LNGから水素に転換?水素はLNG施設新規建設の言い訳になるのか?

近年、化石燃料に代わる新たな燃料として、水素への注目が高まっています。例えば日本や韓国などの化石燃料の主要輸入国では、コンビナートを水素活用拠点にする計画が進んでいます。またEUでは、将来的にLNG(液化天然ガス)を水素に置き換えて利用することを口実にLNGインフラの開発を進めています。
しかし、LNGインフラを「水素対応(hydrogen-ready)」に転換することは本当に可能なのでしょうか?この記事では、米環境団体NRDCの記事を元に、水素の利用における経済的、技術的課題から、その実現可能性を評価します。
現在考えられている国際的な水素の輸送方法は主に2種類あります。
①液化水素にして運ぶ方法
②アンモニアにして運ぶ方法
これらの方法に伴う課題を1つずつ見ていきましょう。
液化水素
①エネルギー効率が悪い
LNGインフラの水素対応への転換を検討する際に忘れてはならないのが、ガスと水素は根本的に全く違うものということです。水素を液化するためには、マイナス253℃(LNGを液化する際よりも100℃以上も低い)にしなければなりません。したがって、水素の液化には多くのエネルギーが必要となります。化石燃料ガスを液化してLNGにする際にもとのエネルギー量の10%を失うのに対して、水素は液化に30-40%のエネルギー量を消費します。
さらに水素は液体での単位体積当たりのエネルギー量が低く、同じエネルギー量を運ぶために液化水素はLNGの2.4倍の体積を必要とします。よって、輸送により多くのコストがかかると言えます。BloombergNEFは、この液化水素の高コストが原因で、液化水素で水素を輸出する事業の数は、公表された水素輸出事業全体の2%以下と指摘しています。
②LNG関連施設の再利用ができない
EUが現在LNG関連施設の設計と建設を進めている背景には、今後LNGを水素に置き換えてそれらの施設を利用するという主張があります。
しかしFraunhofer Instituteの報告書によれば、液化水素の輸出入ターミナルとLNGターミナルの資本支出の間の重複は全体の半分ほどのみです(最初のLNGターミナル建設にあたって水素対応の素材が使用された場合でさえ)。また国際エネルギー機関(IEA)も「既存または計画中のLNGインフラを液化水素の受け入れに転用することは、技術的に困難である。液化水素はLNGに比べて密度が低く、沸点も大幅に低いため、ほとんどの設備を交換するか、大幅に改修する必要がある」と述べています。これは更に、水素利用の経済性を悪化させます。
③水素の温室効果と気候リスク
水素は最も分子の小さい物質であるため、簡単に漏洩してしまいます。ここで問題となるのが、水素が温暖化を加速させる点です。水素自体は温室効果がありませんが、それが漏洩すると、大気中のメタン、オゾン、水蒸気など様々な物質と化合し、その際に出る反応熱が大気を加熱し地球を温暖化させます。最近の研究では、水素が漏洩した場合20年の温室効果がCO2の33倍であると示されています。
液化水素(LH₂)は、特に水素漏洩を起こしやすいとされています。なぜなら、液化を維持するために必要な極低温の状態を常に保つことが難しいからです。その結果、液化水素の一部が再び気体に戻って大気中に漏れ出し、温暖化を悪化させる可能性があります。
「水素利用の拡大が大気に与える影響(Atmospheric Implications of Increased Hydrogen Use)」という英国政府が委託した研究によれば、水素漏洩の「最大の原因」は液化水素のタンカー輸送であり、その漏洩率は次に高い原因の2倍にもなると結論づけています。
したがって、液体水素への過度な依存は、急速に温暖化する地球にとって新たな負荷となる可能性があります。
液化アンモニア
水素の輸送方法にはもう一つ、液化アンモニアを生成してタンカーなどで運ぶという方法があります。アンモニアは水素や化石燃料ガスより液化しやすい上に、水素よりエネルギー密度が高いため単位エネルギー当たりの体積は水素より小さくなります。
しかし、液化アンモニアの利用にも以下に示すように様々な課題が伴います。
①液化アンモニアを水素に戻すとエネルギーが大幅に失われる
そもそも現在のアンモニアの用途の大部分は肥料の製造です。海上輸送のための燃料(しかし、アンモニアを燃料とする大型タンカーはまだ開発されていない)に限られるため、水素を液化アンモニアとして輸送した場合でも、結局は水素に戻す必要があります。アンモニア混焼発電もありますが、これは温室効果ガス削減の面でも、コストの面でも現実的ではないためほとんどの国で行われていません。
水素はアンモニアより幅広い利用方法がある一方で、水素を液化アンモニアにしてそれを輸送し、また水素に戻して利用するというプロセスはそれだけで多大なエネルギーを消費します。研究によれば、液化と輸送の過程でもとのエネルギーの30-40%が失われてしまうため、非常に非効率であると言えます。
②LNG関連施設の再利用ができない
新規LNGターミナルを建設する口実として、液化アンモニア輸入ターミナルとして再利用できるということが度々主張されています。しかし、液化アンモニアとして輸入した場合、輸入ターミナルは液化アンモニアを水素に戻す施設かアンモニアを直接利用する施設の近くに建設する必要があります。しかしそのような大量の水素・アンモニア需要がある土地とガス輸入施設が同じ場所にあるとは限りません。したがって、既存のLNG関連施設をアンモニア輸入ターミナルに転用して使い続けられるとは限らないのです。
③アンモニアの危険性
アンモニアは腐食性や毒性があるため利用にはLNG以上の危険が伴います。実際にヨーロッパの国々では、アンモニアの輸送に関してLNGよりも厳しい規制を導入していますが、これはLNGからアンモニアインフラへの転換を運用面でさらに困難にさせると言えます。
これらの液化アンモニアに関する課題にも関わらず、ヨーロッパのいくつかのLNG関連施設ではアンモニア対応になるという口実で建設が進んでいます。
アンモニア混焼について
ここまでの記事を読んで、では、水素を液化アンモニアとして輸送し、アンモニア混焼発電に利用してはどうかと思われた方もいるかもしれません。しかし、既に述べたように、これは温室効果ガス削減の面でも、コストの面でも現実的ではないと示されています。
①コスト面の問題
日本では現在、石炭火力発電所を改修し、アンモニア燃焼に利用するための実証が進められていますが、特に混焼率が高いほど、その経済性は低くなります。ブルームバーグNEFによれば、下図に示されたように、日本の一般的な石炭火力発電所をアンモニア 50%混焼に向けて改修した場合、その平準化発電コスト(LCOE:プロジェクトに関する全コストの回収、およびその投資に対して最低限必要なハードルレートの達成に求められる、メガワット時ベースの長期引取価格)は洋上風力などの再生可能エネルギーの発電コストを大幅に上回ります。
②排出量削減効果
アンモニアは発電所での燃焼時にCO2を排出しないので、石炭火力発電所のアンモニア混焼によって、CO2排出量を削減できるとされています。しかし実際はアンモニアは基本的にガスなどの化石燃料から製造されるため、製造時に大量のCO2を排出します。またアンモニア混焼率が 50%以下であれば、グリーンアンモニアを使用したとしても、天然ガスを燃料とするコンバインドサイクル発電*よりも多くのCO2を排出することになります。
さらに、アンモニアの混焼によって、新たに亜酸化窒素(100 年単位で見た地球温暖化係数はCO2の273倍)など他の温室効果ガスも排出されることになります。
※CCGTとは
複合発電。ガスタービンの排熱を回収して蒸気タービンを稼働させる
まとめ
脱炭素化が難しい一部のセクターでは、水素の果たす役割は大きいかもしれません。しかしこの記事で述べてきたように、水素を発電の燃料として利用することはコストがかかるうえに、技術的にも不確実性が高いなど、多くの課題をはらんでいます。日本を含め多くの国が、水素やアンモニアに転換することを前提にLNG施設の開発を押し進めていますが、これらの事実を踏まえると電力部門でコスト競争力を維持しながら脱炭素化をすすめるには、水素やアンモニアの混焼技術ではなく、再生可能エネルギーの導入をすすめることが得策と考えられるのではないでしょうか。