大規模開発から守りたい「暮らし」~インドネシア・インドラマユ火力発電所で奪われるものは?

脱化石燃料2024.7.10

約3年前からFoE Japanが取り組んでいるインドネシア・インドラマユでの石炭火力発電事業・拡張計画問題。本事業は、国際協力機構(JICA)が政府開発援助(ODA)として支援をしています。

私たちは現地NGOであるWALHI(インドネシア環境フォーラム、FoEインドネシア)と協力し合いながら、事業に反対の声を上げている現地住民の支援を続けていますが、12月27日、この反対運動をしている農民3名に対し、彼らの身に覚えのない「国旗侮辱罪」でそれぞれ5ヶ月(2名)と6ヶ月(1名)という実刑判決が言い渡されました。FoE Japanを含む日本の3団体は、これは冤罪であり、国家事業に異を唱える住民への弾圧に他ならないことから、同日、日本政府・JICAに人権状況の改善を求める緊急要請書を提出しました。

本件を担当しているFoE Japanのスタッフは定期的に現地調査をしていますが、今回同スタッフと11月からスタッフに加わった私、杉浦2名で12月に現地調査をしてきました。その時の体験談を踏まえて、本事業のこと、また現地の様子などをご紹介します。

インドネシア・インドラマユ石炭火力発電事業・拡張計画とは

インドネシアの首都であるジャカルタから東に約120~130キロ行ったところに位置する西ジャワ州インドラマユ県。自然に恵まれた環境から、車窓からは見渡す限り農地が広がり、海沿いの村には多くの漁船も見えるなど、農業や漁業が盛んな地域のようでした。

インドネシア・ジャワ島地図(googleマップより)

このインドラマユ県北西部の海沿いに面したスクラ郡とパトロール郡というところに石炭火力発電所の建設が予定されています。発電所の規模は、1,000MWを2基の計2,000MW。東京ドーム約59個分にもおよぶ275.4ヘクタールの広大な敷地が予定地としてとられています。JICAは初めの1基分1,000MWの協力準備調査をすでに行い、現在は基本設計などに対するエンジニアリング・サービス(E/S)借款での貸付17億2,700万円を続けています。また、インドネシア政府の要請を待って、本体工事に対する借款も行う予定になっています(詳しい事業の内容はこちら)。

12月現地調査~事業と闘いつづける住民との村での語らい

今回12月に私たちが訪れたのはムカルサリ村。パトロール郡に位置し、本事業に反対している現地の住民ネットワーク“JATAYU”(インドラマユから石炭の煙をなくすためのネットワーク)の中心地でもあります。実際に私たちもJATAYUメンバーのお家に泊めていただきました。

現地に着いた時には夕方。すでに訪問の連絡をしていたため、その家の皆さんがたくさんのご飯を用意して待ってくれていました。初めて会い、しかもインドネシア語が喋れず、ほぼコミュニケーションがとれない私にも優しい笑顔で「食べな、食べな(現地語でマカン “makan”)」と言ってくれるみなさんの温かさに、緊張がすぐほぐれました。

作ってくださった夜ご飯(2018年12月撮影、FoE Japan)

ご飯を食べながら和やかな雰囲気でお家の方々と話していると、JATAYUのメンバーが続々と家にやって来ました。すると、上述した不当逮捕・勾留されている仲間の農民3名の裁判に関する話題へと移っていきました。和やかな雰囲気がガラッと変わり、みんなの表情も真剣なものになるのがすぐにわかりました。

ここで裁判の内容を説明すると、この3名は、JATAYUが訴訟に勝利し、お祝いをしていたときに、インドネシア国旗を反対に掲げたとして“国旗侮辱罪”で昨年(2017年)12月に逮捕されました。一度は釈放されたものの、今年9月に再逮捕。現在は上述のとおり判決が出ているものの(2名に実刑5ヶ月、1名に実刑6ヶ月)、私たちが訪問した時は裁判の真っ只中でした。この国旗侮辱罪――インドネシア国民だったら国旗の赤白の向きを誰もが知っているなか、3人は「分かっていてそんなバカなことをするわけがない」と罪を否定しています。

インドネシアでは現在、土地・人権・環境といった権利を求め活動する人々への国家による弾圧が高まっており、いくつものケースで反対運動をする人々が犯罪者にしたてあげられています。WALHIによると、現在、本件のような開発事業に伴う環境問題を訴え、「犯罪者扱い」されている住民のケースはインドネシア国内で15件(計63名)にのぼるそうです(参照:FoE アジア太平洋地域の声明「フィリピンとインドネシアは土地権利擁護者に対するテロリストのレッテル貼りや犯罪者扱いを止めよ」(2018年3月) モンガベイ記事「先住民族による抗議を黙らせるため犯罪者扱いや暴力が増加―国連報告書が指摘」(2018年9月))。

本事業も国家プロジェクトのため、私たちは今回の農民3名の「国旗侮辱罪」による不当逮捕もそういった国家の弾圧なのではないかと考えています(26カ国188団体が署名した農民解放を求める要請書も日本政府・JICAに提出)。

捕まっている3人には家族があり、まだ小さなお子さんがいる方もいます。奧さんと子どもと一緒にご飯を食べたり、遊んだり、また仕事をしたり、そんな時間を考えると、自分がやってもいない罪で逮捕・勾留というのは本人にとっても、またご家族にとっても辛く、長い日々だということを今回の現地調査のなかで感じました。

拘束・逮捕されている農民3名(2018年12月撮影、FoE Japan)

村でみなさんの話を聞いていると、JATAYUのメンバーは、ただ自分たちの当然の権利を主張しているだけなのに、仲間・家族がそういう目にあっているということが許せず、怒り、悲しみ、悔しさなど様々な感情が混ざり合っている様子が、彼らの表情、声に出ているのがわかりました。

なんとか仲間の無実を証明し、そして石炭火力発電所の建設を止めたいという意思を改めて確認し、JATAYUとして最後まで闘い抜くという強い思いを感じました。

奪われる生活の基盤

翌日、発電所建設予定地の視察へと向かいました。

村内でバイクに乗り移動。まず、一番初めに驚いたのは民家と建設地の近さ。家が多く立ち並ぶ場所からバイクに乗って2分も経たないうちに、長く続く白いフェンスが目に飛び込んできたのです。

発電所建設予定地を区切るフェンス(2018年12月撮影、FoE Japan)

建設地に一番近い家からは本当に目と鼻の先です。このフェンスを越えると石炭火力発電所の計画地になります。

発電所建設予定地入り口(2018年12月撮影、FoE Japan)

そのゲートをくぐると次に私を驚かせたのは広大な敷地でした。

発電所建設予定地(2018年12月撮影、FoE Japan)

果たしてこんなに広大な敷地が必要なのかというくらいの土地の広さ。東京ドーム59個分なんて、今この記事を読んでいる方もなかなか想像ができないと思います。この大きな土地で農作業を依然として続けている住民の方が何人か見られました。普段はもっと多くの農民が田んぼや畑作業をしているそうですが、みんな仲間の裁判のため忙しく、今はあまり作業ができていないとのこと。

そこには農民たちが休憩できる場所もありました。お昼時にはその辺りの農地で働いている方々がきて、ご飯を食べたり休憩をしながらお話をしたりしている様子が見られました。

発電所建設予定地内の休憩所(2018年12月撮影、FoE Japan)

農地でお話を聞いた方の畑には、トマト・ナス・赤タマネギ・かぼちゃなど、様々な野菜がなっており、今では多くのところで見られる単一栽培とは違う昔ながらの小規模混合栽培方法で野菜を作っていました。

発電所建設地内にある農地1(2018年12月撮影、FoE Japan)
発電所建設地内にある農地2(2018年12月撮影、FoE Japan)

こんなに立派な畑――もちろん発電所の建設工事が本格的に始まれば、全て潰されてしまいます。農家の方々が大切に使い育ててきた土壌だってきっとコンクリートが流し込まれる。彼らの生活手段だって無くなります。作物の補償金はもらっている(もしくはこれからもらうはずである)ものの、そんなの一生分もらえるわけではなく、ほんの少し。

お話を聞いた農家の方は、これからどうすればいいかわからないと言います。「建設地外の農地に移るといったって、他の農家だって農地を使いたいだろうから取り合いになる。もともとそんなに土地だって余っていない。」

「今後の生活、本当にどうすればいいかわからない。」

そんな話をきいて、私はすごく胸が苦しくなりました。

作業をする農民(2018年12月撮影、FoE Japan)

この開発予定地の中には、浜辺も含まれています。ここでは小規模漁民が現地の名産である小エビをとって、生計の一つとしています。私たちが沿岸を歩いていると、現地の漁民1名が網を使い小エビ獲りに精を出していました。

海で小エビを獲る漁民(2018年12月撮影、FoE Japan)

こんな浜辺も、全て立ち入り禁止になり、いままで家からすぐだった場所ではなく、しばらく歩く、もしくはバイクで遠くまで行かないと小エビが獲れなくなる。発電所から排出される温排水だって海水の温度を上げ、海洋生態系を壊しかねません。今まで獲れた小エビが獲れなくなってしまうかもしれないのです。

小エビ漁用の網(2018年12月撮影、FoE Japan)

“Livelihood”が壊されるという意味

私は今回のインドネシア訪問が開発現場の初めての現地調査となりました。大学で政治学を学ぶ中で開発学を少し学び、大学院では開発学を専攻しさらに専門性を身につけました。しかし、今回まで実際に現場を見るという機会がなく、今まで机上で勉強してきた“Livelihood”が壊される現状というのを初めてちゃんと理解することができました。

“Livelihood”という言葉は、日本語で「生計・暮らし」と訳されます。しかし、その言葉にはもっと深い意味があり、それは彼らの生活の基礎となる水・土・空気など全てを含む自然環境が欠かせないものであり、また人々が集まって意見を交換したり、話をして笑ったり泣いたりする生活環境も含まれるものなのだと思います。今回の現地訪問で、多くの人々に出会いました。畑仕事をしている農家のご夫婦、魚を網でとる漁民の人、羊を連れて歩き草を食べさせている羊飼いの人、バイクに乗って楽しんでいる若者、元気に田んぼ道を走り回っている子供たち、外で椅子に座って話している畑仕事終わりの方々、家事をしているお母さん方――そんな彼らの当たり前の生活全てが”Livelihood”であり、それがいま壊されようとしています。

そんなことがわかったら、反対の声が出るのは当たり前です。しかし、その反対の声さえも政府の弾圧によって抑えられようとしているのです。

私たちはそんな状況を決して許せないと思いました。私たちができるあらゆることをしながら、現在捕まっている3名の農民の解放を訴え、またこの石炭火力発電事業を中止させたい。そう固く決意した現地調査になりました。

(開発と環境・森林担当 杉浦 成人)

 

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