フィリピン・ニッケル製錬事業で労働問題―不当解雇も 日本企業は早急な問題解決に向けて積極的な対応を!

タガニート川上流側の鉱山の様子。
降雨がなく、鉱山サイトで粉塵が舞い上がっていた(2019年8月)

昨年のノーベル化学賞で話題になったリチウムイオン電池。スマホやパソコンをはじめとする 様々な電子機器だけでなく、電気自動車での利用も注目されています。電気を高効率で貯められるため、気候変動対策にもなりうると大きな期待が寄せられているからです。

しかし、 その需要は、私たちの目に見えないところで何をもたらしているのでしょうか?

リチウムイオン電池に欠かせない原料であるニッケルを日本は輸入に頼っています。その大きい輸入元はフィリピン(参照:JOGMEC資料)で、住友金属鉱山や大平洋金属、双日、三井物産などの日本企業が出資し、パラワン州リオツバ鉱山と北スリガオ州タガニート鉱山で採掘や製錬事業を行なってきました。

FoE Japanはこれまで、両地域での河川の水質汚染や生態系への影響などの問題を指摘し(参照:YouTube)、関連する日本企業に根本的な問題の解決を求めてきました。現在、そうした環境問題に加え、違法な雇用形態や不当解雇など、労働者の人権侵害の問題も顕在化してきています。労働者の権利が早急に回復されるよう、関連日本企業の積極的な対応が求められています。

現地労働法に違反か?――「偽装請負」で働かされてきた疑惑

労働問題が明らかになったのは、住友金属鉱山が筆頭株主のタガニートHPALニッケル社(THPAL)(資本関係は図を参照)による製錬事業の現場です。THPALは人員輸送業務を担う運転手を中間業者からの派遣の形で確保してきました。運転手は、THPALが契約する中間業者を変更すると、新たな中間業者に移籍して同製錬事業における同じ業務を担い続ける一方、各中間業者とは1年間などの期間雇用契約を繰り返し結ばされていました。

タガニート・ニッケル製錬所における資本関係と運転手を派遣する中間業者の変遷

運転手は、こうした自分たちの雇用形態や以下に示すような状況がフィリピン労働法に違反する「偽装請負」(※)に当たると指摘。同法に基づき、6ヶ月の勤務後に自分たちがTHPALの正社員になる権利があると主張してきました。こうした批判が内外からなされるようになった後、3社目の中間業者(MTEL社)が初めて期間雇用契約を途中で変更する形で、運転手は「中間業者の正社員」であるという体をとるようにはなったものの、THPALが直接雇用する形で正社員になれた運転手は依然として一人もいない状況が続いています。


▼「偽装請負」であることを示す可能性

・運転手にTHPALのロゴが記載された社員証が配布されていた。

・運転手は、THPAL社員から日々の業務指示を直接受けていると証言している。これは請負業者が労働者の管理監督をしていないことを意味する。

・THPAL社員が運転手の採用プロセスに出席していたとの証言がある。雇用/解雇の意思決定におけるTHPALの直接的な関与を示唆している。

・運転手が使用している車両の登録証によると、車両はTHPALが所有するものである。これは中間業者との契約が、「輸送サービス」ではなく「運転人員の派遣」に類する性格のものであることを示すとともに、中間業者が十分に自社で輸送業務を請け負うだけの資材・資産を有していない可能性を示唆するものである。

(※)偽装請負について

日本において、偽装請負は「書類上、形式的には請負(委託)契約ですが、実態としては労働者派遣であるものを言い、違法」(東京労働局)です。フィリピンでは、労働雇用省(DOLE)の下で「Labor-Only Contracting(LOC)」と呼ばれ、偽装請負は禁止されています。「労働雇用省指導2016年第10号」、「労働雇用省令174号(2017)」、「大統領令51号(2018)」において、LOCは違法行為であると度々明記されてきました。

真実を話して不当解雇――労働者は異議申し立て

上記の「偽装請負」であることを示す状況などを当局に証言した運転手が、不当に解雇される事態も起きています。2018年12月、DOLE地域事務所の調査員が現場調査を行なった際に聞き取りを受けた運転手4名は、これまでに同事業の運転手として経験してきた状況を包み隠さず話しました。すると、その4名はまず、翌日から残業が少ない、より低賃金しかもらえないポジションに配置替えになりました。そもそも給料が低いため、残業代を当てにしていた労働者らにとって、この配置換えは「左遷」と言ってもよい措置でした。そして、2019年3月、THPALが4社目の中間業者(SCF社)に運転手の派遣元を変更した際、その4名を含む9名が十分な理由の説明もないまま移籍を許されず、実質解雇された状況になりました。

現在、こうした運転手のうち7名は、不当な解雇であるとしてTHPALの正社員としての復職を求め、DOLEの国家労使関係委員会(NLRC)に異議申立てを行なっています。しかし、NLRCの裁定も含め、フィリピンにおけるこうした紛争解決手続きは時間を要することが多いため、問題の長期化が懸念されます。

住友金属鉱山は、労使紛争がこれ以上泥沼化する前に、現場での労働者の声に耳を傾け、自らの子会社(THPAL)による労働者への対応の実態をしっかりと把握すべきです。また、同子会社がフィリピン当局の判断を待つだけではなく、問題の早期解決に向け、より積極的な対応をとるよう働きかけを行なっていくことが求められています。

2012年~2014年4月30日THPAL、人員輸送業務を担う運転手の派遣について、JMJS人材サービス社(以下、JMJS)と契約(運転手はJMJSと期間雇用契約。退職金は支払われず)
2015年5月1日~2017年6月30日THPAL、JJMA労働及び清掃サービス社(以下、JJMA)と契約(運転手はJJMAと期間雇用契約。退職金は支払われず)
2017年7月1日THPAL、MTEL貿易・人材サービス社(以下、MTEL)と契約(1年毎に更新予定)(運転手はMTELとの1年間の期間雇用契約書に署名)
2017年8月運転手、フィリピン労働雇用省(以下、DOLE)地域事務所に偽装請負の問題を指摘する書簡を提出
2018年6月頃MTEL、運転手が「2018年1月1日から正社員である」旨を記した文書への署名を運転手に求める
2018年7月1日THPAL、MTELとの1年間の契約更新
2018年12月DOLE地域事務所の調査員タガニート製錬事業の現場調査
2019年3月16日MTELの契約解除の申し出のため、THPALはMTELとの契約を終了。(MTELがJMJSおよびJJMAでの勤務年数も含め、運転手に退職金を支払い。運転手1名以外は受領。)
2019年3月17日THPAL、SCF一般人材サービス社(以下、SCF)と契約。運転手9名はSCFに移籍できぬまま、解雇される。(その他の運転手はMTELからSCFに移籍。6ヶ月間の試用期間後にSCFの正社員。)
2019年4月11日解雇された運転手7名、DOLE国家労使関係委員会(NLRC)にSingle-Entry Approach (SEnA)の手続き申請
2019年5月7日NLRCによる仲裁協議。運転手、THPALが出席。仲裁は成立せず。
2019年5月20日NLRCによる仲裁協議。運転手、THPAL、MTELが出席。仲裁は成立せず。
2019年5月24日運転手7名、NLRCに異議申立書を提出
タガニートHPALニッケル社における労働問題の主な経緯
 

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