写真下に見られるようなフクロウやアムールトラなどの野生生物にとってタイガは失うことの出来ない住みかとなっている。そうした箇所でのタイガの破壊は、野生生物の生息を根本から脅かし、最悪の場合は種の絶滅を招いて生態系のバランスを壊してしまう。
極東ロシアは日本の17倍もの面積のある地方であり、タイガはじつにその45%までを覆っています。しかし実際に伐採の行なわれてきた箇所は南部の一部の地域に集中してきました。
これは気温の低い北部のタイガでは十分な太さの木の得られなかったこと、北部には道路などのインフラが不足していたことなどが原因ですが、結果的に伐採の集中してきた地方 − アムール州、ハバロフスク地方、沿海地方、サハリン島など − のタイガは、一方で世界的に重要な生態系の基盤を成す森林でもありました。良質の針葉樹丸太を得るために最も激しい伐採の行なわれてきた地方が、実は広い極東ロシアの中で最も生命に溢れる森林生態系のある地方でもあったわけです。皮肉なことですが。
世界銀行がロシア森林政策を分析して1996年に出した報告書は、この地方を「アムール-サハリン生物圏」と呼び、その重要性をこのように紹介しています。
「カフカス(コーカサス)山脈と極東ロシア地域の種の構成は独特であり、その多様性・固有性において世界のあらゆる温帯林を凌いでいる。また、ロシアの森林はシベリア地域と極東地域の先住民族の文化的多様性を支えている。
なかでも極東ロシア地域の "アムール-サハリン生物圏"は、その大部分が氷河期を経験していないため特別な重要性を持つ。過去の氷河期の際、この地域は"種の避難所"となり、その結果今日のこの地方の植物や無脊椎動物の固有性は、きわめて高いものとなっている。(Krever and others 1994; Charkiewicz 1993)。かつては類似の森林が中国や韓国、日本を覆っていたが、今日ではその多くがすでに破壊されてしまっている。
極東ロシア地域の生物学的・地理学的変遷はきわめて独特であり、世界の他の地域にはない動植物相をもたらした。今日、極東ロシア地域では、アムールトラ、アムールヒョウ、ジャコウジカ、ツキノワグマといった野生動物が、ヒグマやトナカイ、サケと生息地を共にしている。」
("Russian Federation Forest Policy Review; Promoting Sustainable Sector Development During Transition" p25,"The Global Significance of Russia's forests"より。著者和訳)
つまり、針葉樹丸太を集めるためにソ連時代から盛んに伐採の行なわれてきたアムール地方からサハリン島にかけてのタイガが、実は、言ってみれば自然の宝庫であり、そこではタイガこそが、様々な動植物が織り成す生態系の基盤となっていたわけです。
そして、ロシアの政府機関の作成した絶滅危惧種のリスト(レッドデータブックと呼ばれます)を見るとこれらの地方には絶滅の危惧される数多くの動植物が存在することが分かります。
これらの絶滅危惧種の数は、森林以外の場所−湿地や海など−の生物を含んでいるとはいえ、この「アムール−サハリン生物圏」と呼ばれた地方の自然の代表的な形態がタイガであること、そして湿地や海もタイガとつながっていることを考えると、この地方のタイガの破壊は、思ってもみなかったような生物の絶滅を引き起こす可能性があります。
説明が長くなりましたが、この「アムール−サハリン生物圏」という捉え方は大切なヒントであると思います。極東ロシアの全部の州や地方の名称を覚えるのは面倒かもしれませんが、取り敢えず、この「アムール−サハリン生物圏」にある州や地方としてこの四つを覚えておいて下さい。この後、この本の中でまた登場します。
・ アムール州(州都 ブラゴベシチェンスク)
・ ハバロフスク地方(州都 ハバロフスク)
・ 沿海地方(州都 ウラジオストク)
・ サハリン州(サハリン島、旧樺太 州都
ユジノ−サハリンスク 旧豊原)
そしてこれはロシアの制度上の問題ですが、現状では森林開発のためのロシアの制度、手続きは、現場の自然や生態系やを十分に守れるものとなっていません。
たとえばハバロフスク地方政府が1997年暮れマレーシアの会社にタイガの伐採権を得た場所
− スクパイ川流域 −
は、そのわずか3年前に現地を調査した同じ地方の科学アカデミーの科学者たちが、国立自然保護区としての指定を求めたほどの場所でした。
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