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土地収奪 ~フィリピン・バイオエタノール事業~
工場の操業再開後も山積する問題~土地問題の長期化と公害問題の再発~
2013年1月
2012年8月から操業を停止していたフィリピンで最大規模のイサベラ州・バイオエタノール製造工場が、11月下旬に操業を再開しました。
バイオエタノール事業はこれまで、原料であるサトウキビの農地11,000ha(東京ドーム2,353個分)の確保をめぐり、農地収奪や労働搾取等の問題が指摘されてきました。また、工場操業にあたっての悪臭や排水による公害問題等への苦情も地元住民からあげられてきました。
こうした地元での問題に対し、事業に出資する伊藤忠商事は工場が操業を再開する前――
現地のパートナー企業が「土地契約に際し、サトウキビ栽培地に係る土地所有権等の問題が確認できた場合には契約を締結しない、もしくは契約締結済みであってもこれを終了するなどの対応を取ることを基本方針としている」旨を明確に示し、また「操業停止期間中に、今後の操業に際して同じ(公害)問題が発生しないよう、既に対応策を講じた」と説明していました。
>日本のNGOが提出した公開質問状への同年11月16日付け回答状
しかし地元では、以下の報告のように、サトウキビ栽培地の確保を巡る土地収奪等の問題が長期化。また、公害も再発するなど、問題は山積したままです。
[土地所有権等の問題が確認されたにも関わらず、植えられたサトウキビが撤去されぬまま残る農地] | |
水田の奥に撤去されぬまま広がるサトウキビ畑 (デルフィン・アルバノ町ビラ・ペレダ村) |
サトウキビの撤去が終わらないためトウモロコシを 植えられない農民(サン・マリアノ町ビナトゥッグ村) |
上記回答状で示されているとおり、土地所有権等の問題が確認された個別ケースについては、早急に契約を終了する、また、サトウキビを植えてしまった場合には撤去し、適切な補償を支払うなどの毅然とした対応がとられるべきです。
事態が悪化する前に早期の問題解決ができるよう、また、同様の問題が今後起きないよう、被害住民への直接の現状確認と対話にもとづく問題の検証を行ない、適切な対策をとっていくことが日本企業に求められています。
以下、土地・公害問題の3つの現地レポートです。
●バイオエタノール事業を契機に起きた土地問題の長期化
- サン・マリアノ町パンニナン村のケース(伊藤忠商事からの回答状1-①のケース)
ここにあったバナナは父親が植えたものだったんだ、1973年だよ。 |
そう静かに語ったのは先住民族カリンガ出身の青年。彼の案内してくれた農地には、切り倒されたままの無惨なバナナの姿が一面に広がっていました。
12月初め、その地で約40年間、彼ら家族の生活を支えてきたバナナのほとんどが、この農地の所有権を主張する第三者によって切り倒されてしまいました。
青年によれば、第三者が青年らに農地の所有権を主張し始めたのは2010年。バイオエタノール事業のためのサトウキビ栽培が同町で始まった頃でした。「農地は自分のもので、土地の権利書もある」と書面を見せ、「ECOFUEL社に貸し出して、サトウキビを植えるから」と、青年に合意書への署名を迫ったといいます。青年はその署名を拒否しました。
しかしその後、2012年12月に入り、沈黙を続けていた第三者が、話合いも何もないまま、農地のバナナを裁断し始めました。青年の「なぜ何故こんなことをするのか」という問いを、第三者は「裁断したよ、自分のものだしね。おまえに書類(土地権利書)はあるのか?」と跳ね除けたといいます。
青年は、「紙はないけど、父親が私たちにとっておいてくれたのがこの農地なんだ」と反論したものの、総勢11人の第三者らを前に、怖さから近寄ることもできず、それ以上、何もできませんでした。
それでも青年はこう決意しています。「自分が汗水流したところだし、当然ここを奪われたくない。彼らのものだって言い張ってくるけど、両親が最初にいて、より大きい権利が自分にはあると思っている。だから、自分は闘い続けるんだ。」
- ●サン・マリアノ町パンニナン村のケース(伊藤忠商事からの回答状中1-②のケース)
ここに私たちの家があったんだ。その辺りから(家が)始まって、このココヤシの木がある辺りが台所だった。
本当にここに長く住んできたのは、彼らじゃなく、私たちなんだ。家の壁も彼らが取っていったのに、彼らは私たちに「盗まれた」と主張しているんだよ。立場を逆に言っているのさ。
元の家の間取り図を詳細に説明してくれたこの先住民族カリンガ出身の青年は、現在、彼と同様に長年この一帯の土地で暮らしてきた兄弟・親戚とともに「窃盗容疑」がかけられています。
農地の所有権を主張する第三者が、「彼ら(青年ら)が自分の家を壊して、資材を持って行った」と警察に訴えたからです。その後、任意取調べや宣誓供述書による反論の機会もないまま、2012年11月下旬、青年の兄弟2人が強制逮捕される事態となりました(2人は教会関係者や現地NGOの協力による保釈金で翌週に釈放されたが、2013年1月8日から裁判所での調停が始まったばかりで予断を許さない状況)。
第三者が初めて農地に姿を現したのは、2010年5月でした。青年らには見せなかったが、「土地の権利書がある」とのことで、その翌月にはトウモロコシを植え始め、「来年にはサトウキビ栽培のためのリース契約を結ぶ」とのことでした。
10人以上でやって来た第三者に対し、青年らはなす術もなく、立ち退くしかありませんでした。植えてあったバナナや野菜も第三者らによって引き抜かれてしまったといいます。
しかし青年らも、指をくわえたまま見ているわけにはいきませんでした。その農地だけを生活の糧としてきた彼らは、他の農地で日雇いの農業労働をするしかなくなっていましたが、それでは家族を養っていくのが厳しかったからです。1年後の2011年5月、青年らは自分たちの手で再びトウモロコシを植え始めました。
それでも青年らの苦悩は続いています。「相手(第三者)は何も言ってこなかったけど、突然兄弟が逮捕され、勾留されてしまったんだよ。それが今も自分たちに付きまとっている問題さ。でも、家族のための収入源がほかにはないし、闘わないとと思っている。だから、ここで農業を続けているんだよ、こんなふうにね。ほかに生活の糧はないんだ。これだけ…この土地が自分の父親が自分たちに残してくれたものだから」
●工場の再開に伴う公害の再発
マラボ村灌漑用溜池 | マラボ村灌漑用溜池で焼けてしまった漁業用網 |
工場から熱水が溜池に流れてきて、1つ1,000ペソ(約2,000円)する網が幾つも焼け焦げたんだ。 |
バイオエタノール工場の立地するサン・マリアノ町マラボ村で暮らす60代の老夫婦に、思いもよらなかった惨事が降りかかってきたのは、11月下旬に工場の操業が開始されて間もなくでした。
その溜池は下流にある水田の灌漑用に作られたものでしたが、長い間に魚も棲みつき、近隣の村人の魚場となっていました。1985年からそこで漁業を続けてきた老夫婦によれば、台風時に水位が高くなり洪水になってしまう河川に比べ、この溜池は洪水にもならず、比較的安定して魚が獲れる場所だったといいます。
安定した生活の糧を失い、すでに1ヶ月近く過ぎたが、彼らへの補償や支援はまったくなされていません。老夫婦によれば、事業者がこの事故について知っているのかさえ定かでないといいます。
「事業者に苦情を言えたらいいけど…。私たちは工場の敷地内に入ることも許されていないから。村長も知ってるけど、事業者には言ってないみたいだ」老夫婦はそう言って口ごもりました。
灌漑用溜池と漁民の船 |
今はもう誰も魚を獲りにくることのない溜池の前で、老夫婦のため息が静かに響きました。
「私にとって、この溜池は水田で、この船はカラバオ(水牛)みたいなものさ。でも、その生活の糧はなくなってしまった。
(事業は)雇用をもらえる人たちにとっては、いいもんだろう。でも私たちは年もとって仕事はもらえないしね。生活の糧を得られるところはもうないよ」