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土地収奪 ~フィリピン・バイオエタノール事業~
【現地報告】農業労働者の人権は尊重されているか?
2012年2月9日
事故に係る対応・説明は十分か?
「息子は家計が大変なのを見て、『高校を辞めて手伝うよ』と、2010年12月からサトウキビ栽培地での農業労働の仕事を始めました。でも、2011年7月、仕事先の農地に向かうトラックの横転事故で重傷を負い、今も右肩を動かせずに療養中です。」
大怪我を負った16歳(事故当時)の少年の母親は、半年近く経ってもまだ完治しない若い息子の右肩を案じながら、そう言いました。
少年(当時16歳)の負傷箇所 撮影:FoE Japan/2011年12月撮影 |
2011年7月1日の早朝、イサベラ州サン・マリアノ町ビナトゥグ村で、50人近くの農業労働者を乗せたトラックが、サトウキビ農地に向かう途中に横転しました。右側に倒れたため、特にトラックの右側に乗っていた労働者らが下敷きになり重傷。うち1名が死亡する惨事でした。これに対し、事業者は医療費等の全額支払いや手当ての支給といった対応をとっています。
この事故で右腕上部を負傷し、「まだ右腕を上げられず、通院中。家事さえもままならない。」という33歳の妊婦は、事業者の対応について、こう説明します。
「確かに、これまでの医療費はすべてECOFUEL社が払っています。その他、再び働けるようになるまで、一日150ペソ(約270円)の手当てを支給するという話がありました。しかし、これまで3回に分けて支給された額は、計9,860ペソ(約17,748円)。2011年10月10日に3回目の支給を受ける際、『これで終わり。』とだけ言われ、それ以降は一切もらえなくなりました。自分たちは、福利厚生等の保険には加入させてもらっていなかったし、こうした事故の際に、どのような手当てを受ける権利があるのかもわかりません。でも、これまでの支給だけでは不十分です。」
大きくなったお腹に4人目の子供を抱える彼女の家族は、農地を持っておらず、夫と彼女の農業労働のみが生活の糧であると言い、彼女が働けない分の手当ての支給は家族の死活問題です。事故で重傷を負ったその他の農業労働者も、同様の問題を抱えており、再び働けるまでの手当てを求めていますが、事業者からは回答も説明もありません。事業者がどのような基準に基づき、そうした対応で終わっているのかについても、依然として不透明なままです。
保障されない法定最低賃金
サトウキビ農地での農業労働を「『闘争』のようなもの(現地のイロカノ語で『kasla laban』)」と表現する少年の母親は、「事故のあった7月1日、まだ辺りの暗いうちにトラックで出発したのは、みんな、早く農地に行って、より広い場所での仕事を終えたかったからです。そうすれば、賃金をより多くもらえるでしょう?」と状況を説明します。
農業労働者が労働を記録したノート 撮影:FoE Japan/2011年12月19日 |
農業労働者の法定最低賃金は、イサベラ州のあるフィリピン第2地方では、225~233ペソ(約405~419円)と定められています。しかし現在、バイオエタノール事業者のサトウキビ農地では、作付け、収穫、草取り等々の作業毎に1ヘクタール当たり●●ペソ(例えば、重度の草取りは1ha当たり2,800ペソ等)と設定されているため、農業労働者1人当たりの賃金は、その日に一緒に働いた労働者の数や、終えられた仕事の量によることになります。
「いつも仕事毎にちゃんとノートに記録を付けているんです。」
そう言って、一冊のノートを見せてくれたのは、イサベラ州サン・マリアノ町出身でサトウキビ農地の農業労働をしている女性です。
農業労働の仕事は、毎週、ECOFUEL社が「コントラクター」と呼ばれる人材派遣請負業者に発注し、コントラクターが農業労働者の招集・管理をする仕組みになっていますが、コントラクターは農業労働者らを幾つかのグループに分けて管理しており、彼女はその一つのグループのリーダーをしています。
ノートには、日付毎に誰がどこで働いたかが丁寧に記録してありますが、一人一日150ペソ、211ペソ、190ペソなど、法定最低賃金に満たない例は枚挙に暇がない状況でした。
数ヶ月間、サトウキビ農地で農業労働に従事し、別の農業労働者グループのリーダーをしていたというイサベラ州都イラガン町出身の30代の男性は、
「周囲の噂で、1日に20ペソしかもらえなかったという話を聞いていたので、本当かと思って働いてみました。そしたら、そういうことは本当にあり得る状況でした。自分も1日8時間以上働いたのに、139ペソ(約250円)しかもらえなかったときもあります。また、1週間かけて働いたのに、(ECOFUEL社に提出する)記録には3日分と記載されていることもありました。その時は一人計436ペソの賃金だったので、記録上も一人一日145ペソしかもらえなかったことになりますが、本当は1週間働いたので、正確には一人一日62ペソになりますよね。」
――苦笑いしながら、そう実情を語ってくれました。
賃金未支払いの問題――杜撰な監理と対応の遅れ――
法定最低賃金に満たない例がある以上に、農業労働者にとっての深刻な問題は、賃金の未支払いのケースがあることです。
「2011年3月頃から、自分の村でもサトウキビ栽培が始まり、その頃から農業労働をしていましたが、8月下旬に働いた時の賃金が支払われなかったので、今はもうサトウキビ農地での農業労働は止めました。自分たちが働いている現場に、ECOFUEL社からも技術者が来ていて(自分たちが働いたことを)知っているはずなのに、まだ賃金は支払われていません。」(30代男性)
「2011年9月上旬に働いた時の賃金が支払われておらず、コントラクターに何度か苦情を言いに行きました。コントラクターからは、『ECOFUEL社から、9月上旬はサン・マリアノ町での作業を一時ストップしていたと言われたので、賃金はないかもしれない。』と言われました。自分たちは汗水流して働いたのに、賃金が支払われないのは理不尽です。」(40代女性)
「2011年9月上旬、ECOFUEL社からコントラクターへの仕事の発注は確かにあったのに、賃金はいまだに支払われていません。コントラクターにも何度もフォローしましたが、曖昧な返事しかなかったので、9月末と11月に、ECOFUEL社の事務所にも2度、苦情を言いに行きました。自分の労働を記録したノートをECOFUEL社の担当者に見せると、『調べてみる』と言われましたが、賃金はまだ支払われていません。」(60代女性)
コントラクターが労働を記録したノート 撮影:FoE Japan/2011年12月19日 |
イサベラ州サン・マリアノ町では、こうした苦情が農業労働者からのみではなく、コントラクターからも聞かれます。
「2011年5月24~30日にかけて、農地の脇に排水路を掘る作業を農業労働者にしてもらいました。1日目の賃金はECOFUEL社から支払われましたが、それ以降25~30日にかけての賃金は支払われていません。
コントラクターからECOFUEL社に対して提出することになっている『業務完了報告書』をECOFUEL社の担当者に渡しましたが、ECOFUEL社からは、『(正式な)労働時間記録票が無い』と言われました。(フィリピンでは)6月の学校の始業シーズンに向け、農業労働者も資金が必要だということはわかっていたので、当面の措置として、6月初めに自分の水牛を1頭売りました。
そして、そのお金12,552ペソ(約22,594円)で、農業労働者10名に賃金の支払いをしました。ECOFUEL社に何度説明しても、ちゃんと説明を聞いてくれず、結局、その賃金分は自分に支払われずじまいです。」
自分が農業労働者に発注・完了した仕事の内容、作業をした農業労働者の氏名、また、農業労働者への支払いの有無等を記録してあるノートを見せながら、彼の請け負った農業労働のなかで、他にも賃金未支払いのケースが少なくとも4つ残っていると、そのコントラクターはECOFUEL社側の問題を指摘しました。
事業者に求められる施策の大幅な見直しと迅速な対応
日本企業で同バイオエタノール製造・発電事業に出資している伊藤忠商事は、自らの「サプライチェーンCSR行動指針」のなかで、「サプライチェーンにおいて人権・労働、環境等の問題が起こらないように予防し、問題が見つかった場合にはサプライヤーとの対話を通じて改善を目指」すことを明記し、労働者の人権に配慮する項目を列挙しています。
しかし、現地に足を運ぶと、そうした方針に沿っているとは言い難い農業労働の実態が見られます。事業者は、彼らの掲げる方針に沿う形で、農業労働者の人権を確実に尊重し、擁護していけるよう、農業労働者に係る施策の大幅な見直しと迅速な対応が求められています。
(本調査は、平成22年度の地球環境基金助成金を受けて実施されています。)