気候資金無くしてパリ協定の目標達成はあり得ない
昨年までの国際交渉は2020年以降の国際枠組合意が最大の焦点でした。記録的なスピードで発効した協定ですが、その実施は2020年から。途上国が提出した国別削減目標(NDC)を実施するためには、70余国分の実施だけでも2020-2030年で4兆ドルかかるという最近の試算もあります。今のままで2020年から途上国がNDCを実施できるわけではなく、これから数年の間に大幅な能力強化育成(キャパシティビルディング)が必要です。また1.5℃目標を達成するには2020年以降の行動では遅過ぎ、7年前に各国が提出した2020年目標の強化を行い、2020年までの行動の強化が必要です。これが今回のマラケシュ会議が実施のCOPとも呼ばれれる理由です。
先進国の技術と資金の支援により、今後数年にわたり途上国の能力と貢献を担保し更に強化することは、パリ協定が最終的に目標を達成できるかどうかを決定的に左右します。マラケシュ会議ではこの気候資金がパリ協定暫定作業部会(APA)の進捗と併せ最大の焦点になります。
国連気候変動枠組条約下に設けられた資金常設委員会が、会議初日の特別イベントで第二回目の気候資金の全貌を評価した隔年評価を発表して口火を切りました。第2週目半ばには閣僚級の気候資金の対話が予定されています。
国連気候変動枠組条約第4条では、先進国が途上国に対し資金面の支援を新規かつ追加的に行うものとしており、パリ協定第9条でこの義務は引き継がれています。先進国はコペンハーゲンでのCOP15で、2020年までに途上国への気候資金拠出を年間1000億ドルに引き上げると約束し、パリでの決定で2025年までにこれを上回る次の資金レベルに合意することになっています。
気候資金の論点の一つが資金ロードマップです。2020年時点の支援額を示すだけでは途上国政府はこれから数年の国内計画の立てようがなく、このため昨年のパリ会議で先進国がこの1000億ドルをどうやって達成するのかを示すことがCOP決定に盛り込まれました。これを受け、イギリスとオーストラリアがとりまとめ役となり、先進国は今年10月に経済協力開発機構(OECD)を通じて1000億ドルに向けたロードマップを示しました。途上国のニーズに応えるべく先進国がロードマップを示したことは大きく評価できますが、一方でその中身を見ると、まだ求められるニーズに十分応えたとは言い難い面も多くあります。
OECDのロードマップによると、2014年時点で気候資金はすでに年620億ドルのレベルになり、1000億ドル達成は可能としています。ですが既存の開発支援(ODA)案件を多く含んでおり、個別の案件をなぜ気候支援と判定したのかの基準が明確にされていません。海外への企業進出を助ける輸出信用や商業ベースでの融資が含まれているとみられますが、その根拠となるデータも公開されていません。正式な条約下の資金常設委員会の隔年評価では、先進国の公的支援は410億ドルにとどまっており、試算に大きなギャップがあります。気候変動対策と開発支援は必ずしも同じではありません。貧困撲滅や生活水準向上のための途上国向けの開発資金を、先進国が歴史的責任を負う気候変動対策に振り向けるのは許されるべきではありません。日本の開発プログラムにはむしろコミュニティを破壊したり人権侵害が発生したりと、環境・社会影響の面で、悪影響がみられるものもあります。
この背景には、「気候資金」の国際的に合意された定義がないことが根本にあります。協定下の報告基準設定の交渉が、その定義につながることが望まれます。
気候変動の影響への適応対策は企業収益につながらない事業がほとんどです。このため公的資金の支援が不可欠ですが、OECDロードマップでは1000億ドルのうち適応分は5分の1にとどまる点も問題です。また気候変動の被害はすでに世界中で発生しており、緩和の遅れにより将来巨額になる損失と被害への対策資金が評価されていないことも今回の論点です。気候資金は第2週の閣僚級COPで取り上げられ、最終日まで続く困難な交渉となるでしょう。
日本は先進国最大の気候支援国であり、今後とも気候支援のリーダーシップを示してもらいたいと思います。その点で今回、他の先進国が日本が国をあげて推進する高効率石炭火力をOECDロードマップから排除したことは、世界に遅れをとった協定批准と並び現政府の地球環境問題への意識の遅れを示すものに他ならなりません。気候資金に石炭火力を含めないことは先進国の間ではすでに常識です。
(小野寺ゆうり@マラケシュ)