サンロケダムプロジェクトとは?
[プロジェクト概要]
[日本の関わりは?]
[これまでの流れ]
フィリピンのルソン島北部を流れるアグノ川に建設中の、アジアでも屈指の規模となる巨大ダムが「サンロケ多目的ダムプロジェクト」です。フィリピンと日本との経済協力リストの筆頭に掲げられた、最優先の国家プロジェクトとされています。 ●プロジェクト概要 ダムの主要な目的は345メガワット(1メガワット=1000キロワット)の水力発電で、鉱山採掘や輸出農業、輸出工業、観光業等のために安定した電力を供給することです。フィリピン政府は、海外投資家や観光客を呼び寄せ、経済開発を推進するために、2035年までに現在の電力供給能力を15倍に高める計画を立てており、サンロケダムはその計画の重要な一部とされています。 水力発電以外の目的としては、パンガシナン平野87,000ヘクタールの灌漑、洪水の制御、鉱山からの廃水の水質改善、清潔な飲み水の提供、さらにエコ・ツーリズムなどが挙げられています。 このプロジェクトは、マルコス政権時の1970年代に計画されたものの、当時の経済・政治状況悪化のために実現せず、見送られた経緯があります。それから20 年後、日本からの資金によって、膨大な費用を要するこの計画が復活することになりました。 ・名称:サンロケ多目的ダムプロジェクト ・場所:ルソン島パンガシナン州アグノ川上流 (地図) ・目的:水力発電、灌漑、洪水対策、水質改善 ・ダム規模:発電容量345MW、貯水量8億5千万立方メートル、高さ190m、 堰堤長1.1km、ロックフィル式ダム ・実施主体:サンロケパワー社 (出資は丸紅、サイス・エナジー、関西電力) ・総事業費:11.91億ドル(約1200億円) |
●日本の関わりは? 実施主体として プロジェクトの発電事業を実施するのは、総合商社の丸紅(42.45%)とアメリカのサイスエナジー社(50.05%)、そして関西電力(7.5%の三社が出資して作った現地法人のサンロケパワー社です。発電事業は、25年間のBOT方式で行われ、住民への補償や環境対策を含む非発電事業については、フィリピンの国営企業であるフィリピン電力公社(NPC)が管理責任を負うことになっています。 *BOT方式とは Build-Operate-Transferの頭文字をとってBOT方式と呼ばれる。民間企業が発電所等を建設した後、一定期間の運営を請け負い、その後現地の事業体に移管する方式。サンロケダムプロジェクトの場合、サンロケパワー社はダムを建設した後、25年間にわたって発電事業を行い、フィリピン電力公社に一定量の電力を卸し売りする。サンロケパワー社への料金支払いはフィリピン大蔵省が保証。25年間の運営後、発電施設はフィリピン電力公社に移管される。
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資金提供者として 国際協力銀行(当時は日本輸出入銀行)は、1998年10月にサンロケダムプロジェクトの発電部門に約3億ドルを融資しました。この時、民間銀行団(東京三菱、富士、住友、住友信託、さくら銀、三和、農林中央金庫)も合計で約1.5億ドルを協調融資しています。その後、調査が不十分だったことが分かり、融資は一時停止されましたが、1999年9月に、輸銀は非発電部門(ダム建設)に4億ドルの追加融資を決定しました。サンロケダムは、こうした日本からの資金がなければ実施不可能なプロジェクトなのです。 [出資の図]
[これまでの流れ] 1997年 2月 | スポンサー入札 | 1997年 4月 | 丸紅/サイス/イタルタイグループが落札 | 1997年10月 | 電力購買計画(PPA)調印 | 1998年 2月 | 工事着工 | 1998年 3月 | 撤退表明したイタルタイに変わって関西電力が出資参加の基本方針決定 | 1998年10月 | 輸銀と日本銀行団(東京三菱、富士、住友、住友信託、農林中金、さくら、三和)、サンロケパワー社向け投資金融(約5億ドル)融資承認 | 1998年12月 | 投資金融のうち第1次融資(52億円)の実行 | 1999年 1月 | 投資金融のうち第2次融資(52億円)の実行 | 1999年 1月 | 外部専門家を含んだ輸銀調査団のフィリピン派遣。融資の一時停止 | 1999年 3月 | 上流部での社会環境調査終了(上流部の立ち退き世帯が61世帯に増加) | 1999年 9月 | 輸銀融資再開及び比電力公社向けアンタイドローン(4億ドル)承認 | 1999年11月 | 建設工事は35%まで完了 | 2004年 2月 | 完工、商業運転開始(予定) |
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