政策提言 個別事業モニタリング 気候変動と開発 資料館 参加しよう
フィリピン・ボホール灌漑事業
15年越しの水路改善――ダムからの灌漑用水は農地に届くか
2012年 7月
●これまでの経緯
1996年に竣工したフィリピン・ボホール島のマリナオダム。日本から46億円の円借款が供与され、4,960ha の農地を灌漑するはずでしたが、この15年間、農民から次のような懸念の声が絶えず上がっていました。
「そもそも水路が自分の農地まで引かれておらず、灌漑用水が一度も届いていない」
「水路はあっても、自分の農地まで灌漑用水が届かない」
「(畑地を水田に転換するため土地を均す)整地作業をした後、農地が不毛化して何も作れなくなった」
「整地作業に伴う費用は、フィリピン灌漑庁(NIA)へ返済しなくてはならなかったが借金として残ったまま」
しかし、事業者であるNIAや、事業に資金供与をした日本の国際協力機構(JICA)が、これらの問題に本格的に取り組み始めたのは、2010年。まず、JICAが5ヶ月にわたる現地調査を行ない、その後に開かれた現地ステークホルダー会合で、
・水路のコンクリート化
・灌漑用水の届いていない農地において、整地作業に伴う費用の借金返済を免除するための手続き
など、NIAが問題の解決に向けた具体的な対策案を提示してからでした。
そして、2010年10月から実施された「灌漑用水が農地に届いているか」についての精査では、水が届いていない農地すべてについて、「コンクリート水路の敷設」が問題解決の手段として提案されました。
しかし、この選択肢のない単一の対応策については、
「2010年にコンクリート水路の敷設に合意したものの、2011年も水路はできず、実施時期の目処も伝えられていない。整地作業の借金返済免除の手続きをしてほしい。」
「コンクリート水路の敷設に合意(署名)した覚えはない。」
「自分の農地は主水路から遠く、末端に位置するため、水路をコンクリート化しても状況は改善せず、結局、灌漑用水は届かないと思う。だから、整地作業の借金返済免除の手続きを望んでいる。」
「自分の農地は吸水性の高い土質なので、水路をコンクリート化して灌漑用水が農地に届いても、稲作ができるほどの十分な水が継続的に届くのか疑問。だから、整地作業の借金返済免除の手続きをしたい。」
などの声が農民から聞かれ、必ずしも個々の農民の意思が反映されているわけではないことが懸念されていました。
●今年に入ってからの動き――15年越しの水路改善
2012年2月から、ようやく、一度も水路が引かれることのなかった農地の一部で水路が作られ始めたり、一部の末端水路までコンクリート化が進められるなど、NIAによるコンクリート水路の敷設作業や水路の補修作業が始まりました。
→ | ||
左)ダム竣工後、15年間利用されてきた側水路 右)これまで利用されてきた側水路の嵩上げ |
→ | ||
左)ダム竣工後、15年間利用された側水路。草でよく見えないが、かなり細い水路であったことがわかる 右)以前の側水路に代わり高度も上げられた新しい側水路・コンクリート化された末端水路 |
これまで、NIAによる「口約束」の状態が長年続いてきましたが、NIAの対応が具体的な「対策」として正に農民の目に見える形になってきたことで、農民からは、
「水路改善に対するNIAの予算が追加されると聞いているので、自分たちの農地までセメントの水路が来るのをまずは待ってみたい。」
コンクリート化された末端水路(手前) 灌漑用水が農地(奥)に届くか注視が必要 |
など、期待感を示す声も、以前より多く聞かれるようになっています。 しかし、
「ようやく、コンクリートの水路が自分たちのところまで来た。これから始まる農耕期に、ダムからの灌漑用水が届くかを見極めたい。もし水が来なかったら、今度こそ整地作業の借金返済を免除してほしい。」
という農民の声ももちろん聞かれます。
また、
・ コンクリート水路が引かれるはずの場所で、末端の約100メートル分のセメントが不足し、コンクリート化がきちんとなされていない
・今年2月~4月にかけて作られたばかりのコンクリート水路に、すでに亀裂が生じている
など、現場における工事の質等の問題も指摘されています。
しかし、100メートル先はセメントが足りなかったため、土の水路(奥)しか作られていない。 |
●今後も必要な検証――「十分な灌漑用水が農地に届くのか」
現在、NIAが予算を確保し、水路の改善対策が進んできていることは、歓迎すべき動きです。
新しい水路が届かないと嘆く農民 「自分の農地まで400mくらいある あと何年かかるのか」 |
しかし、農民が待たされてきた「問題解決」が、これ以上延びることのないよう、NIAやJICA は、「吸水性の高い土質」等、個々の農民が抱える懸念点も考慮しながら、「十分な灌漑用水が農地に届くのか」を見極めていく必要があります。
また、
・NIAによる水路のコンクリート化等の計画・対応にかかわらず、整地作業の借金返済免除の手続きをすぐに開始したい農民もいること
・依然として、水路の届いていない農地やコンクリート化の進んでいない末端水路もあること
など、各々の農民の考えや、置かれている状況が異なることも、NIAやJICAはしっかり受け止め、それぞれの「問題解決」の形を具現化していけるよう、問題を抱える農民や現地NGOとのより密な対話と調整が期待されています。