疑問だらけの東電・処理汚染水放出「素案」
3月24日、東電がALPS処理汚染水の放出に関する「素案」を発表した。
「一度に大量に放出せず、年間トリチウム放出量は、廃止措置に要する30~40年の期間を有効に活用する」とし、水蒸気放出・海洋放出のそれぞれのフローを示している。また、タンクの72%の水で基準超えしているトリチウム以外の放射性核種については、「二次処理を行う」としている。
この「素案」、以下のように数々の疑問が呈されているのにもかかわらず、経産省はこれをそのまま自らのウェブサイトに掲載し、現在行っている意見募集の基礎資料の一つとしている。
何が残留しているのか
東電によれば、トリチウムについては、タンク水に約860兆ベクレル残留している。(建屋の中には保守的に見て1,209兆ベクレル残留していると見積もっている。)
トリチウム以外に、セシウム137、134、ストロンチウム90、コバルト60、アンチモン125、ルテニウム106、ヨウ素129なども残留し、告示濃度比総和(注)の分布は以下の通り。
注)告示濃度比総和とは、それぞれの核種の濃度を告示濃度(排出濃度基準)で割ったものを足し合わせたもの。全体として排出基準の何倍になっているかを示す。排出する際は1を下回っていなければならない。
告示濃度比総和は、最大14442.15倍とのことだ(2018年10月1日付東電資料では約2万倍となっていた)。つまり、これらの核種で全体としてみたとき基準の最大14000倍以上となっているということを意味する。この数字は東電の説明資料からは省かれている。(ちなみに、2018年10月1日東電資料には書かれていた)
告示濃度比で最大なのはストロンチウム90。化学的性質がカルシウムに似ているので骨に蓄積することが知られている。
残留核種の総量は不明
問題なのは、東電はそれぞれの核種が、総量でどのくらい残留しているのか示していないことだ。タンクごとに核種濃度がわかれば、簡単に計算できるはずなのに、それをしない理由は何なのか。放出する水がどのようなものであるのかは、もっとも重要な情報である。
二次処理するからいいじゃないかということなのかもしれない。しかしそれでは、二次処理後はどの程度の量になるのか。二次処理した上で、その総量を示すべきだと思うのだが、それすら明言していない。
また、少なくとも二次処理せず放出する28%の水については、含まれている放射性核種、その総量、その他の汚染物質について開示すべきではないか。
また、排出する水の総量も不明である。もちろん、トリチウムの排出量、濃度をどうとるかによって変わってくるが、いくつかの代表的なケースごとに示すべきではないか。
「二次処理」の性能試験は?
それでは、「二次処理」によってどのくらい放射性物質を除去できるのか。
東電は、「素案」の中で、「2020年度、高濃度のもの(告示濃度限度比100倍以上)を約2,000m3程度処理し、二次処理の性能を確認する」としている。
リスク管理という観点からは、高濃度の水を優先的に二次処理することは理解できる。
しかし、目的が「二次処理の性能を確認」するためであれば、より低濃度の水も含め、1~100倍のものも含め、処理対象のそれぞれの濃度のバンドから抽出し、二次処理の性能を確認するべきではないか。
問題の多い海洋拡散シミュレーション
東電の「素案」には、海洋放出した際の拡散シミュレーションについても記載されている。
東電によれば、「2014年の実気象に対して、放出量を仮定して連続的に放出した場合のシミュレーション結果を一例として提示したもの」とのことである。
年間放出量ごとにトリチウム1ベクレル/ℓ以上となる海域が示されている。
しかし、このシミュレーションには数々の疑問が呈されている。
まず、影響範囲を1Bq/ℓ以上としている理由が不明だ。東電の「素案」p.22の図によれば、原発近傍ですら、核実験や原発事故の影響を受けていない期間の海水の濃度は0.5Bq/ℓ程度にみえる。影響範囲というのであれば、もう少しきめ細かく、0.5Bq/ℓ以上から何段階かに分けて示すべきではないだろうか。
また、鉛直方向にも30層にわけてシミュレーションを行ったとのことだが、示されているのは一番上の層だけ。「鉛直方向には均一に分布」しているとして、この30層のシミュレーションは開示していない。しかし、いくら何でも「鉛直方向に均一に分布」というのは不自然ではないだろうか。
原子力市民委員会委員、大沼淳一氏(元愛知県環境調査センター主任研究員)は以下のように指摘している。
「そもそも拡散シミュレーションをする場合には、初期条件と環境条件を明らかにしてからしか作業することが出来ないが、それが明らかにされていない。日間、月間、年間を含めた干満、沿岸流、海底地形、流入河川水、年によって変動する黒潮の蛇行などである。放出される汚染水の水量、放出速度、放流水深、放流口の形状、水温、密度なども必須の入力項目である。シミュレーション結果は、これらの変数を変化させて、そのケース毎に拡散図が示されるべきである」
「素案では、解像度が水平方向は1㎞メッシュ、鉛直方向は水深に対して30層(深さ1㎞まで)とされている。すなわち1km四方で深さ「水深/30」mの箱(水深30mなら100万立米、1000mなら3000万立米)を積み上げて計算していることになるが、いかにも箱が大きすぎる。最初の箱に汚染水を放出して均等にかき回される保証はどこにもない。汚染水の放出速度にもよるが、せめて10mx10m(30層)の箱を積み上げるべきである」
つまり前提条件が不明確な上に、おおざっぱすぎる、ということだ。
ちなみに、「何年間放出すると仮定したのか」という質問に対して、東電は、「1年間の連続放出をした場合、例えば、22 兆ベクレルを一定の放出率で1年間継続して放出する場合、開始から1年以内に放出と拡散とのバランスがとれて、その後は、任意の点における濃度が準定常状態(濃度がある一定の変動範囲内に収まること)となります。従いまして、「何年間」という仮定はしておりません。」と回答している。
前述の大沼氏は、以下のように指摘する。
「素案で示したのは、長期間放出を続けて、準定常状態になった時の汚染分布図」だと回答している。コンピューター上で、数百回(1年間なら約700潮汐)の潮汐を繰り返させた結果であろう。漁民や市民が懸念しているのは、こうした平均値ではない。1日に2回起きる潮汐でも大きさが異なる。大潮と小潮では干満差が全く違う。黒潮の蛇行も季節変化や年変化が大きい。風の影響、降水量の影響なども大きく、沿岸流の方向は逆転することも頻繁に起きている。こうした環境要因の変動ごとに、放出される汚染水塊がどのように拡散するかが知りたいのである。」
東電によれば、このシミュレーションは、電力中央研究所が実施し、米国Rudgers 大学により開発された領域海洋モデル「ROMS:Regional Ocean Modeling System」に、トレーサー計算できるように改良を加えたプログラムを利用しているとのことである。また、シミュレーションの適用にあたっては、Cs-137 の実測データによりモデルの検証を行っているということだ。>参考文献
その他、モニタリングなどに関しても数々の疑問があるが、それらはまた後日述べたい。
(満田夏花)
※FoE Japanでは、「原発ゼロの会」のご協力をえて、東電の「素案」に関して、現在までに3回東電に対して質問書を提出しています。質問への回答は以下をご参照ください。(すべてPDF)