「私たちは毎日危険と隣り合わせに生きている」ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(1)
アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。
生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。
2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。
「私たちは毎日危険と隣り合わせに生きている」
10月末日、私たちはテキサス州ヒューストンに降り立ちました。その日はこの地域にしてはかなり珍しく冷え込んだそうですが、普段はとても温暖な地域とのこと。Texas Campaign For Environmentという現地の団体の協力を得て、ヒューストンから車で最初の目的地であるフリーポートLNG(液化天然ガス)ターミナルへと向かいました。
写真:フリーポートに向かう道すがら。左右にたくさんの化学工場が立地している。
アメリカ南部テキサス州の沿岸に位置するブラゾリア郡に建設されたフリーポートLNG施設には、日本のJERA(東京電力と中部電力の合弁会社)や大阪ガスが関与しています。2022年6月8日には、爆発事故を起こし稼働停止を強いられました。それにもかかわらず、施設の拡張計画が進んでいます。
現地で迎えてくれたのはBetter Brazoriaという団体のメンバーのメラニー・オルハムさんたちです。フリーポートLNGターミナルで爆発事故があったこと、事故がまたいつか起こるかわからないという不安の中で人々が暮らしているということ、地域にはたくさんの化学工場がありそこから排出される有害物質が原因で病気の子どもたちが多いこと、かつては栄えていた黒人の街が今は廃れてしまっていることなどを話してくれました。
写真:フリーポートLNGターミナル。写真の右手前に公園がある。
メラニーさんは、日本企業を含む投資家や融資者はこの事業から撤退すべきだと話します。「地元にはほとんど利益はもたらされていません。人々は危険と隣り合わせで生活しています。爆発事故の後、多くの問題が発覚しました。メンテナンスも不十分で、必要とされる従業員の数が94人も足りていなかったのです。長時間労働もありました。事業に巨額を投資しているのに、安全に運転することすらできないのです。」
写真:フリーポートLNGターミナル関連施設を案内するメラニー・オルハムさん
訪問の間、複数のLNG施設を視察しましたが、行く先々で事故の多さに驚かされました。フリーポートLNGターミナルでは2022年の事故の前にも、2015年の操業開始から6度の事故調査が行われており、その中には、100ガロンのトリエチレングリコールの流出によって作業員が病院に搬送される事故も含まれています。米連邦パイプライン・危険物安全管理局(PHMSA)による強制手続きも11回に及んでいます(出典)。メキシコ湾岸では、既存の5事業(フリーポート、キャメロン、ザビーネパス、コーパス・クリスティ、カルカシューパス)に加え、数多くのターミナル建設や拡張計画が進行しています。安全を担保するために十分な人数の従業員を雇わない事例が散見される中、これ以上ターミナルを建設して安全に運転することができるのか、大きな疑問が残りました。
フリーポートは、かつてはエビ漁業などで栄えた街でした。しかし石油化学産業の参入やLNG施設により地域は汚染され、エビ漁業は衰退していきます。住民のジェニーさんは、孫が釣りをしたところ、獲れた魚は弱っていて、鱗がハラハラと落ちたという話をしてくれました。写真は地元の歴史を伝える小さな博物館のパネルの一枚です。地元のエビ漁業がいかに栄えていたのか、1980年代にはテキサスの中でも第5位の水揚げ量を誇っていたことなどが書かれています。同時に、エビ漁業の衰退については、エビ価格の下落、燃料や氷の価格の高騰、漁獲制限などを挙げ、石油化学産業やLNG施設による汚染については一言も記載がありませんでした。
石油化学産業による地域の環境汚染については、いくつものデータがありますが(参考:1, 2) 、化学工場がもたらす影響についてはこの博物館に展示がなく、むしろフリーポートLNGが他の石油化学産業などと並んで地元の産業リーダーとして掲載されていました。なお、この地元の小さな博物館は化学メーカーのダウ・ケミカルやフリーポートLNGなどの企業が出資をして運営されていたので、無理もないかもしれません。
私たちは今回LNG事業による環境や社会への影響を知るために視察にいきましたが、この後の視察でも出てくるように、メキシコ湾岸には化学工場やLNGターミナルが集中しており、大規模複合汚染が生じていることがよくわかりました。多くの工場がプラスチックの生産に関連しています。気候変動問題を考える上で化石燃料をエネルギー源としてばかり捉えがちですが、石油化学製品や特にプラスチック生産の問題としても見る必要をひしひしと感じました。(フリーポートにあるダウ・ケミカルの工場は西半球最大の化学工場を自称しており、プラスチックの生産に携わっています)
フリーポートの住民であるマニン・ローラーソンさんは、フリーポートLNGターミナルの拡張はおろか、既存のターミナルもこの街にあるべきでないと話します。
「フリーポートは貧困に喘いでいます。有名な企業がフリーポートにやってきましたが、フリーポートは経済的に死んでいるのです。連邦貧困レベルに分類されているのです。(注:アメリカ合衆国保健福祉省によって毎年更新される収入のレベルを決める為の指標。特定の事業や支援をうける資格があるかどうかを決めるのに使われる。フリーポートの人口の20%が連邦貧困レベルにあたり、全国平均の12%を大きく上回っている。出典:USA Data)数兆ドル規模の企業がフリーポートの街で経済活動しているにも関わらずです。彼らは私たちの生活を助けてはいないのです。街の中心にもう活気はありません。LNG事業の利益はCEOたちのところにいくだけです。人々は病気になり、貧しくなるばかりです。」
フリーポートの街にある「イーストエンド」はかつてとても栄えた一角でした。元々黒人隔離地区として設立された区画ですが、黒人たちが住居を購入することが許され、教会が建ち、商店が立ち並んでいたそうです。しかし港拡大のために次々と立ち退きを強いられ、今ではほとんど人が住んでいないゴーストタウンと化していました。
港湾の拡大のため、残された土地についても、補償と引き換えに土地を収用すること(エミネント・ドメイン)が今もすすめられています。マニンさん含む複数の住民は土地収用を拒否して訴訟を起こしましたが、イーストエンドの土地の9割以上が港湾拡張のためにすでに買収されています。LNGターミナルを含む産業施設にとっては、大規模な深海港が不可欠とされています。しかしその裏で、黒人コミュニティが破壊されているのです。(参考:1,2,3)
写真:フリーポートの街で。水害対策のため床を高くあげている家が多く見られた。フリーポートLNGは、LNG施設がカテゴリー4~5(アメリカでハリケーンの強度を示すスケール。5が最大)のハリケーンに耐えられるように建設されていると説明しているそうだが、住民は本当に耐えられるのかどうか疑っていると話していた。また、近年激化するハリケーンに対し、保険料の高騰で貧しい住民等が住宅損害保険をかけることもままならない中、LNG施設には手厚く保険がかけられていると話していた。
(深草亜悠美)