市街地のLNG事業計画を止めた市民の力!

脱化石燃料2024.7.5

2024年3月、静岡県静岡市清水区(旧清水市)に、清水港で計画されていた液化天然ガス(LNG)火力事業を止めた市民のお話を伺いに行きました。気候危機が深刻になる中、社会全体の脱炭素化が急がれ、LNGを含む全ての化石燃料からの脱却が必要だと認識されています。昨年の国連の気候変動に関する会議(COP28)でも、「化石燃料からの脱却」が合意されました。ここ数年、石炭火力発電によるCO2排出量が問題視され、国内外で「脱石炭火力」が進んでいますが、LNGの問題についてはそこまで知られていません。ですが、世界が脱化石燃料に合意する前から、日本ではLNGをめぐる力強い市民運動が展開されていたのです。

JR清水駅から見える、富士山と長年使用されていないオイルタンク

当時の反対運動の活動の様子を、運動に参加していた清水区在住の皆さんにお伺いしました。清水区は元々、工業都市であり市民運動が熱心な地域であったそうです。その大きなきっかけとなったのが、工場からの煙などにより喘息に苦しんでいた地域の子ども達を救おうと、いつも動いていた地元の小児科、乾先生の呼びかけだそうです。彼の熱意、そして自分が生まれ育った場所で安全安心に暮らしたい、という思いから皆さんは反対運動に参加されていたご様子でした。

清水天然ガス発電所(仮称)事業に対する反対運動について話してくださった皆さん

地道に。大切なのは人数じゃなくて、いかに真剣に取り組むか

反対運動では、約3年もの間、署名集めや市議会や県議会への陳情、請願を始め、デモ、ビラ配り、ポスティングなど様々な活動をされていたそうです。まず皆さんが始めたのは、「市民の学習会」ということで、寺子屋のような場所を毎週水曜日に開催し、清水港LNGに関する様々な知識を深められていたそうです。毎回講師を担当する住民を変え、それぞれが学んだものを伝えていくという形式で進められていました。この寺子屋では「子どもを守るmamaの会」というグループも形成されるなど、地域に住んでいる多様なグループが、それぞれの住民の立場から参加していたとおっしゃっていました。面白かったのが、「ウメノキゴケ」のお話です。ウメノキゴケは自然の環境指標とも呼ばれているらしく、木にこのコケが多く生えている地域は大気が綺麗な場所であり、あまり生えていない地域は大気汚染が起きている場所だとされています。このように、日常の風景からも環境汚染がどのくらい深刻なのかを測ることができる知恵を、寺子屋などで皆さんで共有していたそうです。

他にも、JR清水駅からほど近いマンションにおいては、予定されていた火力発電の煙突と、住居の窓の高さが同じということで、出てきた煙が直接窓から部屋に入ってくるのではないかと心配する住民の声もあったそうです。そこで、マンションの住民も一体となり、一つのグループとして反対運動に参加していたそうです。実際に反対運動の中心メンバーを自宅に招き、どれほど発電所がマンションから近く危険性が高いのかを、窓から見せる住民もいたそうです。環境評価が甘いのではないか、というのが近隣住民、清水区民の考えでした。また、実際に現在稼働している三重県の川越LNG施設にバスを出し見学に行かれたそうです。清水での計画とは違い、住宅地から十分度離れた場所に発電所があり、そして塀が高く緊急時の対策もしっかりと取られていたそうです。「電気は必要」であることを前提とはしていますが、やはり街の中心部にLNG火力発電所を造ることには異議を唱える必要があると改めて実感されたそうです。

JR清水駅目の前のマンション

皆さんが反対運動をされていた理由の1つに、災害時のリスクが挙げられます。静岡県は、南海トラフ地震など、巨大な地震がいつ起きてもおかしくないと言われています。さらに清水区に関して言えば、港があり、海に面していることから津波の心配もあります。このようにリスクが高く、大規模な二次被害が避けられない場所であることから、なおさらLNG火力発電所の建設が強く反対されていました。LNG火力はクリーンなエネルギーであるとの説明が企業の方からされていたそうですが、企業側の人間は実際に清水区に住んでいる住人ではありませんでした。誰かの生活や命を脅かす方法で生産される電力が、果たしてクリーンな電力であると言えるのか、という意見を持たれていました。

清水港

皆さんのお話から、いかに市民側が行政への働きかけに力を入れていたのかも実感しました。実際、清水区が属している静岡市の当時の市長、そして静岡県知事が市民の訴えの味方をしたことが、計画中止の大きな力になったことは間違いありません。住民の皆さんは議員アンケート調査や住民の意向調査を実施し、発電所の建設反対64%、賛成5%という住民の声を直接庁舎に赴き提出されました。これも、市民側が学習会を重ねることで、行政側と対等に話し合える環境を作り出すことに成功し、功を奏したのだと思いました。今回お話を伺いに行った際にも、静岡県議会議員の松井さんが顔を出してくださり、政治家と市民との距離の近さを感じました。自分たちよりも若い世代の議員を地元から出し、政治の場に声を届けてもらっているとおっしゃていました。

他の方法では、ENEOSの株を購入し、株主総会の場での質疑応答に何人かで参加されたそうです。皆さんがばらばらに座ることで、指名されて質問権を得られるように工夫をしたと楽しそうに語られていました。

また、清水まちづくり市民の会さんによる本「まもろう愛しのまちを LNG火力発電所計画撤回の歩み」や、火力反対の歌「まもれ愛しい清水」も皆さんで作成されたそうです。お話を聞いた当日、本も記念にプレゼントしていただきました。歌はYoutubeにも載っているそうです。本としてしっかりと形に残すことで、今後の市民運動の参考書となり、他の市民運動に勤しむ人々に勇気を与えるでしょう。行政、事業所、住民の動向、そして反対運動を進めていく手法が写真や図、文章により事細かに描写してあるので、非常に理解しやすい本でした。なお本の刊行に際しては、松田義弘東海大学名誉教授のお力添えにより実現したそうです。そして、教授が執筆された静岡新聞の時評欄での、LNG火力発電所建設についての記事が世論に大きな影響を与えたとおっしゃられていました。反対運動の終盤には、大手町にあるENEOS(元JXTGエネルギー)の本社を、清水区からバスを出して皆さんで訪れたそうです。社長に直接住民の声を届ける方法と、本社前の公道でビラ配り、呼びかけなどを行う方法を採用し、相当な効果があったそうです。

最後に、計画中止が発表された翌日、当初予定されていた反対デモは変更せずに実施されました。中には計画が中止されたことを知らずにデモに参加した方もいたようですが、「ありがとうデモ」と称して200から300人の人々が喜びを分かち合いながら街を歩いたそうです。

今回のお話では、同級生、幼馴染などの清水区内での元々の繋がり、そして区外、県外から清水に移り住んできた人々の、「今」、そして将来の清水のために動いた住民の様子を伺うことができました。世代、属性を超えた人々の、「地域住民」という繋がりのなかで発展していった運動の様子を語る皆さんの目は、とても輝いていました。反対運動では、皆さん楽しく活動をされていたそうです。その「楽しさ」こそが、今回の清水LNG火力発電所計画の中止成功への秘訣だとおっしゃっていました。

(佐藤万優子)

【清水天然ガス発電所(仮称)事業概要】
想定区域の位置:静岡県静岡市清水区
原動力の種類:ガスタービン及び汽力(コンバインドサイクル発電方式)
出力:約170万kW
燃料:天然ガス
事業者:東燃ゼネラル石油株式会社→ENEOS(東燃ゼネラルは2017年4月にJXエネルギーと合併し、JXTGエネルギー株式会社、2020年にENEOS株式会社に商号変更)
経緯:2015年にアセスメントの手続きが開始。元々は現ENEOSが清水港に持つ遊休地で2018年に着工し、22年に運転を始める予定であった。2017年、市民の反対の声を受け、アセスメントの次の段階であった準備書提出を延期、2018年に白紙撤回。

参考:
ー日経新聞「JXTG、静岡市のLNG火力計画の環境アセス延期」2017年9月15日 
ー経済産業省、環境アセスメント情報「清水天然ガス発電所(仮称)建設計画 清水天然ガス発電合同会社
ー清水まちづくり市民の会「まもろう愛しのまちを LNG火力発電所計画撤回の歩み」2020年(静岡新聞社)

 

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