エネルギー政策・温暖化対策への提言
【提言】日本の気候変動対策長期戦略策定のあるべき方向性
気候正義「Climate Justice」の視点に立った野心的な長期戦略を
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2015年に採択されたパリ協定の下、各国は2020年までのできるだけ早期に気候変動対策長期戦略(以下、「長期戦略」)を国連に提出することとなっている。
日本では2016年度に環境省と経済産業省でそれぞれ報告書が取りまとめられたが、両者の見解の差は大きい。その後、この2つの報告書をどのように国の戦略策定に反映するのかが明確に示されないまま、2018年8月には首相官邸のもとに「パリ協定長期成長戦略懇談会」が設置された。
しかし、この懇談会で情報公開されている会合は4回のみで、その後の決定に至るプロセスも示されていない。日本の将来を左右する方針が閉ざされた政府内での議論にとどまり、最終取りまとめに向けた市民参加の機会も不透明であることは極めて問題である。
日本は、温室効果ガスの大規模排出国の一つとして、また先進国としての気候変動への歴史的責任から、野心的かつ具体的な長期戦略をまとめる必要がある。FoE Japanは、気候正義「Climate Justice」の視点に立った野心的な長期戦略の早期策定を強く求める。
1. IPCC1.5℃特別報告書の警告を重く受け止め、気温上昇をパリ協定の目標である1.5℃以下に抑えることを目標として明記すべき。
2. 国内削減のみで2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとすべき。省エネルギーの努力をまず行ない、少なくとも電力分野においては、持続可能な形での再生可能エネルギー100%化が必要である。
3. 原発を低炭素電源とすべきでない。脱原発の明記を。
4. CCS、パーム系大規模バイオマス、BECCSなどは気候変動対策として位置付けるべきでない。
5. 海外での支援事業は、持続可能で人権に配慮した形で進めなければならない。
6. 消費のあり方やライフスタイルを含め、抜本的なシステム・チェンジ必要である。エネルギー・資源自立型の地域づくりが標準となる社会に向けて、今から方向転換を。
7. 気候変動による地域間・世代間の不公平の是正(Climate Justice)のために、日本の野心的・具体的な長期戦略の策定と2030年目標・エネルギーミックス見直しは不可避である。
1. IPCC1.5℃特別報告書の警告を重く受け止め、気温上昇をパリ協定の目標である1.5℃以下に抑えることを目標として明記すべき。
2018年10月にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表した1.5℃目標に関する特別報告書(以下、「1.5℃特別報告書」)は、世界の平均気温が産業革命期以前の水準より1.5℃上昇した場合と2℃上昇した場合の影響には大きな差があり、また、1.5℃までに抑えるためには、世界全体の人為的なCO2排出量を2030年までに約45%削減、2050年頃までには正味ゼロにする必要があることを示した。
産業革命期以降、すでに約1℃の平均気温の上昇が見られ(日本では約1.2℃)、それにより甚大な被害が出ている。特に災害への備えが不十分で、生計手段の中心が農業や漁業などの途上国の貧困層は、より大きな影響を受けている。
1.5℃特別報告書は、気温が1.5℃上昇した場合と2℃上昇した場合とを比較した場合、気候変動の様々なリスクで貧困に陥る人数を数億人抑えることが可能であると述べている。気温が1.5℃上昇した場合と2℃の上昇した場合では深刻な差をもたらすことから、少なくとも1.5℃までに抑える努力を追求することを、長期戦略に明記すべきである。
2. 国内削減のみで2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとすべき。省エネルギーの努力をまず行ない、少なくとも電力分野においては、持続可能な形での再生可能エネルギー100%化が必要である。
パリ協定の達成のためには、温室効果ガスの排出が大きいエネルギー部門での一早い脱炭素が必要である。化石燃料の中でも、石炭火力発電は最も多くのCO2を排出する。石炭火力発電所を今から新設した場合、平均的施設寿命(約40年)を考慮すると2050年を超えて稼働を続けることになり、長期間にわたりさらなる温室効果ガス排出を固定(ロックイン)し、パリ協定との整合性を欠くことになる。したがって、石炭火力発電の新規建設を即刻中止する方針を明らかにし、既存の発電所も2030年までに全廃する必要がある。石炭以外の石油やLNGなどの化石燃料についても、2050年までにはゼロにすべきである。
エネルギー部門における脱石炭・脱化石燃料を実現するためにも、化石燃料の利用を抑制するインセンティブとして、排出責任に応じて対策コストの負担をするカーボンプライシング等、炭素への価格付けを早急に導入・強化すべきである。
再生可能エネルギーの導入は大幅な省エネをしたうえで、生態系に配慮し、地域分散型で市民参加が可能な形で推進していくことが重要だ。長期戦略の議論の中ではしばしば「イノベーション」が不可欠と言われる。しかし、「イノベーション」は、実現可能性も不透明であり、それだけに頼るのは無責任と言わざるをえない。すでにある技術の深掘りや普及、古い機器の設備更新など、まだまだ省エネルギーの余地はある。エネルギーの大量生産・大量消費を改めないまま新たな技術開発・イノベーションに頼るのは、根本的な解決にならない。
3. 原発を低炭素電源とすべきでない。脱原発の明記を。
気候変動対策として重要な位置づけとされている「非化石電源・低炭素電源」には、現状、原子力と再生可能エネルギーが当てはまるとされているが、原発は低炭素電源に含めるべきではない。原子力発電がCO2を出さないのは運転時のみであり、それ以上に燃料輸送や通常運転、使用済核燃料の処理過程での放射能汚染、核のごみなど解決策のない深刻な問題を抱えている。すでに生じている放射性廃棄物も将来世代への大きな負担として残る。その上、事故のリスクと万一事故が起こった場合の被害損失は計り知れない。福島第一原発事故の痛切な反省に基づき、また環境・持続可能性の観点から、原子力は「気候変動対策」として位置づけるべきではないことは明らかである。
長期戦略では脱原発を明記し、原発に頼らないエネルギー政策を具体化する道筋を示すべきだ。
4. CCS、パーム系大規模バイオマス、BECCSなどは気候変動対策として位置付けるべきでない。
現在、国などが提唱している気温上昇を1.5℃までに抑えるための施策の中には大きなリスクを孕み、検証も不十分な技術が含まれている。CCS(炭素回収貯蔵)は、回収した炭素を貯蔵するために多くの土地を必要とする。地下もしくは海底に貯蔵した炭素は次世代の責任となるほか、コストが高く商業利用には見通しが立っていない。
また、国内で計画されているバイオマス発電についても、海外から森林を破壊して生産された木質チップやパーム油・ PKSなどの輸入材を燃やしたり、放射性物質で汚染されている木材を燃やしたりすることは問題である。
そのような大規模バイオマスにCCSをつけるBECCS(バイオマス炭素回収貯留、燃料とするための作物を育て、発生した二酸化炭素は回収貯蔵する)の利用も注目されているが、広大な土地を利用することから、現地での土地収奪の可能性や、食糧生産のための用地との競合が見込まれ、世界の最貧困層にとってさらなる問題を引き起こす可能性がある。このようなリスクを伴う技術に頼ることは、新たな人権侵害や環境問題を生むことにもつながる。
1.5℃特別報告書では、こういったリスクを抱えた技術に頼らずとも、生活水準を下げずに省エネルギーとライフスタイルの変革で全体のエネルギー需要を下げることで、脱化石燃料の動きを早め、気温上昇を1.5℃未満に抑えることが可能であるシナリオも示されている。
5. 海外での支援事業は、持続可能で人権に配慮した形で進めなければならない。
これまで化石燃料をはじめ、多くの資源を消費し発展してきた日本を含む先進国には、より大きな気候変動への歴史的責任がある。この歴史的責任を果たすため、日本には国内における温室効果ガスの大幅削減だけではなく、途上国における緩和・適応策への支援、また、すでに生じている損失や被害への資金・技術支援が求められている。それと同時に、資金の流れや開発支援も、人権や持続可能性の観点から見直されるべきである。
しかし、日本は石炭火力発電輸出事業をはじめ、今でも海外の多くの化石燃料事業に公的支援を行っている。化石燃料関連事業への公的支援は早急にやめ、長期戦略においても海外向け公的支援における脱石炭の方針および化石燃料関連への公的資金による投融資打ち切りの方針をはっきり打ち出し、持続可能でコミュニティのニーズやFPIC(自由意志による、事前の、十分な情報に基づく合意)に基づいた支援へと切り替えるべきである。
6. 消費のあり方やライフスタイルを含め、抜本的なシステム・チェンジ必要である。エネルギー・資源自立型の地域づくりが標準となる社会に向けて、今から方向転換を。
1.5℃特別報告書では、今後20年でこれまでになかった規模でのシステム・チェンジが必要であるが、近年の変革のスピードを鑑みるならば、それは可能であるとしている。変革のために必要な技術はすでにあり、今必要なのは長期にわたる抜本的な変革への強い政治的意思と、日本の取るべき道を政策として示すことである。
最大の排出部門である産業部門では、業界ごとの自主的取組のみが行われているが、これでは大幅な総量削減は担保されない。熱電併給やエネルギーの面的利用に代表されるエネルギーの効率化、建造物における断熱基準の義務付けなどの省エネルギーに加え、太陽エネルギーのパッシブ利用、オフグリッドの推進、熱利用の再生可能エネルギー化といったエネルギー・資源自立型の地域づくりが必要だ。
産業部門以外の大きな排出源である交通部門についても、自動車のための道路を拡大するのではなく、徒歩や自転車等を優先した自動車を利用しなくても快適に生活できるまちづくり・公共交通政策を推進すべきである。
消費のあり方やライフスタイルを変えるためには、気候変動対策に取り組むことが自らの生活、自分たちの幸福度の向上につながるものであると認識できるような社会を実現すべきである。
7. 気候変動による地域間・世代間の不公平の是正(Climate Justice)のために、日本の野心的・具体的な長期戦略の策定と2030年目標・エネルギーミックス見直しは不可避である。
1.5℃特別報告書によると、パリ協定の下で各国が策定した現状の緩和に関する国別目標(NDC)では、地球温暖化を1.5°Cに抑えることはできないだろうと言われている。また、2030年までの温室効果ガス排出量が少なければ少ないほど、2030年以降に地球の温暖化を1.5℃に抑えるための課題は少なくなることを指摘している。一方、温室効果ガスの排出量削減に向けた取り組みが遅れた場合、有効な気候変動対策の種類が減少することも指摘している。
温室効果ガスの排出量削減行動が遅れた場合、先進国と途上国の不公平をさらに大きくさせる可能性がある。また、2018年、スウェーデンの一人の少女が気候正義の実現を求めて国会前で座り込みを始めたことが世界各国に伝わり、2019年には日本でも若者が立ち上がり始めた。
先進国としての責任を果たすためにも、世代間不公平をこれ以上うまないためにも、1.5℃目標に向け、具体的・野心的な長期戦略を策定するとともに、2030年に向けた国別目標・エネルギーミックスを見直すことが必要である。
以上
問い合わせ先:国際環境 NGO FoE Japan
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