IUCNへの意見書
『世界自然遺産推薦地周辺における軍事基地建設が自然保護と住民生活へおよぼす悪影響』
日本政府は、2017年2月1日に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」に関する世界自然遺産推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出しました。世界遺産委員会の諮問機関であるIUCNの現地調査と評価は、2017年の夏から秋の間に実施され、2018年5月頃に評価結果の勧告がなされる予定と報道されています。
私たちは、この推薦地のひとつである沖縄島北部で生活する地域住民および自然保護活動を行う環境NGOであり、推薦地に係わる利害関係者です。
沖縄島北部の「やんばるの森」には、米国海兵隊北部訓練場(ジャングル戦闘訓練センター)が存在し、新たな垂直離着陸機オスプレイ用ヘリパッドの建設と軍事訓練が行われ、自然環境が破壊され野生生物へ悪影響をおよぼしています。
私たちは、これらの問題に関する日本政府の検証と保護対策が不十分であること、推薦地における核心地域(Core area)、緩衝地(Buffer zone)、移行地域(Transition area)のゾーニングが不適切であることから、世界自然遺産として沖縄島北部「やんばるの森」の生物多様性を保護することは困難であると考えています。
私たちは、世界自然遺産が本来の目的と意義を失わないことを重視し、IUCNが、沖縄島北部の推薦地での現地調査において、地域住民と環境NGO、自然科学者等からヒアリングを行い、それらの意見を分析・評価して勧告に反映することを要請します。
私たちの意見
1.推薦地のゾーニングの不適切さ
沖縄島北部やんばるの森に位置する推薦地は、中央部の国頭山地分水嶺の西側に延びる約5,100haの細長い範囲に限られ、すでに林道建設等の開発が行われている地域です。一方、分水嶺東側の約7,500haにおよぶ広大な米国海兵隊北部訓練場(1957年より使用されている)と返還地(2016年12月に日本へ返還された)の森林および淡水生態系は、推薦地から除外されています。私たちは、この除外された地域こそ重点的に保護すべき価値の高い生態系だと考えています。
訓練場の一部では海兵隊のジャングル戦闘訓練が行われていますが、訓練場の大部分と返還地の中では、森林伐採等は過去70年以上行われていないため、大部分が良好な自然状態に保たれています。そのため、訓練場と返還地の生物多様性豊かな森林が除外されることは、世界自然遺産に必要とされる自然状態の「完全性」を満たしません。
自然遺産では、効果的な保護と利用を図るため、核心地域、緩衝地帯、移行地域を適正に配置することが重要とされています。しかし、本来核心地域であるべき範囲が、軍事基地であるために除外されており、まさに空洞化したゾーニングであると言わざるを得ません。
隣接する訓練場で日常的に軍事訓練が実施されることは「世界の遺産として損傷、破壊等の脅威から保護し、保存する」という世界遺産条約の目的から外れています。オスプレイ等の航空機は、訓練場外でも低空で飛行することから、推薦地内の野生生物は、騒音、低周波音、高熱排気ガスの影響を受ける可能性が高いと考えられます。
2.巨大ヘリパッド建設による自然破壊
沖縄島北部には、東、大宜味、国頭の三村があり、東村と国頭村に北部訓練場(約3,500ヘクタール)と返還地(約4,000ヘクタール)があります。返還の条件として、東村高江の集落(人口約160人)を取り囲むように、6か所の巨大な垂直離着陸機オスプレイ用ヘリパッド(直径75メートル)の建設が強行されました。すでにオスプレイによる軍事訓練も始まっています。
高江で生活する地域住民は、ヘリパッド建設によりやんばるの森の自然環境が破壊され、オスプレイの飛行訓練による騒音、低周波音、墜落の危険性によって、住民生活が脅かされることから、ヘリパッド建設に強く反対し、1999年と2006年にオスプレイ配備反対の住民決議をあげています。また、2007年からは、支援者の協力を得て座り込み抗議行動を毎日続けています。
しかし、日本政府は、2016年7月に東京都、大阪府など沖縄県外の機動隊を派遣し、非暴力の座り込み抗議行動を行う住民や市民、支援者を暴力的に排除し、建設工事を開始しました。ヘリパッドや連結道路、歩行訓練ルートの建設工事により、やんばるの森の自然破壊が強行されたのです。
破壊された地域は、世界自然遺産推薦地には含まれていませんが、やんばるの森の核心地域であり、最も良好な自然状態にあり生物多様性豊かな森林地帯のひとつです。重要な核心部分を除外して推薦された世界自然遺産とは「完全性」から外れています。
3.地域住民と環境NGOの主張
日本の沖縄県全域と鹿児島県の一部は、かつては「琉球国」という独立国でした。しかし、日本政府は、1879年に武力威圧によって琉球王府を征服し、沖縄県としました。1945年の沖縄戦では膨大な数の市民が戦闘に巻き込まれて死亡し、1972年の日本復帰まで米軍占領下にありました。その結果、現在でも、日本にある米軍専用基地の約70%が沖縄に集中しています。2001年以降3回にわたり、国連人種差別撤廃委員会が日本政府へ勧告を行い、沖縄の人々は先住民族であることを認めて米軍基地の集中による不利益の解消を求めています。
このような背景もあり、沖縄県民の大多数は米軍基地の建設と軍事訓練に反対しています。直接の利害関係者である地域住民と環NGOは、今回の日本政府による世界自然遺産推薦地の範囲とゾーニングについて、自然保護および住民生活に係わる大きな疑問を持ち、批判しています。推薦地に関する地域住民と環境NGOの主張は、以下のとおりです。
(1)アメリカ政府は、沖縄島北部の世界自然遺産推薦地の生物多様性および地域住民の生活に悪影響を与える米軍機オスプレイの飛行訓練を中止するべきです。
(2)日本政府は、6か所のオスプレイ用ヘリパッドおよび連結道路、歩行訓練ルートの建設によって破壊された森林および淡水生態系の自然環境を再生・復元するべきです。
(3)日本政府は、世界自然遺産推薦地の核心地域、緩衝地帯、移行地域の範囲を再検討、再設定し、登録範囲をやんばるの森全域へ拡大するべきです。
(4)アメリカ政府は、沖縄島北部の米国海兵隊北部訓練場を全面返還し、日本政府は、その範囲全体を世界自然遺産に含めるべきです。
4.IUCNへの要請
私たち地域住民と環境NGOは、沖縄島北部のやんばるの森において、世界自然遺産への推薦と登録が、科学的知見による適正な範囲とゾーニングにもとづいて、また、地域住民の意見を民主的に取り入れて実施されることを望んでいます。しかし、推薦と登録が、隣接する米軍基地と軍事演習の存続を前提に進められることは、決して望みません。将来にわたって、危険なオスプレイ等を用いる米国海兵隊の軍事訓練が続けられることは、地域住民の生活にとって耐えがたいことであり、やんばるの森の生物多様性にとっても悪影響が続きます。
以上のことから、私たちは、IUCNが、世界自然遺産推薦地に関する現地調査において、沖縄島北部の地域住民と環境NGO、自然科学者等からヒアリングを行い、それらの意見を分析・評価してIUCNの勧告に反映することを要請します。
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