「カーボンニュートラル」のまやかし

気候変動2024.7.5

近年、さまざまな場面で「カーボンニュートラル」「ゼロエミッション」「実質ゼロ」「ネットゼロ」という言葉を目にする機会が増えました。「カーボンニュートラル」とは、「"温室効果ガスの排出量"から"吸収量もしくは除去量"を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味します。

気候危機が加速する中、温室効果ガスの排出をゼロにすることは急務です。しかし、根本的に必要なことは「化石燃料からの脱却」です。化石燃料の利用を許容し継続させてしまう「カーボンニュートラル」技術は、気候危機や生物多様性の損失などそのほかの環境問題をさらに加速させてしまう恐れがあります。

*COP25にて。国際炭素取引の中止を訴える先住民族グループやグローバルサウスの市民たち。

「カーボンニュートラル」の注意点

「カーボンニュートラル」とは「"温室効果ガスの排出量"から"吸収量もしくは除去量"を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味します。
二酸化炭素(CO2)のほか、メタンや一酸化窒素、フロンガスなども温室効果ガスの一種です。CO2は化石燃料の使用に伴い排出されることがほとんどであり、これは化石燃料の使用を規制することで減らすことができます。メタンは化石燃料採掘のほか、畜産や稲作などの農業分野や、廃棄物処理の過程で排出されます。

出典:UNEP “Emission Gap Report 2020” https://www.unenvironment.org/emissions-gap-report-2020

温室効果ガスの排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかった分と同じ量を「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ(正味ゼロ、ネットゼロ)を目指す、ということが、「カーボンニュートラル」の「ニュートラル(中立)」の意味です。

つまり、左記の図のように、
「0トンCO2ー0トンCO2」も、
「10トンCO2ー10トンCO2」も、
「100トンCO2ー100トンCO2」も、
すべて「カーボンニュートラル」です。

しかし、それは「"吸収量"や"除去量"を確保できれば、その分追加的に排出してもいい」という考え方に繋がります。

出典 “NOT ZERO: How ‘net zero’ targets disguise climate inaction"

さらに時間軸も重要です。吸収源として森林に注目が集まっていますが、皆伐もしくは森林劣化を伴うような伐採があった場合、森林が元の状態に回復したとしても、伐採から数十年から100年以上かかる場合もあり、その間は伐採した燃料を燃やした結果生じたCO2は大気中のCO2の増加に寄与することとなります。森林が貯蔵している炭素量がどのくらいの時間で回復するかを考えなくてはなりません。
また、温室効果ガスは排出されたらしばらく大気中に止まるという性質を持っています。人類にとって安全とされるCO2濃度は350ppmまでとされる中、現在、すでに大気の二酸化炭素の濃度が420ppm近くになっています[注1]。

気候危機を食い止めるためには「人為的な温室効果ガスの追加排出量」をいかに抑えるかが鍵になります。

[注1] NOAA Research News, “Carbon dioxide peaks near 420 parts per million at Mauna Loa observatory", June 7, 2021
https://research.noaa.gov/article/ArtMID/587/ArticleID/2764/Coronavirus-response-barely-slows-rising-carbon-dioxide

現在考えられている「カーボンニュートラル」技術、事業の例

では、どのように温室効果ガスを「吸収」したり「除去」したりするのでしょうか?

現在検討されているのが「CCS(大気中から炭素を回収し貯蔵する技術)」や「DAC(大気中からCO2を直接回収する技術)[注2]」、燃焼時にCO2を排出しない水素やアンモニアを「ゼロエミッション燃料」として活用する案です。その技術開発のために、総額2兆円の「グリーンイノベーション基金[注3]」が立ち上げられました。そのほかにも、国際炭素取引や、大規模植林、原子力発電なども、「カーボンニュートラル」のための技術として検討されています。

CCS(炭素回収貯蔵)とは?
CCS(炭素回収貯蔵)とは、大気中から炭素を回収し貯蔵する技術です。似た言葉にCCUというものがありますが、これは回収した炭素を活用する技術です。 CCSは、回収した炭素を埋めるために広大な土地を必要とします。また、仮に石炭火力発電所にCCSを設置しても、温室効果ガスの回収率は9割程度と完全ではなく、また多くのエネルギーが必要となる上に、現時点では実用化には高いコストがかかるという問題があります。

ゼロエミッション燃料とは?
水素やアンモニアは、燃焼時にCO2を排出しない「ゼロエミッション燃料」として注目されています。しかし、現段階では、いずれも化石燃料から生産した水素・アンモニアがほどんどで、作る段階でも多くのCO2を排出しています。
日本政府としても、まずは水素・アンモニアの普及を優先するべく、海外で化石燃料から安く生産する方法を確立しようとしていますが、化石燃料は、燃焼時のみならず採掘する際にも多くの温室効果ガスを放出します。CCUSを行い、生産段階での排出量を相殺する事業も進んでいますが、CCSにおける課題のほか(CCSについては上記参照)、輸送の際にも化石燃料を使用している場合、多くのCO2を排出します。
生産から使用に至るまでの過程で多くの温室効果ガス排出を伴う水素やアンモニアは「ゼロエミッション燃料」とはいえません。

原子力発電
発電している時には二酸化炭素を出さないという観点から、原子力発電もカーボンニュートラルを目指すための技術の一つとして扱われています。
しかし、核のごみ(放射性廃棄物)など、解決策のない深刻な問題を抱えています。日本の原子力発電所から発生する使用済み燃料などの高レベル廃棄物の処分先も処分方法も決まっておらず、放射線レベルが一定量まで下がるのに何千年も保管する必要があります。すでに生じている核のごみは、未来の子ども達にも大きな負担として残ります。さらに、万一事故が起こった場合の影響は計りしれません。2011年3月の福島第一原発事故では、多くの方が生活や生業を失い、家族がバラバラになってしまった人もいました。人々の暮らしを脅かす原子力発電を「気候変動対策」として位置づけるべきではないことは明らかです。

大規模輸入バイオマス発電
化石燃料の代わりに、森林の木材から作られる木質ペレットや、プランテーション栽培されたパーム油・ヤシ殻などを燃やして発電する大規模バイオマス発電があり、再生可能エネルギーのひとつとされていますが、バイオマス燃料を燃やすことで大気中に放出されたCO2は、気候危機を加速します。しかし、大規模バイオマス発電は、その燃料を確保したり育てたりするために、生物多様性豊かな原生林を破壊してしまい、生物多様性の損失のほか、土壌に蓄えられてきた炭素が放出されてしまいます。また、元々森と共に暮らしていた先住民族から土地を奪うことで、生計手段の喪失に追い込んでしまうという人権問題が起きてしまう危険があります。他にも、食糧を生産するための土地が発電の燃料としての作物栽培のために使われてしまい、食糧危機をもたらす可能性もあります。

カーボンオフセットとは?
「カーボンオフセット」は、自国・自社で削減できない温室効果ガス排出量の一部を、他の場所で排出削減を行ったり、CO2の吸収につながる植林・森林保護などの事業に技術や資金を出したりすることによって自分の排出分と相殺することです。
自分の排出量削減を行わずに、別のところで炭素除去量で補うことは、温室効果ガスの継続的な排出を認め、温室効果ガスの絶対量削減を遅らせるという大きな欠陥があります。また、カーボンオフセットの事業では、環境破壊や先住民族への人権侵害などの問題も報告されています。

ジオエンジニアリング(気候工学)とは?
ジオエンジニアリング(気候工学)とは、気候変動を緩和するために、気候や大気や海などの地球システムを大規模に操作する技術です(例:ソーラージオエンジニアリングは大気中に粒子を散布して地球の気温を下げるというもの)。しかし、大規模な副作用があったとしても一回始めたらやめられず、どのような副作用があるかもやってみないとわかりません。IPCC第5次評価報告書においても、「提案されているジオエンジニアリング手法の全てにはリスクと副作用が伴う」と報告されています。[注4]

*[注2]環境ビジネス「経産省、カーボンリサイクル工程表を改訂 DAC・合成燃料を追記」2021年07月28日掲載(https://www.kankyo-business.jp/news/028985.php

*[注3] NEDO グリーンイノベーション基金事業(https://www.nedo.go.jp/activities/green-innovation.html

*[注4] IPCC第5次評価報告書第1作業部会 よくある質問と回答「FAQ7.3 ジオエンジニアリングは気候変動に対抗できるか?副作用はどうなのか?」https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/index.html

カーボン・ニュートラル事業で問われるべき点

気候危機を食い止めるためには「人為的な温室効果ガスの追加排出量」をいかに抑えるかが鍵になります。
そこで、「カーボンニュートラル」(もしくは「ゼロエミッション」「実質ゼロ」「ネットゼロ」)という言葉を目にした時には、下記のことに注目する必要があります。

  • いつまでに、どの種類の温室効果ガスを絶対量でどれだけ減らすのか?追加の大量排出を許してしまっていないか?
  • 達成のためにどのくらいの量の温室効果ガスを除去するつもりなのか、またどのような技術に依存しているか?
  • 現在から「ネットゼロ」の目標達成日までに、累積の追加排出量は合計いくらと想定されるのか?
  • 企業や政府はネットゼロをどのように定義しているのか?
  • ネットゼロシナリオで「オーバーシュート(気候変動が不可逆的に加速する1.5°Cを超えてしまうこと)」を想定しているか?

( “NOT ZERO: How ‘net zero’ targets disguise climate inaction"を参考に作成)

根本的に必要なことは「化石燃料からの脱却」

以上のように、「カーボンニュートラル」と言われているものの中には、さらなる環境破壊を引き起こしたり、人権侵害を引き起こしたりするものもあります。

気候変動による深刻な被害が広がりつつある現在、温室効果ガスの追加的な排出を許す余裕はもうどこにもありません。
これ以上の気候危機を防ぎ、パリ協定の1.5˚C目標達成のためには、迅速かつ確実に温室効果ガスの削減につながる対策が求められている中、CCSやDACなどの実用化されていない技術によって大気中の温室効果ガスの除去を見込んでいるのであれば、それだけ排出量も追加的に増やせることになってしまいます。
水素やアンモニア、CCSやDACなどの実用化されていない技術を使ってネットゼロを達成しようという方法は、むしろ解決策を先送りにし、既存の化石燃料依存型社会を維持してしまうことになります。

気候危機や生物多様性の損失を防ぐために、根本的に必要なことは「化石燃料からの脱却」です。
化石燃料から脱却するためには、①社会全体のエネルギーの需要を減らし、②市民や地域によって民主的に管理されたエネルギー発電・供給の仕組みを整えていくことが必要です。
そして、その過程では、ジェンダーの平等や今ある社会の格差をなくしていくこと、人間らしい仕事と生活を維持できる社会へと変えていこうという「Just Feminism Transition[注4]」の視点が求められています。
*[注4] Why Gender Justice and Dismantling Patriarchy?

 

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