「公正な移行(Just Transition)」って?

気候変動

「公正な移行」とは

気候危機や生物多様性の損失などの環境問題が深刻化するいま、私たちは生活のあり方だけでなく、経済・社会のあり方の抜本的な変化が求められています。そのような中、「公正な移行(Just Transition)」という考え方が注目されています。

「公正な移行」の起源は、1970年代の米国での労働運動までさかのぼります。2009年には、第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)で、国際労働組合総連合(ITUC)が気候変動対策にも公正な移行の考え方を導入するよう提唱しました。

ITUCが提唱した「公正な移行」の概念には、温室効果ガスの排出が少なく平等で公平な社会、より人間らしい仕事や健全なコミュニティを創出していくという考えも含まれており、2015年に採択されたパリ協定の前文にも「公正な移行」が言及されています。2023年に開催されたCOP28でも一つの重要な議題となり、今後も注目を集めるテーマとなっています。

労働力の移行のみ?それとも社会・経済の抜本的な転換?

「公正な移行」の議論では、エネルギー産業における雇用のみに対象を絞るべきという主張もみられます。しかし、気候正義を求める世界の市民社会は、エネルギー産業などの高炭素産業(温室効果ガスを多く排出している産業)の労働力の移行だけでなく、経済と社会全体の脱炭素化が必要なこと、そして、その移行に際し、現在の経済システムが生み出しているのと同じ人権・環境問題が起きないようにする必要があると指摘しています。

また、男性労働者中心になりがちな産業構造や、育児や介護、看護などのケア労働が軽視されている社会を見直してケアの価値を再確認し、雇用の移行・創出がジェンダー平等を実現する機会となるべきとも主張しています。

さらに、市民社会や途上国は、途上国も「公正な移行」が実現できるよう、先進国による資金や技術の提供と国際貿易ルールの改革が必要だと訴えています。途上国の資源や人々が搾取され、資金や技術が先進国に偏ってしまっている現在、途上国で「公正な移行」を実現しようにも、そのための国内の資本や技術が足りません。だからこそ、「公正な移行」には、先進国・途上国の富の格差を減らすこと、そのためにもグローバルサウスの「公正な移行」を阻む既存の世界経済・金融・貿易体制の改革も議論するべきと主張しています。

世界の市民社会が目指す「公正な移行」の姿

グローバルサウスの国々や気候正義を求める世界の市民社会が考える「公正な移行」は、国際協力を通じた、すべての国での持続可能かつ公平な経済・社会への移行です。では、その実現のためには、どのような視点が必要なのでしょうか?COP28以降、各国や世界レベルで、脱化石燃料社会に向けた移行の道筋の議論が本格化しています。国際交渉の場では、この議論を進めるにあたり、締約国のみならず、市民社会団体を含んださまざまなステークホルダーからの意見提出が推奨されています1。気候正義を求める世界の市民社会も、2024年2月に意見提出を行いました2。その提言の中で描かれる「公正な移行」の姿は、次のようなものです。

化石燃料の段階的廃止と、再生可能エネルギー100%の段階的実現を

「公正な移行」は、人々と地球を守る社会と経済への公平性に基づいた道を示す枠組みです。現在、私たちの経済は持続不可能な消費と生産システムに基づいており、化石燃料産業がエネルギーの生産から消費までを支配しています。グローバルノースと中流および上流階級の過剰なエネルギー消費を削減する必要があります。また、化石燃料への依存によって、世界の健康は損なわれています。例えば、石炭火力発電所やガスターミナルから排出される有害物質は、近隣住民が健康を害しています。

COP28の決定文では、各国に「化石燃料からの脱却」を求めました3。再生可能エネルギーへの移行は、化石燃料の段階的廃止と同時に行われる必要があります。そして、エネルギー移行に必要となる資源採掘に関する環境社会配慮や規制が必要です。

将来のエネルギーシステムは、民主的で分権化された小規模分散型の再生可能エネルギーに基づいたものであるべきです。地域の人々が、地域におけるエネルギーの生産と利用に関する決定に民主的に関われるような仕組みが求められます。必要な人々全員に民主的に管理された再生可能エネルギーシステムは、気候変動の悪化を防ぐだけでなく、人々の健康と経済を劇的に改善します。

世界的な化石燃料からの移行は、現状の不公正なエネルギーシステムを、別の不公正で持続不可能なエネルギーシステムに置き換えるものであってはなりません。炭素除去技術、原子力、化石燃料ガス、水素・アンモニア4、ジオエンジニアリング5などは、誤った気候変動対策の代表的な例です。

そして、適応策も重要です。適応策が考慮されない場合、極端な天候や農業、食料、水、インフラへの影響など、気候変動の影響はさらに悪化してしまいます。国内および国際レベルで適応策を強化すべきで、そのためにも、先進国の気候変動への歴史的責任に基づいたグローバルサウスへの技術支援と資金提供は不可欠です。

多様なステークホルダーの参画を:労働者の権利の保障、ジェンダー公正、社会的包摂の実現

世界・地域・国家レベルでの「公正な移行」の計画策定・実施・監視において、労働者や影響を受けるコミュニティ、女性、若者、先住民族、その他すべてのセクターの参加と主体性を確保する仕組みが必要です。社会的対話と人々の参加の原則を制度化する必要があります。

「公正な移行」を実現するうえでは、労働力の公正かつ公平な移行を中心に据え、労働者の労働の権利と保護することは依然として重要です。移行中の産業の労働者であっても、移行前と同じ福利厚生、雇用の安定性、および労働組合の下での組織化の権利を享受すべきです。

同時に、男女間賃金格差をなくすこと、ケアの価値を再確認することも目指します6。そのためには、有償無償問わず今まで家事や育児、介護、看護などの社会の再生産を担ってきた女性の貢献を認識・評価し、さらなる支援が提供されるべきです。「公正な移行」は、性別に基づく暴力や人権侵害を終わらせる機会とならなければなりません。

また、「公正な移行」は、歴史的に疎外されていたり、差別・弾圧され発言権を認められてこなかった人々の生存権、清潔で健康な環境を求める権利等が尊重されることも意味します。

「公正な移行」を実現する貿易、国際協力、産業の仕組みを

自由貿易協定などの現在の貿易ルール7は、多国籍企業が人権と環境基準を無視して活動することを許す一方、政府が環境を保護し、歴史的責任に基づいた気候変動対策を果たすための法律を策定したり、政策を実施したりすることを妨げています。つまり、現在の国際貿易のルールは、気候変動に対処し「公正な移行」を支援するための適切な解決策や手段からは程遠く、阻害する側面も持ちます。このような状況を変えるためにも、私たちには、環境破壊や人権侵害を引き起こしているグローバルな企業活動を監視するための新しい仕組みが必要です

グローバルノースは、グローバルサウスでの「公正な移行」を支援するために必要な資金や適切な技術移転を提供することを含め、「公正な移行」の取り組みをリードしなければなりません。気候変動対策技術に対する知的財産権(IPRs)は、適用の例外を認めることなどでオープンアクセスが確保されるべきです。グローバルサウスへの技術移転を妨げたり制限したりする国際的な障壁は撤廃しなくてはなりません。また、資金についても、既存の予算をあてがうのではなく新たに検討されるべきで、歴史的責任を負うグローバルノースからの貸付の形で提供されるべきではありません。今日多くの途上国政府が負う巨額の債務も、これらの国々が脱化石燃料や公正な移行へ踏み出せない大きな足枷となっています。

一方、化石燃料の段階的廃止によって影響を受ける民間企業(化石燃料、鉄鋼、セメント、食品生産産業など)は、業務および生産プロセス・サプライチェーンにおける移行の実施、そしてその実施のための資金調達に取り組む必要があります。

食料主権や公共財の管理を人々の手に

変化が求められる不公平な資本主義システムは、エネルギーシステムだけではありません。現在の私たちの食料の生産と消費のあり方、土地の管理方法も、持続不可能なものです。農業による排出は温室効果ガス排出量の最大30%を占め8、森林破壊は温室効果ガス排出量の最大20%を占めています9

資本集約型の食料生産消費のあり方から私たちが食料主権を取り戻すには、小規模な食品生産者と社会的・連帯経済に基づく流通と消費形態が不可欠です。食料主権を取り戻す取り組みは、地元の市場に基づき、小作農、労働者、家族農家、漁業者、小規模生産者により良い収入を促進し、人々による公共財や経済の管理を強化するのに役立ちます。

また、先住民族や地域コミュニティは、世界の土地の約30%を保護・管理しています。しかし、エネルギー転換に必要とされる鉱物の半数以上が、先住民族の土地または近くにあります10森林破壊による温室効果ガスの排出をとめ、先住民族の権利を尊重するためにも、先住民族や地域コミュニティが自らの土地を管理する政策が強化されることが重要です。一方、炭素市場とオフセット、認証制度、二酸化炭素の大気中からの除去技術、およびジオエンジニアリングは、先住民族の土地や海の収奪のリスクがあります11。先住民族の人権を危険にさらす対策は、「公正な移行」において用られるべきではありません。

「公正な移行」で目指すのは、システム・チェンジ

FoE Internationalが提唱する「システム・チェンジ」は、個々の問題や危機を解決しようとするだけでは国や企業などのアクターが変わるだけであったり、他の問題を悪化させてしまったりすることから、これらの問題を生み出している経済社会システムの深い変革が必要であるという認識から生まれました。緊急に行動しなければならない気候変動問題の中で注目されるようになった「公正な移行」の考えは、経済・社会のあり方を抜本的に変革すること、そしてその変革の実現には中長期の道筋がなければならないということを、世界が認めた証でもあります。

COP28で採択された「公正な移行作業計画」の中でも、化石燃料経済からの脱却が各国に与える影響の大きさに鑑み、エネルギー部門やその従業者のみに限らず、国際協力を通じて、すべての国が持続可能でかつ公平な経済・社会へ移行することを目指すとしています。

気候変動問題を解決するための「公正な移行」は、個々の国でのエネルギー政策、技術や産業の脱炭素化だけでは実現できません。グローバルノースとグローバルサウスが協調し、世界や各国が政治経済社会のあり方を持続可能かつより民主的で公平な社会へと変えていく「システム・チェンジ」こそ、必要なのです。

関連情報



脚注

  1. UNFCCC, “Decision 3/CMA.5 United Arab Emirates Just Transition work programme”, Para 8, https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma5_auv_5_JTWP.pdf ↩︎
  2. Friends of the Earth International, Global Justice Now and the Asian Peoples’ Movement on Debt and Development,  “Views on work to be undertaken under, as well as possible topics for the dialogues under the UAE Just Transition Work Programme”, 2024年2月, https://www4.unfccc.int/sites/SubmissionsStaging/Documents/202402220839—FoEI,%20GJN,%20APMDD%20Submission%20on%20JTWP%20February%202024.pdf ↩︎
  3. UNFCCC, “Decision 1/CMA.5 Outcome of the first global stocktake”, Para 28(d),  https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2023_16a01_adv_.pdf#page=6 ↩︎
  4. 提言では「グリーン水素」となっているが、日本政府は現状、化石燃料由来の水素を「低炭素水素」として推進しているため、「水素」とした。また、海外ではアンモニアは気候変動対策として見なされておらず、提言には記載されていないが、日本政府はアンモニアも低炭素燃料として推進しているため追記した。 ↩︎
  5. ジオエンジニアリングとは、気候変動を緩和するために、気候や大気や海などの地球システムを大規模に操作する技術のこと。(例:ソーラージオエンジニアリングは大気中に粒子を散布して地球の気温を下げるというものなど)。しかし、大規模な副作用があったとしても一回始めたらやめられず、どのような副作用があるかもやってみないとわからず、IPCC第5次評価報告書においても「提案されているジオエンジニアリング手法の全てにはリスクと副作用が伴う」と報告されている。 ↩︎
  6. FoE International による、ジェンダーの視点を取り入れた「公正な移行」に関するレポートはこちら:Friends of the Earth International, “If it’s not feminist, it’s not just”, 2021年11月, https://www.foei.org/publication/if-its-not-feminist-its-not-just/ ↩︎
  7. 提言では自由貿易協定の他、「投資家と国との間の紛争解決(ISDS:Investor-State Dispute Settlement, ISDS)」、エネルギー憲章条約(ECT:Energy Charter Treaty, ECT)、EUの炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Boarder Adjustment Mechanism)などが挙げられている。 ↩︎
  8. Food and Agriculture Organization, International Atomic Energy Agency, “Greenhouse gas reduction”, https://www.iaea.org/topics/greenhouse-gas-reduction ↩︎
  9. London School of Economics and Political Science, “What is the role of deforestation in climate change and how can 'Reducing Emissions from Deforestation and Degradation’ (REDD+) help?”, 2023年2月, https://www.lse.ac.uk/granthaminstitute/explainers/whats-redd-and-will-it-help-tackle-climate-change/#:~:text=Land%20use%20change%2C%20principally%20deforestation,also%20contribute%20to%20these%20emissions. ↩︎
  10. Nature, “Energy transition minerals and their intersection with land-connected peoples”, 2022年12月,  https://www.nature.com/articles/s41893-022-00994-6 ↩︎
  11. Friends of the Earth International, “Toolkit for fighting climate false solutions”, 2023年11月, https://www.foei.org/publication/toolkit-climate-false-solutions/ ↩︎
 

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