田中:
◇現地は危険な状態
田中優です。昨年6月、ピースポートのついでにケニアを訪問しました。ピースポートの中では、ずっとケニアの人たちと話をしながら1週間ほど過ごしていたので、その中で現地の状況を把握できました。しかし、私が訪問した時、現地は非常に危険な状態になっていました。なぜ危険な状況になったかというと、日本で田中外務大臣が「再調査をして追加融資をするか検討する」と発言した事に対し、ケニアにいる青木大使は、現地新聞記者に対し「このプロジェクトは中止になった」と発表したからです。
当然現地の人は「なぜ勝手に他国のプロジェクトを一方的に中止にしたり、援助を打ち切るのだ」と怒ります。ケニアの人たちが青木大使に「誰が決定したのか」と詰め寄ると、青木大使は「NGO」だと答えたのです。「国際的なNGOや日本のNGOがでたらめな情報や噂を流した為に、中止することになってしまった」と話したのです。そして、ダムで働いている人達を含め、現地の人達はNGOの人間を敵視するようになりました。
中止が発表された後、「日本の援助を再開させる為の」現地集会が行われましたが、この集会の主役は青木大使でした。青木大使は「なんとか私が再開させる」と申し出ています。その際会場には「WE
LOVE AOKI」、「私は日本を愛しています」と日本語で書かれた看板までが立ち、ダムに反対する人間は許さないという雰囲気になっていたそうです。現地ではダムに反対するグループはいないと言われていますが、このような雰囲気の中では、内心反対であっても「反対」と言える人はいないと思います。この状況の中でしたから、現地を視察するか迷いましたが、現地のKさんと相談して現地に入りました。
ケニアに入り、まず各新聞社の記事を集め、現地の情勢を確認しました。問題が焦点化している時期だったので現地の通信社にも相談しました。その答えは「今行くのはかなり危険なのでやめた方がいい」との事でした。それでも行きたかったのでかなり無理して出かけました。残念ながら、ダムのすぐそばまで行く事は無理でしたが。
◇ソンドゥ・ミリウ水力発電ダムの問題点
では問題点についてお話したいと思います。
まず埃の影響ですが、水も撒かれているし、どろどろの土のような道路も全部砂利道になったので、埃の問題はかなり解決していました。
次に水の汚染についてですが、こちらもこれから手抜き工事をしなければ問題ないと思います。これまでで最も水質汚染に関係する地盤改良も、コンクリート打ちもほぼ終わっていますので、現地の人が一番心配している水がアルカリ化して魚が死んでしまうという心配も今後はないと思います。
そして問題の川の流量変化ですが、これは確実に半年は干上がることになると思います。堰から川に戻すまでの約3キロほどですが、そこには「オディノの滝」という滝があります。オディノの滝は、年を取り、死を予感した人が、死の間際に来世と話しをするところだそうです。ですから、元気な若者は行ったことがありません。だから現地の人もあまり知らない神聖な場所なのだそうです。現地の人にとって大切な滝ですが、おそらくこの滝の水も年に半年は干上がってしまうことでしょう。なぜなら、各月の流水量を見ると4月〜9月は100%発電できますが、それ以外の月の水量は100%に及ばないからです。100%に及ばない時期に下流に水を流すと、発電コストに損失として跳ね返ってきます。10年間で回収できると想定して簡単に計算したところ、現時点で5.1円/kWhになります。日本の電気料金は他国に比べて3倍高いのですが、その日本の水力発電コストよりも高くなってしまうのです。現時点でこのコストですから、維持費や送電費などを含めればさらに高くなります。ですからそれ以上の損失を覚悟してまで、滝の維持のために水を流すという事はないでしょう。
さらにこのダムは流れ込み式で、水を溜めてしまうダムではなく、水をいったん止めてそのまま流し落とす形で発電します(通常ダムの定義は15メートル以上の高さですが、このダムは15メートルないので、本来ならば『堰』と呼ばれます)。流れ込み式のダム及び堰は、水を溜めるわけではないので、通常環境破壊をおこさないものですが、このダムは水を止めるわずかな堰に問題があります。
また発電の際、何のための電気かというのが重要です。ソンドウ・ミリウの場合、6万kWが発電されますが、地域の人たちは通常日量100Wh程度しか必要としません。6万kWという膨大な電力から100whという小規模の電気を供給しようとすると、いくつも変電設備が必要になっています。それを現地に供給するために現地で行うと、非常に多くの電力ロスが生じます。
電気は消費地まで高圧のまま運んだ方が効率良いのです。よって変電機は当然消費地に設置され、そこまでは送電ロスの少ない高圧で運ばれます。つまり現地の人は使えません。これはどこでも起きていることで、他国での日本の援助ダムでも同様です。同様に日本でも、新潟で発電された電気は高圧のまま東京へ運ばれるので、新潟の人には提供されません。ソンドゥ・ミリウダムでも消費地であるキスムという町まで高圧のまま運び、キスムで変電されると思いますので、現地の人は使えないはずです。
それについて青木大使は、「現地の人がコストを負担するのであれば電気を提供しても良い」という条件を出したと話していました。つまり、現地の人が変電設備を負担しなければ、電気は提供されないという事になります。変電設備には莫大なお金がかかりますので、現地の人に負担できるはずがありません。よって、現地の人に電気が届くということはないと思います。
さらに一日の電気消費カーブを日本で考えると、午後2時が一番消費量が多く、午前4時が一番消費量が少なくなっています。これは一般家庭の需要と、産業の需要とが合成されてできたカーブです。朝夕は一般家庭の需要が、昼間は産業の需要が中心になります。途上国の場合、家庭需要はほとんど夜の消費です。
ソンドゥ・ミリウは産業向けと考えられますので、昼間だけ発電して夜は水を貯水しておいた方が合理的です。ですから、水の減る半年はオディノ滝に水を流すことはないだろうと思われます。
そしてまた、現地で色々話を聞きました。Kさんがスワヒリ語を話せるので、Kさんを通じて話を聞いたのですが、スワヒリ語だと現地の人も緊張しないようで、あまり隠さずに話してくれました。
まず雇用についてですが、一部のコネのある人達がうまく雇用されるだけで、一般の人達は働きたいと思っていても雇用されていないとの事でした。
また我々は現地の市場へも行きました。市場では通常ぼられるのが通常ですが、ここの市場は面白いことにそれがまったくありませんでした。芋約4kgを33円で売っていました。あるおばさんと話したのですが、おばさんは、とうもろこしができた時は市場でそれを売って、そのお金で食料を買って帰るそうです。その日、彼女はこの芋を買ったので、一握りの小魚(こちらも33円)が買えなかったと言っていました。この市場は週に2回しかなく、次の市場までその芋だけで過ごさなければならないのだと。
確かにお金には縁の無い地域ですが、しかしそれほど深刻な貧困にみまわれているという感じは受けませんでした。皆血色も良いし、子供も皆学校に通っていました。
◇世界のダムの話
ここでスライドを見ていきたいと思います。現地ではダムの近くに行くことができなかったので、一般的なダムの話を中心にしていきます。
これはケニアの上空から撮ったものです。ケニアはステップ地帯と呼ばれる乾燥した地域ですので、水力発電をするには水が足りないと思います。突然緑で覆われたところがありますが、これがナイロビです。外来種のユーカリによって緑化されています。これはケニアにある大地溝帯です。その底に湖ができていて、流出する川がありません。その周辺もまたステップが続きます。元々はマサイ族の放牧する土地でしたが、今では企業に取られてしまい、企業がここで外来種の牛を放牧しています。それから高地には茶畑です。比較的雨の多い地域に茶畑があり、最大の外貨獲得源になっていますが、もともとはイギリス植民地時代にできたものですので、コーヒー園とともにイギリスの大企業の所有になっています。
これはソンドゥ・ミリウダム近くで撮ったものです。日本の国旗や日本工営の看板などが立っています。ダムはビクトリア湖畔にあるのですが、ビクトリア湖も大地溝帯の底に溜まった水でできた湖で、周りには大地溝帯の山があります。そこに降る雨を集めた川を塞き止めて、発電する仕組になっています。統計では東京と同じ降水量があるとされていますが理科年表に載っておらず、また植生を見る限りでも、それほどの雨が降るはずはないと思います。
一方これは、王子製紙が苫小牧に造っている同じく流れ込み式の水力発電のダムです。100Mの落差を利用して発電していますが、これは明治時代に造られたもので、百年以上経った今も使われています。日本のダムの中では、成功した例として挙げられると思います。逆に失敗した例として挙げられるのはこの二風谷ダムです。屋根が付いていて景観的にはきれいなダムですが、水位は最大でも16Mしかなく、5年目でもう砂で埋まりはじめています。おそらくあと10年もすれば砂で埋まってしまうでしょう。ダムの中で最悪の問題点は、砂が埋まって使えなくなってしまうという点だと思います。これはスリランカのダムですが、2000年〜3000年前に造られたものが今でも使われています。このように長く使われているダムは、土砂が流れ出るように工夫がされています。一方、同じスリランカに日本の援助で作られたサマナラウェアダムの場合は300億円かけた今でも水は溜まっていません。溜まったのは債務だけでした。
これはブラジルのイタイップ・ダムです。これも失敗例として挙げられます。砂で埋まってしまい、水量が減って発電量が極めて少なくなったために、リオ・デ・ジャネイロは停電続きです。今やこのダムを造った事の見通しのなさが非難されていますが、ブラジルの責任というよりも、ダムを援助した世界銀行並びに、援助をした各国に責任があると言うべきです。
通常ダムというのは、V字型のダムを塞き止め、そこに水を貯めて使用します。この長野県の美和ダムは、すでに砂で埋まってしまいまったく機能していません。日本ではこのようなダムが数多くあります。美和ダムでは、建設省により砂を掘り返してダムを復活させるという無意味な計画が進められていますが、これは税金の無駄使いにしかなりません。仮に成功したとしても、また10年経てば砂に埋まって同じ状態になります。掘った砂を売って再利用するという業者がいますが、焼け石に水です。
世界でもっとも短命なダムは、中国の三們峡ダムで、1970年に造られて1972年に砂で埋まりました。この徳島のダムも砂に埋まり、地図上からも消されています。日本でダムを造るのは清流で、もともと砂があまり無いところです。これに対してソンドゥ川は泥まみれなので、水を止めた時点ですぐ土砂が堆積し、埋まってしまうことでしょう。
ソンドゥ・ミリウ周辺の人々は、この川で家畜を洗ったり水を飲ませたり、自分達もこの水を頼っています。家畜は彼らの財産ですから、家畜が死んでしまっては困るわけです。またこの地域では、もともとから『等高線農業』を行っています。土壌の流出を段差のところで食い止めて、そこに作物を植えることによって土壌の流出を防ぎつつ、養分を固定させるという農業方法です。もし東京ほどの雨がふるのであれば、このような農法は取らないと思いますし、植生も多雨のものではありません。
これはスラム街です。信号で止まった車にとうもろこしを売ったり、非合法的な仕事をしている人も多くいます。又、アフリカのサブ・サハラ地域では、HIV/AIDS感染者が20%を超えると言われています。
これはキスムです。ビクトリア湖畔にあります。ケニアでは最も開発が遅れている地域だと言われ、開発支援をされた経験がありません。今回初めての開発支援なので、地元の人達は大いに期待しています。
◇プロジェクトは中止すべき!
しかし私自身はこのプロジェクトを中止するべきだと思っています。
まず発電コストが高すぎます。次に他の方法がありうるのになぜこの方法をとるのでしょうか。ネパールでは3kw程の小規模水力発電が、全国で1000以上稼動しています。これは灌漑用水路の必要とする最小水量の5L/秒で発電できます。そしてこの発電方法はネパール人により考え出され、発電機もネパールで製造されています。日本も東芝製の発電機を援助した事がありますが、修理しようとしても部品が無く、結局地元の人達が自分のもととして利用することがないまま使われなくなってしまいました。その土地に見合った規模、価格のものでなければ普及しないのです。
ケニアでは国内に揚水風車のメーカーがあります。又太陽光はふんだんにあり、太陽光発電も売られています。京セラも売っています。国内メーカーを使って発電した方が、より安く発電できるはずですし、地域の産業のためにもなると思います。乾燥地で水が少ないケニアには、水力発電はそもそも不向きです。ダムはすぐ砂で埋まってしまうでしょうし。水力より風力、太陽光を利用するべきです。現在太陽光はコスト高ですが、風力は非常にコスト安になってきています。今年5月の記事によると、昨年一年間に世界で原発20基分の風力発電所が建設され、最新の発電所では、1kw当たり3¢(3.7円)で発電されているそうです。ソンドゥ・ミリウの5.1円よりはるかに安く発電できます。また家庭用に使用するのであれば、ネパールと同様に小規模な発電の方が効率良いと思います。コスト以上に問題なのは、ケニアの状況に合っていないという事です。
現在ケニアは重債務国です。ケニアの最大債権国はこの日本です。ケニアの毎年の債務返済額は、GNPの10.5%に達しています。90年〜97年の間に約3倍も通貨が下落しました。平均寿命も乳幼児死亡率も悪化しています。
日本のODAの2カ国間援助では3分の2が、援助全体でも半分以上が『貸付』です。世界でも、貸付援助の比率が圧倒的に高い国です。その理由は税金に余裕がないからです。余裕がないために、国が自由に利用できる国民の貯蓄である「郵便貯金・年金・簡易保険」などの財政投融資資金を利用しています。それ故、貸付比率が高くなり、世界最大の債権国になったのです。貸付なので返済が確実にされないと、増税か貯蓄を返さないか、するしかなくなります。確実に返済させるための仕組みが様々ありますが、最も有名なものは世界銀行・IMFの「構造調整プログラム」です。通貨の切り下げ、福祉・教育・医療などの政府支出削減、換金作物への転換推奨などを行わせて、借金返済を優先させる政策です。通貨の切り下げで輸入が困難になり、自らの食料を作る代わりに換金作物を作らされるために食料不足に陥ります。また、このプログラムを受ける100カ国以上の国は常に同じ一次産品を生産しているために供給過剰となり、市場価格は値崩れしていていくら売っても豊かになれません。その結果、債務国では乳児死亡率が上がり、平均寿命が下がっているのです。
構造調整プログラムによる利用者料金の存在も人々に影響を与えています。
ケニアでは健康センターへの外来患者に対して、33¢の料金が導入されました。その結果外来患者が52%減り、負担がなくなると41%増えたそうです。このようにわずかな料金を払うことができない人々が多い国で、教育・保険などに料金が導入される計画があり、人々はまずまず貧しくなっていきます。これを解決するために債務帳消しの運動が進められました。ジュビリー2000の運動です。その結果、ケルンサミットで、G7諸国の2カ国間ODAの全額帳消し、ODA以外の債権の90%帳消しを決定しました。ところが日本は9000億円の債権の内4000億円しか放棄を約束していません。その理由は、ビルマ、ケニア、ベトナム、ガーナの債務を帳消しの対象から外したためです。ビルマは民主化が進められていないため、その他は経済的理由のためとされています。政府は「各国が債務救済を求めていない」と主張していますが、NGOのジュビリー2000(ロンドン)は「日本政府が不適切な圧力をかけているからだ」と主張しています。ガーナの担当者は日本の担当者に「年間7000万ドルを貸すが、債務救済を求めるようだったら今後一切貸すことはできない。贈与分もない」と言われたそうです。いずれにしても債務削減は3年後であり、すぐに新しい資金がほしいガーナは円借款を選ぶのです。
更に例を挙げると、日本はボリビアが債務救済対象国になった96年以降一度も円借款をしていません。又日本輸出入銀行では、ODAであれば通常2.0%程度の利息に対し、8.6%という高利を押し付けました。
また、在ケニア大使館から外務省にあてた「マル秘の公電」なるものによれば、鈴木宗男代議士がモイ大統領から「ケニアは債務削減は求めない」旨の発言を受けた後、「ソンドゥ・ミリウへの円借款供与を進める」と約束しているそうです。
政府の弾圧もあります。各国では債務帳消しを求めたマーチが行われました。ナイロビでも政府に許可を得た合法的な行進を行っていましたが、世界銀行に差し掛かったとたん機動隊が襲い掛かり、63人が逮捕されました。ケニアの政府は債務帳消しに反対の立場を取っています。腐敗した政府は将来の債務帳消しを受ける為に、現在の援助がカットされる事を恐れているからです。
現在ケニアでは、人口3000万人足らずであるというのに250万人がHIV/AIDSに感染し、毎日500人、年間では18万人が亡くなっていると言われています。少しでも援助するカネがあるなら、エイズ予防や薬のために使うべきではないかと思います。
現在ケニアでは70億ドルの債務を抱えています。ソンドゥ・ミリウダムを建設するにあたり、約2億ドルの債務を追加することになります。しかし今のケニアにこの債務を返済することは不可能です。なぜなら、ケニアの産物であるコーヒー・紅茶は国際価格が下落し、原価も回収できない状態だからです。「構造調整プログラム」を受けた途上国は皆コーヒー・紅茶を作ることになり、値崩れを起こしたままになっています。工業化を進める事もアメリカの圧力などにより不可能だと思います。なぜなら、アメリカは途上国に対して軽工業の『輸出自主規制』を押し付けるからです。繊維関連の産業も伸びていくことは不可能です。途上国に差別的な『国際繊維協定』は廃止されていませんし、途上国では援助等によりタダ同然の古着があふれているからです。ケニアでもほとんどの人は古着を買います。ですから代表的な軽工業である繊維工業も発展できないのです。
以上によりこのような国に2億ドルもの円借款をすることは間違っていると思います。発電の代替性、地域の産業育成、債務国とエイズ問題の状況など、トータルに見て、この援助は行うべきではないと考えます。援助する側の、貸し付ける側の国の責任として、このような援助はすべきでないと思うのです。
→→報告会全体の議事録をみる
→→配布資料「ケニアの抱える問題点」をみる
→→配布資料「ソンドゥ・ミリウ水力発電プロジェクトとは?」をみる
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