日本の官民が進めるニッケル開発現場で深刻な被害

開発と人権2024.7.10

日本のフィリピン・ニッケル鉱山/製錬開発の環境・健康影響

日常の中で何気なく使っているスマホやパソコンのリチウムイオン電池。近年、電気自動車などの普及とともに、益々欠かせない電池となっています。その電池の原料として欠かせないのがレアメタル(希少金属)の一つ、ニッケルという鉱物。フィリピンは、現在世界最大のニッケル鉱石生産国で、日本が官民でその開発・製錬に深く関わっています。住友金属鉱山をはじめ、大平洋金属、双日、三井物産が現地企業などに出資し、また国際協力銀行(JBIC)が融資、日本貿易保険(NEXI)が付保しています。

日本が関わるフィリピンのパラワン州や北スリガオ州におけるニッケル鉱山・製錬所周辺地域の河川水や湧水などで、これまで日本の環境基準を超える六価クロムが検出されてきました。天然で存在することがほとんどない六価クロムは東京築地などでも基準値以上が検出され、話題となった毒性の高い物質です。皮膚の腐食、臓器障害、癌、DNA損傷の可能性もあると言います

2018年12月の現地調査(北スリガオ州)

この12月、FoEのスタッフになってから初めて、北スリガオ州タガニートでの現地調査に同行しました。成田空港を離陸してからおよそ16時間、3つのフライトを乗り継ぎ到着したスリガオ空港は美しい緑の山林に囲まれており、雨季の湿気を含んだ暑さと、空気の良さを感じながらプロペラ機を降りました。翌日、車で東岸沿いを2時間ほど南下したところにあるタガニート鉱山付近に到着。グーグルマップでも確認できますが、赤茶になった山肌が幹線道路からもちらほらと目視できるようになりました。しかし、PARC制作ビデオ『スマホの真実』で撮影された鉱山開発の現場が最もよく見える場所には立ち入りができませんでした。

今回、メインの水質調査は、タガニート鉱山/製錬所からの排水が流れ込むタガニート川、ハヤンガボン川にて二日間行われました。六価クロム簡易検知管の検査では引き続き複数地点で環境基準値(0.05 mg/L)を超えており、周辺地域の住民への健康被害や水生生物への悪影響などが懸念される状況でした。1日目の調査では、タガニート川とハヤンガボン川でそれぞれ0.1 mg/L、0.075 mg/Lと、基準値以上の六価クロムが検出され、2日目にもタガニート川で基準値以上の0.15mg/Lが検出。今後、採取した水は専門家に精密に分析してもらう予定です。

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タガニート川検査結果
(2018年12月撮影、FoE Japan)

今回、何度も現場で検査を行なってきたスタッフからも驚きの声が上がったのは、先住民族ママヌワの移転地近くに暮らすビサヤの人びと数軒が主に利用している湧水の検査結果。簡易検知管の検査で基準値の20倍である1.0 mg/Lが計測されました。湧水をホースで導水し、煮沸などの処理もせぬまま飲料水としても利用しているとのことでした。移転地での水不足の際は先住民族ママヌワの人びとも利用し、この地域の住民の重要な水源になっているようでした。

先住民族ママヌワの移転地近くにあるビサヤ住民の住宅(2018年12月撮影、FoE Japan)

六価クロムの簡易検知管は、汲んだ水を試薬の入った透明なプラスティック製のチューブに吸い取り、六価クロムに反応した場合、1〜2分経過するとピンク色に変化します。この湧水は、チューブで吸い取った直後からみるみるうちに色が変わり始め、その事態の深刻さを人々にどう伝えるのがいいのか、複雑な心境を覚えました。先住民族ママヌワの人びとにとっては、そもそも、鉱山開発によって余儀なくされた移転。移転先で十分な水がなく、このような危険な水を利用することになっている実態――日本の官民が多額の出資・融資をして進める事業によって、住民の人びとが深刻な汚染状態にある水の利用を押し付けられていると自分は感じました。

先住民族ママヌワの移転地近くに暮らす住民が主に利用する湧水の検査結果(2018年12月撮影、FoE Japan)
先住民族ママヌワの移転地近くに暮らす住民らが主に利用している湧水。ホースで導水している(2018年12月撮影、FoE Japan)

FoE Japanは、パラワン州リオツバでも六価クロムがニッケル開発・製錬所の周辺から検出され続けていることから、2016年に製錬事業の最大の出資者である住友金属鉱山に水質調査に関する要請書を提出しました。事業者は、2012年から、鉱石置き場のシート掛け、沈砂池の掘削、また、河川につづく沈砂池の出口付近における活性炭の設置を対策として行っているといいます。しかし、FoEに長年協力してくださっている専門家の大沼淳一氏(金城学院大学元非常勤講師、中部大学元非常勤講師、元愛知県環境調査センター主任研究員)は、その対策は十分ではないと指摘をしてきました。現に六価クロムは検出され続けているのです。

さらに、深刻な人権侵害も起きています。2017年1月、自分たちの土地・生活の権利を訴えてきた先住民族ママヌワのリーダーであるヴェロニコ・デラメンテ氏が殺害され、住民たちは事業に対する懸念の声を上げにくい状況となっています。また、今回、私たちが水質調査を行ったミンダナオでは、フィリピン政府により戒厳令が敷かれており、周辺の町では軍によるチェックポイントが点在するなど緊張感の高さを肌で感じました。

日々の暮らしに欠かせないリチウムイオン電池に含まれるニッケル。その開発は、深刻な水質汚染や住民リーダーの殺害といった人権侵害にも加担するものであり、多大な犠牲の上になりたっている――今回の訪問で、そのことを改めて痛感しました。

現代社会において、パソコンやスマホを手放すことは困難ですが、まだ使えるのに新しい機種を購入するといった行動は疑問を感じざるを得ません。大量生産・大量消費のひずみの一端を引き続き発信し続け、日本から遠く離れた出来事をより身近に感じてもらえるよう、そして、スマホやパソコンをはじめ、モノを大事に扱う大切さを改めて伝えられるよう、FoE Japanで活動を続けていきたいと思います。 (松本 光)

 

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