サイクロン「AMI」に関する情報
2003年に入ってから3月までに、大型・小型を含めて約20もの台風が南太平洋を襲来した。特に大型だったのが、トロピカルサイクロンと呼ばれる「ZOE」(*最大風速155kt)・「AMI」(最大風速110kt)・「BENI」(最大風速125kt)・「DOVI」(最大風速130kt)である。この中でも被害が大きかった「AMI」について述べる。
(*最大風速 ある時間帯の中での平均風速の最大値の事。米国では1分間の平均値が用いられている。ここでは米国と同じ1分間で平均風速の最大値を扱っている。単位はノット(kt)で、1ノットはおよそ0.51m/秒)
2003年1月14日(火)、大型サイクロン「AMI」は、フィジーで2番目に大きなバヌアレブ島を襲い猛威を振るった。
地すべり、洪水が押し寄せ、強風で家や教会が倒壊した。中心街であるランバサやサブサブでは停電が発生。被災者数約13万人以上、死亡者は少なくとも14人以上とみられる。教会へ雨宿りのため逃げ込んだ少年少女2人も行方不明となっていたが、後日死亡した。このサイクロン「AMI」は1987年に起きた台風以来、フィジーでの最悪の台風であった。被害総額は約42億円にものぼる。洪水で水源が汚染され、住民は安全な飲み物を得られない状況となり、日本をはじめオーストラリア、ニュージーランド、仏領ポリネシアから衣類・食糧・毛布・タオル・水のタンク・浄水剤などのあらゆる救援物資が送られた。島の住人は3か月の間、非常食で生活していく事を余儀なくされた。分離されたいくつかの島では救援活動が遅れてしまった。最悪の被害を受けた場所では再建するのに約3年はかかるとも言われている。多大な影響を及ぼした「AMI」はその後トンガ方面に進み、上陸するかと思われたが、トンガの150キロメートル以内に接近し、端をかすめた程度で済んだ。しかしかなりの暴風雨に襲われ、停電になった地域もある。
写真:赤十字社が家を失った住民への救援物資の配布
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写真:トラックに積み込まれる救援物資
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多大な影響を及ぼしたサイクロン「AMI」
サイクロン「AMI」による被害はとてつもなく大きかった事がよく分かる。今回の様な巨大なサイクロンは、去った後でもたくさんの問題が残されてしまう。津波、倒木による被害、ココナツ農園の破壊、水の汚染(飲料水の減少)、水の汚染でコレラなどの病気が発生する事も考えられる。南の島の暮らしは暑さをしのぐ為、住居に様々な工夫がしてある。代表的な家は「ファレ」と呼ばれる藁葺きの家だが、他の形の家にしても涼しさを優先させる簡単な作りが多いので、強風や豪雨にはもっぱら弱い。今回の様な大きなサイクロンが襲ってきた場合、家を失う人々が後を絶たない。
写真:台風AMIの衛星画像
津波の被害例として、下の写真は約3年前、ある台風がコーラルコースト沿いを通過し、その後の津波がコロレブにあるヌマタクラという村を襲った時の写真である。この時の被害としては停電、水の汚染、洪水、倒木、住居の破壊などが挙げられる。
写真:台風による津波に襲われたヌマタクラ村
南太平洋の島々では地球温暖化による海面上昇で、何年後かに沈んでしまうのではないかと言われている島もあるが、大海の中に浮かぶ小さな島々にとって、温暖化に伴う気候変動の影響も計り知れないものがある。温暖化により台風の風速が増大し、また降水量が増える可能性も心配されている。また、淡水資源が少ないことから日照りが続けば旱魃にもなりやすい。ひとたび災害が発生しても、情報インフラの遅れや、大陸からの距離が障害となり、被害状況の把握や救援にも遅れが生じやすい。
台風や豪雨の様な自然現象は、我々の手によって止められるものではない。ただ温暖化による気候変動を最小限にすべく、私たちの日常生活を見直すことと、気象災害による被害を最小限に抑えるよう、今のうちから支援していくことが必要である。
FoE Japanではサイクロン「AMI」を手始めとして、今後南太平洋での自然災害情報を取り上げていきたいと思う。
(参考文献・参考にしたサイト 『日本赤十字社』『PINANius』『ADRC DisasterReport』『AFP News』『BBC News』『IFRC News』『国連人道問題調査事務所レポート』『News Interactive』)
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