FoE Japan
開発金融と環境プログラム
開発金融 トップ キャンペーン 資料室
開発金融と環境プログラムキャンペーン>JBIC個別プロジェクト>Wall Street Journal 記事(2002年9月4日)
サハリン石油開発
サハリン・トップページ
サハリンI
サハリンII
これまでの活動・動き
English Documents
サハリン写真館
関連リンク
Wall Street Journal 記事
2002年9月4日

ロシアの危うい生態環境
〜アラスカで挫折を強いられた石油業界が、規制の緩やかなロシアに進出〜

 ロシアにとってサハリン島は、鮭、タラ、蟹、ニシンが豊富に取れる漁場として知られている。また、サハリン島近海は、絶滅危惧種であるコククジラにとっても大きな恵をもたらす海域である。

 しかし、現在サハリン島沖合いでは、ふたつの多国籍合弁企業が、原油採掘とリグ(掘削施設)の建設工事を進めている。この事業は、ロシア政府が初めて公的に外国業者を推奨して行われる石油開発事業である。この計画には、数百キロに渡って石油と天然ガスパイプラインを引くことも含まれている。しかし、この事業の背景には、かつてブッシュ政権が推進していたアラスカの北極圏野生動物保護地区(the Arctic National Wildlife Refuge)の石油開発計画が、環境保護運動によって阻止されたことが関係している。北太平洋を交差するサハリン島周辺は、世界のエネルギー需要に答えるために、アラスカの代替生産地として、石油業者の注目を浴びることとなったのである。

  サハリン島の自然資源は、アメリカの環境基準とは異なる基準によって規制されているが、このことによってグローバルなトレードオフ関係が成立している。つまり、環境団体が地球上のある地域で石油採掘の阻止を実現すると、そこに代わって他の地域が採掘場となるという仕組みが存在するのだ。

  サハリンでは、エクソン・モービル社とロイヤルダッチ・シェルグループが率いる合弁企業が、220億ドルの利益が見込まれる石油と天然ガスの掘削施設を建設している。また、この春、米議会がアラスカの野生動物保護区域の石油採掘事業を禁止した後、ロンドンに拠点を置くブリティッシュ石油(BP PLC)は、アラスカの石油探索の認可基準に従い、サハリンの事業に参入した。これらの石油業者は、サハリンの石油開発事業が、サハリン地域経済とロシア経済そのものに莫大な利益をもたらすものであると主張している。また、この事業は、最も高い環境基準に従いながら行われるものであると説明されている。

  サハリン海域では、130億バレルの石油生産量が見込まれている。これはアメリカの石油貯蔵量である220億バレルに匹敵するものと考えられる。

  すでに環境団体は、サハリン石油開発事業に対して反対活動を開始しているが、いまだアメリカと同程度の厳しい基準を実現できないでいる。例えば、サハリンでは、エクソン・モービル社は、絶滅危惧種である大西洋コククジラの生息域から4km以内の海域において激しい振動を伴う採掘活動が認められているが、これに対し、アラスカでは鯨の活動域から約19kmの緩衝地帯を設けることが義務付けられている。また、サハリンでは冬季、氷河で覆い尽くされるタタール海峡を通って石油を通年輸送する計画が検討されているが、これと比較してアラスカでは、北極海に大きな流氷が押し寄せる時期には採掘活動が制限されている。これは、流氷の季節には、海洋に撒き散らされた石油をうまく清浄することができないことが実験で明らかになったためである。

  サハリンでは、業者がロシア政府を説得した結果、規制が緩和され、シェルグループは、掘削の際に排出される有害物質をそのまま海中に投棄してよいことになった。海洋生物を保護するためには、アラスカ沿岸の石油業者によるこのような投棄を禁止する必要があることを示す。

  シェル社は、採掘プラントから半径80km以内の海域において、海水に流出した油を浄化する施設とこれにかかる人員を配置しなければならないが、この基準はほとんどの先進国にとっても厳しい要求である。エクソン・モービル社も、同様の油流出対策を検討しているが、これまでのところ、どちらの企業もアメリカで施されているような、パイプラインから流出する油から鮭を保護する対策を講じていない。

  石油・天然ガス事業サハリン事務所の責任者であるGalina Pavlova氏でさえ、サハリンは破壊的な油の流出事故に対して無防備であると懸念している。しかし、同氏や他の現地の担当者が異議を唱えたとしても、モスクワ当局に対して開発拡大の方針に変更を迫ることはできない。氏は、「サハリンプロジェクトは止められないところまできている」と述べている。

  シェル社率いるプロジェクトはすでに第1期を終え、ロシア政府の認可のもと事業を続けている。1999年に設置された掘削施設では10億バレルもの石油が埋蔵されていると推定されている。エクソン・モービル社は7月にモスクワ当局から最初の主要認可証を得る予定である。

  石油産業はアラスカと北海での経験から、北極圏の生態系の破壊や、サハリンでの環境基準を低くするよう求めることはしないと発表している。シェル社のスポークスマンであるマイク・マクガリー氏は、同社はロシアと国際社会の環境基準のどちらが高かろうとも、高い方を遵守する責任を負っていると述べている。更に、ロシアの規制は「世界でも最も厳格で包括的なものである」とも述べている。また、シェル社は同プロジェクトがロシア国内の石油産業の発展に帰するものであるとしている。

  多数の調査報告書 エクソン・モービル社は、ロシアの法律によって規定された環境評価の一貫として、同社のプロジェクトがサハリンの自然環境にどの様な影響を与えるかについて9つのレポートにまとめた。しかし同社のサハリン常任主管(regulatory manager)であるゲイリー・ウィルドマン氏は次のように述べている。「サハリン事業の論理は、ロシア政府が法責任体系の下で、あくまでも石油産業の開発を追及するというところにあるように思える。つまり我々はこの事業を遂行する運命にあるのだ。」このレポートに対しては、近海の魚がどのように保護されるのか、また石油流出をどのように防ぐのかについて詳細な記述がないと批判されているが、同社はまもなくこれらの詳細についても公表するとしている。

  一方、シェル社は、サハリンにアラスカ同等の基準を持ち込むべきではないと考えている。その理由として同社は、オホーツク海の公海上では流出した油が海流によって押し流されるため、油流出時には陸地に囲まれたアラスカよりも対応のための時間があるという。1989年にはアラスカのプリンス・ウィリアム海峡で、エクソン・ベラスケス社のタンカーから石油が流出する事故が起こったが、この時はアメリカの規定により、厳しい対応が迫られた。

  モスクワのサハリン石油開発担当局は、繰り返し環境団体から説明を求められているものの、説明を先送りする状況が続いている。 テストケース

  環境団体は、発展途上国ではいまだに環境要求基準は低いままであるが、環境保護団体は、サハリンの事例が、今後の発展途上国の環境規制を強化する試金石になると見ている。例えば、フリーポート・マクモラン・コッパー&ゴールド社は、インドネシアにおいて銅・金の採掘場付近の渓谷に、大量の産業廃棄物を投棄しており、これにより山火事が誘発されていると批判されている。同社はこの報告が誇張されたものであると主張しているが、いずれにしてもこのような行為はアメリカ国内では認められるものではない。また、シェブロン・テキサコ社はエクアドルにおいて、石油廃棄物のピットを浄化する約束を果していないと批判されている。これに対し同社は、エクアドルの環境浄化のために4000万ドル支払う用意があるし、第一この事業は地元政府の認可を得ていると主張している。

  490億バレル相当の石油を保有するロシアは、911事件以降は特に、アラブ諸国に代わる石油生産地としてアメリカの注目を集めている。ブッシュ大統領も、自身のエネルギー政策の中で、ロシアの石油がアメリカにとって戦略的重要性をもつと位置付けている。5月にモスクワで行われたサミットでは、ブッシュ大統領とプーチン大統領が、経済協力のモデルケースとして、120億ドルの費用を要するサハリンT石油開発事業を推奨した。

  サハリンT石油開発事業は、1996年よりエクソン・モービル社によって進められているが、これは942kmに及ぶサハリン島北東部の3つの海域において行われている。ここで生産された石油は、パイプラインで240km離れたロシア本島へと運ばれ、そこからタンカーで市場に輸送される。

  約100億ドルが費やされたサハリンU石油・天然ガス開発事業は、1994年以降シェル社を中心にサハリンT事業の近海で行われている。同事業では、640kmに及ぶ2本のパイプラインによって、原油と天然ガスが島の南端にある加工プラントに輸送される。この加工プラントのある地域は、70万人の人口を抱える。

  喜ぶ島民 10年前、モスクワ当局が、サハリン海域の石油・天然ガス開発事業を外国業者に開放すると発表した時、サハリン島は歓喜に沸いた。同島の平均年収は200ドルである。エクソン・モービル社とシェル社は、既にロシアの事業体と17億ドル相当の契約を結んでおり、現地では数千もの雇用が生み出されると推定している。また、エクソン・モービル社は、ロシア政府が2億5000万から10億ドルもの税収の増加を得るだろうと述べている。また、シェルグループが50年に渡るプロジェクトの中で支払う税金は、500億ドルに登るだろうと推計されている。

  モスクワ当局とサハリン事務局はすでに規制緩和を行い、採掘事業を推奨する策を講じている。これに従い、2001年にはロシア漁業委員会(Russia's Committee on Fisheries)はサハリン北部沿岸地域の漁業保護規定を廃止した。このことは、この地域の漁業が、石油より重要な資源ではないとされたことを示す。

  このように漁業資源の重要性が低く評価されたことにより、その調査を行ったサハリン漁業・海洋学研究機関は、結果的に石油業者に対して、近海に廃棄物を廃棄することを認めることになった。以前は、廃棄物が魚に害となる有害物質を含むため、この海域での投棄行為は違法とされていた。アラスカにおいても、このような行為はほとんどの海域で禁止されており、業者は莫大な費用をかけて、廃棄物を海底に再注入する策を講じている。

  サハリンの自然資源委員会は、他に情報がないために、この調査を受け入れざるを得ないという。サハリンの首都Yuzhno-Shahalinskに拠点をおくこの委員会の環境保護担当官のNatalya Onishenko氏は「これはつまり、その活動が承認されたことを意味する」と話す。しかし、ロシアの科学者や政府の中には、この調査が偏ったものであるなどの批判をする者もある。その理由として、調査では採掘場付近の魚の数を対象に調査が行われているが、常に移動している鮭は対象外となっていることが指摘されている。また、調査報告では石油採掘から直接影響を受ける漁業のみを対象にしているが、海岸の生態系については考慮されていない点も問題点として指摘されている。

  反対意見 ロシア政府の北サハリン漁業担当であるSergey Butyrin氏は、「我々は企業側の科学者から反対意見を得ることができるとは思わない」と言う。しかし、結局のところ当局は企業側科学者の意見を取り入れた。この調査を擁護する研究所は、石油業界のみが調査に巨額な資金を投じることが出来るという。

  モスクワ連邦裁判所は、サハリン環境ウォッチを支持する見解をもっており、サハリン近海の解放によって海洋生態系が崩れるため、エクソン・モービル社のサハリンT事業を停止すべきであるとしている。しかしサハリン環境ウォッチ議長のDmitry Lisitsyn氏によると、サハリンU事業に関しては、シェル社が事前に政府から了承を得ていたために、裁判所の決定は大きな影響力を持たないという。

  シェル社は、自社が排出する泥土には低濃度の有害物質しか含まれておらず、海洋生物に被害を与えるほどではないとしている。また、油が海水に漏れることを避けるために、全ての場合において可能なところはどこでも再注入されているという。これに対し、多くの科学者やサハリンの漁業関係者は、シェル社が危険を過小評価していると見ている。漁業関係者によると、石油生産が開始された1999年には、何千ものニシンの死骸が近くの海岸に打ち寄せられ、サフランタラの生産は劇的に落ち込んだ。しかし、石油業者は魚の採りすぎがタラの減少の要因であり、何かの病気がニシン大量死の原因なのではないかと主張している。

  環境活動家はモスクワ当局から活動の賛同を得ることができた。しかし、大西洋コククジラの生態に大きな影響を与える、エクソン・モービル社の掘削事業を阻止することはできなかった。アメリカとロシアの科学者は、1999年に石油採掘がはじまって以来、絶滅の危機にある鯨が、更にその数を減らしているとの多くの批判に気づいている。この中には、100頭に満たない種もあるという。サハリン島周辺の海域はこれらの鯨にとって豊富な食料を提供する場であった。科学者らは、鯨が採掘事業の発する振動が鯨を遠ざけしてしまい、重量減少を引き起こしているのではないかと推測している。

  昨年の夏、国際捕鯨委員会は石油業者に対し、鯨が中国の南海に移動する冬季まで掘削を延期できないかという申し入れを行った。これを受け、ロシアの自然資源省はサハリン担当者に事業の停止を指示した。しかし、地元ではモスクワ当局の決定を施行せず、エクソン・モービル社のライセンス取得が断行された。

  被害緩和策 一方で、石油業者は被害緩和のために250万ドルを支出する方針を決めている。これは、絶滅危惧種の鯨を観察する130回に及ぶ監査飛行と、施設の電圧を2%低下させることで、掘削によって生じる振動を少なくとも鯨から2.5マイル離す施策などが含まれている。

  エクソン・モービル社は、テスト期間の間、鯨の行動に何ら変化は見られなかったと主張する。しかし、灯台で常時監査活動を行っているロシアとアメリカの鯨調査団は、32頭の鯨がより静かな海域へ移動したと報告した。同調査団によると、振動が止まった時にのみ、鯨はこの海域に戻ってくるという。

  エクソン・モービル社の輸送計画では、石油はパイプラインでロシア本土に運ばれた後タンカーに積まれ、そこから年間を通してタタール海峡を通過し日本やその他の消費地へと通年輸送される。ただし、冬季には氷が張り出すタタール海峡の通過には、大きな危険が伴う。そのため、サハリン地方政府は業者に、渡航の安全を確認するテスト航海を要請した。このテスト航海はほとんど問題なく終了した。しかし、同テストは例年より暖かく、半分以上の氷が解けかかっている時に行われたため、サハリン当局と地元の漁業関係者はテストをやり直す必要があると主張している。これに対し、業者側は今後テストを行う予定はないとしている。

  アラスカで行われた調査で分かったことであるが、流氷が押し寄せる時期に流出した油を収集することは極めて難しい。2年前、アラスカ州政府は数回にわたり、氷が張る時期に油収集のテストを業者に行わせた。これらのテストでは、すべての業者が失敗に終わった。その結果、North Slopeの石油業者は、氷が割れていない時期の石油採掘を制限することを受け入れざるを得なかった。また、これ以降、North Slopeの石油はタンカーではなく、氷のない港までアラスカを横切るパイプラインによって輸送されるようになった。

  サハリンU事業に配備されている石油流出処理システムは、サハリン島内に設置された浄化設備を主軸としている。(まもなくサハリンT事業にも同様のシステムが配備されるはずである。)しかし、サハリン島北部のNoglikiに設置された浄化システムは、沖合いの石油採掘現場から80kmも離れたところにあり、更に陸地からの交通も、48kmに及ぶ車での通り抜けが困難な砂地によってさえぎられている。もう一つの流出処理システムはそこから160kmほど南下したKorsakov付近に設置されているが、これは日本方面への油流出を防ぐために設置されたものである。

  最近、サハリンの環境団体の要請で、アメリカとイギリスから4人の環境主義者が調査に訪れた。このとき、彼らは明らかな過ちをいくつか発見した。例えば、流出処理装置をしまってある倉庫を開けるカギをみつけるのに、Korsakovの作業員約30分かかったことを調査団の一人であるデイビッド・ゴードン氏は指摘した。氏は、カリフォルニア州オークランドに拠点を置き、主にロシアの環境をサポートしている太平洋環境(Pacific Environment)の副会長である。 シェル社は、処理システムには改善の余地があるものの、不都合はないとしている。しかし、カナダやノルウェイ、イギリスには、通常より総合的な機能を持つ流出処理システムが設置されている。例えばスコットランドのシェットランド島では、タンカーが石油を積み込むターミナルに流出処理システムが設置されている。また、アラスカでは、州政府と連邦政府の要請によって、プリンス・ウィリアム海峡に大規模な流出処理システムが設置することが義務付けられている。これは、運河の合間を縫って浄化作業を行う小船の配置も含まれている。

  サハリン当局は、外資による石油開発事業が始まったのがそれほど古いことではないために、アラスカのように厳しいシステムを配備できないでいると認めた。「しかし、我々はできるだけ早くこのプロジェクトを実行しなければならなかった。なぜなら、我々にはこれが必要だったからだ」。サハリン石油・天然ガス局のPavlova氏はこのように述べ、当時のことを回顧している。

ジム・カールトン(ウォールストリートジャーナル、2002年9月4日)

(翻訳 山口 晶子)

(c) 2002 FoE Japan.  All RIghts Reserved.

サイトマップ リンク お問い合せ サポーター募集 English