気候危機とコロナ禍からのシステム・チェンジを
新型コロナウイルスの流行により、私たちの生活は一変しました。働き方やくらしのあり方の変更を余儀なくされる中で、特に非正規雇用労働者や外国人労働者が不当な解雇にあったり、休校により子どもたちが自宅にいる時間が増えたために、多くの家庭で女性への負担が増加しました。もともと私たちの社会にあった 経済格差やジェンダーの不平等、社会的弱者への暴力、人種差別等の問題が、コロナ禍でさらに明確に顕在化したと言えるのではないでしょうか。
コロナ危機と同時に、気候危機も深刻になっています。2020年9月に九州地方を襲った台風10号により、100名近い方が重軽傷を負いました。カリフォルニア州の大規模な山火事や、東南アジアでの大雨被害も人々や環境に痛ましい傷を残しました。
私たちが直面する気候危機と生物多様性危機
2019年9月ごろに始まったオーストラリアの森林火災は、2020年3月にようやく鎮火しました。森林が広範囲に燃え、コアラなど動物たちが犠牲になる様子がニュースで報道されたことを覚えている人も多いのではないでしょうか。2019年、2020年と巨大台風や豪雨災害による甚大な被害も続いています。 気温の上昇を1.5℃以下に抑えるためには、世界全体の人為的なCO2の排出量を2030年までに約45%削減、2050年頃までにはゼロにする必要がありますが、現在、各国が表明している削減目標をすべて達成したとしても、このままでは21世紀末までに3℃以上の気温上昇が予測されています。
研究者らは、感染症の度重なる流行は、人間の行き過ぎた開発行為による生態系の破壊が根本にあることを指摘しています。例えば、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の最近の報告書では、森林など自然生態系の開発の結果、野生生物、家畜、人間の接触の機会が増えたことや、野生生物の取引が感染拡大の温床となっていると報告しています。さらに、気候変動により、感染拡大のリスクはさらに高まります。国境を越える移動や、都市人口の増加などもパンデミックの頻度増加につながっています(*1)。
(*1) IPBES (2020) “Escaping the ‘Era of Pandemics’:” https://ipbes.net/pandemics-marquee
コロナ禍で注目されたグリーン・ニューディール
今から10年以上前の2008年ごろ、金融危機と気候危機に対応するためグリーン・ニューディールが提唱されはじめました。コロナ禍で落ち込んだ経済を立て直すのは重要ですが、一方で気候危機も進行しています。そのため、コロナ禍からの回復は持続可能な社会を指向し、気候変動対策に矛盾しないもの(グリーン・リカバリー)を目指すべきだという考えが、コロナ禍でも生まれました。例えば、コロナで業績が落ち込んだ企業への財政支援を実施する条件として、温室効果ガスの排出削減を約束させたり、再生可能エネルギーや省エネへの予算振り分けを重視したりするといったものです。しかし、「コロナ前」に回復させるというわけにはいきません。私たちが求めるのは社会構造の抜本的な変革(システム・チェンジ)です。
欧州委員会は、コロナが猛威をふるう前から欧州グリーン・ディールを重要課題として議論していました(*2)。主な内容は、2030年までの温室効果ガス削減目標の引き上げ、2050年には温室効果ガスの排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にすること、エネルギー・運輸・建物などセクター別の対策、またグリーン経済への移行のための経済支援を行うこと、そしていずれの政策も「誰も取り残さないように」行うことが掲げられています。
アメリカでは、史上最年少の29歳で米国下院議員となったアレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員とエド・マーキー議員が、2019年2月にグリーン・ニューディール法案を提出しています(*3)。この法案は2019年3月に否決されてしまいましたが、法案は気候危機、国内での格差や差別、労働問題を背景に、温室効果ガスの実質排出ゼロ、雇用創出などを提案。また米国がこれまで温室効果ガスを排出してきたことによる気候変動への歴史的責任にも言及し、人種差別や女性差別を生み出す構造的問題の解決を求める内容になっています。
ジャーナリストのナオミ・クラインは、地球環境や人権、コミュニティを中身に据えた政策の転換はラテンアメリカなど「グローバルサウス(グローバリゼーションによって被害を受ける途上国の人々)」からずっと求められてきたと指摘しています(*4)。先進国による途上国の資源と労働力の搾取を続けてきた世界の植民地主義的経済システムから脱却しなければ、元の危機を生み出した経済社会体制への「リカバリー」になってしまいます(*4)。
ナオミ・クラインらが提唱するグローバル・グリーン・ニューディールでは、大企業の利益を守るための救済を行うのではなく人々の生活や命を救済すること、エネルギーと食料確保を保障すること、そして経済公平性を推進することの3つを中心的な主張にすえています(*5)。それぞれの要素にはグローバルな視点が組み込まれていて、歴史的かつ今日の南北格差是正にも力点が置かれています。
(*2) European Commission “A European Green Deal”
https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
(*3) グリーン・ニューディール法案
https://www.congress.gov/116/bills/hres109/BILLS-116hres109ih.pdf
(*4) ナオミ・クライン「On Fire(邦題:地球が燃えている)」2019年(邦訳2020年)
(*5) グローバル・グリーン・ニューディールウェブサイト https://www.globalgnd.org/
日本の現在の政策と求められるシステム・チェンジ
気候危機と社会の危機を乗り越えていくため、個人個人が行動やライフスタイルを変えていくことも重要ですが、グリーン・ニューディールのように政府機関が気候変動の緊急性と重要性を認識し、経済格差の是正と脱炭素化に向けた政策を打ち出すことが重要です。
日本では2021年、エネルギー基本計画および地球温暖化対策計画の見直しの中で、今後のエネルギー政策や2030年の気候変動目標をどう見直すべきか、まさに議論されています。日本に必要なのは、先進国の責任に見合う目標と大きな方向転換のビジョンです。気候変動と公平性の観点をもって、老朽化する社会インフラの改修や防災対策を行い、誰一人取り残さない雇用対策や福祉政策も必要です。しかし現在の日本の気候変動・エネルギー政策議論は、化石燃料や原子力をいまだに重視し、CCUSや化石燃料由来水素など不確実で高コストな技術のイノベーションに頼っており、先進国としての責任を果たす方向とは程遠いものです(*6)。
FoE Japanが考える気候危機への解決策は、多国籍企業等の利益や大量生産・大量消費の経済を前提とする社会から、自然や自然と共に生きる人々を中心にすえた持続可能で民主的な社会への抜本的な変革(システム・チェンジ)です。
一方、コロナ禍を背景に、在宅勤務など柔軟な働き方や顔の見える消費なども以前よりは進みました。持続可能なライフスタイルへの関心が高まり、気候危機に関して声を上げたり行動したりする人が増えたことも事実です。これらの変化を一過性のものとして終わらせず、市民の参加でシステム・チェンジを実現していきたいと考えています。
(*6) 声明:日本政府は2050年「排出ゼロ」に向けた取り組みの加速を−誤った対策を進めることなく、真の省エネ・再エネ社会へ−
声明:エネルギー基本計画見直し―原発や石炭火力依存から脱却し、システムチェンジを!
システム・チェンジの5つの原則と目指す社会
その前提となる5つの原則を下記のように考えています。
〇限りある地球および地域の資源でまかなえる経済
地球に生きるすべての人が、お互いに配慮しあい、ともに豊かに生きることができる社会をめざすべきである。資源が有限であることを考えれば、消費を促進する経済ではなく、循環を基礎としたものに変えていく必要がある。エネルギー、資源、製品など、全体的な需要を抑えるための対策が必要である。
〇貧困・格差・差別の解消を
今ある社会の格差・不平等をなくし、より公平な社会を実現するように設計されなければならない。日本社会に現に存在する貧困・格差・差別を解消するため、セーフティネットの拡充や制度改革などにより、「公助」を充実させるべきである。また、多様な個性が尊重され、一人ひとりが尊厳を持って生きられる社会を実現すべきである。
〇生物多様性を守る
日本各地で大規模な生態系破壊を伴う開発が行われている。中には必要性にも疑問がある大規模事業が、住民の反対の声もある中で強引に進められているケースもある。生物種およびその相互関係の豊かさ、複雑さは、長い時間をかけて形成されたものであり、一度失われれば取り返しがつかない。生物多様性の破壊は、そこに生活する人々のくらしや文化の破壊をもたらし、最終的には、人類全体の存続基盤を脅かす。
〇市民が主体
政策の決定過程においては、透明性と市民参加が確保された上で十分な議論が行われる必要がある。一人ひとりが主権者である。加えて市民社会の組織、NGO/NPO、労働者、労働組合、コミュニティなどが、重要な主体として政策決定に参加できるようにすべきである。
〇グローバル・ジャスティスと将来世代への責任
私たちのくらしは多くを海外の資源に頼っている。また日本には、現在の気候危機や環境危機に対する歴史的な責任もあるため、グローバル・ジャスティスの視点が欠かせない。 気候危機や解決不可能な核のごみなど、将来世代に大きな負の遺産を残すことも回避すべきである。
システム・チェンジで目指す社会の例
- 市民が主体の社会、政治
・企業権益重視の政策決定から脱却し、市民が意思決定の主体となる
・政策決定への市民参加が確保され、国や企業の市民に対する説明責任が果たされる政治を実現 - 生態系破壊を止め、自然が守られる
・感染症の拡大や気候変動の悪化を止めるためにも、生物多様性の保全を大前提に
・大規模開発から天然林や人びとの権利と暮らしがまもられることを保証する - 地域分散型の自然エネルギーを主役に
・コミュニティ主体で分散型の自然エネルギー社会の実現へ
・日本の歴史的責任に見合う削減と途上国支援・資金提供を - 働く人が守られる
・長時間労働が是正され、柔軟な働き方が可能になり、多くの人が無理のない形で仕事ができる
・産業構造の移行が労働者の雇用や人権が守られるかたちで行われる - 公共交通が充実し、徒歩・自転車にやさしいまちづくり
・徒歩、自転車でくらせるまちづくり「コンパクトシティ」の実現
・サービスとしての交通(シェアリングなど個人車利用からのシフト)。 - フェアで顔の見える消費・経済循環
・地域や産直など顔の見える持続可能な消費・経済循環が促される。
・生産地の環境や人々のくらしを守るフェアトレードが促進される。 - 貧困・格差・差別がなくなり、誰もが健康に安心してくらせる
・誰もが安心して生活保障を受けられ、社会的弱者が取り残されない。
・利益ではなく人命優先、公的運営の医療体制がある。 - ジェンダーの平等
・意思決定の場に参加する女性の割合を半分以上にする。
・ジェンダーによる差別や処遇の差がない。
小さな声から大きなうねりへ
では、このような社会をどうしたら実現できるでしょうか。 私たち市民にできることはたくさんあります。
私たちは、市民、生活者、消費者として国や企業に直接意見を届けることができます。コミュニティや地域に働きかけることも大きな効果があり、他地域にも波及したり国の政策にも影響を与えたりすることがあります。個人の取り組みも、自分だけでとどめずに周囲に伝えれば大きな力になります。
たとえ遠い地域で起こっている環境破壊や人権抑圧であっても、また、自分とは一見関係ない人たちへの差別や抑圧であっても、それは「他人事」ではありません。そうした問題とたたかっている人たちとともに声をあげましょう。
いろんなところから声が上がって大きなうねりになれば、社会を変えることができますし、逆に声が上がらない限り、変えることはできません。 コロナ禍での気づきとともに、一緒にアクションしましょう!
こちらもぜひご活用ください。
・ 気候変動アクションマップ「System Change not Climate Change – 気候正義のために立ち上がろう!」
・「気候変動から世界をまもる30の方法」FoE Japan編、合同出版、2021年
・パワーシフト・キャンペーン
・スクール・オブ・サステナビリティ〜気候変動の危機から世界を守るために立ち上がろう!〜