新たな脅威 ~南極が直面する問題~
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地球上で最も人間活動の影響が及びにくいと言われる南極ですが、過去には乱獲や開発の危機に直面したこともあります。そして現在は、最大の脅威である気候変動のほか、漁業や観光による影響に晒されています。
乱獲の歴史
1820年に南極が発見されてから、南極の生きものたちは、人類の「資源」として利用されてきました。南極には5種のアザラシ(ヒョウアザラシ、ウェッデルアザラシ、カニクイアザラシ、ロスアザラシ、ミナミゾウアザラシ)と1種のオットセイ(ナンキョクオットセイ)が生息しています。現在は「南極のあざらしの保存に関する条約」(略称:あざらし保存条約 [1972年採択、1978年発効] )により、商業的な捕獲は禁止されていますが、かつてその毛皮や獣脂を目的に多くのオットセイとアザラシが殺されました。1830年までに南極と亜南極では、少なくとも700万等が犠牲になったとされています1。特にナンキョクオットセイやミナミゾウアザラシは一時、絶滅寸前まで追い込まれましたが、条約等の環境政策により、個体数は回復しています。また、1904年に南極で捕鯨が始まり、南極海で見られるクジラ7種は、1980年代後半に商業捕鯨が禁止されるまで乱獲され続けました2。シロナガスクジラ、イワシクジラ、マッコウクジラなど、今でも個体数が回復せずに絶滅危惧種に指定されたままの種もいます。
南極海の漁業は、1982年以降はCCAMLR(南極の海洋生物資源の保存に関する委員会)によって厳しく管理されていますが、漁業による影響は無視できません。とりわけ、メロ類(マジェランアイナメ、ライギョダマシ)やナンキョクオキアミの漁業活動が活発です。マジェランアイナメは、かつて日本で銀ムツと呼ばれ、食卓でお馴染みでしたが、現在は高値で取引される高級魚となり、すっかり見かけなくなりました。2023年の漁獲量は、マジェランアイナメが10,365トン、ライギョダマシが4760トンでした3。日本漁船によるメロ類の漁獲量は、2016〜2018年の年間350トン超をピークに、現在は200万トン程度で推移しています4。また、その市場価値の高さからメロの密漁などが横行したことを受け、CCAMLR は IUU(違法・無報告・無規制)漁業への対策を行い、2005年以降は輸入に際して漁獲証明書5が必要となっています。
ナンキョクオキアミの漁獲量は、1982年の約53万トンをピークに、1990年代以降は多くても10万トン台で推移していましたが、2010年以降は増加傾向に転じ、2020年以降の年間漁獲量は40万トンを超えています6。メロ同様に、ナンキョクオキアミ漁業は、CCAMLRが管理しており、漁獲可能量の上限にはまだ余地があります。しかし、南極はすでに温暖化による深刻な影響を受けていることや、南極の生態系はナンキョクオキアミを土台として成り立っていること等から、漁業による追加的な影響が懸念されます。
気候変動
遠く離れた氷の大地、南極にも気候変動の深刻な影響が及んでいます。近年、南極では記録的な気温上昇が報告されています。特に南極半島は、過去50年間でおよそ3℃上昇しており、地球上で最も早く気温が上昇している場所です7。それにより、毎年1,500億トンの氷河が溶けており、また南極の氷床や棚氷、海氷の溶けるスピードは速くなる一方です8。2016年以降、南極の海氷面積は減少し続けています9。海氷面積は、海洋循環や気候の状況によって変化しますが、近年の劇的な減少の主要因は、人為活動による気候変動であることが科学的に明らかになってきています。南極は世界中の海洋循環の要でもあり、その変化は地球上のすべての気候に予測困難な影響を与えると考えられています。
気候変動は、南極の生きものにも深刻な影響を及ぼしています。たとえば、海氷の下の藻類を餌にするオキアミの個体数は、海氷の減少に伴って減少しています。さらに、オキアミは南極に暮らす多くの生きものの餌であることから、生態系全体への影響が懸念されています。コウテイペンギンは、海氷が失われることによって、その繁殖に壊滅的な影響を受けています。このまま気候変動が進めば、2100年までにコウテイペンギンの個体数は99%減少すると予測されています10。
南極観光の拡大11
南極への観光客が増加しています。1990年代後半までは、多くても年間7,000人程度12だった観光客の数は、2022-2023年には過去最多となる10万4,897人が観光で南極を訪れました。南極への観光需要は今後も拡大することが予測されています。南極観光のほとんどは、南極半島の北部沿岸に集中しています。また、観光客のほとんどは船で訪問し、南極の地に降りる時間は限られています。また、南極海における船舶の運航は、極海(北極・南極)の厳しい環境下における船舶運航のルールである「極海コード(Polar Code)」に従っていますが、極海の環境を守るためには不十分で、様々な影響があります。たとえば、船舶のディーゼルエンジンで化石燃料を燃焼することで発生するブラックカーボンには、南極の雪を溶かす作用があります。また南氷洋では、船舶からの生活排水の処分に関する規定がありませんが、生活排水には化学物質やマイクロプラスチック、大腸菌などの環境に悪影響を及ぼす物質が含まれます。そのほか、海難事故や外来生物の侵入など、多くの懸念が払拭されないまま、観光業が拡大しているのです。こうした背景から、(1)観光が南極環境に与える影響、(2)南極地域における適切な観光の管理、(3)南極における観測活動等への障害等の観点から、より厳しい規制をかけるべきとの主張があります。
- Daniella, M., & Alessandro, A. (2020) “200 years ago, people discovered Antarctica – and promptly began profiting by slaughtering some of its animals to near extinction” The Conservation. ↩︎
- CCMLR. “History" ↩︎
- CCAMLR. “Toothfish fisheries" ↩︎
- 水産庁 & 水産研究・教育機構 (2024) “令和5年度 国際漁業資源の現況- メロ類 南極海" ↩︎
- 経済産業省. “めろの輸入管理(事前確認)" ↩︎
- CCAMLR. “Krill fisheries" ↩︎
- World Resources Institute. (2020) “5 Visible Signs of Climate Change in Antarctica" ↩︎
- 世界経済フォーラム. (2023) “南極大陸の急激な氷の融解に対応するためのアプローチ" ↩︎
- JAXA. Earth-graphy “気候変動2023 第2回:南極域の冬季海氷面積が最小記録を更新" ↩︎
- British Antarctic Survey. (2024). “Emperor penguin colonies in Antarctica suffer as sea-ice diminishes" ↩︎
- ASOC. ”Antarctic tourism is changing" ↩︎
- 環境省. 南極の自然と環境保護. “観光の現状と課題" ↩︎
◎参考 外務省HP <https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/s_pole.html>
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