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土地収奪 ~フィリピン・バイオエタノール事業~
【現地報告】未解決かつ拡大しつつある農地収奪・作物転換の現状
2012年2月7日
サン・マリアノ町パンニナン村の未解決のケース
「自分はこの土地で生まれた。だから、ここで死ぬんだ」
こう言い切ったのは、先住民族カリンガの青年。家族が育ち、耕作してきた土地を譲らない決意は固い。
昨年10月、「バイオエタノール事業者・ECOFUEL社のトラクターがトウモロコシ畑を整地しに来る」という情報を入手するや、青年は自分と同じようにトウモロコシ畑をサトウキビ畑に転換したくない近隣農民約20人に呼びかけ、耕作地の周囲に抗議の立て看板を並べました。トラクターの侵入を許さないためです。
パンニナン村の青年のトウモロコシ畑 撮影:FoE Japan/2011年6月撮影 |
パンニナン村の耕作地は、1930年代から彼らの先祖が切り開いてきたものですが、土地登記手続等はしていませんでした。そこに目を付けたグループが土地権を偽造し、彼らの土地に対する権利を脅かし始めたのは、2004年のことでした。
役所の測量地図によれば、青年の耕作地は、ロット番号238-Aと238-Bにあたる約2.8haですが、そこに世帯主である青年の名前は記載されていません。土地権を偽造したグループと手を組んだサン・マリアノ町の中心街の個人A(仮名)が、その親戚の名義にしてしまったのです。
「バイオエタノール事業のサトウキビ栽培が始まると、AとECOFUEL社が、その次にECOFUEL社のスタッフが、土地の権利放棄証書に署名するように言ってきた。2009年頃です。私は署名しなかったが、名義はAの親戚になっているから、その人がECOFUEL社との土地リース契約に署名して、サトウキビ栽培に同意したのではないか。」
青年はこう語り、Aの一族が、自分たち本来の耕作者の意思とは裏腹に、勝手に事業者と土地リース契約を結んでしまった可能性を示唆しました。
トラクターによる整地は、青年らの先手が功を奏し、結局、行なわれませんでした。しかし、彼らの耕作地にもう事業者が来ないという保障はどこにもなく、いつまた突然、トラクターが現れるか予断を許さない状況が続いています。
サン・マリアノ町デル・ピラー村の未解決のケース
本来の耕作者の合意のないまま土地リース契約が結ばれる例は、パンニナン村にとどまりません。同じサン・マリアノ町のデル・ピラー村、ガガラン村、リベルタッド村などでは、こうしたケースで、すでにサトウキビが植えられてしまっています。
「サトウキビは食べられないし、植えてほしくなかった。農地をまた自分たちで耕し、以前のように米やトウモロコシ、野菜を植えたい。」
こう語ったデル・ピラー村のある女性の家族は、祖父母が耕し始めたという農地2.5ha強で、陸稲やトウモロコシ、ピーナッツ、野菜などを植えていました。しかし、彼女たちの知らぬ間に、事業者との土地リース契約が結ばれ、2011年7月頃から少しずつサトウキビが植えられてしまったといいます。女性は6人の子供を育てるため、他人の農地で夫と農業労働をして食いつなぐしかない状況です。
女性の兄は、勝手に土地リース契約が結ばれることは免れたものの、妹の農地をECOFUEL社のトラクターが整地する際、隣接する自分の耕作地も整地されてしまいました。
兄妹の合意無しにサトウキビが植えられた 撮影:FoE Japan/2011年12月 |
その後、彼がECOFUEL社の技術担当者に抗議し、「(整地はしてしまったものの)サトウキビを植えなければよい」という回答を得たにもかかわらず、結局、彼の農地にはサトウキビが植えられてしまったといいます。
「私は今も土地のリース契約に署名していない。今回、植えてしまった分については、きちんと補償をしてもらい、サトウキビの収穫が終わったら、またトウモロコシを植えたい。」
彼はECOFUEL社を訪れて抗議をしましたが、これまで何も対応はとられていません。
ほかの町にも拡大している農地収奪・作物転換
現在、事業者がバイオエタノール製造工場や発電所を建設しているサン・マリアノ町以外にも、サトウキビ農地は広がりつつあります。それに伴い、本来の耕作者の意見が聞かれぬまま、サトウキビが植えられてしまうケースも増えています。ECOFUEL社が昨年、新たに事務所を開設したイサベラ州のデルフィン・アルバノ町も例外ではありません。
「サトウキビを植えるのを止めるように言ったが、強制的に入られた。こんな状況では、家族もいるのにやっていけない。サトウキビを植えた農地を返してもらい、米を植えたい。」
サトウキビに転換された農地(奥)と水田(前) 水田がトウモロコシ畑にされ、現在はサトウ キビを植えられた(奥)。手前は整地されたが 水捌けが悪いため何も植えられていない。 撮影:FoE Japan/2011年12月 |
ビラ・ペレダ村で暮らし、3人の子どもを養っていかなくてはいけない父親にとって、両親の時代から耕作してきた農地は貴重な水田でした。しかし、3、4年前に生活は一変しました。トウモロコシ生産事業を開始した中国企業に、隣町の村長が勝手に土地の利用を許可してしまったからです。
土地はまず、水田からトウモロコシ畑に変えられました。そして、2011年にバイオエタノール事業のサトウキビ栽培が開始されると、そのまま、サトウキビが植えられたといいます。
2011年7月頃、父親をはじめ同様の境遇にある農民が、自治体の農地改革担当部に呼び出されました。その場に居合わせたのは、彼らの農地を勝手にバイオエタノール事業者とのリース契約に入れてしまった隣町の村長と、自治体の役人でした。
「“1人5,000ペソ(約9,000円)をやる”と言って署名を求めらた。けれど農民は全員、農地を返してほしいと訴え、現金の受け取りを拒んだのだ。
ECOFUEL社にも『自分たちの土地だ』と主張したが、有力者の意見を受け入れるだけで、私たちの声は聞き入れない。政府の役人も助けてくれない。」
そう嘆く父親の言葉は、ビラ・ペレダ村の平野に広がる水田が、土地権利書を持っていない農民の意思に関係なく、今後もサトウキビに転換されていく可能性を示唆しています。
事業者に求められる早急かつ真摯な対応
同事業では、バイオエタノールの原料であるサトウキビの栽培をめぐる農地の収奪(米・トウモロコシからサトウキビへの作物転換の強要等)について、以前から問題が指摘されてきました。
これに対し、現地で事業を進めるGFII社とECOFUEL社は、「土地の所有権の法的状況が曖昧であったり、所有権に問題のある土地では、契約しない」
との見解を示し、契約後に問題が発覚したケースに関しては、契約を破棄する方向性を示してきました(2011年6月の国際NGO現地調査団との会合における回答)。
しかし、日本企業のパートナーであるこの現地企業は、地元住民から直接訴えを受け、こうした問題を把握しているにもかかわらず、上述のケースのように、真摯な対応を取っているとは言えず、問題は解決されないまま現在に至っています。
バイオエタノール工場の建設工事はこの2月にほぼ終わり、5月には商業運転の開始が見込まれていますが、このままサトウキビ農地が11,000haにまで拡大すれば、地元の様々な課題は解決されるどころか、逆に拡大していく一方です。そのなかで、最も影響を受けるのは、数十年にわたり耕作をしてきたにもかかわらず、法的な土地所有を証明できないがために、土地を追われる先住民族や農民です。
日本企業は、現地企業任せの対応ではなく、こうした法的な擁護を受けにくい農民や先住民族の権利を認知・尊重し、自らのCSR方針、また、国連グローバル・コンパクト10原則等にある人権尊重の精神に則ったより積極的な対応を取っていくべきです。
(本調査は、平成22年度の地球環境基金助成金を受けて実施されています。)