活、命を奪ってきた鉱山開発

下の地図は、2021年3月に英の市民グループが出した報告書に掲載されているもので、太陽光や風力発電、蓄電等に必要な鉱物資源の開発に関連して、地域コミュニティが問題の解決を求めている現場をプロットしたものです。すべてをプロットしたものではありませんが、森林伐採、生物多様性の喪失、土壌浸食、水問題、大気汚染、鉱山廃棄物といった環境問題から、児童・強制労働、地域紛争、汚職、健康被害、ジェンダーへの影響、軍事化、労働問題といった社会問題まで、世界各地でさまざまな問題が引き起こされていることが見て取れます。

図 2. 移行に必要な鉱物資源に関連してコミュニティーが問題解決を求めている一部のサイト
出典:英War on Want報告書「気候変動対策と鉱物:クリーン・エネルギーへの移行に鉱物が果たす役割(A Material Transition: Exploring supply and demand solutions for renewable energy minerals)」(2021年3月)p.16-17

実際にどのような環境社会問題が起きているのか、事例を見てみましょう。

下の写真は、FoE Japanが調査を行なってきたフィリピンのニッケル鉱山の様子を遠目から見たものです。

そして、この鉱山周辺をGoogle Earthで見ると、このように黄土色の広がりが確認でき、森林が伐採されて山肌が露出しているのがわかります。(中央に見える茶色は製錬所の鉱滓ダム)

このニッケル鉱山が面している海岸沿いの風景は、こちらです。

このフィリピンのタガニート・ニッケル鉱山(4,862.75 haの採掘許可。2034年まで)では、1987年から大平洋金属と双日が出資する日系企業が採掘を開始。その後、中国や台湾の企業も進出してきたため、どんどん採掘現場は広がるばかりです。そして、2013年からは住友金属鉱山と三井物産が出資する日系企業が国際協力銀行(JBIC)の支援を受けて、製錬所の稼働も始めました。

この開発の波の中で企業が鉱山サイトを拡張する度、20年以上もの間に少なくとも5回は居住地から追い立てられてきたのが先住民族ママヌワの人びとです。鉱山企業が移転地を用意したのは2011年になってからでした。

「これが最後(の移転)と言われている。ここの生活はコンクリートの家で、電気やテレビもあって、よく見えるかもしれないね。でも、決して自分たちが望んでいた(発展の)形ではないんだ。ここでは農業ができないし、木も山に行かないとない。海は(鉱山サイトから流出した)赤土で汚れてしまって魚も獲れない。生活の糧が近くになく、交通費が必要だろう?」

2012年に移転地での生活の様子をこう語ってくれたママヌワの若きリーダーだった”ニコ”ことヴェロニコ・デラメンテさんは、当時、これ以上の開発で自分たち先住民族の土地が奪われていくことにも懸念を示していました。
「最初にこの地での鉱山活動を許した自分たちの年長者を責めはしない。でも、もしチャンスがあるのであれば、企業が鉱山のために先祖の土地を使うのを止めさせたい。

ニコさんはその5年後の2017年1月、移転地近くでオートバイに乗ってやってきた2人組によって射殺されました。27歳でした。ニコさんはこの時、中国系の企業が同地域で計画していた鉱山開発の拡張に反対の声をあげており、生前から死の脅迫を受けていたとのことです。

このように、自分たちの土地の権利や生活を守ろうと声をあげてきた先住民族や住民が殺害されるという超法規的処刑(Extrajudicial killings)は、さまざまな開発現場で起きています。国際NGOグローバル・ウィットネスの報告書「明日を守ること(Defending Tomorrow)」 (2020年7月)によれば、2019年に殺害された土地・環境擁護者は世界で212人にのぼるとのことです。そして、その犠牲者の数が一番多かったのが鉱山問題に関係するケースでした(50名)。

図3. 2019年に殺害された土地・環境擁護者の人数(左:国別/右:セクター別)
出典:グローバル・ウィットネス報告書「明日を守る(Defending Tomorrow)」 (2020年7月)p.9

資源集約的でない解決策を!

第6次エネルギー基本計画(素案)の中では、「気候変動や周辺環境との調和など環境適合性の確保」という項目があり、以下のようなことが書かれています。

「エネルギーの脱炭素化に当たっては、発電所の建設のための土木・建設工事のための掘削や建設機械の使用等に加え、EVや蓄電池、太陽光パネルなどの脱炭素化を支える鉱物の採掘・加工や製品の製造過程におけるCO2排出を考慮する必要もあり、エネルギー供給面のみならず、サプライチェーン全体での環境への影響も評価しながら脱炭素化を進めていく観点が重要である。」
「気候変動のみならず、周辺環境との調和や地域との共生も重要な課題であり、エネルギー関連設備の導入・建設、運用、廃棄物の処理・処分に際して、これらへの影響も勘案していく必要がある。」(p.18)

昨今、サプライチェーン全体で「責任ある鉱物調達」を目指すという方針やスローガンは、鉱山開発を行う川上の企業から、製品を組立て販売する川下の企業まで、大手の企業であれば、どこでも取り入れてきており、環境・社会・人権配慮が行われ、負の影響は回避あるいは低減される前提で開発が進められてきました。

しかし、上述のように既存の鉱山開発の現場では環境・社会・人権問題が解決されておらず、地域の環境と人びとが多大な犠牲を強いられてきた実態をみると、こうした素案の文言があったからと言って、「周辺環境との調和や地域との共生」が実現できるだろうと楽観的な気分にはなれません。今後、需要が高まる鉱物資源の確保を海外に依存し続け、さらに開発の場所を広げるのであれば尚更です。

気候危機への対処が急務で、化石燃料に依存した社会からの急速な脱却が必要であることは言うまでもありません。しかし、大量の電気を使い続けることが前提であれば、結果的に際限なく鉱物資源を掘り続け、そこで土地、環境、生活、命を奪うような開発を繰り返すことになるでしょう。

今、私たちが考えていかなくてはならないのは、エネルギーや電力需要自体を削減し、鉱物資源への依存を拡大する方向ではない社会システムへの移行ではないでしょうか。

  (波多江秀枝)

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