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土地収奪
調査レポート「メキシコ・風力開発に脅かされる先住民族の生活」
2013年5月10日
コロニアル様式の街並みに様々な民芸品の市場が賑わうメキシコ・オアハカの町からバスで6時間、険しい山道を抜けると、今、世界屈指の風力ポーテンシャルが期待されるテワンテペク地峡に到着します。先住民族サポテカやウアベの人々が先祖代々生活する地域です。
実は近年、この地の人々は開発を巡る紛争に緊張の日々を送っています。町の外に一歩出ると、どこまでも続く風車。先住民族が何千年もの昔から農業や漁業を営んできたこの土地の風景は、ここ5~6年の間に一変しました。
2011年までに14もの風力ファームが操業しており、1,350メガワットが発電されています。多くが海外資本で開発され、発電される電力もまた、多国籍企業や大手の企業に売電されています。2014年までに2,500メガワットが発電可能になると見込まれており、今も次々と新たなファームが建設されています。
メキシコの気候変動・エネルギー政策
風力ブームの背景には、メキシコ政府の気候変動政策があります。カルデロン政権は、2007年に気候変動対策を重点政策とし、2030年に温室効果ガスの排出を2000年比で11.2%削減,2050年には47.3%削減するという目標を設定した(気候変動個別プログラム(PECC)2008-2012)。
また、そのためのエネルギー戦略として、大規模水力を除く再生可能エネルギーによる発電を2012年までに総発電量の7.6%まで拡大させ、化石燃料利用を2050年までに50%以下に抑えることを目標にしています。
これらの目標達成のための様々な施策の導入に、「グリーン・エコノミー」への投資が促進されています。しかし、個々の施策における環境社会配慮は十分でないため、外国資本による「グリーン・エコノミー」のための土地収奪や環境社会問題が深刻化しています。
中米最大の風力ファーム“マレーニャ・レノバブレ”
風力ファームの集中するエリアの中でも、特に高い発電能力が期待されるテワンテペク湾に、日本企業も出資する中米最大の風力ファーム「マレーニャ・レノバブレ」の建設が計画されています。風力ファームの建設をめぐり、住民による反対デモ、道路封鎖、そして賛成派と反対派のコミュニティの間で激しい対立が生じています。
■ マレーニャ・レノバブレ風力発電事業概要
(1) 建設費用 : 約800億円
(2) 発電容量 : 396メガワット(500,000世帯分の電力)
(3) 出資比率 : 三菱商事 33.75% ピー・ジー・ジー・エム 33.75% マッコーリー・メキシカン・インフラストラクチャー・ファンド 32.5%
(4) 売電先 : FEMSA社、ハイネケン社、コカコーラ社等
(5) 売電開始時期 : 2013年7月
(参考:2012.2.24三菱商事ニュースリリース他)
この風力ファームは、湾内の砂州に建設される。27kmに200m間隔で高さ80mの風車を132基建設予定です。
マレーニャ・レノバブレ建設予定地(黄色部分) |
マレーニャ・レノバブレをめぐる問題
1) 事業による環境社会影響への懸念
マレーニャ・レノバブレ建設予定地 |
建設予定地周辺は、湾を囲むいくつもの漁村の漁師たちに利用される豊かな漁場です。漁には小さなボートが使われ、漁師たちは「その日に必要な分だけ獲る」といいます。家族で食べきれない魚は市場で売り現金収入を得ます。
2004年、土地の権利を持つ一部のコミュニティとだけのリース契約が交わされました。賛成署名を求めて5,000~10,000
ペソの現金が戸別訪問により配られたとも言われます。(*参考 漁師の平均収入が約100ペソ/日)
その際、湾を利用する周辺コミュニティへの事前説明は一切ありませんでした。事業の存在が明らかになった後、企業側は住民説明会を開催したと主張するが、生態系や漁業への影響についての説明はなく、建設工事期間の雇用機会について紹介しただけだったそうです。
オアハカですでに操業する14の風力ファームの開発を見ると、1基ごとに大きな建設工事が必要となり、マングローブの生息する砂州に132基も建てるとなると、生態系への影響は甚大なものとなることが容易に予想できます。
2)コミュニティ紛争、警察圧力
計画が持ち上がって以来、地方行政や企業により、学校やクリニックの充実、スポーツリーグへの支援、環境プログラム等、数々の公共事業やソーシャルサ―ビスが増加しており、賛成派につく住民も少なくありません。
一方で、「村には漁業しかない。影響が出たら生きていけない。」と事業による漁業への影響を懸念する漁師や住民の反対する声も少なくありません。地方政府や警察は企業側につき、反対派の住民に対する生活保護や行政支援の打ち切り、また武器を使った警告なども横行しています。
住民同士の対立は複数の殺人や殺人未遂事件(警察では事業との因果関係は不明とされる)にまで発展しており、隣人をも信用することができない恐怖と不安な日々を送っています。
3)コミュニティ間の対立
コミュニティ内の対立だけではなく、複数のコミュニティ間の対立も激化しています。湾の端に位置するサンタ・マリア・デル・マルは人口約500人。事業による土地リース契約は貧しいコミュニティにとっては貴重な収入源になるとして賛成しています。それに対し、サン・マテオ・デル・マルは事業に猛反対しており、サンタ・マリア・デル・マルの住民の唯一の陸上移動手段である道路封鎖を実施しました。
反対住民によるデモ行進 |
反対運動には、湾周辺コミュニティだけでなく、オアハカ広域の人々が参加し、バリケードの設置、デモンストレーション、長距離のキャラバン等、運動は拡大しています。国際NGOなどの助言を受けて、企業や米州開発銀行への申し入れ等も行っていますが、誠意ある対応は見られません。
それでも、法的な働きかけを続けたことにより、2012年12月、連法地方裁判所による建設停止命令が下されました。しかし、その後も企業と住民の衝突、そしてコミュニティ間の紛争は続いています。
グリーン・エコノミーという開発脅威
先住民族が代々守るオアハカの地は、19世紀には米国の航路として、20世紀にはパナマ運河の代替案、日本のエビ養殖開発、最近では石油会社のパイプラインの設置計画の対象地として狙われ続けてきました。そして今、風力発電という「グリーン・エコノミー」が新たな開発脅威として立ちはだかっています。
「海は私たちのお皿であって、銀行でもある。漁業を中心とした生活は自然に従ったもので、政府や企業が進める事業はいつも自然に反するものばかり。」とサン・ディオニシオの漁師は語ります。
地球温暖化問題は切迫しており、先進国、途上国共に気候変動対策や再生可能エネルギーの促進は必須です。しかしながら、経済的に裕福な人々が大量消費を続け、その需要を満たすために必要な大量のエネルギーを再生可能エネルギーで賄おうとしても、これまでと同じく負の開発影響をもたらすだけです。