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  南太平洋大学 パトリック・ナン教授 インタビュー
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南太平洋大学 パトリック・ナン教授 インタビュー

1. なぜNTFは、南太平洋で海面上昇は発生していないとしているのか?
オーストラリアに拠点を構える「NTF(国家潮位研究所)」は、オーストラリア政府の出資の下、南太平洋の各所に設置された潮位計の管理をしています。しかし、こうした(NTFの)潮位計の稼動年数は短く、場所によっては5年から10年以下です。長期的な海面上昇の傾向を断定するためには、最低でも30年分のデータが、できれば50年のデータが必要となります。 (参照:
ツバルで海面上昇は起きていなかった?

わずか5年のデータでは充分ではありません。海面レベルの観測を行う際には、その海面レベル値と共に多くの妨害信号が入ってきます。このため、年々大きな変動があるのです。ですから、長期的な傾向を突き止めるためには、少なくとも30年、むしろ50年という長期的なデータ蓄積が必要となります。

NTFはオーストラリア政府の出資によって成り立っている組織です。このため、潮位計のデータに関して意味のある発言をしなければならないという強い政治的圧力がNTFにかかっています。これは単純なことで、あまり多くを語ることもないでしょう。NTFのプロジェクトにかかわるすべての科学者は、プロジェクト開始当時からこのことはよくよく知っていました。彼らは、海面上昇に関して意味のあることをいうには、最低でも30年は稼動していなければならないことは重々知っていたのです。しかし、NTFには(オーストラリア政府からの)強い圧力がかかっています。ですから、私が思うに、NTFは海面上昇に関する不適当で、浅はかな声明を多く出しているのです。私はNTFの人々が会議でいきり立って、こういったことを覚えています。「我々のデータによってIPCCの将来予測が間違っていることが証明された。」これは全くもって言語道断です。これが一つ指摘できる点です。しかし、正確な科学的知見を提供することとは全く関係ない理由のために、海面上昇や気候変動に関する発言をしている科学者が多いということはさらに問題でしょう。これは、彼らが政治的権力者に資金を依存していることが理由です。なぜなら、その政治的権力者が好むことを言わなければ、資金はストップしてしまうのです。残念なことにこれは実際に起こっていることです。NTFの発言は間違っているか、誇張されたものになってしまっているのです。これは紛れも無い事実なのです。


2. なぜ、世界のほかの地域よりも南太平洋島嶼国では海面上昇の影響が顕著に見られるのか?
海面上昇は南太平洋だけで発生しているわけではありません。南太平洋は島国の地域ですから、海面上昇の影響がより出てしまうのです。日本もそうですからご存知でしょうが、たとえば島国は大陸の国々に比べて海岸線が多いこと、つまり、沿岸地域をより多く有している。したがってより多くの人々により多くの影響が出てしまうことが原因です。ですから、たとえば米国に比べて海面上昇の影響が及ぶ人々の割合が多いのです。海面上昇が世界のほぼ全域に影響を及ぼしていることを理解することは重要なことです。南太平洋だけに影響を及ぼしているだけではありません。日本にも、北米、南米、欧州、そしてアフリカにも影響を及ぼしているのです。唯一の例外は極地でしょうか?海面上昇が起こっていないようですから。


3.  先進国の責任について
私は科学者であって、倫理学者ではありませんが、私が感じることは、一側面として裕福な国々が確実に、世界の貧しい国々が気候変動の影響に対して適応するために支援をする責任を負っているということです。これを踏まえて、私はまた支援過多という側面もあると思います。もし貧しい国々が、たとえば南太平洋の貧しい国々が、支援を受けすぎたとしたら、それに依存するようになってしまうでしょう。そしたら、彼らは自分達で何とかするということをしなくなってしまう。こうなると事は難しくなってしまいます。私が思うことは、南太平洋地域において、日本のような国々から技術支援は必要です。特定の適応策に対しての資金的支援は必要です。また、日本やそのほかの裕福な国々の多くは、この問題はお金を投げておけば解決するわけではないと考えるようにならなければなりません。この問題の解決には、もっと革新的かつ適切な解決策が必要です。日本がフィジーで行っていることの一つがヤンドゥア村などでマングローブ地帯を再生しようとしていることです。これは、私の考える限りでは、最善の策といえるでしょう。なぜなら、南太平洋の国々は、島すべてにシーウォール(護岸堤防)を建設するだけの充分な資金がありません。事実、実際に建設されたシーウォールの多くは質の悪いものです。意図された機能を果たしていません。問題解決につながっていないのです。しかも、状況を悪化させている場合も多く見られます。ですから、マングローブ植林を行うということは、圧倒的に安価で、自然な解決策といえるでしょう。3000年ほど昔、太平洋諸国に最初の入植者が来たときは、沿岸地域はマングローブで覆われていました。マングローブ林があり、幅30〜40mものマングローブが沿岸地帯に広がっていたのです。ですが、入植者達が島に入ってくるようになり、マングローブ林を皆伐してしまいました。これは大きな間違いでした。なぜなら、こうしたことが土地の脆弱性を増すことにつながり、海面上昇や海岸侵食の影響を受けやすくなってしまったからです。


4. 先進国が気候変動においては行動を起こすべきなのはなぜ?
それは、フィジーのような国が直面している問題というのは工業化の進んだ先進国の活動によって引き起こされたものだからです。フィジー国内でももちろん工業化はおこっており、温室効果ガスも排出しています。しかしその排出量というのはアメリカ、日本、中国、インドと言った国と比べると比べようもないほど微々たるものです。責任について話をするなら、そのような多くの温室効果ガスを排出している国々にあると言えますが、当初はそれらの国も彼らの活動がどのような結果を引き起こすか知らなかったわけですから「責任」という言葉は、私は好きではありません。しかし今日では私たちは化石燃料の燃焼がどういった現象を引き起こすのか、また、大量の温室効果ガスを排出し続けることで、今どういう事態になっているかを知っています。その事を考えると、ブッシュ政権下でのアメリカやオーストラリアなどの排出に関する規制を設けなかったり、京都議定書に批准しなかった国々には「責任」があると思います。こうした国々は攻められてもしようがなく、これらはもっとこの問題について知っているべきで、もっと責任ある行動をすべきです。


5. 気候変動と海面上昇の社会的、経済的なインパクトとは?
フィジーのような太平洋諸国に住んでいる人々のほとんどは自給自足の生活をしています。食物を育てたり集めたりして暮らしています。食料品店やスーパーマーケットなどにいって食糧を得ているわけではありません。だから彼らは、自分達の生活を送るために、土地、珊瑚礁そして海を頼りに食糧を得ています。そして、そうした自給自足の生活は、気候変動の発生によって、食物資源が激しく影響を受け、変化する事になります。珊瑚礁がそのいい例です。食糧となる海の生物というのは珊瑚があるからそこに住んでいるものたちがほとんどです。珊瑚そのものではないにしろ、珊瑚の周りや珊瑚のある海にすんでいるのです。海水温が上昇することによって多くの珊瑚礁が死んでいます。この現象は珊瑚の白化現象といわれています。すでにこの現象が起こっていますし、そしてこれからも起こり続けるでしょう。生態系の重要な鍵を握る珊瑚礁は徐々に今後の30年から40年で衰退していくでしょう。そして、これが食糧調達のもととなっているということが重要なのです。食糧が減少すると、人々は食糧を得るために山に登らなければなりません。ひとつの代替策としては農業があります。また内陸に池を作ることによって魚や他の海産物を養殖する事ができます。それは解決策のひとつです。しかし、もうひとつ他の明らかな海面上昇の影響は、低地での水位も上昇するということです。そうなると、いたるところで洪水が発生するかもしれません。そしてもちろん塩水がそのような低地に入り込んでくるということです。だから(淡水資源や土壌の)塩化の問題も出てくるわけです。フィジーのような国では、すでに影響が出ていますし、これからも影響は出続けるでしょう。なぜなら低地で育つような作物は塩化した土壌を嫌います。実際に塩化がどんどん進んでいるため、作物があまり育たなくなってきているのです。私は今まで農場を営む多くの人と話をしてきましたが、彼らは「タロイモは10年前はこんなに大きかったのに今ではこんなもんだよ。水の中に塩分が含まれているせいで、ちゃんと育たないんだよ。」といいます。サトウキビはフィジーの輸出の主要な作物ですが、これもまた塩化した土壌で育つことはできません。気候変動はもう既に社会的、経済的な面でフィジーのような国に住む人たちの生活に大きな影響を与えています。もしIPCCの予測がその通りになったとしたら、海面上昇がもっともっと加速されてしまうことになります。こうなると、現在私達が感じているような影響が、フィジーのような国々ではもっと悪化してしまうのです。こうした国々の政府が先手を打って計画を立てていくということがとても重要であると私は思います。


6. その他の社会的・経済的影響は?
もちろんあります。海面上昇が発生することによって、沿岸の村々では浸水や海岸の侵食が発生し、その地域にすむ人々は内陸への移動を余儀なくされています。フィジーのような国には、海岸沿いに多くの村があります。50年ほど前は、このような地域の海岸線はもっと沖のほうにありました。つまり、陸地がもっと多かったのです。こういう村へ行き、そこのお年寄りに話を聞くと、「今は海になってしまっているところにあった家で、私は生まれたんだよ。」と教えてくれはずです。これは実際に起こっていることです。そしてこれがもたらす社会的影響は実に大きいものです。この社会的影響に関して定量的な研究はなされていませんが、もしあったとしたら、南太平洋諸国において、海面上昇の影響を受けた村と人々が町へ移住していくことは相関関係があるという結果が出ると私は思います。多くの村は50年前より人口密度が増してきています。土地がないため家々はより隣接して建っています。だからといって単に他の土地に移動しようというわけにはいきません。他の土地はまた他の誰かのものだからです。これはあなたの土地です。あなたの所有しているものです。ここは先祖が暮らしてきた土地であり、彼らが亡くなったところであり、そして彼らが眠る場所でもあります。だからここの人々と土地の間にはとても強いつながりがあるわけです。


7. 海面上昇は人々の精神的な面にも影響を及ぼすのか?
太平洋諸国の文化などに影響を及ぼすでしょう。テレビやコカコーラなど他にもこれらの伝統的な文化が壊れていく理由がありますが、海面上昇もそれの一因となっています。海面上昇によって、人々は住み慣れた土地から、これまで農業を営んできた土地から追い出されています。だから他に生きていく道を他に探さなければなりません。太平洋諸国の政府は、現在何が起こっているのか、そして将来何が起ころうとしているのかを本当に真剣に考え、将来の計画をしなければなりません。しかし現在そうであるようには思えません。民主主義の下では政治家は次の選挙まで、3〜5年程度先のことしか考えません。政治家に50年先に何が起こるのかを考えさせることが重要なのです。


8. 太平洋島嶼国以外での海面上昇の例?
良い例としては河口のデルタ地帯があります。私が最もよく知っている例はバングラデシュです。デルタ地帯で農耕をしている人々は何百万といます。その地域は、ツバルの島々と同じように海抜1mくらいです。つまりほぼ海面と同じくらいです。ですから海面上昇が起こると、人々はバングラデシュのように何世代にも渡って行われてきた農耕地から移動することを余儀なくされてしまいます。


9. 他に何かありますか?
あなたのような人たちがフィジーのようなところへ来て、直接自分の目でみたり、耳で聞いたりする事はとても大事だと思います。他の国の人々が太平洋諸国のような脆弱な国の事を学ぶ事はとても重要です。太平洋諸国の暮らしのスタイル、そして気候変動がどういった影響を環境や文化に及ぼすのかというのはあまりにも知られていません。これは国際的なレベルにおいてもいえることです。私はIPCCにかかわっていますが、数年前に海面上昇に対する脆弱性を評価するために共通の方法論をIPCCは策定しました。IPCCのある科学者グループがこの方法論を生み出したわけですが、彼らはこういいました。「この方法論は、世界のどの地域にも適用する事ができ、私たちはこれによってそれぞれの国の脆弱性を定量的に測定する事ができるようになる」と。しかし、これは太平洋諸国には用いる事ができません。金銭的な価値を土地に見出す事はできません。ドルという単位で、モトリキのような島の価値を測ることはできません。島の土地は、そこに住む人々にとって価値があるものであり、量や数でなく質的な価値なのです。ナサウブンキが2万5千とか100万ドルの値打ちがあるとかいうことは測ることはできません。だからIPCCの共通の方法論が太平洋諸国に適用されたとき私はとても批判的でした。なぜなら、この共通の方法論はアメリカ、日本、その他のどんな小さい土地にでも金銭的な価値をつけようとする国々の人たちによって作られたものだろうということがわかるからです。しかし、この方法論は太平洋のような場所ではうまく機能しません。だから、国際的な機関でさえも南太平洋諸国に特有な性質、土地観などについて教育を受ける必要があるでしょう。

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